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17.家庭教師(後編)

家庭教師が終わり、時刻は午後7時。

美紀ちゃんの家から帰る途中、夕飯の材料を買いにスーパーに寄ったらこんな時間になってしまった。

昨晩エミリーから受け取った合鍵で扉を開く。



「ただいまー……って」



玄関を上がったすぐそこに、エミリーがいた。

両腕を組んで仁王立ち。眉根は上がり、口はきゅっと結ばれてる。



「……」

「どうしたの?」

「ユウ、私は怒っています」



なんだろう、あまり威圧感がない。



「そうなんだ……それより、もしかしてずっとそこで待ってたの?」

「ノン。気配がしたので待機してマシた……って、そんなことはどうでもいいんデス!」



気配ってなに???

野生動物的なセンサーでもあるのかな。もしかしてあのツインテールに秘密が? 

どうでもいい、で流せる話題じゃないと思うんだけど。なんか怒ってるっぽいしスルーしておこう。


それにしても、なぜ怒っているのか。僕としては、なにか失敗した記憶はないんだけど……



「えっと……もしかしてご飯のこと? 作り置き、口に合わなかったかな」

「ノン。あのBLTサンドは絶品でした。ベーコンと野菜の絶妙なバランス。そしてパサつきすぎないパンの焼き加減。お金を払ってでも食べたいぐらいデス」

「ならよかった。あ、夕飯なんだけど、なにかリクエストはあるかな」

「Anything is ok......と言いたいところデスが、和食を食べてみたいデス」

「あれ、食べたことないの?」

「インスタントの味噌汁ぐらいしか……」



それを和食と言っていいのか疑問が残るが、とりあえずリクエストはわかった。


靴を脱いでキッチンに向かおうとすると、両手のレジ袋に気が付いたエミリーが



「あ、材料費はワタシが払いマス」

「いや、いいよ。部屋を貸してもらってるわけだし」

「でも……」

「メイク道具も使わせてもらっちゃってるし。気にしないでよ」

「むぅ、ユウがそう言うなら……って、ちょっと待つデス。ワタシが言いたいのはそういうことじゃないんデス!」



冷静になったのかと思えば、怒りが再燃したらしい。


どうやら食事が理由じゃないみたいだ。

他になにかあったっけ……



「あ、無言で家を出たこと? ごめん、バイトがあってさ」

「バイト?」

「うん。家庭教師があったんだ」

「カテイ、キョウシ……Home tutorのことデスか。ユウは優秀デスね」

「ありがと。それで、ここを出る前に一声かけとこうって思ったんだけど、熟睡してたからさ」



僕がここを出たのは12時きっかりだが、エミリーはその時になっても布団から出てこなかった。

昨日は同じぐらいの時間に就寝したはずなんだけど、もしかすると一人で夜更かししていたのかもしれない。



「結局、何時に起きたの?」

「……昼過ぎデス」

「規則正しい生活は健康の基本。ちゃんと早起きしないとダメだよ?」

「むぅ……」

「早起きしたら、またBLTサンド作ってあげるから」

「本当デスか!? それなら頑張りマスっ」

「よろしい」

「……って、なんでワタシが怒られてるんデスか!?」



綺麗にまとまったと思ったら、またもや再燃。


まいったな。これも違うとなると、本当に思い当たらない。

僕がうんうんと思考を巡らせていると



「洗濯デス!」

「洗濯……」



そう言われて思い出した。

今朝、エミリーの分の朝食を作ったあと。やることも無いので昨日の掃除の続きをしていた。

そんな時、洗面所に大量の洗濯物を見つけたので、洗濯機を回したのだ。



「一応、アパートから持ってきた洗濯ネット使ったんだけど……もしかして、ほつれちゃったりしてた?」

「いや、そういう訳じゃないデス」

「あ、シャツにはアイロンかけておいたよ」

「本当デスか? 助かり……って、また話が逸れてマス! ワタシが言いたいのは、下着のことデス!」

「下着……?」



そりゃ下着も洗ったけど、何か問題が……。

……。

…………。

あぁー……。

彼女のいわんとすることを理解した。

それと同時に自分の失敗に気づく。



「もしかして、日本だとこれが普通なんデスか!?」

「いや……あの、ごめん。普段のクセで」

「普段のクセ……普段のクセ!?!?!?!?」



ツインテールを逆立てて激高するエミリーをなだめ、事情を説明するのには多大な労力を要した。



「なるほど、妹デスか……」



訳あって僕は実家ですべての家事を行っていた。洗濯もその一つだ。それで比較的年の近い妹の服を洗っていたせいか感覚がマヒしていて、エミリーの下着を洗濯・収納という暴挙に及んでしまった。

