40 ただいま
『皓王会』確保作戦から数日。
簡単に事の顛末を振り返るとしよう。
大目標であった│名前付き《ネームド》は全員確保に成功し、双方ともに死者はゼロ人。
高濃度の薬液を注射され暴走していた『白虎』は確保後、生と死の狭間を彷徨ってはいたが、驚異的な生命力で一週間とかからずに目を覚ました。
しばらくすれば、以前と変わらずに生活できる程度まで回復するとの見立てだ。
異能聴取が始まっている賢一に関しても、多数の進展があった。
十束の『記憶閲覧』によって賢一を秘密裏に釈放した防衛大臣の存在が明るみになり、芋づる式に数名の政府関係者が逮捕。
前代未聞の不祥事に衝撃が走ることとなった。
防衛大臣が賢一を釈放した目的は、異能強制増強剤を用いた下位異能者の軍事利用だったらしい。
確かにアレを使えば下位異能者でも相当な戦力にはなるが……戦争でも仕掛けるつもりだったのだろうか。
なんにせよ、人道や倫理を無視した行いであることに変わりない。
関係者には然るべき処分が下るだろう。
最後に皓月千だが……こちらは想定外の事態が発生した。
なんと、拘留されていたはずの千が拘留所から行方をくらましたのだ。
異能絶縁の手錠は嵌められていたにも関わらず、逃亡を許した。
伽々里さんの『世界観測』で過去を視てもらったが、本当に唐突に姿を消したらしい。
証拠も残されていないため、追跡は難航している。
またしても悩みの種が増えた形だ。
目立ったところで言えば、こんなところだろうか。
細かいものはたくさんあるが……挙げていたらキリがない。
そんなわけで、俺の日常は今日も続いている。
『標的B地点を突破。七秒後に接敵します』
『了解』
インカムから聞こえる伽々里さんのオペレーション。
今日も変わらず、『異特』として深夜出勤だ。
ひとつ事件が終わっても、俺たちの仕事はなくならない。
あんなものは氷山の一角。
探さずとも異能者絡みの事件は山ほど起きる。
平穏とは程遠い現実を少しでもまともにするために、望まず得た力を振るう。
これは俺が決めたこと。
今更逃げ出したくはない。
「……さて、と」
時間はない。
軽く息を整えて、狭い路地の中心に陣取った。
視線を前に向ければ、曲がり角から大慌てで男が一人駆けてくる。
男は立ちふさがる俺を見てギョッと目を剥き、
「助けてくれ、兄ちゃん!! やべえ、やべえ奴に追われて―—」
必死の形相で助けを求めた。
当然ながら、この男は異能犯罪者だ。
俺を通りすがりの一般人とでも思っているのだろうか。
いや、それなら俺を人質に使うくらいはするはず。
正常な判断が下せないほどに焦っていると見える。
でもまあ、うん。
理由は薄々わかるよ。
「悪いけど、そりゃあ無理な相談だ。俺も、あんたを追ってる人と同じだし」
「——っ!?」
無慈悲に告げると、男は踵で急制動をかけた。
通路の端に置かれていたビール瓶の入った箱をなぎ倒す。
カッシャーン!! とガラスが割れる音が連なり、破片がアスファルトへ散乱する。
そんな時、再び曲がり角から現れた人影。
「——鬼ごっこは終わりです。切り刻まれたくなければ、大人しく刃を受け入れなさい」
澄んだ声音で告げるは理不尽な選択肢。
夜闇に揺れる銀髪が、薄暗い路地ではなお輝く。
軽快に踵を鳴らして歩く姿は備わった端麗な容姿も相まって、モデルのような美しさだ。
銀色に煌めく刃を自身の周囲に躍らせ、臨戦態勢の整った彼女の名は有栖川アリサ。
俺の同僚であり、レベル9『剣刃舞踏』の異能者。
才能、環境共に恵まれて育った有栖川は、俺みたいなモブ陰キャとは違う人種。
「畜生、こんなところで捕まってたまるか……っ!!」
男が狙いを定めたのは俺だった。
明らかに危険で理不尽な有栖川よりも可能性があると感じたのだろう。
同じ立場なら俺でもそうする。
男は拳を強く握りしめ、力強く踏み込んだ。
アスファルトの地面が容易く割れる。
男の異能は強化系でも数が多い『身体強化』。
とはいえ侮ることなかれ。
単純なだけあって、雑に強い。
けれど。
「一応仕事なんでな。なるべく痛みは感じないようにしてやる」
手を翳し、俺も異能を行使する。
男が飛び込んでくる空間を指定し、
「『過重力』」
「っ、がはっ!?」
強烈な重力に身体が引かれ、胸元を硬い地面に叩きつけた。
押し出された声が漏れる。
加減はしたため臓器がつぶれている……なんてことはないはず。
もう動けるのは首から上だけで起き上がることは出来ない。
何が起こったのか理解できないと言いたげな眼差しで、男が俺を見上げた。
そして、目に恐怖が混ざる。
「あ、お、お、お前、白い指輪の男……『異極者』――『暁鴉』……っ」
「マジでその名前浸透してんの????」
うっそだろお前。
どいつもこいつも厨二病全開な二つ名で呼びやがって。
いい歳して恥ずかしいと思わないのか??
