20.二階堂ユウリの朝は早い(後編)
僕が言葉を見つけられず黙っていると、
「……いや、あんな酷い目にあったんだ。顔を合わせるのも嫌だったよな。すまん」
無言を怒りの表れと勘違いしたのか、再び頭を下げる翔平。
……罪悪感はあるが、エミリーのことを説明するわけにもいかないので、誤解はそのままにしておくしかない。
まぁ、吐いてしまうほど追い詰められていたのは事実だし。
「……そんなに自分を責めないでよ。こうして信じてくれてるんだから、僕としてはそれでいいんだ」
「許して、くれるのか」
「うん。だから顔を上げてよ」
翔平に思うところはある。確認のメッセージもそうだし、なにより、部室から僕を追い出したときの冷たい目。思い出しただけで胸元が苦しくなる。
実際、彼に対する怒りは僕の中に残っている。
けれど。謝罪を受け入れず、いつまでも翔平に罪を背負わせ続ける。そんなこと、したくない。
僕が我慢する程度で済むのなら、それが最善だろう。
ただ、翔平としては予想外の反応だったらしい。
愕然とした表情でしばし僕のことを見つめる。
「本当にいいのか。俺はお前を……」
「いいんだって。友人なんだから、お互い様だよ」
「ユウヤ……っ」
「ちょっ!」
両肩を掴まれ、体を引き寄せられる。
彼の目は薄っすら涙ぐんでいた。感極まって、といった様子だ。
いや近いって。
僕と和解できたことがそんなに嬉しいのか。ややオーバーリアクションな気もする。
でもまぁ、僕も逆の立場だったら同じような反応をしてしまうかもしれない。
そう考えると彼を突き放すのも悪い気がして、しばしそのままの体勢のままでいると
「――ユウ?」
聞き覚えのある声。
思わず振り向く。
陽光に煌めくブロンドのツインテール。純白のワンピースにベージュのジャケットを羽織った美少女───エミリーがそこにいた。
なんでここに。
一瞬混乱しかけるが、当たり前のことだ。
僕と彼女は学部が違う。なのでキャンパスで顔を合わせる機会は少なかったから忘れていたが、同じ大学に通っているのだからこうして出会うこともあるだろう。
彼女は僕と翔平の間で視線を右往左往させ、なにやら考え込んだあと、ツインテを派手に揺らしてその顔を驚愕に染めた。
「……彼氏!?」
「たしかに青年で友人だけど、そういう関係じゃないからね???」
いやまぁ、たしかに距離は近かったけど。本人たちの前でなんてこと言うんですか。
「あの……気にしないで。彼女、日本に来てから日が浅くてさ。日本語が不自由なんだ」
「今のは英語デスよ」
「フォローしてあげたんだから黙っててよ!」
翔平が僕らのやり取りを不思議そうな表情で見ているのに気がついた。
「……ユウヤ、彼女は?」
「あ、紹介するね。彼女は国際交流学部の一年生で───」
「エミリー・チャーチル、だろ。知ってる」
「そうなの?」
「有名人だからな」
前の僕でさえ彼女の名前を知っていたんだから、翔平が知ってるのも当然か。
「それより、知り合いなのか?」
「まぁ……」
「知り合い、なんて薄い関係じゃありません。ワタシとユウは、もっと……こう、重大な……重要な……厚みのある……」
親密な関係、と言いたいのだろうけど、上手く日本語を引き出せないようだ。
彼女はうんうんと唸りながらしばし考え込んだ後───
「───そう、ただならぬ関係デス!」
ツインテールを大きく揺らし、誇らしげな表情でそう宣言した。
「ユウヤ。もしかして、恵美を振ったのって……」
「違うからね!? 僕とエミリーはただの友人で───ちょっと、エミリーからも説明してよっ」
「ただならぬ……ただれた? ただれた関係……」
「普通に仲が良い、でいいから! 傷口を広げないでよ!」
「……仲がいいのか」
彼の顔には、信じられない、といった驚きが浮かんでいた。
翔平と僕は学部が同じで、サークルを除いても一緒にいる時間が多かった。だからお互いの人間関係はなんとなくだが把握している。
僕は翔平にエミリーと親交がある、なんてこと一言も話したことが無かったし、そんな素振りを見せたことすらなかった。
というか、当人である僕ですら友人であることに気が付かなかったのだから。
これまでキャンパスですれ違っても挨拶すらしなかった相手とこうも親しげにしていれば、不思議に思っても仕方ないだろう。
「うん、そうかな」
込み入った事情を話さなければ問題はないし、なにより翔平はそこまで深く聞いてこないだろう。
