22.紅茶に砂糖を入れてはいけません法(後編)
どうにか食器を洗い終えると、エミリーが紅茶を淹れると言い出した。どうやら、味にはかなりの自身があるらしい。
エミリーは金で縁取られた高級そうな容器から茶葉を取り出し、なれた手付きでポットに掬い入れる。予めコンロで熱していたステンレスのケトルから熱湯を注ぎいれ、そのまま数分待つ。
「完成デス。お茶菓子と一緒にいただきまショウ」
ポットの蓋を開けると、少しの甘さを含んだ芳醇な香りがふわりと広がった。
ティーカップに注がれた紅茶は鮮やかな深紅色で、まるで夕焼けのような美しさがある。
僕は素人なので紅茶の良し悪しはわからないけど、彼女の腕が確かなのはわかった。
「……Stop,ユウ。今、なにを?」
角砂糖をカップに運んでいた僕の手が止まる。
「なにって……角砂糖を」
「それはわかります。そうじゃなくって、数デスよ数。いくつ入れるんデスか!?」
「えっと……このサイズなら、8つです」
「Fuck!!」
「え、エミリーさん!?!?」
女子の口から出てきたらマズイ言葉が聞こえた。
「いくらなんでも、一杯に8個はおかしいデス!」
「……少なすぎるって意味ですよね?」
「ちがう! その無双系主人公みたいなとぼけ方はやめてください!」
「でも……紅茶、苦くて飲めないんですものっ」
「だからって8個はないデショ8個は! そこまでくると紅茶風味の砂糖水デスよ!?」
「だ、だって。甘い方が美味しいじゃないですかぁ……」
「女子デスか!」
「ちがっ………そうですよ?」
「そうデシた!」
彼女は躍動感たっぷりで机に突っ伏す。
まったく。言い出しっぺが忘れてどうするんだ。こっちだって必死にやってるのに……あっ意識してたら背中がピリピリしてきたぞ。落ち着け僕。平常心平常心。僕はユウリ。僕はユウリ………。
「ど、どうしたんデスか。そんな拷問を受ける兵士みたいな顔して………」
「ふふふ、気にしないでください」
……というか、紅茶に砂糖ってそんなにマナー違反なの?
僕が知らないだけで、向こうじゃ重罪だったりして。紅茶に砂糖入れてはいけない法、的な。
「あの、どうして砂糖を入れてはいけないんですか? 結構ポピュラーな飲み方だと思うんですけど……」
「ハァ……ユウ、あなたは緑茶に砂糖を入れますか?」
「入れませんけど……」
「烏龍茶は?」
「まぁ、入れません」
「どれも原材料は同じなのに、紅茶にだけ砂糖を入れる。これっておかしくないデスか?」
「……言われてみれば」
あまり知られていないが、上3つのお茶の原材料は同じ茶葉だ。種類が別れているのは発酵の度合いによるもので、緑茶・烏龍茶・紅茶の順に発酵時間が短い、と中学の教科書で読んだ覚えがある。
たしかに、この中で砂糖や牛乳を入れて飲まれているのは紅茶だけだ。まぁ、抹茶ラテみたいな商品が販売されているのを見た覚えがあるけど、広く受け入れられてるとは言い難いし。
深く考えたことはなかったけど、たしかに不思議だ。
「どうしてなんでしょう」
「人が愚かだからデス」
「えぇ………」
そうはならないでしょ。
いきなりスケールが大きくなりすぎでは?
「砂糖の甘みは、紅茶本来の風味を損ねます。なのに彼らは何故入れるのか」
「いえ、知りませんけど……」
「『みんなやってるから』という理由だけで、深く考えずに砂糖を入れてるんでしょうね。本当に愚鈍デス。そういった考え方がいじめや差別を生み出すとも知らずに……」
そう語るエミリーは、どこか遠い目をしていた。
……いかにも重大そうに話しているが、美味しく飲めればどっちでもよくない? 正直、きのこ・たけのこ論争と同レベルだと思う。ちなみに僕はたけのこ派。クッキー甘くて美味しいし。
「あ、ミルクは?」
「OKデス。むしろウェルカム」
ミルクはいいんだ……。
釈然としないけど、許しが出たのでカップにミルクを注ぎ、ティースプーンでかき混ぜる。白い流れが円弧を描き、ゆっくりと紅茶に溶け込んでいく。
ティーカップに口をつけると、まろやかな甘みが口に広がる。そして後を追うように紅茶特有の香りが鼻を抜けた。
……やっぱり砂糖が入ってても美味しいと思うんだけど。
ただ、それは口にしないでおく。さっきのエミリーの目、ガチだったし。
「ユウが苦いものが嫌いなのは知ってましたが、まさかストレートティーも飲めないほどだったなんて。知りませんデシた」
「べ、別に飲めなくはないですし。ちょっと苦手ってだけです」
「じゃあ飲んでみマス?」
「……遠慮しておきます」
「あれっ。そういえば、コーヒーは飲めるんデスか?」
「飲めませんけど……なんですか。そんなにいけませんか。子供舌で悪かったですね」
「卑屈デスね……そういう訳じゃなくって。この前、ワタシに淹れようとしてくれましたよね。飲めないのに家に置いてるんデスか」
「あぁ、アレですか」
彼女が初めて家に来たとき。泣きじゃくる彼女をなだめる為、温かい飲み物としてコーヒーを出そうとしたっけ。結局断られて紅茶にしたけど。あれのことを言ってるのだろう。
「翔平が飲むから置いてるんです」
「……そんな頻繁に家に?」
「翌日に一限があると、よく泊まりに来てたんですよ。私のアパート、大学に近いですし。流石にここよりは遠いですけど……」
「…………へぇ」
それを聞いた彼女はティーカップを傾けたまま、黙りこくってしまった。
この反応……もしや。
嫉妬か。嫉妬なのか?
なんだ、エミリーも可愛いところあるじゃないか。
あまりお目にかかれない彼女の反応に気分上々な僕。
どれ、さっきの仕返しをしてやろう。
「大丈夫ですよ、エミリーさん。私の一番は───」
「アノ……」
「はい?」
「ユウリちゃんの格好で男の名前呼ばないでくれませんか? 寝取られた気になってしまうノデ……」
嫉妬なの………か?
食い気味のエミリーに若干の恐怖を覚えたまま、紅茶をすする僕だった。
最近、同居人が怖い。




