第23話
ミシェルが命を落としそうになった夜の出来事には、流石の穏健派も穏やかではいられなくなったらしい。すぐに首謀者は捕まり、過激派のほとんどが城を出されたそうだ。城を出されても行くところは無いだろうに。残ったのは穏健派だが、私から見ても人が足り無さそうだった。
(このままでは、国として立ち行かなくなるわね)
私が心配することでは無いかもしれないが、思わず心配になるレベルで穏健派が忙しそうだったのだ。そんな最中、私はガブリールを呼び出した。
「サミジーナ様からお声がかかるとは思っていませんでした」
「少し、貴方の意見が聞きたくてね」
お茶を薦めて向かい合って座る。
「どのようなお話でしょうか?」
「簡単に言うと、現状についてよ。もう、国の仕事が回らないのではなくて?」
「・・・おっしゃる通りです」
「貴方たちはクーデターのことばかり考えていた人間の集まりだもの。政治には不向きよね」
「痛い言葉ですが、否定できません。昔は、未来の事まで考えていませんでしたから」
私は一呼吸おいてから言った。
「此処をサブノックへ明け渡し、元々のアンジール国へ行くのはどうかしら?」
「・・・は?」
「貴方たちにとって、此処は敵だらけ。治めるには向かない土地ね。なら、サブノックに明け渡して、元の場所に帰ってはどうかという話よ」
「と、おしゃってもアンジール国は・・・」
「此処を明け渡す代わりに、国を復興させれば良いわ」
「・・・そんな簡単には行きませんよ」
「そうでしょうね。サブノックはクーデター軍を憎んでいるから・・・でも、冷静な判断の出来る子でもあるわ」
「しかし・・・」
「それに、私が居るでしょう」
「サミジーナ様を盾にアンジール国の復興を要求すると?」
「私、よく考えたらサブノックから結婚のお祝いをしてもらってないわ」
冗談めかして言ったらガブリールが少し笑った。その顔には疲れが滲んでいた。
「そうですね・・・ミカエルに相談してみましょう」
「私も行くわ」
執務室に揃って顔を出すと、ミカエルは少し驚いたようだった。
「不思議な組み合わせですね」
「私からミシェルに提案があるのよ。先にガブリールに聞いてもらったの」
私は先ほどガブリールに提案したアンジール国復興案を話した。
「仲間たちの疲弊は感じていました。我々は国を治めることには向いていない」
「だから、もうサブノックに渡してしまいなさい。貴方たちの目的は復讐で、簒奪では無かったのでは?」
「・・・そうですね。でも、簡単には行かないでしょう」
「でしょうね。だから、私からサブノックに一筆書くわ」
「サミジーナ様が?」
「ええ」
「もし、アンジール国が再建されたら、サミジーナ様も一緒に来て下さるのですか?」
「ええ。妻ですもの」
私の言葉にミシェルは一瞬、目を見張ったかと思うと幸せそうに微笑んだ。
それから初の外交に向けて一丸となって動き出した。私はサブノックとガードナー将軍宛に手紙を書いた。遺恨があるのは承知だが、この提案を受け入れて欲しい。そして、城に戻りレメゲトン皇国を導いて欲しいと。
(虫が良すぎるかしら・・・)
使者は再びガブリールが務めることになった。私はガブリールに小さな包みを預けた。
「サミジーナ様。これは?」
「中身は銀製のブローチよ。昔、誕生日にサブノックに貰ったもの。私が本気だということが伝わるはずよ」
「お預かりします」
あの頃は、クーデター軍からどうやってサブノックを守るかを考えていたのに、今はクーデター軍をどうやってサブノックから守ろうかを考えている。そんな自分が可笑しくなって少し笑った。
夜、ミシェルと一緒の寝室で眠ることにも慣れてきた今日この頃。ベッドに真剣な顔をしたミシェルが座っていた。
「どうしたの?」
「・・・貴女の口から妻であるという言葉を聞けて、嬉しく思いました」
「事実だもの」
「貴女に殺される覚悟でした」
「え?」
「貴女に殺されるなら良いと思っていました」
前世で愛しているを『死んでもいいわ』と訳したのは誰だったか。ミシェルの言葉はそう聞こえた。
「貴方、本当に私を愛しているのね」
「勿論です」
「敵の娘なのに」
「はい」
私が手を差し伸べると、その手をミシェルが握った。静かに見つめ合っていると、ミシェルが恥ずかしそうに言った。
「本当の『夫婦』になりたいのです」
私は小さく手を握り返した。その夜、私たちは本当の夫婦になった。
ガブリールが帰って来たのは1週間後だった。
「ガードナー将軍の口添えで話がまとまりました。城から出て行く者に危害を加えない。誰が出て行くことも認める・・・と」
「戦後にアンジール国の領土を褒美として貰った者たちはどうなるの?」
「アンジール国の再建に協力するも良し、レメゲトン皇国が用意した別の場所に移るのも良し・・・と言ったところでしょうか。感触ですが、生粋のレメゲトンでは無い者が多いので、アンジール国の再建に協力してくれそうですね」
「そう。良かったわ」
「サミジーナ様のお陰です」
ガブリールが懐から何か取り出した。預けた包みだった。
「サブノック様に突き返されました」
「そう。役に立たなかったのね」
「いいえ。『それは、お姉さまを守るための物だから』と」
「・・・そう」
私はブローチを握りしめた。あんな形のままで別れてしまったのに・・・。もう会えない弟を思って、その幸せを願って、窓の外を眺めた。




