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35.嘘を重ねて(4)

あらあら女の子が部屋にいたのね。エミリったら、初めからそう言えばいいのに。それじゃ、私は帰るわぁ───なんてことにはならず。



「「「………」」」



ダイニングテーブルを囲む女子大生三人(内一人男)。

和気あいあいとした雰囲気はなく、さりとて険悪でもない。困惑。そう、困惑が部屋に満ちていた。

僕の正面に座るユイカさんは、僕とエミリーの間でおろおろと視線を反復横跳びさせ



「えっと……?」



と、まるで息子によくわからない少年漫画の話を振られた若奥様みたいな声を出した。あるいは息子の友人に迫られた若奥様でもいい。そういうシチュエーションの薄い本を最近読んだ気がするけど、そんなこと考えてる場合じゃないな。

まぁ、ユイカさんの反応はもっともだ。一人暮らしだと思っていた友人の家にいきなり同居人が現れたら僕だって困惑するわ。


けれどここで「実は僕って男で……」なんて話すわけにはいかないので、僕がここにいる架空の理由をでっち上げなければいけない。

どうしたものか、と悩んでいると



「とりあえず……紅茶でも飲みマスか」



なにがとりあえずなのかは知らないが、ちょうど喉が乾いていたのでありがたい。



「あ、ぼk──私はお冷で大丈夫です」

「ン、いいんですか」

「夜にお茶飲むと眠れなくなっちゃうんですよ、私」

「まーた萌キャラアピールデスか。あざとい………でも好きっ!」

「言いがかりですわ。完璧に」

「……えっと、『もえきゃらあぴーる』ってなぁに?」

「ユイカは知らなくてもいいことデス」



エミリーの女装バレRTAとでも言わんばかりのミスに抗議の視線を送るが、目をそらされた挙げ句ぴゅーぴゅーと下手な口笛を吹かれた。絶妙に腹立つな、それ。


当のユイカさんは言葉の意味を教えてもらえずしょんぼりした様子だったが、紅茶を口に運ぶといつものおっとりとした優しげな表情に戻り



「それで……エミリ、この娘は誰?」


エミリーにそう問いかけた。

セリフだけ見ればまるで浮気相手を問い詰める正妻のようだが、その声音は柔らかい。



「彼女──ユウはワタシの友人デス」

「えっと、二階堂ユウリと申します」

「二階堂、ユウリ──えっと、ユウリちゃんって呼んでもいい?」

「はい、大丈夫です」



彼女は僕とエミリーと面識があるので、「ユウ」という呼び方に反応するかもと思ったが、今のところは大丈夫みたいだ。



「ユウリちゃん、ね。私は長津ユイカ。エミリと同じ、国交の1年よ〜」



前と同じ、おっとりとした自己紹介だ。

なんとなく年上だと思っていたので、これまでさん付けで呼んでいたが……そうか、ユイカさんは一回生なのか。

ん、一回生?

となると、現役なら僕と同じ18歳ということか。

おいおいおい……



「そのバブみで18は無理があるだろ……」

「ばぶみ……?」

「ユイカさんは知らなくてもいいことですわ。気にしないでください」

「ユウ……」



エミリーが珍しくジト目でこちらを睨んでくるが、僕も視線をそらして口笛を吹いておいた。誰にでもミスはあるよね。



「それで、ユウリちゃんはうちの学生なの?」

「はい。経済の1年です」

「そっかぁ。えっと、もしかしたらなんだけど……ここに住んでるの?」



ユイカさんは、ちら、と僕が出てきた部屋を見ながら、そう問いかけてきた。

ここまで見られて隠し通すのは逆に不自然だ。ここは認めるしかないだろう。



「……そ、そうです」

「やっぱり……ちょっとエミリ。どうして話してくれなかったの〜?」

「わ、ワタシデスか!?」

「当たり前よ〜。こんな大切なこと黙ってたなんて……私、少し悲しいかも」

「別に……悪意があって秘密にしていた訳じゃありません。ただ、事情があって」

「事情?」

「そうデス」

「私、教えてほしいなぁ」

「マリアナ海溝よりも深く、ウィンチェスターハウスよりも複雑な事情があるのデス。残念デスが、それはできません」



なるほど、エミリーは「事情があるが、話せない」で押し通すつもりだ。

いくら親しい友人といえど追求するには限度がある。ユイカさんは優しいだろうから、他人の事情──それも本人が話したがっていないものを根掘り葉掘り聞いてくることはないだろう。