完璧に無意識だったが、それは言い訳にならない。ここはちゃんと反省しよう。



「あの、ほんとにごめんね?」

「むぅ……」

「一応、色ごとに上下でまとめておいたけど……」

「余計なこと言わなくっていいデスから!」



火に油を注ぐ結果になってしまった。



「いやまぁ、僕も悪かったけどさ」

「なんデスか。言い訳デスか?  聞きませんよ」

「あの洗濯物の量は、流石にないんじゃないかな」

「……ぐっ」



洗面所の隅にバベルの塔よろしく積まれていた洗濯物の山。一週間分は超えていたかな。



「い、一度に洗う方が効率的デスから。節水にもなりマスし」

「それならせめてカゴに入れようよ。床に直置きは流石に……」

「そ、そうデス。夕飯。夕飯にしましょう。もう遅いデスし」



形勢が不利と判断したのか、そそくさとキッチンまで退却していくエミリー。


結局この後、洗濯から収納は僕が行って、下着のみエミリーが洗う。そういう話でまとまった。



───────────



「あのさ」

「?」

「これから夕食で、僕は料理をしなくちゃいけないわけだけど」

「そうデスね」

「……この服はなに?」

「和風メイドデスけど、なにか?」

「『なにか?』じゃないよ! どうして女装したまま料理しなくちゃいけないんだよ!」



キッチンに立つ僕 with メイド服。


『少しだけ目をつぶっててください』という言葉に従った結果がこれだ。さっきの失敗もあったので大人しく従ったら、あれよあれよという間にシャツを脱がされ、気が付いたらメイド服をまとっていた。


いつだったか、エーミールが和風メイドには種類があって、エプロン下に着物を着るのが大正に時代に実在したスタイルで、袴を着るのは戦後の創作なんだ、とか話していたけどあれって伏線だったのかな。いやそんなことはどうでもいいから早く脱ぎたいな。


エミリーに抗議の視線を送る。しかし、まったく気にしていない様子でソファに腰かけ、なにやら話し始めた。



「ユウがいない間、考えたんデス」

「……なにを?」

「今は6月後半デスよね。期末試験が終わるのが7月末なので、夏休みまで1か月と少ししかないわけデス」

「そうだね」

「サークルに潜入するとして。夏休みに入ってしまえば、彼らと顔を合わせる機会は減ってしまいます。これでは効率的に情報を集めることは不可能デス」



エミリーに言われて気づく。

時間がないのだ。

夏休みに入ってしまえばサークルメンバーと顔を合わせる機会が減る。そうなれば情報を得るのは困難になるだろう。それまでにサークルに潜入し、どうにかして彼らと関係を持たなければいけない。


