第22話
隠し通路に引きこもったり、時々出たり、ミシェルと顔を合わせたりしていたが、重大な事に気が付いた。結婚式の準備ってどうなってるのだろう。
「私共が心得ております」
古参の侍女たちの言葉が心強かった。
「アンジール国の花嫁衣装だそうです」
彼女たちが取り出したのは、真っ白なウエディングドレスだった。前世では当たり前の衣装だが、このレメゲトン皇国では黒が高貴な色なので、白の装束は無い。非常に珍しいものだった。
「まあ、白なのね」
「西の方では花嫁衣装は白いそうですよ」
「そうなの・・・」
「本日、衣装合わせをして宜しいですか?」
「ええ。早めにしないとね」
私はドレスを着てみることにした。
「サミジーナ様・・・12歳の儀の折は夜の女神のようでしたが、白い衣装は春の妖精のようですわ」
「本当に。何をお召しになってもお美しいです」
「ありがとう」
ウェディングドレスは少し大きかったが、誤差の範囲だろう。
「ベリス様がご覧になられたら・・・」
涙を流す侍女たち。私も少し目が潤んでしまった。
「お母さまはなんておっしゃるかしらね」
「褒めてくださいますとも」
「そうね・・・」
母にこの姿を見せられない私。なんて親不孝なんでしょう。
「当日のアクセサリーは?」
「ミカエル様よりこちらを預かっております」
侍女が持ってきたのは、あのアンジール国に伝わるエメラルドの首飾りだった。
「ああ。これを見るのは久しぶりだわ」
手に取るとずっしり重かった。
「小さい頃、お父様にいただいたのよ。これを結婚式に着けるなんて・・・面白いこと」
「サミジーナ様・・・」
「人生に一度きりの結婚式なのだから、楽しくやりたいわ」
「はい。サミジーナ様」
その後は侍女たちと、結婚式当日の飾りやブーケの話で盛り上がったのだった。
逃げていた1年間があっという間だったように、結婚式までもあっという間だった。私は白のウェディングドレスを着て、皇帝の間の入り口に立っていた。
(ここに立つときは、いつも緊張するわね)
扉が開かれる。中の人々は思ったより少ない。警備のためだろう。この結婚式を壊したい人間は少なからず存在する。私は一歩踏み出した。いろんな視線を感じる。敵意と哀れみ。
(祝福された結婚式とは言えないわね)
私はミシェルの元に辿り着いた。ミシェルが私のベールを上げた。12歳の時とは違う白いベールだ。
(なにもかも違うわね・・・)
思わず12歳の時と比べてしまう自分が居た。
「何をお考えですか?」
ミシェルが小さく囁いた。
「昔のことよ」
「そうですか・・・」
ミシェルが私の両肩に手を置いて、引き寄せた。誓いのキスはあっさり終わった。
(笑え。サミジーナ)
父の声が頭に響いた。私はニッコリと笑った。皇帝の間の人々に少しざわめきが起こったのを小気味よく感じた。
結婚式の後は、貴族やクーデター軍の幹部から挨拶を受ける。元レメゲトン皇国の貴族は複雑さを隠そうとしない。貴族としてそれはどうなのだろうか・・・。
反対に、クーデター軍の穏健派の人々は心から祝福してくれている様だった。そして、過激派の人間からは激しい敵意を受けた。こうして、感情が複雑に混ざり合った結婚式は終わった。
夜、私はミシェルの部屋へ向かった。夫婦になったのだから、寝室は一緒だ。
「まさか、来ていただけるとは思っておりませんでした」
「あら?花嫁衣裳の通り、白い結婚をお望みだったと?」
「・・・いいえ」
部屋がノックされた。ミシェル付きの侍女がワインの瓶を持ってきた。
「ガブリールからだそうだ」
「よく気が付かれること」
ミシェルがグラスにワインを注いだ。乾杯をして、口を付けようとした時、ミシェルに制された。
「サミジーナ様、念のために私が先に飲みます」
ミシェルがワインに口を付け、飲み込んだ。
「大丈夫でしょう?ガブリールからだと言っていたし」
「時間がかかる毒かもしれません・・・もう少し待って」
途端に、ミシェルが苦しみだした。
「ミシェル!?誰か!!」
私は扉の外に叫んだ。先ほどの侍女が慌てて入ってきた。
「毒よ!早く水と医者を!!」
「はい!」
侍女は大慌てで出て行った。代わりにガブリールが飛び込んできた。
「ミカエル!」
「ミシェルが貴方からだというワインを飲んで・・・」
「ワイン!?そんなもの、私は贈っていない!」
「なんですって!?」
医者の前に水が来た。
「ミカエル!水を飲んで毒を吐き出すんだ!!」
ガブリールが口元にグラスを当てるが、うまく飲み込めないようだ。
「貸してください!」
私は水を口に含み、口移しでミシェルに飲ませた。
「さあ!毒を吐いて!!」
何回か繰り返すうちに、ミシェルが吐瀉した。少し、苦しみが薄れたように見えた。
「ベッドへ」
「はい」
ガブリールがミシェルをベッドに寝かせた。
「まさか、サミジーナ様だけでなくミカエルの命まで狙ってくるなんて」
「過激派は余程、私を殺したいようね」
医者が到着した頃には、ミシェルの息は大分、楽になっていた。
「応急措置が良かった。このまま毒が抜ければ大丈夫でしょう」
「この毒は・・・」
「痺れて息が出来なくなるものです。吐き出せたのが良かった」
「サミジーナ様のお陰です」
ガブリールが膝をついた。
「私はサミジーナ様を誤解していたようです。ここに謝罪します」
「謝罪なんて必要なくてよ。私は、結婚して数時間で未亡人になりたく無かっただけ」
「そうしておきましょう」
医者とガブリールが部屋を出て行き、私はミシェルと二人になった。
「散々な初夜ね」
私は椅子に腰かけたまま眠った。




