27.実質乙女ゲー(後編)
「ふ、二人ともっ。ほら、仲良くしましょう?」
「そうしたいのは山々だけどね。彼が騒がしいものだから」
「はぁ!? 元はといえば、お前が横槍入れてきたんだろうがっ」
「横槍? 面白いことを言うね。ボクはごく自然に会話に参加しただけじゃないか。それなのにキミの残念そうな顔ときたら。まるで好物の人参を鳶に奪われた馬さながら。すこぶる滑稽だったよ」
「てめぇっ!」
「昭人氏っ! 落ち着くでござる。ステイステイ! 暴力はまずいでござるよ」
アザラシが止めに入り、すんでのところで衝突は起こらなかった。
けれども彼らは睨み合ったままで、室内には険悪な雰囲気が漂っている。
確かに昭人はキレやすい。目当ての女子(?)との会話に割り込まれただけであそこまで態度を悪くするなんて、短気と言うほかない。
けど、エイル君も――なんというか、彼らしくない。これまでの彼は柔和で冷静な印象だった。けれども今はまるで因縁の相手を前にしたかのように、普段の冷静さをかなぐり捨て煽り性能にリソースを全振りしている。
ありえないことだけど、まるで昭人が自分を殴るように誘導しているかのような。そんなことしたってエイル君には何も良いことがないはずなのに。せいぜい昭人が処分を食らうぐらいだろう。
「はっ。気に入らないことがあったらすぐ手を上げるのかい。殴られる相手の気持ちも考えられないのに――」
「エイルさんっ、言い過ぎです!」
「……ユウリさん。でも」
「心配してくれたんですよね。ありがとうございます。でも、私は大丈夫ですから」
確かに昭人と話すことには抵抗がある。女装しているとはいえ、下心剝き出しの視線を向けられながらコミュニケーションをとっていくのはなかなかにハードルが高い。
だからといって、昭人から逃げるわけにはいかないのも事実だ。今回の件はかなりの確率で昭人が中心にいるはずで、彼と仲を深めなければ真相を知ることはできないはず。
「……キミがそう言うなら」
しぶしぶ、といった感じで頷く。不満げではあるが、とりあえず従ってくれるみたいだ。
「昭人さん。エイルさんは……こう、すごくしっかりした方で。だから今のは悪意があったわけじゃないんですよ」
「悪意がないぃ? そんなわけないだろ。あそこまで言ってきたんだし、何か含むところがあるんだろ」
「私、ここに来る前に男の人に絡まれてしまって。そこをエイルさんが助けてくれたんです。そういうことがあったから、少し心配性になっているんですよ」
「でもよぉ――」
「そ、それより連絡先。交換しましょう。ねっ?」
強引に会話を打ち切ったが、連絡先に釣られたのか昭人も矛を収めてくれた。
ここにきてサークルに潜入する大変さを実感する。
もしも彼らの仲がさらに悪くなってお互いを避けるようになったら、昭人はサークルに足を運ばなくなるだろう。そうなるとサークルを中心とした情報収集は難しくなる。講義やらバイトやらでユウリとして行動できる時間が限られている以上、そうなることは避けたかった。
なので、エイル君と昭人には仲良くしてもらわなければいけない。
つまり僕は、彼らが仲違いすることを防ぎ、並行してサークルメンバーとの仲を深め、情報を集めなければいけない。
『仲良くなって話を聞くだけ。その見た目なら余裕デス。攻略サイトありの乙女ゲーみたいなモノデスね。HAHAHA』とかエミリーは言っていたけれど、全然余裕じゃない。思い出したら腹立ってきたな。
それに乙女ゲーと言っても、攻略対象は
・女嫌いのコミュ障
・古のオタク
・暴力装置(性欲強め)
………うん。
C○ROもレーティング拒否するレベルだろ。販売中止レベルでは?
とりあえずエイル君√はよ。彼になら抱かれてもいい。いやホモちゃうけど。何言ってんの僕。
その後、サークルの説明も終わり、僕とエイル君は正式に入部することとなった。
説明中もエイル君と昭人は変わらずいがみ合っていたが、僕とアザラシのカバーもあって大きな衝突は起こらなかった。
翔平? 彼なら一切会話に参加せず、ずっと文庫本を読んでたよ。コミュ障かい。
そんなわけで解散し、帰り道。
夕焼けに染まるC棟を背に、エイル君と並んで歩く。
正門に続く並木道には多くの学生がいた。5限が終わり、各々が帰路についている。
こうして隣に立つと、彼の髪が意外に長いことに気づく。黒いパーカーのフードに隠れているが、一昔前のバンドマンみたいにゴムバンドでひとくくりにしてあるのが見えた。
そんな風に彼を見ていると
「今日は悪かったよ。せっかく誘ってくれたのに、あんな諍いを起こしてしまって」
申し訳なさそうに目を伏せ、さっきのことを謝ってきた。
「ふふっ」
「……何故笑うんだい?」
「いや、エイルさんも人間なんだなぁって」
「ボクは初めから人間だけど。どういう意図さ」
「話したこともない私を助けてくれるぐらい優しくって、話し方も理知的なのに。苦手な人の前になった途端、子供っぽくなるんですもの。それがなんだかおかしくって」
「……ああいう軽薄な男、ボクは嫌いなんだ。それに、君が困っているようだったから」
「ありがたいですけど。昼間のこともそうですけど、それでエイルさんが危ない目にあったら本末転倒ですよ」
「キミが傷つくよりはマシさ」
「それは……どうでしょうね」
「……どういう意味さ、それ」
僕程度を助けるために、彼のような人間が傷つく方が間違っている。
そう思っても口にはしなかった。きっと彼は反発するだろうから。
「それより、連絡先交換しませんか? せっかく知り合えたんですし」
「……構わないよ」
スマホを取り出し、LINEを起動する。このスマホは高校の頃に使っていた旧機種で、SIMカードを差し替えて使っている。機種やアカウントから僕=ユウリと勘づかれないための対策だ。
エイル君もスマホを操作し――エミリーと同じ林檎印の新機種だ――LINEを起動したところで、なにやら動きが止まった。
「――ッ」
「? どうかしました? あ、これが私のQRコードです」
「………」
「もしかして、IDの方がいいですか?」
「いや……その」
彼の額には汗が浮かび、顔も強張っている。まるで割った花瓶を隠そうと焦っている小学生みたいだ。
しばしの沈黙。
そして――
「……ボクのLINE、壊れていてね」
「……」
あれっ。もしかして僕、嫌われてる?
「ほ、本当に壊れてるんだよ」
「嘘つき……」
「うっ……そんなに悲しそうな顔をしないでくれ。そ、そうだ。次会った時に交換しよう。それでいいだろう?」
「いじわる……」
「くぅっ……」
この一日で彼とはそこそこ打ち解けられたつもりだったけれど、どうやらこちらの思い込みだったようだ。
その証拠に、ほら、エイル君、めっちゃ辛そうな顔してるし。
「わ、悪いけどっ。この後用事があるんだ」
「えっ――」
「それじゃ、またね !」
強引に話を打ち切り、走り去ってしまった。
そんな彼の後姿を呆然と見送る僕。
そんなに連絡先を交換するのが嫌だったのか。きっと彼は誰にでも優しいから、無理して付き合ってくれていたのかもしない。内心じゃ「この女面倒くさいな……」とか思ってたのかな。
エイル君√、初日にして消滅。なんだか泣けてきたな。
サークル潜入初日はなんとも物悲しい幕引きだった。




