11.出会って一日で同棲(後編)
「そもそも、一緒に住むとしてさ。部屋はどうするのさ」
「心配いりません。ここの間取りは2DKなんデス」
2DK、というと、個室が2つにダイニングキッチンが1つ、ということか。
「やけに広くない?」
「二人部屋デスからね」
「あれ、同居人はいないの?」
「……いません。入居者が見つからなかったようで」
大学運営の寮だと、稀にこういう事態があると聞く。
本来二人部屋だが、住んでいるのはエーミールだけ。普通のアパートなら二人分の料金がかかるのだろうが、ここは学生寮だ。だから家賃が一人分で、間取りは二人分という状況が成り立っているのだろう。
「それなら問題はないか……」
「本当デスか!?」
ずい、と身を乗り出してくる。とても嬉しそうだ。
「襲ってきたら帰るけど」
「し、信用してほしいデス」
たしかに問題はあるが、シェアハウス、という言葉に憧れがあるのも事実だった。彼女と僕は異性だが、それ以前に友人だ。気の知れた友人と共に生活を送る、という大学生なら誰もが一度は夢見るシチュエーションを目の前にして、僕の心は乗り気だった。
「部屋が一つしかないなら断わったけど。もう一つあるんだよね。なら、僕はそこで過ごすよ」
「りょーかいデス!」
「それで、どこの部屋?」
「ダイニングに出て、右の扉……ハっ。ちょっと待つデス」
「え、どうしたの」
「あの、ちょっと……やっぱりその部屋は……」
「? 変なエミリー」
不意に動揺しだした彼女を尻目に、ダイニングへ出る。
個室のドアノブに手をかけ───
「待つデス!」
エミリーの声が聞こえたが、時すでに遅し。
「アぅ……」
部屋の明かりはついていない。
しかし、廊下から漏れ出る光が、その惨状を照らし出していた。
「……地獄?」
「ウっ……」
汚部屋。ただひたすらに汚部屋。
カップ麺やら飲みかけのペットボトル、脱ぎ捨てた洋服なんかが床に散乱している。それもちょっとじゃない。足の踏み場もないぐらいだ。
「エミリー・チャーチルさん」
「……呼び方がよそよそしいデスよ?」
「これは?」
「ど、同居人が夜逃げしたんデス。家財道具をほっぽらかして」
「さっきと言ってることが違うけど」
「………強盗デス。強盗が部屋を荒らしていったんデス!」
「片付け、しようか」
「……ハイ」
今日の午前中に、さっきまで僕らがいた部屋のゴミやら荷物やらをこちらの部屋に押し付けていたのだろう。やけに殺風景な部屋だと思っていたが、こういう事情があったのか。
……前途多難だなぁ。
─────────
30分後。
なんとか惨状を片付け終わり、世界に平和が訪れた。
「な、なんという家事スキル……!」
綺麗に整頓された部屋を見て、エミリーがそう呟いた。
「……エミリーの生活力が低すぎるだけどと思うけど」
大学生の一人暮らしなんて案外適当だ。サークルメンバーの男友達の部屋なんて、キッチンが食器で埋まっていたり、部屋着は1週間洗っていなかったりなんかはザラだった。
けれど、エミリーはそれ以前の問題な気がする。
なんというか、家事そのものの知識が欠落しているというか。
キッチンハイターで床を拭こうとした時は流石に止めざるを得なかった。汚れへの殺意が強すぎる。
「自信をもってください、ユウ。あなたは素晴らしい」
「褒められてもうれしくないなぁ……」
それにしても、我ながらよくやったな、と片付いた部屋を見て思う。
学生寮ということもあり、ベッドと机は備え付け。エミリーの部屋と同じく広めのクローゼットもあり、身の回りのものを持ってくればすぐに住むことができそうだ。
「それにしても。他の場所は大丈夫なの?」
「というと?」
「風呂場とかトイレとか。キノコとか生えてそう」
「失礼デスね! この部屋がたまたま汚れてただけで、掃除をしないわけじゃないデスから!」
まぁ、思い返せば向こうの部屋もクローゼットとかはきちんと整頓されていたし。
面倒くさがりというだけで、絶望的に家事ができないわけじゃないんだろう。
「それより……お腹空いたな」
壁にかかっている時計に目をやると、時刻は6時。
夕飯にはまだ早いが、今日は昼食が少なめだったこともあって空腹感がある。
「そういえば、夕飯ってどうしてるの?」
「この学生寮は食事が出ないデスから。自炊デスね」
あれはいつだったか……そう、たしか2016年。国から大学へ入学者を絞るような通達があった。定員厳格化、というやつだ。
その影響を受け、学生寮を廃止する大学も増えていると聞いた。もしかするとこの寮で食事が出ないのは、そういう影響を受けてコストを削減するための策なのかもしれない。
「もう夕方デスし。少し早いデスが、夕飯にしましょう」
「外食?」
「ワタシが作りマス」
「いいけど……エミリーってイギリス出身だよね」
「そうデスけど、それが?」
「大丈夫なの?」
「……ひどい偏見デス」
エーミールは顔をそらし、ちょっとむくれた。
ウナギゼリーとかスターゲイジーパイとかが頭に浮かんでくるが、イギリス=メシマズというイメージは、たしかにステレオタイプだったかも。
今のは失礼だった、反省。
「ワタシだってカップ麺ぐらい作れマス」
「うん、僕が作るね」
そもそも作れないんかい。
献立を考えるため、キッチンへ行き冷蔵庫の中身を確認する。
そこには半分まで減ったオレンジジュースとアイスティーのボトルがあるだけで、料理に使えそうなものは何も残っていなかった。
「あの……いつもはどんな食生活を?」
「カップ麺と紅茶。完全食デスね」
栄養管理士が聞いたらはっ倒されそうな発言だが、本人はいたって真面目らしい。ドヤ顔やめい。
もしかして、これも文化の違いなのか。いや、イギリス人全員がカップ麺と紅茶を完全食と信じ込んでいるのなら、そんなイカれた民族はとっくに滅んでいるはずだ。
部屋の惨状もそうだが、もしかするとエミリーの生活力は……いや、やめておこう。考えても辛いだけだし。
「仕方ない。買い出しに行くよ」
「ワタシとしては、外食でもいいデスけど」
「節約だよ。外食は割高だし」
「それもそうデスね」
「それに、今日は駅前のスーパーで野菜のセールがあるんだ。この機会に買いだめしておきたいし」
「なんだかショタイじみてマスね……」
どこでそんな言葉知ったんだ。
「あれ、ユウ」
「どうしたの? 早く行こう」
「その恰好で行くんデスか」
「───はっ」
なんか足元がスース―するなぁ、なんて思ってたけど、そういえば女装したままだった。
慣れって怖い。
……なんでちょっと残念そうな顔してるの、エミリー。