なので、ここは正直に答えることにした。
僕の返答を聞いた翔平は、しばし沈黙し
「……悪い、用事を思い出した」
「えっ?」
「すまん」
そう言い残すと、席を立ってカフェテリアを後にした。
あまりにも突然だったので、しばし呆然とその背を見送る。
まだまだ聞きたいことはあったが、用事があるなら仕方ない。今度にしよう。
翔平のいた席に、今度はエミリーが腰かける。
「それで、どうしたの?」
「ユウが見えたから、一緒にランチでも、と」
講義の時間の関係で、僕らは基本的にキャンパスで一緒に過ごすことはない。こうやって彼女と話すこと自体、サークルを追い出された日以来かもしれない。
僕があることに気を取られて無言でいると、彼女は悲しそうに眉根を下げ
「……だめ、デスか?」
「そういうわけじゃないよ。ただ……」
「ただ?」
「……あの娘は?」
カフェテリアの入り口。栗色のロングヘアーの女子学生が、ちらちらとこちらに視線をやっている。
おそらく、というか確実にエミリーの連れだろう。
「……Sorry」
─────
「エミリったら、いきなり走ってっちゃうんですもの……」
「わ、悪かったデス」
入り口で待機していた彼女。どうやらエミリーに置いてきぼりにされていたらしく、栗色のロングヘアーを揺らしながらエミリーの隣に座る。
ただ、怒っている感じではない。友人同士の気安さというのだろうか。仕方ないなぁ、といったニュアンスを感じる。
おそらく、かなり仲がいいのだろう。
「エミリ、この子は知り合い?」
「そうデス。ユウはワタシの親友で……」
「……ユウ?」
僕の名前を聞いた彼女は目を丸くした。
どうやら僕のことを知っているらしい。ただ、僕は彼女と話したこともなければ、姿を見たことすらなかった。
「もしかして、どこかで会ったりした? ごめん、覚えてなくって……」
そこまで考えて、ある可能性が頭に浮かんだ。
もしかすると、サークルでの一件が広まってしまったのか? だとしたら、僕は彼女に犯罪者として覚えられていることになる。
それはまずい。下手したらエミリーの人間関係にも影響が表れかねない。
が、僕の予想に反して彼女は優しげな表情を浮かべた。
「そうじゃないの。エミリがいつも、楽しそうにあなたのこと────」
「───Stop!! 余計なこと言わなくっていいデスから!」
「あらあら」
横槍が入ったせいでよく聞こえなかったが、彼女の反応を見るに、どうやら杞憂だったらしい。
「あ、自己紹介が遅れちゃった。私、長津結花。ユイでもユイカでも、気軽に呼んでねぇ」
長津結花。
口調は緩やかで、物腰も柔らかい。タレ目に栗色の髪が特徴的で、おっとりした印象だ。優しげな微笑みも相まって、まるで保母さんのような雰囲気がある。今風に言うならバブみを感じるってやつ。僕が幼児なら既に5回はオギャッてるはず。ありえん母性が深い。
「でも、そっか。ユウちゃんか。意外だったなぁ」
「意外?」
「私ったらてっきり、男の子だとばっかり……まさか女の子だったなんて」
「……あの」
「あら?」
「僕、男だよ」
「……あらあら」
ユイカさんは『あらまぁ』みたいな顔で口に手を当て、申し訳なさそうに目を細めた。
「ご、ごめんね。こう……小さくて可愛らしいから、つい」
「気にしないで、慣れてるから……。でも小さいは余計だよ。本当に。小さくなんてないからね。四捨五入すれば170cmあるし」
なんなら十の桁で四捨五入すれば2mあるから。別に低くはないし。
それに毎晩の牛乳だって欠かしてないから、これから伸びるはずだし。
……伸びるよね?
「……大丈夫デスよ、ユウ。別にワタシは、キッチンの戸棚に背が届かなくって、台に登るも足を滑らせて涙目になる姿なんて見てないデスから」
「……見てたの?」
「毎晩、苦手な牛乳を頑張って飲んでる姿も見てません」
「気づいてるならせめて黙っててよ!」
まさか昨晩の失敗を見られていたなんて。
恥ずかしさやら怒りやらで顔が熱くなる。
「毎晩……?」
不思議そうな目で僕とエミリーを見るユイカさん。
失言だった。
非常にまずい。成り行きとはいえ同棲しているのは事実なので、それがバレるとあらぬ噂をたてられる心配がある。もしもそれがサークルメンバーの耳に入れば、昭人あたりがちょっかいをかけてきてもおかしくない。
どうにかして誤魔化した頃には時計は1時を回っていて、僕らは急いでカフェテリアを後にした。




