32.嘘を重ねて(1)
女慣れしていないオタクなんて、適当に胸でも押し付けてれば落とせるだろ───そんなふうに考えていた時期が僕にもありました。
「………なんでだ」
エミリーとの死闘から数日後。
あのときのバイタリティは全て消え失せ、ただぐったりとテーブルに突っぷす僕がいた。
「ずいぶんとお疲れのようデスね」
「………まぁね」
「ゴブリンに陵辱された後のエルフみたいな顔してマスよ。………ふむ、これはこれでアリデスね」
「君、本当に女子?」
「それはさておき」
「それ、ハマってるの?」
「だいぶ」
「そっか………」
絶望感やら無力感やらで、エミリーへの返事もおざなりになってしまう。
………というか何がアリなんだ。え、僕の親友こわっ。
「それで、どうしたんデスか」
「実は──」
ここ数日、僕はアザラシとの仲を深めるべく彼にアプローチしていた。
正直、余裕だと思っていた。
なんせこちらは、かの巨匠 エミリー・チャーチルの手によって魔改造された二階堂ユウリさんこと僕。
立てば芍薬座れば牡丹。歩く姿は百合──いや薔薇の花か。正体、男だし。
自分で言うのもなんだが、ユウリとしての外見は100点満点だ。けぶるような睫毛に(つけまつげだが)、儚さと愛らしさを織り込んだ顔立ち。艷やかな黒髪はまるで高級な漆塗りのようで(ウィッグだが)、彼女(僕だが)の可憐さに芸術品のような気品をもたらしている。
鏡があれば自家発電余裕の見た目だ。相手が自分である以上、際どいポーズとか余裕でとってくれるし。第一種永久機関は実在した………?
それはさておき。
対する相手は"あの"アザラシだ。
彼女いない歴=年齢。ニチアサと美少女フィギュアに人生を捧げ、口癖は「抱けない現実より抱ける虚構」。どっちも抱けないだろ。バカかな。やっぱり抱くなら自分に限るね。広げよう、女装自家発電の輪。ごめんなさいバカは僕です。
それもさておき。
総括すると、こっちは美少女で、あっちは女慣れしていないオタク。WW2の連合国vs枢軸国と言わんばかりの戦力差な訳で、よほどの下手を打たなければ余裕だろうと高をくくっていたわけだ。
が、現実は非常だった。
『あの、アザラシさん。LINE交換しませんか?』
『………なにゆえ?』
『えっ』
『なにゆえ、拙者の連絡先を欲するでござるか』
『えっと、同じサークルなわけですし。それに私、アザラシさんとお話したいんです』
『ダウト』
『えっ』
『拙者は騙されんでござるよ。何か裏があるに決まっているでござる』
『裏なんてないですよ』
『海外の有料ポルノサイトに登録したり……』
『しませんよっ』
『学内掲示板に『言い寄ってきたキモデブの連絡先はこちら→』とか晒したり……』
『するわけないですっ。え、それ体験談ですか……?』
『黙秘するでござるよ』
『そ、そうですか………。それより、どうしてもダメですか?』
『………そこまで言うなら。これが拙者の連絡先でござる』
『はい。『atg93a@eaqf.be』──って、これ捨てメアドじゃないですか! ちょ、逃げないでくださいっ。アザラシさん! アザラシさーん!』
「──とか」
「本メアドである可能性は………」
「ベルギードメインのメアドが?」
「………ないデスね」
「他にも───」
『あっ、奇遇ですね。昼食、ご一緒してもよろしいですか?』
『………なにゆえ?』
『えっ』
『ユウリ嬢なら、拙者でなくとも昼餉を共にする友人が大勢いるはずでござろう』
『いえ、そんなことないですよ? 私、そんなにコミュ力高い方じゃないですし………むしろインドアっていうか』
『ダウト』
『えっ』
『『私陰キャなんで~』という自己申告の9割は虚偽。真の根暗はそうやすやすと自分のパーソナリティを他人に開示しないものでござるよ。拙者は騙されないでござる』
『騙すって、なんの話──』
『壺と絵画なら間に合ってるでござる。さらばっ』
『あっ、アザラシさん! アザラシさーん!』
「──って感じで。他にも何度か接触してみたんだけど、どれも同じような感じで……」
「それは………参りマシたね」
「なんか、避けられてるみたいなんだよね。何かしちゃったのかな」
とはいったものの、心当たりはない。
僕がユウリとして活動しているのは短時間だ。その限られた時間でアザラシの機嫌を損ねた覚えはない。
「簡単な話デスよ」
「えっ、これが?」
「そうデスね────例えばの話デスが」
「うん」
「駅で広○すず級の美少女に『一緒にご飯食べませんか?』って誘われたら、ユウはどう感じますか?」
「うーん………僕、ハシカン派なんだよね」
「橋○環奈でも本○翼でも誰でもいいデスから。とりあえず想像して下さいよ」
「まぁ……何かあるんじゃないかって疑うかな。普通に考えたらありえないし────あっ」
「そう。つまるところ、警戒しているのデスよ」
言われてみればそうだ。
日本非モテ総大将ことアザラシ。彼の半生を想像するのはそう難しいことじゃない。
これまでの彼の自虐発言から類推するに、こと女性に対してはかなりのトラウマを植え付けられていることだろう。罵倒もあれば嘲笑されることもあったはず。そのたびに自己肯定感をへし折られてきたはずだ。
そんな彼の目の前に、積極的なアプローチを仕掛けてくる美少女が現れれば──
『あぁ、また罰ゲームか。自分が好かれるわけないし。どうせ裏で笑ってるんだろうな』
そう感じる他ない。
「つまり、ユウリの外見が裏目に出てるのか」
「そういうことデス」
「………これって詰んでない?」
「まぁ、なかなかに厳しい状況ではありマスね。」
梅雨も明け、もうそろそろ7月の中旬に差し掛かる時期だ。
タイムリミットである夏休みまであと3週間──試験期間も考慮すれば2週間もない。そんな状況で、彼に不信感を抱かれないよう親睦を深め情報を聞き出すなんてこと、本当にできるのか?
「とはいえ、方法がないわけでは────」
ぴんぽん。
エミリーの言葉を遮って、間の抜けたインターホンの音が響いた。
僕らそろって玄関の方を見る。
「宅配かな?」
「いえ、ワタシは何も頼んでいませんが」
「僕もだよ」
「ちょっと見てきマス」
ぱたぱた、とスリッパの音を立て、玄関へ向かう彼女。
少し間があって。
戻ってきた彼女の顔は青ざめていた。
「………ユイカが来ました」
「えっ」




