24.謎の美青年。あるいは……(後編)
昼時ということもあり、食堂は満員。仕方がないのでカフェテリアに足を運ぶ。
2日連続のカフェテリアは財布に痛いが、自分から誘っておいてコンビニで済ますというわけにもいかないし。
運良く空いていた窓際の席に座る。
少しすると、ウェイトレスが注文を取りに来た。よく見るとうっとりした表情を浮かべ、目の前の彼に熱い視線を送っている。
当の本人はそんな視線を気にもとめず、メニューに目を走らせていた。
「サンドイッチとアイスティーを一つ。キミは?」
期間限定商品の『メガトン・ストロベリースムージー(バニラアイス付き)』に目を引かれるが、アフタヌーンティーでそんな業の深いドリンクを頼むお嬢様は存在しないはず。
「えっと……私も同じのでお願いします」
泣く泣く、彼と同じ商品を注文する。
注文を受け取ったウェイトレスはカウンターへ駆け込んでいき、バイト仲間だろうか――数人の女性店員とキャッキャと談笑を初めた。彼女たちの視線はこちらに向いている。
疑うまでもなく、内容は目の前の彼についてだろう。
当の本人はまったく気づいていない様子で、窓の外に目を向けている。ただ横を向いているだけなのに、やけに様になっていた。まるで有名な絵画から切り取ったかのような、そんな浮世離れした印象を受ける。
……ほんとイケメンだなぁ。
僕だって男なので、外見の良い人間には嫉妬する。
けれども彼レベルになると次元が違いすぎて、嫉妬する気すら失せてしまう。
「……どうかしたのかい?」
「いや、絵になるなぁって」
「絵になる?」
「えぇっと……すごくカッコいいってことです」
言ってから後悔した。
初対面でこんなこと口にする女性、なかなかいないはず。これじゃまるで逆ナンじゃないか。
「カッコいい……ははっ、ありがとう」
彼は複雑そうな表情を浮かべている。どう返答したら良いかわからない、そんな心情がありありと見て取れた。
そりゃ、いきなりこんなこと言われたら困惑するよね。
気まずい雰囲気が流れる。
どうすればいいか考えていると、そういえば彼の名前を聞いていないことに気がついた。
「あの、お名前は?」
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。ボクはエミ――――っ」
「? エミ……?」
「は、ははっ……可憐な子を前して緊張してるみたいだ。思わず舌を噛んでしまったんよ」
「……まぁっ、お上手なんですから」
……普通の女の子だったらこんなイケメンに褒められて胸キュンなんだろうけど、僕としては虚しくなるだけなんだよなぁ。僕も舌噛もうかな。死にたくなってきたし。
「ボクは英留。エイル、と呼んでくれて構わないよ」
「エイル……素敵な響きですね。格好いいです」
ハーフなのだろうか。不思議な響きの名前だった。
「はは、ありがとう。それで、君の名前は?」
「二階堂ユウリと申します」
流石に矢野のままではバレてしまうだろうから、名字も偽名にしてある。
『そういえば名字ってどうするの。矢野のままだと危ないよね』
『安心してくだサイ。お嬢様キャラにぴったしのモノを用意してありマス』
『へぇ、どんなの?』
『―――山田・クリスティアーノ=ユウリ、デス!』
『却下』
『ホワイ!?』
……なんて会話があったのは秘密だ。芸人かい。
「それじゃあ、ユウリさん、と呼ばせてもらっていいかな」
「構いません………あらっ」
ふと、違和感があった。
いつもあるはずのものが欠けてしまったような。そんな感覚が胸の内に広がり、心をざわつかせた。
「どうかしたのかい?」
「いえ、なんでも……」
なんだ、今の感覚。初対面だからさん付けで呼ばれるのは普通なんだけど、なんかこう……違和感がある。
彼にはもっと、フランクに呼ばれたい。さんとかちゃんとか、そういう余計な末尾は付けずに。
そんな考えが頭に浮かび、混乱する。
……出会ったばかりの相手に何を期待してるんだ、僕は。
違和感を抱えながらも会話を続けていると、ウェイトレスが飲み物とサンドイッチを運んできた。
エイルはアイスティーを口にすると、口元を歪め、眉間にシワを寄せた。
「お気に召しませんか?」
「……まさか初めから砂糖が入っているなんて思わなくってね」
「あら。甘いのはお嫌いなんですか」
「まぁね。……そういうキミは、ずいぶんと甘党みたいだね」
「そうですか? 普通ですよ」
「………」
3本目のスティックシュガーが溶け切ったのを見て、アイスティーをすする。
「おいしぃ……」
「………いつか早死にするよ」
「まさか。こんなに美味しいものが健康に悪いわけないです。ポリフェノールに加えて糖分とカフェインも摂取できますし。完全食ならぬ完全飲料です」
「………キミも大概じゃないか」
「?」
「いや、なんでもないんだ……気にしないで欲しいな」
そんなこんなで、サンドイッチをつつきながら会話を続けていると、出身地の話になった。
「私は神奈川出身で、進学を期にこっちに越してきたんです」
「へぇ、そうなんだ」
「エイルさんはどちらの出身ですか? 海外とか」
「うん。イ――っ!?」
「イ?」
「イ、インディアン……の末裔でね。アメリカ出身なんだ」
「そ、そうなんですか……」
まさかそんなルーツを持っていたなんて。
ヨーロッパの貴族みたいな外見だが、もしかすると混血なのかもしれない。
「あ、それでは国交ですか?」
