第6話
翌日、私は父の執務室に呼ばれた。父の執務室に入るのは人生で初めてである。
「お父様、お呼びと伺いました」
「サミジーナか。よく来た。こちらにおいで」
父の向かいには、昨日紹介されたガードナー将軍が立っていた。
「サミジーナ。お前も昨日で皇室の役割を担う存在となった」
「はい」
「これからは公務もある。だから、お前に護衛騎士を付けようと思う」
「護衛騎士ですか?」
「ああ。ガードナーが選んだ優秀な人材だ」
「ガードナー将軍が選ばれたのなら、安心ですわね」
「ありがとう存じます。サミジーナ様」
「ガードナー。連れてこい」
「かしこまりました」
ガードナー将軍が一旦、執務室を出て行く。数分後に二人の若者を連れて帰って来た。一人は緊張で顔を強張らせ、もう一人は無表情だった。共通しているのは、二人とも美形だということだった。
「連れて参りました」
「うむ。余とサミジーナに直接話すことを許す。名乗るが良い」
「陛下のお許しが出たぞ。名乗るが良い」
緊張で固まっている青年が進み出た。
「ありがとう存じます!私はイサーク・プランシーと申します」
次に無表情の青年が進み出た。
「私はミシェル・グリーと申します」
ガードナー将軍が満足そうに頷き、父と私に向き直った。
「この2人をサミジーナ殿下の護衛騎士に推薦いたします」
(し、主人公が来ちゃった――――――――!!)
いや、分かってたよ。12歳になったんだし来るよね。でも、どうしよう。顔が強張っている気がする。
「どうかしたか?サミジーナ。気に入らないなら・・・」
「いいえお父様。ガードナー将軍が選ばれた方なら、どなたでも構いませんわ」
「そうか・・・ガードナー、随分とサミジーナに信頼されているな」
「将軍を信頼なさっているのは、お父様でしょう。お父様が信頼なさっている方を疑う事なんて、私は致しませんわ」
父とガードナー将軍が声をそろえて笑う。
「サミジーナ殿下のお言葉、まことに嬉しく存じます」
「将軍が選ばれた方なら、さぞや優秀なのでしょうね」
「はい。国中を回り選んでまいりました」
「まあ、国中を」
「プランシーは士官学校で見出しました。グリーなどは国境兵でして、見つけるのに苦労致しました」
「国境兵・・・」
国境兵とは、属国となった国出身の兵士が着くことが多い役割だ。将軍は言外にミシェルがレメゲトン人では無いと私に伝えているのだ。父は面白そうに私を見ている。
(昨日の「大丈夫だな」って、この事だったのね・・・)
「国境兵と言えば、ガードナー将軍も初めは国境兵でしたの?」
「はい。レメゲトン人では無い兵士の宿命ですな」
「今は将軍でいらっしゃるのですもの。御立派ですわ」
「殿下は私が喜ぶ言葉ばかり下さりますな」
私はミシェルを見つめて言った。
「レメゲトン人であろうが無かろうが、皇国に忠誠を誓うものならば構いません。ミシェルとやら、私を守る栄誉を与えるわ」
「ありがとう存じます」
ミシェルは深々と頭を下げた。
「決まったな。では、私は仕事に戻るとしよう」
「お父様、ご多忙のところありがとうございました。将軍も」
私は護衛騎士となった二人を引き連れて部屋へと戻った。部屋に戻ると母が待っていた。
「お母様、どうなさったの?」
「ジーナに護衛騎士が付くと聞いたからね・・・」
そして、母は二人に近づいて行った。
「貴方がプランシーね。お母様はお元気?」
「はい。元気にしております。ベリス様に気に掛けて頂けるなんて光栄です」
「昔はよくパーティーで顔を合わせたものだわ」
なるほど・・・プランシーは貴族の出身なのね。さっき、士官学校って言ってたものね。士官学校は貴族出身者にしか門戸が開かれてないからね。
次に、母はミシェルを睨みつける様に見た。
「お前がグリーか」
「はい」
「口を開くな。汚らわしい。私はレメゲトン人以外がジーナの護衛騎士になるなんて反対だったのです」
母は生粋の貴族だ。血統主義の中で育ってきた人だから、この対応なのだろう。
「しかし、陛下が決められたこと。何かお考えあってのことでしょう・・・ジーナの盾くらいには使えそうだこと」
吐き捨てる様に言った母は、私の元に近寄って来た。
「ジーナ、私の知り合いの貴族にも士官学校に通っている息子が居る者は多いのよ。あの者が気に入らなければ、いつでも言いなさいな」
「はい。お母様」
とりあえずは素直に返事をしておく。ミシェルを見張る意味でも、傍に置いておきたいから、そんな日は来ないけどね。
母が去った後、部屋には気まずい空気が流れた。空気が読めちゃう元日本人ってツラい・・・。私は空気を変えるために口を開いた。
「これから貴方たちのことはイサーク、ミシェルと呼ぶわ。貴方たちにも私の名を呼ぶことを許します」
「光栄です。サミジーナ殿下」
すぐに返事をしたのはイサーク。ミシェルは黙って頭を下げた。
「ミシェル、先ほどは母が失礼したわね。代わりに謝るわ」
「そんな・・・殿下が謝られる事なんてありません!」
またもやイサークが言った。ミシェルは、やはり黙ったまま私を見ている。
「イサーク、もう一度言っておくけど、私はレメゲトン人であろうが無かろうが、皇国に忠誠を誓うものならば構わないと考えているわ」
「はい・・・」
イサークは叱られた犬みたいになった。ちょっと可愛い。
「二人とも、これから宜しくね」
「はい。必ず殿下をお守りいたします」
ミシェルは思った通り黙礼しただけだった。