待てよ? それならいっそ時間をおいて、夏休み後、つまり9月からサークルに入れば……いや、ダメだ。

時間が経つことによって彼らの記憶は薄れ、今回の件に関する情報が聞き出せなくなるかもしれない。

そうなれば復讐どころか、冤罪の証明すら不可能になってしまうだろう。


夏季休業期間───大学の夏休みが始まるのは7月末。期末試験のスタートはそれより前なので、実際に使える時間は一か月もない。



「もはや一刻の猶予もありません。できるだけ早く女装をマスターし、サークルに入る。そのために……」

「……そのために?」

「日常生活に女装を取り入れてもらおうかと」

「ぐぅっ……!」



腹部がじくじくと痛んだ。ストレスで胃が痛むって本当だったんだ……。

メイド服を着せられた時点でなんとなくこうなる予感はしていたが、的中してほしくはなかったなぁ。



「まってよ。普通に練習時間をとればいいじゃないか。わざわざこんな……」

「それでは間に合いません」



ぴしゃりと言い放つ。

反論はできなかった。彼女の言うことはもっともだからだ。

実際、女装してサークルに潜入するとして。ちょっと練習しただけじゃボロが出るに決まっている。

嘘を突き通すのは思っているよりも難しいのだ。それが全く別の人間を演じるとなればなおさらだ。



「そこでデス。昨日話したこと、覚えてマスか? 女声で話すコツ」

「あの、別人になりきるってやつ?」

「そうデス。練習するにあたって、ただ女装して声を変えるだけでは効果的ではありません。なので……」



そういってエミリーは、数枚のプリントをファイルから取り出した。



「これは?」

「女装する際の資料デス。演じる人物の設定が書いてありマス」

「こんなに本格的なもの、必要なの?」

「演劇みたいに前もってセリフが決まってるわけじゃないデスから。その場その場で会話しなければいけません。そうなるとボロが出るかもしれませんし……」



なるほど、TRPGのキャラシートみたいなものか。

あらかじめ人物設定を決めておいて、それに沿った行動をする。そうすれば身の上話になったとしても失敗する確率はぐっと下がるだろう。



「これって自作?」

「Yes」



ちらりと見えた紙面には、大量の文字が記載されていた。生成ソフトで作ったのだろうか。キャラクターの姿絵もあり、すごく手が込んでいる。


もしかして、彼女が寝坊したのはこれを作っていたからなのか?

睡眠時間を削ってまで協力してくれるなんて。なんて優しいんだ。

感動のあまり胸が熱くなる。



「エミリー……」

「おっと、感動するのはまだ早いデスよ。お礼ならベッドの上で聞きますから、先に演じる人物を決めてしまいましょう」



なにやら物騒な単語が聞こえた気がするが、まぁ気のせいだよね。優しいエミリーがそんなこと言うはずないし。


用意されたプリントは三枚。三人分の設定があるようだ。この中から演じやすそうな設定を選べばいいのか。



机の上に広げられたプリントに目を通す。えっと、まず一人目は……


『1.ユウリ

 長い黒髪が特徴的な優等生。誰にでも敬語を使い、丁寧な物腰が特徴的。通っていたお嬢様学校では生徒会長を務めていて、成績は優秀。その優しい性格から人に好かれやすく、友人が多い。趣味は読書。非の打ちどころがない完璧人のように思えるが、クラスメイトであるエミリーを愛しており、禁断の愛だと自覚しながらも、抑えきれない熱い思いに身を焦がし、夜な夜な彼女のことを思ってはベッドで───』



「却下」



ビリィッ!



「Why!?」

「さて、次は……」



『2.ユウナ

 明るく快活な性格で、スポーツ万能。髪型はポニーテール。高校では陸上部で、インターハイに出場するほどの実力者だった。しかし、交通事故がきっかけで足を骨折し退部。これまで経験したことのない挫折によって心を病むが、クラスメイトであったエミリーに救われる。それ以来、彼女を意識し始めるが───』



「これも却下」



ビリィッ!



「No!! なんで破くんデスか!?!?!?」

「えーっと、これが最後か」



『3.ユウカ

 不良少女。不登校。学ラン。鉄下駄を履いている。口癖は『パネェ』。昼間から繁華街をぶらついていたところ、チンピラに絡まれ乱闘に。善戦するも多勢に無勢で、無理やり路地裏に連れ込まれてしまう。性欲を持て余したチンピラの慰み者にされかけるが、クラスメイトであるエミリーが颯爽と助けに入る。が、助けられてしまったことにプライドが反発し、彼女に辛く当たってしまう。しかし自分の内の恋心を自覚し───』



「…………」



ビリィッ!


バラバラになった紙が床に散らばる。



「………」

「ゆ、ユウ? どうして無言なんデスか」

「………だよ」

「え?」

「なんだよコレ!」



僕の絶叫が部屋中に響き渡った。



「意味が分からないよ。後半に至ってはただの夢小説じゃないか!」

「な、なにを言うんデスか! 力作なのに!」

「力の注ぎどころを間違ってるんだよ! こんなストーリー要素はいらないから!」

「と、とにかく。選んでください。ワタシ的には3人目のユウカちゃんがおススメですけど……」

「学ランに鉄下駄履いて大学に行けと!?」



あーでもないこーでもない。

キャラ設定をめぐる論争(8割はエミリーの妄言)はこの後数時間つづき、結局、黒髪ロングのユウリに決まった。もちろん自慰行為云々の設定は削除した。



そんなわけで時刻は11時。

時間が時間なので料理するわけにもいかず、夕飯はカップ麺となった。


フタを開け、シーフード味のカップ麺をすする。

ふと、電源の切れたテレビが目に映った。真っ暗な画面に自分の姿が反射する。フリル付きの和装メイド服。


……塩味が染みるなぁ。

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[一言] エミリー欲望に忠実だなぁ
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