国交――国際交流学部はグローバル教育をウリにしているうちの大学の花形学部だ。外国出身の学生はそこに籍を置いているのがほとんどで、受験生からの人気も一番高い。
「……ま、まぁね」
「まぁ、奇遇です! 私の友人にも国交の娘がいるんですよ」
「へ、へぇー………そうなんだ」
「エミリーって名前なんですけど。もしかしてお知り合いだったり……?」
「……物理的に知り合えないんデスよね」
「はい?」
「ははっ。そんな名前の人、知らないなぁ」
「あら、そうなんですか……」
他学部の僕ですら知ってたほどなんだから、同じ国際交流学部なら面識があると思ったんだけど。
まぁ大学は広いから、いくら有名でも全員が知っているなんてことはありえないのか。
「……ちなみに、どんな娘なのかな?」
不思議なことに、そう問いかけてきた彼の表情は少し強張っていた。
どんな娘、か。
エーミールの印象なら簡単だ。
クールで知的。そして皮肉屋。けれども情に厚くて、困ったことがあればいつでも相談に乗ってくれる。冷血漢に見えて人情家。
でも、エミリー――今の彼女はどうだろう。
基本的にはソファに寝っ転がっている。起き上がるのは食事か僕と遊ぶときぐらい。
最近は課外活動も休みがちみたいだ。バイトもしてないみたいだし。
そういえば勉強してる姿、見たことないな……。
家事ができず、勉強もせず、働かない。趣味はアニメとゲーム。
………あれっ。
「……ニート、ですね」
「……聞き間違いかな。今、なんて?」
「穀潰し」
「悪化してないかな!?」
思ったよりも食いつきがいい。イケメンといえど、やはり同学部の女子は気になるのか。
「というのは冗談で」
「冗談なのか……」
「すごい子です。人当たりがよくて、聡明で」
「へぇ」
「一見ずぼらなんですけど、実は気遣い上手で。私が困ってると必ず助けてくれるんです」
「……ふ、ふぅん」
「けどお礼を言っても適当に誤魔化しちゃうんですよ。照れ屋なんですね」
「…………」
「それに……こう、可愛いんです。普段は猫かぶってるんですけど、気を許した相手には素を見せてくれたり。お腹が減ると子供っぽくなったり」
「…………!」
「あ、それと笑顔が魅力的なんです。ほんと、無邪気に笑うんですよ。見てるこっちも幸せな気分になってしまうぐらいで――」
自分でも驚くぐらい、すらすらと言葉が出てきた。
けどまぁ数年来の付き合いになるのだから、それも当然なのかもしれない。
「――こんなこと、面と向かって言えませんけどね。恥ずかしくって」
褒めれば絶対調子に乗るだろうし。増長してこれ以上ダメ人間化が進んだら深刻だ。
それに可愛いとか思ってることが知られたら大変だ。僕と彼女は親友。それ以上でも、それ以下でもない。
やけにベタベタしてくるから勘違いしそうになるけど、あれは僕の反応を見て面白がってるだけだ。それに勘違いして変な気を起こせば、向こうは迷惑に思うだろう。
ふとエイルに目をやると、机に突っ伏して痙攣していた。
………?
…………!?!?
「エイルさん!? だ、大丈夫ですかっ?」
「……いや、平気さ」
「そんなピクピクしながら言われても説得力ありません!」
「ははっ、少しカフェインが効きすぎたみたいでね……」
そういう彼は僕と目を合わせようとせず、明後日の方向を向いている。
頬も赤く上気していいて、明らかに普通じゃない。
「体調が優れないなら、医務室に行きましょう。私もついていきますから」
「ほ、本当に大丈夫なんだ。気にしないで欲しいな」
「でも……」
「それより、ユウリさんは大丈夫なのかい? この後、予定とか」
「予定……」
腕時計に目をやる。
時計の針は、もう少しで1時30分を回ったところだった。サークルの待ち合わせは2時ぴったし。まだ少し時間があった。
「この後、サークルがあるぐらいです」
「へぇ、サークルかぁ。どんなところなんだい?」
「アニメーション研究会って言うんですけど……」
隠す必要もないので、ここは正直に答える。
「へぇ、アニメか。それは面白そうなサークルだね。普段どんな活動をしているの?」
「それが今日初顔合わせで。私もまだどんなサークルか知らないんです」
もちろん僕は知っているが、ユウリは今日参加する設定だ。いくら彼が部外者でも、ここでペラペラ喋る必要はない。
「この時期に、かい? それは珍しいね」
「まぁ、色々ありまして。エイルさんはサークルとか入ってらっしゃるんですか?」
「いいや、実を言うと僕もまだなんだ」
意外だった。彼のようなイケメンなら、イケメンによる集客力目当てでいくらでも勧誘されているだろうに。
「迷っているうちにタイミングを逃してしまってね……そこで、お願いがあるんだけど」
「お願い、ですか?」
「ボクもその顔合わせ、参加できないかな?」
さらりと。ごく自然に、彼はそう提案してきた。
どうするべきか。
サークル代表には僕一人と言ってある。けれど少人数であるうちのサークルにしたら人数が増える分には歓迎だろうから、拒否はされないだろう。
というか、彼が参加することによって、僕が目立って正体が露見するリスクは減るはずだ。この時期に一人でサークルに入ると不審がれられるだろうけど、二人ならそう変な目は向けられない。そう考えると、彼のお願いを断る必要はないように思えた。
「構いませんよ」
「――そうか、ありがとう」
こうして、僕らは二人でサークルに参加することになった。




