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29.ファイト・ナイト(2)

「男の人が好きなんデスか……?」

「………はっ?」



とんでもないことに気がついてしまった、という表情。

いやいや、何言ってるんだ。



「ど、どうしてそうなるんですかっ」

「だって。エイルとやらについて話してるときのユウ、頬が赤くて、息も荒くて、目も蕩けてて………メス顔。そう、メスの顔してましたっ!」

「失礼なっ! 誰がメスですか!?」

「ほらこの写真! 完璧に恋する乙女デスよ!」

「そ、それはっ……この格好のせいですよっ! というか、さり気なく盗撮しないでくださいっ! ああっ、ホーム画面にするのはもっとダメです!」



───人の心とは、本人が思っているよりも外見とリンクしている。

それがここ最近の女装によって得た気づきだった。

例えば、キャンパスでナンパされた時。僕の中には恐怖心だけじゃなく、自分が相手に求められているということに対してある種の安心感があった。端的に言うと嬉しかったのだ。

それに、エイル君に外見を褒められたときもどこか喜んでいる自分がいた。認めるのはホントに抵抗があるけど。

けど、それはユウリとしての格好をすることによって引き起こされた感情に他ならない。

熟達した役者は演じる役に入り込んでしまうあまり、多重人格のような状態に陥ってしまう場合があるらしい。

それと同じで、ユウリを演じている僕は───実際の人格も変質してしまう。二重人格というよりは催眠術に近い感じだけど、なんとも恐ろしいことだ。

けどそれは、女装を解けば性格が戻ることを意味している。

その証拠に──さっきウィッグを外して外見を戻し、ナンパやらを思い出したら抑えがたい嫌悪感に襲われた。迫ってくる男への嫌悪。それを喜ぶ自分への嫌悪。正直、吐きそうだった。


エミリーのスマホから画像を削除しながら(クラウドにもバックアップしてあった。周到すぎる)、その考えを話した。



「じゃあ女装を解けば、メス堕ちしたユウは帰ってくるんデスね?」

「そういうことです。あと女の子がメスとか言っちゃいけません。はっ倒しますよ」



どうしてこんな日本語ばかり覚えてるんだ。

誰ですか彼女に日本語教えたの。僕か。



「ほら、この通り………」



ウィッグを外し、エイル君のことを思い出す。


そうだな、昼間のナンパ───ヤスダに絡まれたときなんかどうだろう。

やむにやまれず僕はエイル君に抱きしめられた訳だけど、冷静に考えれば同性である男に抱かれるなんて嫌悪感しかないはずだ。意識を過去に戻し、あの場面を思い出す。


…………。

………………。

……………………あれっ?


おかしい。

不思議と嫌悪感が湧いてこない。それどころか、鼓動が早く───



「ど、どうしたんデスか。頬が赤いデスけど」

「そ、そう? 気のせいだよ」



ここでピンときた。

なるほど、服のせいだな。

どうやらウィッグを外すだけじゃ不十分らしい。確かに女物の服を着ていたら、無意識に自分がユウリだと錯覚してしまうのも頷ける。

僕は脱衣所に駆け込んだ。フランネルの白シャツとプリーツスカートを脱ぎ捨て、部屋着であるパーカーとハーフパンツに着替えた。



「なんで着替えたんデスか」

「ほら、ずっとあの格好だと疲れちゃうからさ。心配しないでよ」



エミリーが心配そうにこちらを見てくる。その瞳は不安げに揺れていた。

僕は目をつぶって再び彼のことを考える。


大丈夫、僕はノーマルさ。


…………。

……………。

………………うん。



「────っと、夕食にしよっか」

「ユウ?」

「さてさて、今日の献立は……」

ちょっと(Look)。さっきの件はどうなったんデスか」

「あっ、パスタなんていいな。手軽だし」

「もしもし? 聞いてマスか?」

「あ、エミリーはカルボナーラがいいの? うんうんわかった。そうしよっか」

「ん、ミートソースの方が好きデス……って、なに現実逃避してるんデスか!」

「現実逃避って……なんの話? おかしなエミリーだなぁ。ははっ」

「Oh……」



……茶番はここまでにして、現実に目を向ける。

おかしい。

試しにヤスダや昭人について思い出すと、背筋が粟立つような不快感に襲われた。正常な反応だ。

けれど、エイル君にはそれが感じられない。性別なんて関係なしに、彼のことを受け入れてしまっている。そう表現する他ない。

これは……どうなんだ。


悶々と思考していると、エミリーは悲しそうに眉を下げた。



「やっぱりそうなんデスか……」

「ち、違うよ。僕はノーマルだ!」

「疑惑はあったんデス。前も食堂でショウヘイとベタベタしてましたし……」

「あれは向こうが近づいて来たのっ。とにかく、僕はエイル君を尊敬してるだけで、恋だの愛だのそういう感情は持ってないから!」

「……本当に?」

「ほっ、本当だよ!」



猜疑心に満ちた瞳。僕としては目を逸らすしかない。

無言のまま時が流れる。

彼女は目を閉じ、空いた手を口元に運ぶ。なにやら考えているようだ。

数秒後。彼女は目を開き───



「───話は変わりマスが」

「うん?」

「今日はおつかれさまデシた。慣れない女装にアクシデント。本当に大変だったと思いマス」

「ありがとう。でも、いきなりどうしたの?」

「そんなユウを労って───そうデスね、今日はワタシがなんでも言うことを聞いてあげマス。1つだけ」



そう言う彼女は、どこか緊張した面持ちだ。心なしか頬も赤く染まっているように見える。

まるで危険を承知で真実に迫ろうとするジャーナリストのような、そんな気迫を感じる。



「なんでも?」

「はい。なんでも(Anything)デス」



よくわからないが、僕を思ってのことなのだろう。断る理由はなかった。


なんでも……か。

色々な候補が思いつく。

が、僕とエミリー。若い男女、それも一つ屋根の下で暮らしている二人がやることといったら、まぁアレしかないだろう。


「それじゃあ────」

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