表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/27

第23話

 ミシェルが命を落としそうになった夜の出来事には、流石の穏健派も穏やかではいられなくなったらしい。すぐに首謀者は捕まり、過激派のほとんどが城を出されたそうだ。城を出されても行くところは無いだろうに。残ったのは穏健派だが、私から見ても人が足り無さそうだった。


(このままでは、国として立ち行かなくなるわね)


 私が心配することでは無いかもしれないが、思わず心配になるレベルで穏健派が忙しそうだったのだ。そんな最中、私はガブリールを呼び出した。


「サミジーナ様からお声がかかるとは思っていませんでした」

「少し、貴方の意見が聞きたくてね」


 お茶を薦めて向かい合って座る。


「どのようなお話でしょうか?」

「簡単に言うと、現状についてよ。もう、国の仕事が回らないのではなくて?」

「・・・おっしゃる通りです」

「貴方たちはクーデターのことばかり考えていた人間の集まりだもの。政治には不向きよね」

「痛い言葉ですが、否定できません。昔は、未来の事まで考えていませんでしたから」


 私は一呼吸おいてから言った。


「此処をサブノックへ明け渡し、元々のアンジール国へ行くのはどうかしら?」

「・・・は?」

「貴方たちにとって、此処は敵だらけ。治めるには向かない土地ね。なら、サブノックに明け渡して、元の場所に帰ってはどうかという話よ」

「と、おしゃってもアンジール国は・・・」

「此処を明け渡す代わりに、国を復興させれば良いわ」

「・・・そんな簡単には行きませんよ」

「そうでしょうね。サブノックはクーデター軍を憎んでいるから・・・でも、冷静な判断の出来る子でもあるわ」

「しかし・・・」

「それに、私が居るでしょう」

「サミジーナ様を盾にアンジール国の復興を要求すると?」

「私、よく考えたらサブノックから結婚のお祝いをしてもらってないわ」


 冗談めかして言ったらガブリールが少し笑った。その顔には疲れが滲んでいた。


「そうですね・・・ミカエルに相談してみましょう」

「私も行くわ」


 執務室に揃って顔を出すと、ミカエルは少し驚いたようだった。


「不思議な組み合わせですね」

「私からミシェルに提案があるのよ。先にガブリールに聞いてもらったの」


 私は先ほどガブリールに提案したアンジール国復興案を話した。


「仲間たちの疲弊は感じていました。我々は国を治めることには向いていない」

「だから、もうサブノックに渡してしまいなさい。貴方たちの目的は復讐で、簒奪では無かったのでは?」

「・・・そうですね。でも、簡単には行かないでしょう」

「でしょうね。だから、私からサブノックに一筆書くわ」

「サミジーナ様が?」

「ええ」

「もし、アンジール国が再建されたら、サミジーナ様も一緒に来て下さるのですか?」

「ええ。妻ですもの」


 私の言葉にミシェルは一瞬、目を見張ったかと思うと幸せそうに微笑んだ。


 それから初の外交に向けて一丸となって動き出した。私はサブノックとガードナー将軍宛に手紙を書いた。遺恨があるのは承知だが、この提案を受け入れて欲しい。そして、城に戻りレメゲトン皇国を導いて欲しいと。


(虫が良すぎるかしら・・・)


 使者は再びガブリールが務めることになった。私はガブリールに小さな包みを預けた。


「サミジーナ様。これは?」

「中身は銀製のブローチよ。昔、誕生日にサブノックに貰ったもの。私が本気だということが伝わるはずよ」

「お預かりします」


 あの頃は、クーデター軍からどうやってサブノックを守るかを考えていたのに、今はクーデター軍をどうやってサブノックから守ろうかを考えている。そんな自分が可笑しくなって少し笑った。


 夜、ミシェルと一緒の寝室で眠ることにも慣れてきた今日この頃。ベッドに真剣な顔をしたミシェルが座っていた。


「どうしたの?」

「・・・貴女の口から妻であるという言葉を聞けて、嬉しく思いました」

「事実だもの」

「貴女に殺される覚悟でした」

「え?」

「貴女に殺されるなら良いと思っていました」


 前世で愛しているを『死んでもいいわ』と訳したのは誰だったか。ミシェルの言葉はそう聞こえた。


「貴方、本当に私を愛しているのね」

「勿論です」

「敵の娘なのに」

「はい」


 私が手を差し伸べると、その手をミシェルが握った。静かに見つめ合っていると、ミシェルが恥ずかしそうに言った。


「本当の『夫婦』になりたいのです」


 私は小さく手を握り返した。その夜、私たちは本当の夫婦になった。


 ガブリールが帰って来たのは1週間後だった。


「ガードナー将軍の口添えで話がまとまりました。城から出て行く者に危害を加えない。誰が出て行くことも認める・・・と」

「戦後にアンジール国の領土を褒美として貰った者たちはどうなるの?」

「アンジール国の再建に協力するも良し、レメゲトン皇国が用意した別の場所に移るのも良し・・・と言ったところでしょうか。感触ですが、生粋のレメゲトンでは無い者が多いので、アンジール国の再建に協力してくれそうですね」

「そう。良かったわ」

「サミジーナ様のお陰です」


 ガブリールが懐から何か取り出した。預けた包みだった。


「サブノック様に突き返されました」

「そう。役に立たなかったのね」

「いいえ。『それは、お姉さまを守るための物だから』と」

「・・・そう」


 私はブローチを握りしめた。あんな形のままで別れてしまったのに・・・。もう会えない弟を思って、その幸せを願って、窓の外を眺めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