第9話
だいたい2時間くらいは眠っていただろうか。座りながら寝ていたので少し首が痛かった。
「お目覚めになられましたか」
「ええ・・・今はどのあたり?」
「次の街まで1時間といったところでしょうか・・・その街で一度休憩になります」
「そう。窓の外を見ても良い?」
「街に着くまでなら良いですよ」
侍女はカーテンを開けた。窓の外には右にイサーク、左にミシェルが居た。その向こうは森の様だった。
「森の中の街道なのね」
「そのようですね」
カーテンが開いたことに気が付いたイサークが笑顔を向けてきたので小さく手を振る。反対側のミシェルは能面のような顔で真っ直ぐ前を向いていた。
「森が終われば街に着きます。それまではカーテンを開けておきますか?」
「ええ。開けておいて」
私は代わり映えしない森をずっと眺めていた。どんな景色も城と貴族街しか知らない私にとっては新鮮だった。
(海とか見たいな・・・)
レメゲトン皇国の海に面した土地は中央から遠い。行く機会はあるだろうか。
(クーデターが起こった後、逃げたら海の見える街に住みたいな)
サブノックと、叶うなら父と母と・・・。
侍女の言った通り、1時間ほどで森を抜け、休憩を取る予定の街に着いた。
「殿下、馬車からお降りになられますか?」
「ええ。クッションがあるとはいえ、流石に体が痛くなってきたわ」
私はイサークのエスコートで馬車を降りた。休憩は街の郊外で取っているため、周りに人は居ない。というより遠ざけている様だった。護衛の兵たちは、辺りを警戒したり、馬の世話をしたり忙しそうだ。これで人間の休憩になるのだろうか?
「イサーク、貴方の乗っていた馬は?」
「あちらで、グリーに任せています」
示された方を見ると、ミシェルが自分の馬とイサークの馬の世話をしていた。
「近くで見ても良いかしら?」
「もちろんです」
馬に近づくと、ミシェルが黙礼してきたので微笑み返すが・・・見たのか見てないのか、すぐに馬の世話に戻ってしまった。
「この子たちには名前はあるの?」
「はい。私の馬はコランと言います」
「男の子?」
「はい」
「まあ。私、サブノック以外の男の子に会うのは初めてよ」
イサークが快活に笑った。
「コランもサブノック殿下に並べられては恥ずかしくて仕方ないでしょう」
「うふふ。撫でても?」
「どうぞ」
「よろしくね。コラン」
鼻ずらを撫でると気持ちよさそうに目を細めた。その様子を羨ましそうに隣の馬が見ていた。どうやら人懐っこいようだ。
「ミシェル。貴方の馬の名前は?」
「・・・ございません」
「あら?こんなに懐いているのに?可哀想に・・・この馬は男の子?」
「メスです」
「そう・・・では、今日から貴方はダイヤよ」
ダイヤは嬉しそうに嘶いた。
「勝手に名付けて良かったかしら?」
「殿下の御心のままに」
ダイヤの態度とは反対にミシェルの態度は素っ気なかった。それはそうだよね・・・。
「馬車に戻るわ。イサーク、貴方も休息を。ミシェルもね」
「ありがとう存じます」
イサークは再び私を馬車までエスコートすると、コランの方へ戻って行った。
1時間ほどの休息で、再び馬車は動き出した。
「殿下、お疲れになったら、いつでも声をおかけ下さいまし」
「ええ。そうするわ」
座ってるだけというのも疲れるのだと学んだ。遠慮なく休息を取らせてもらおう。
しかし、旅は順調に進み、次の街で昼食を兼ねた休憩に入った。もちろん、街の小さな宿屋で食べる訳ではない・・・経験してみたいけど。私は街の領主である貴族の屋敷で昼食を取ることになっていた。
「殿下をおもてなしできるとは、我が一族の誉です」
「世話になるわね」
領主夫妻と話していると、毒見を済ませた料理が運ばれてきた。この辺りは酪農が盛んとのことで、チーズが美味しかった。サブノックにも食べさせてあげたい。お土産に持って帰れますか?帰りに寄るから、その時にお願いしたいと伝えると、大変喜ばれた。
領主に別れを告げ、また馬車に乗り込む。森を抜け、再び休息を取り、川を渡り・・・宿泊する予定の街に着いたのは、夕方になってからだった。
(私のために、ゆっくりした旅程になってるんだよね。なんか申し訳ないな)
でも、12歳の体力を考えると、これが限界なのかもしれない。
この街でも、街を治める貴族の屋敷に招かれ、恐らく一番良い客室に案内された。窓からは街の様子が見えた。生まれて初めて見る街並みだった。
「殿下、あまり窓に近づかないでくださいまし」
「分かってるわ」
名残惜しいが、窓から離れる。
「本日は、もうお休みになられますか?」
「そうするわ」
寝支度をして、城のベッドより二回りは小さいベッドに入る。いや、これ普通のサイズよりは大きいですから。そんなことを思っていたら、疲れていたのかあっという間に眠りについたのだった。