33.嘘を重ねて(2)
ユイカ───誰だっけ、と一瞬思考し、すぐに栗色ゆるふわロングヘアーの彼女だと思い出す。
「あぁ、母性の」
「どんな覚え方してるんデスか………」
長津結花。
おっとりした喋り方に、溢れ出んばかりの母性が特徴的なエミリーの友人で、素の彼女を知る数少ない人間の一人でもある。
この前、カフェテリアで出会ったときは──そうだ、僕は『ユウヤ』だった。だから今の僕と彼女は面識がある。ユウリとして行動するようになってから、こうしてコミュニケーションした相手を整理しなければ脳が混乱するようになってきた。これ、結構マズイ兆候なのでは? 人格分離とか………いや、考えないでおこう。怖いし。
「とりあえず出てくれば? 待たせちゃ悪いし」
「ユウがいるのに、デスか」
「玄関だけで済む用事じゃないの?」
「………いや、それだったら連絡で済ますはずデス。ここに来ている以上、何か用件があるんだと思いマス」
つまるところ、扉を開ければユウカさんは部屋に上がってくるわけか。
これは……なかなかマズい状況なのでは?
僕がここにいることが人に知られるのはあまりよろしくない。万が一、冤罪の件が広まってしまえばエミリーにも風評被害が出るだろうし、なにより男女の同棲というのは嫌でも人目を引く。僕の人間関係が不安定である以上、余計に目立つことは避けたい。
「どうしよう。僕、隠れた方がいいよね」
「うーん、バレても問題ないと思いマス。ユイカは口が固いですし………それに、男友達と家にいるぐらい普通デスって」
「エミリー、今の時刻は?」
「夜の九時デスね」
「普通?」
「………では、ないデスね」
そう。昼間なら僕がここにいても問題ないが(ないか?)、今は夜。
もしかすると健全な関係で泊まりをする大学生の男女もいるのかもしれないが、そんなのは神話レベルのレア度だろう。ユニコーンとかドラゴンと同格。少なくとも、僕は聞いたことがない。
「ユイカさんには悪いけど、居留守を使うしか……」
「………できません」
「え?」
突然の否定に、思わず聞き返す。
すると彼女は申し訳なさそうに目を細め………
「……合鍵、渡しちゃってるんデスよね」
「はぁっ? どうしてさ」
「だ、だって。合鍵を渡しておけば定期的に片づけてくれるし、たまに作り置きもしてくれたので……」
「………ダメ人間」
「うっ………そ、それはさておき。マズイことになりマシたね」
今更になって事の深刻さに気づく。
額には汗が浮かび、頬が強張るのを感じる。
目の前の彼女もまったく同じ顔をしていた。唯一違うのは、緊迫感に急かされるようにツインテールが振動していることぐらいか。本当にどうなってんのそれ。
「で、でもさ。合鍵があるからって勝手に入ったりはしないでしょ」
「いや、しますよ? じゃなきゃ作り置きなんてできないじゃないデスか」
「『そんなこともわからないの?』みたいな目で見るのやめてくれない? 複雑なんだけど」
「でも不思議デスね。家事に関してはもう大丈夫だと伝えたはずなんデスが………」
若干話を逸らされた気がしなくもないが、まぁそこは気にしないでおく。
思い返せば、僕がここに来てからユイカさんが部屋を訪れたことはなかった。彼女の言うとおり、エミリーが僕の存在を隠すためにそうしないように伝えておいたのだろう。
にも関わらず、彼女はここを訪れた。しかもこんな時間に。
それはつまるところ、腰を落ち着けて話したい要件があるということだ。
出口がユイカさんに塞がれている以上、僕はここをら出られないわけで。隠れるにしても高確率で見つかってしまうだろう。
「いっそのこと────」
正直に話せば、と言いかけるが、すんでのところで思いとどまる。
それは、ある疑問が頭に浮かんだからだ。
────エミリーって、彼氏いるの?
これは重大な問題だ。
エミリーは美少女(あくまで客観的事実としてね。あくまで)だ。
話によると、これまで多くのサークルに入り課外活動にも精を出していたという。
そして人脈も多く、これまで僕がキャンパスで見かけたときは多くの友人に囲まれていた。
となれば必然的に、男友達も存在するはずで。
その発展形である彼氏が存在しないなんて、誰が決めたんだ?
もしも彼氏がいた場合。僕がここにいることが彼女の友人に知られるのは非常にまずい。
仮にユイカさんの口が堅かったとしても、それは彼女に不信感を与えるだろう。『なんで彼氏がいるのに男友達を連れ込んでいるんだ?』といった具合に。
そうなればエミリーの人間関係に問題が生じる。
でも………彼氏がいるのに僕をここに泊めるか?
「いや、ありえなくはないか……」
「?」
友人想いの彼女のことだ。沈んでいた僕を元気づけるため、一時的な措置としてやむなくそうした可能性は十分にある。
それに、エミリーは僕を男として見ていない。
過度なスキンシップとか隙の多さとかも、親友としての安心感によるものだろうし。ユウリ状態の僕にセクハラしてくるのが何よりの証拠だ。想い人を女装させて興奮できるとかどんな特殊性癖だよ。ないない。
とにかく、彼氏がいたとしても不思議ではないわけで。
「……ユウ?」
突然黙った僕を不思議に思ったのか、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。
青藍色の瞳が、神秘的な輝きをたたえて揺れている。
………悩む必要なんてない。直接聞けばいい。
が、それが無意味であることに気づく。
もしここでそれを聞いたら。真実がどうであれ、彼女はきっと『いない』と答えるはずだ。
それは僕がここにいることに罪悪感を抱かせない為かもしれないし、僕らの関係になんらかの変化が起こってしまうことを忌避してのことかもしれない。あるいは本当にいない、という可能性もある。
どちらにせよ真実は隠されるだろうし、その真偽を判断する術を僕は持っていない。
僕の親友はそういうやつなのだ。友達想いで秘密主義。なんせ、5年間も親友をやりながら性別を隠していたぐらいなんだから。
それに……それを聞くことに、なぜだか抵抗がある。
なんというか、知りたくない。『いる』と言われることを、心の奥が恐れている……ような気がする。
いや別にただの友人だし、彼氏がいようがどうでもいいんだけど。なんとなく嫌だ。
「………いや、なんでもないよ」
「? そうデスか。それより、いい案を思いつきました」
「どんな?」
「窓から飛び降りるんデス」
「僕が?」
「Yes」
「随分思い切ったね………無茶言わないでよ」
「無茶じゃないデス。ここは二階。植え込みに落ちれば無傷で済みマス」
「でも……」
「手すりにぶら下がってから落ちれば、落下距離は1メートルもありません。いけマスよ」
「そうじゃなくて。………僕、高いところ苦手なんだよ」
「たかが2メートルが高いって、そんな萌えキャラアピールしてる場合デスか!」
『なにか声がするけど……エミリ、いるの? 入るわよー』
「エミリーが大きな声出すから!」
「あんな露骨なアピールするからデス!」
「いや、ガチの言いがかりじゃん……」
「まぁ、萌えたんデスけどね。不覚にも!」
「そういうの今はいいから」
小声で責任を押し付け合う僕らだが、悠長に話している時間はない。
この様子だと、あと1分もせずに扉は開かれるだろう。
「──とりあえず、部屋の中に隠れるよ。リビングの私物もそっちに移動させておくから、少しだけ時間稼ぎお願いっ」
「了解デス。靴とかはワタシがやっておきマスから、ユウは早く中へ!」
長年の交流で培った阿吽の呼吸で手早く意思疎通を済ませ、僕らは行動を開始した。




