第7話
公務が始まると言っても、いきなり大量の書類が渡されるとか、どこかへ行ってこいなんて言われる訳ではない。私の最初の仕事は、母の代理として、とある貴族のお茶会に出席することであった。
「殿下の黒髪には何色のドレスでも似合いますわね」
「ありがとう公爵夫人」
なんて、無難な会話を繰り広げる。
「そう言えば、皇帝陛下が殿下のために護衛騎士を付けられたとお聞きしました。あちらの方々が?」
「ええ。私の護衛騎士ですわ」
「まあ、殿下に相応しい眉目秀麗な殿方ですこと」
「私、不穏な噂を耳にしましてよ・・・なんでも、一方は国境兵の出だとか・・・」
「国境兵ですって!?」
国境兵という言葉に反応して、全員が私を見つめる。
「ええ。グリーは国境兵だったと聞いておりますわ」
「まあ、なんてこと。『黒翼の鷲』に異国の者を近づけるなど・・・」
「全ては皇帝である父が決めたことですわ」
私の一言に全員が押し黙る。
「で、ですが、殿下がおっしゃられれば、皇帝陛下も他の者をお付けになったのでは?」
「そうですわね。でも、私はこのままで良いと申し上げましたの」
言い切って紅茶を口に含む。確か、この夫人の息子は士官学校に通っていると聞いた。あわよくば、自分の息子をと推薦したかったのだろう。
「士官学校に入られる方が優秀なのは存じております。しかし、陛下は実戦経験を優先されたのだと思いますわ」
ニコッと微笑むと、もう周りの婦人たちはグウの音も出ないようだった。
(疲れた・・・)
お茶会が終わって、城に戻ると侍女たちを下がらせてベッドに転がった。
(お茶会にパーティーに・・・腹の探り合いはしなくて良いとは言え、疲れる)
こんな生活をずっとしてきた母を尊敬してしまう。目をつぶってウツラウツラしていると、外から侍女の声が聞こえた。
「サミジーナ殿下、サブノック殿下がお会いしたいとのことです」
「分かったわ。行くと伝えて」
ベッドから下りた私は、スカートの裾を引っ張って伸ばしたのだった。
サブノックの部屋に行くと、笑顔で出迎えてくれた。
「お姉さま、いらっしゃいませ」
「お招きありがとうサブノック。今日はどうしたのかしら?」
「お姉さまがお茶会から戻られたと聞いたので、一緒にチェスをしたいなって」
無邪気に笑う弟は天使の様だ。抱きしめたい衝動に駆られるが、淑女として育った私には、そんなことは出来ない。だから、優しく頭を撫でるだけにした。
「お誘いありがとうサブノック。一緒にやりましょう」
「はい!」
サブノックは7歳ながらチェスが強い。5歳から勉強を始めた私を神童と呼ぶ人も居たが、私からすればサブノックこそが神童だ。
「お姉さまが御公務へ向かわれる際にと、護衛騎士が付いたと聞きました」
どうやら、サブノックの関心事も護衛騎士の様だ。チェスは口実だったのかもしれない。
「ええ。お父様が付けて下さったわ」
「僕も大きくなったら騎士になりたいです」
思わず笑ってしまう。
「あら、サブノックは大きくなったら皇帝になるのよ?」
「分かってますけど、騎士にもなりたいんです」
むくれるサブノックは撫で繰り回したくなるほどの可愛さだった。
「最近、サブノックは剣のお稽古を始めたそうね」
「はい。だから、騎士にもなりたいんです」
「あらあら」
「お姉さま、宜しければ護衛騎士に会わせてくれませんか?」
このオネダリが本命の様だ。
「他ならないサブノックの頼みだもの。私が断る訳ないでしょう」
「ありがとうございます!」
私は控えていた侍女にミシェルとイサークを呼ぶように言った。
ほどなくして、二人が部屋へと入ってきた。口を開いたのは、やはりイサークだった。
「サミジーナ殿下、お呼びと伺いました」
「ええ。サブノックが貴方たちに会いたいと言ってね。サブノック、この二人が私の護衛騎士よ。イサークとミシェルというの」
「イサーク・プランシーと申します。お会いできて光栄です。皇太子殿下」
「ミシェル・グリーと申します」
サブノックは、前世で言うところの戦隊もののヒーローに会った子供のような顔をしていた。赤い眼が羨望でキラキラしている。
「二人とも本物の騎士なんですね?お姉さま」
「ええ。そうよ」
サブノックは二人と話してみたいというので、二人を呼び寄せ、質問に答えるよう命じた。
「どうやって騎士になったのですか?」
「剣の稽古はいつからやっているのですか?」
イサークは快活に、ミシェルは端的に質問に答えていた。
「お姉さまの護衛騎士になる前は何をしていたのですか?」
「自分は士官学校におりました」
「・・・国境兵でした」
「国境兵?国境兵はどんなお仕事なのですか?」
「隣国との境で警備をしておりました」
「警備って、どんなお仕事ですか?」
「国境を警邏しておりました」
熱心に質問をするサブノックを見ていて、やはり、この子は死なせたくないという思いが強くなる。少しでも良いから、ミシェルがサブノックの無邪気さに絆されてくれないだろうか・・・そう願わずにはいられなかった。