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10.出会って1日で同棲(前編)

「ユウは容赦ないデス……」

「自業自得だよ」

「うぅ……」



僕の説教から解放されたエーミールは、げっそりとした様子で立ち上がる。正座に慣れていなかったのか、足がぷるぷると震えていた。



「気を取り直して、デス。これからの話をしましょう」

「いいけど、これからって?」

「ユウの外見は完璧デス。でも、まだ足りない要素がありマス」



外見が完璧なのかは自分じゃ判断できないので何とも言えない。とりあえず考えるのはやめておこう。辛いし。

それにしても、足りない要素か。


「……声とか?」

「それだけじゃありまセン。声、しゃべり方、立ち振る舞い。外見が女子でも、これらが不完全だとすぐ見抜かれてしまいマス」



なるほどたしかに。

声はいわずもがな、普段意識することは無いが、男性と女性は骨格からして違う。歩き方ひとつとっても、そこには大きな違いが存在するはずだ。



「といっても、しゃべり方や立ち振る舞いは意識すれば変えられマスから。まずは声をどうにかすべきデス」

「道具を使うのはダメなの? ボイスチェンジャーとか」

「スピーカーを対面で使う訳にはいかないでショウ」

「そっか……」

「そんなにしょんぼりしなくても大丈夫デス。ちょっと練習はいりますが、ユウはもともと美味しそうなショタボイスデスから。心配いりまセン」



もっと別のことが心配になったな。主にエミリーの頭とか。



「……本当にできるのかな」

「あら、心配デスか?」

「そりゃそうだよ。これまでの人生で、女装したことなんて一度もないし……」

「え、意外デス」

「その反応、個人的には一番傷ついたかも」



高校のころ、初対面の相手に女子と勘違いされることは一度や二度じゃなかったし、友人から外見をいじられることもあった。中性的――いや、女性的な顔立ちであることは自覚している。

だからといって、僕は女装をしたことなんてない。どちらかというとこの外見はコンプレックスだったし。



「そもそも、18年間男子として生活してきたんだし。ちょっと練習するぐらいで、女子っぽくふるまえるのかな……」

「むぅ」

「それに、メイクだって。まさか、毎回エミリーにやってもらうわけにはいかないだろうし……」



愚痴っぽくなってしまうが、サークルに潜入するとなると色々な問題が浮上してくるのは事実だった。

僕は大学生なので講義に出席しなければいけない。しかし、女装したまま出席するなんてことは、いくら放任主義の大学と言えど難しい。となると講義が終わると同時に大学内で女装し、サークルに参加しなければいけない。

だが、大学内で女装するとなるとエミリーの手を借りることができない。なぜなら、二人きりになれる場所が存在しないからだ。というか自力で女装するにしても、どこでやればいいのか。仮に男子トイレで女装するにしても、女装して出てくれば痴女だと思われかねない。逆だと普通に捕まるし。


僕の言葉を聞いたエミリーは、少し考え込む。

そして



「そうデスね。そんなに心配なら……ここに住みまセンか?」



そう言った。



「えっと……」



彼女の発した言葉を、頭の中で反芻する。


ここに住む。

エミリーの部屋に、住む。


それはつまり……同棲、ってこと?

いやいや……



「なんでそうなるのさ」

「一緒に住めば、ワタシを通して女子の立ち振る舞いを学ぶことも出来ますし。なにより女装して大学に行くとなると、着替えを持っていく手間がありマス。ここなら、大学まですぐデスし」



たしかに、エミリーの言うことは一理ある。

一緒に住めば練習の時間を長くとることができるし、大学に隣接しているここなら往復するのにも時間がかからない。

ただ、それを超える問題があるのも事実だった。



「うーん……」

「なにか問題デモ?」

「……僕らは友人だけど。それ以前に男女なわけだし……」

「心配いりません。ユウが真面目だってことは知ってマスから」

「いや、そうじゃなくて」



彼女はなにか勘違いしているらしい。



「僕が襲われないか心配なんだけど」

「そっちデスかっ!」



Oh! とでも言わんばかりに、大げさに頭を押さえるエミリー。



「別に、ワタシだって自制できないわけじゃありまセン」

「……嘘乙」

「嘘じゃないデス! 女の子の姿ならまだしも、普段のユウなら―ー」



そういって、僕の顔をまじまじと見るエミリー。



「普段の、ユウなら……」

「あの……エミリー?」

「───絶対に手を出さない、と言いたいところデスが」



あれっ。



「物事に絶対はありません。5分後に世界が滅亡する可能性を完全に否定できないように、可能性はすっごく低いデスが、もしかすると襲ってしまう可能性も……」

「そこは普通に否定してよっ」

「い、今のはただの冗談デス。小粋なイギリシアンジョーク、デスっ」



だからブリティッシュだろ!



「信じられない。やめだやめ!」

「ち、違うんデス。聞いてください!」



まるで捕まる直前の犯罪者みたいだ。

いちおう、釈明を聞いておくことにする。



「昨日と今日のあれは、ちょっとふざけすぎただけで……本気だったわけじゃないデス。ワタシだって、やっていいことといけないことの区別ぐらいできます」

「……本当?」

「本当デス」



彼女と目を合わせる。

エミリーは真顔。真剣な様子で、嘘をついているようには思えない。



「で、でも───」

「信じてください、ユウ」

「う……」



そうだ……僕と彼女は親友だ。だから、ちょっとぐらいふざけすぎてしまっても不思議じゃない。

思い返してみれば、あれぐらいのスキンシップは高校の男友達ともよくやったものだ。

もしかすると、僕が自意識過剰なだけなのかもしれない。

そう思うと、彼女を疑うことがひどく恥ずかしいことのように思えた。



「……わかった。信じるよ」



そうだ、エミリーは僕のために協力してくれているんだ。

それを疑うだなんて……親友失格だ。



ちょろい(Naive)……」

「え?」

「?」



聞きなれない英単語が聞こえたが、エミリーは不思議そうにこちらを見ているだけだった。



「い、いや。なんでもないよ」



気のせい……だよね。

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