けれど、これはあまりスマートなやり方とは言えない。話せない事情がある、ということを認めてしまうのもそうだし、なによりエミリーと仲の良いユイカさんは隠し事をされたことに疎外感を感じるはずだ。

まぁ、下手に作り話をしてボロを出すよりも安全ではあるから、それを考慮した上でこの選択をしたんだろうけども。



「どうしても?」

「どうしても、デス」

「……どうしてもどうしても、だめ?」

「どうしてもどうしても、デス。何回言われても、無理なものは無理デスよ」

「そう……なら、仕方ないわねぇ」



狙い通り、ユイカさんは諦めたようだ。

ただ、その表情は悲しげだ。タレ気味の細目は寂しそうに伏せられ、その唇は追求したい想いを抑え込むようにきゅっと閉じられている。

罪悪感がパッドじゃない本物の胸を締め付けるが、仕方ない、と自分に言い聞かせる。

それに、僕よりもエミリーの方が辛いはずだ。

素の自分を見せられる数少ない友人に嘘をつかなくてはいけないなんて、辛いに決まっている。

そんな彼女に内心で感謝しつつ、ユイカさんに視線を戻すと──



「………ぐすん」



彼女の瞳はうっすらと涙ぐんでいた。

……えっ。



「あ、あらっ…………ごめんね。気にしないで〜」

「ゆ、ユイカ………」

「いきなりこんな反応されたら、困っちゃうわよね。ほんと、気にしなくて大丈夫だから……」



そう言うユイカさんは、カーディガンの裾で目端の涙を拭う。

いや、こんな反応されて気にしない訳ないって。少しは悲しむと思ってたけど、まさかここまでとは。



「そんなに、ショックなんですか」

「そうじゃないの………ただ、最近のエミリ。部屋にも上げてくれないし、態度もそっけなくて………だから少し、びっくりしちゃって」



ちらとエミリーを見ると、ナイアガラもびっくりな勢いで額に汗をかいていた。

あれは「どどどどうしましょう。想定外デス」とか思ってる顔に違いない。僕にはわかる。なんでかって? 僕もそう思ってるからに決まってるだろ!



「…………」

「…………」



無言のアイコンタクト。

流石のエミリーもこれには打つ手なしのようで、紺碧の瞳は不安そうに揺れている。

これは……僕になんとかしろってことか。

なるほど。よし、ここは僕が男らしく……



「───エミリーさんが泣かしましたわ………」

「エっ」

「こんなに優しい御学友を泣かせてしまうとは、なんて罰当たりな人なんでしょう………そんな人だとは思いませんでしたっ!」



僕はすぐさま席を立ち、リビングから廊下へと撤退した。

「ちょっ、ユウ! 話が違うデス!」とか聞こえるけど、聞こえないフリをしておく。

さらばエミリー。あとは任せた。


が、後ろからとたどたと走る音が聞こえ──



「待つデス! 自分だけ逃げるんて、こんな裏切りアリデスか!?」



廊下の扉を開け、同じようにエミリーもこちらへやってきた。



「裏切り? まさか」

「この後に及んで言い逃れデスか……!」

「エミリーさんは勘違いしてますわ。私がああしたのは、こうして話し合いの時間を稼ぐためです」



僕がそう言うとエミリーは得心がいったようで



「な、なるほど……さすがワタシの親友デス」



抗議から一転、感心した表情に変わった。

……実は追ってこなければそのまま逃げるつもりだったけど、それは口にしないでおこう。世の中知らないほうがいいこともある。僕がパッドを着けてることとかね。

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