頼むから人並みの羞恥心を持ってくれ。
呆れ混じりにため息を吐いて、一瞬だけ威力を強める。
男は意識を失い、ぐったりと倒れた。
近づき、無抵抗の両手に異能絶縁の手錠を嵌める。
これで異能は使えない。
『伽々里さん、こっちは終わりました』
『はーい。静香さんがそっちに向かうので、合流したら今日の仕事は終わりです。お疲れ様でした』
『お疲れ様です』
伽々里さんへ連絡を入れて、回収のための静香さんが来るのを待つ。
挨拶の後に、路地の奥に控える有栖川へ目をやる。
……なんかまだ刃が舞ってるんだけど。
「……さて。有栖川さん、そろそろその物騒なものをしまって頂いても?」
「自衛のためですよ。主に貴方への」
「せめてコイツの監視のためと言って欲しかった」
「こんな雑魚より貴方の方がよっぽど危険です。いやらしい」
「どこにいやらしい要素があった????」
もしかして存在がいやらしいとか?
……自分で言っておいてなんだが意味わからん。
有栖川がこの調子なのは平常運転の証。
気にしないが吉だな。
そんなこんなで待つこと五分ほど。
「待たせたな、京介」
「こんばんはーっ、先輩っ!」
スーツ姿の静香さんと並んでやって来たのは、満面の笑みを振り撒く金髪少女――十束瑞葉だった。
若干14歳ながら公安に協力する異能者の彼女だが、あの一件以来『異特』でも仕事を受け持つことがある。
俺の隣で、ふんっと不機嫌そうに有栖川が鼻を鳴らした。
怖い怖い……頼むから刺激を加えないでくれ。
板挟みの俺が大変なことになる。
「えと、十束はこれから仕事か?」
「明日は学校がお休みですし、異能聴取の人手が足りてないとのことでしたので」
「『読心』とか、その辺の異能者は人手不足だからな。頑張れよ」
「はいっ!」
元気に返事をして、微笑む。
ほんといい子だよなあ。
そんな事を考えていた矢先、頭の中に響く声。
『頭とか撫でてくれたら、もっと頑張れるかもしれませんよ?』
『……頼むから勘弁してくれ。あんまり非モテを揶揄うんじゃない。勘違いするぞ』
『瑞葉的には勘違い上等ですっ!』
十束はぺろっ、と小さく舌を出して、パチリとウインクを飛ばす。
あざとすぎる……『念話』で俺だけに伝える辺りとか特に。
可愛い外見に騙されてはいけない。
十束は猫かぶりの小悪魔美少女なのだから。
「私語はその辺にしておけ。さっさと運ぶぞ。京介も力を貸せ」
静香さんが無数の糸を操って縛り上げた男を、俺の異能で少しだけ浮かせて車まで運ぶ。
その車に静香さんと十束乗り込み、走り去った。
仕事が終わった俺と有栖川は別の車に揃って乗り込み、発進した。
程よい揺れが眠気を誘う中、
「貴方なんて異能がなければただの冴えない平々凡々な男ですよね」
「普通に傷つくからやめて???? いやさ、事実だけどさ。もっとこう、オブラートに包むというか、気遣いの精神というか」
「そんなもので包んでも無意味ですから」
俺の要望は一言で切り捨てられた。
でも、どうしてか。
有栖川の表情は穏やかなものだった。
先に有栖川が家で降りて、その後に俺も自宅前で降りる。
マンションの一室。
もう夜も遅いため、人気はまるでない。
静かに家の鍵を開けて中へ入ると、
「美桜? 寝てなかったのか?」
水色のパジャマ姿の美桜が眠たげな目で出迎えた。
実際、さっきまで寝ていたのではなかろうか。
寝起き特有のぽやぽや感が残っている。
「……ん。さっき起きたの。今日は、久々だったから」
瞼を猫のように擦りながら、緩い笑顔で美桜は答えた。
美桜は俺の帰りに合わせて真夜中にも関わらず起きてくれたらしい。
今日は『皓王会』の件以来、初めての仕事だった。
そういう理由もあって心配してくれていたのだろう。
「ねえ。なにか言うこと、ないの?」
こてん、と小首を傾げて美桜が問う。
ああ、そうだ。
俺が美桜に伝えることなんて決まっている。
殺伐のした世界から、平穏な日常へ帰還するための言葉。
「――ただいま」
〈完〉
あとがき
作者の海月くらげです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
なんとか毎日一話ずつの更新で完結まで漕ぎ着けることが出来ました。
最後まで走り続けられたのは読んでいただいた皆様の応援あってのことです。
本編の最後にも書いた通り、本作品はこれにて完結です。
書くとしても番外編くらいでしょう。
続編を書かないのは他の作品の手を進めるためなのと、単に続きの話が思いついていないからです。
個人的には楽しく書くことが出来ましたが、皆様にも同じように楽しんで頂けたのなら幸いです。
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どうか、よろしくお願いします。
細かい話は近況報告の方でさせて頂きますので、この辺で。
それでは〜(:]ミ




