第21話
日光を浴びない生活というのは、なかなかどうして嫌になってくる。特に、約1年間農家で仕事をしていた身には辛い。引きこもり生活3日目にして私は外に出たかった。
「少しなら良いか」
私は昼間のひと時を自室で過ごすことにした。窓がある、外の風景が見えるだけで気分が違う。
(寝るときは隠し部屋に戻ろう)
幼い頃、枕と毛布を引きずって隠し通路の中で寝ていたころを思い出した。あの頃よりも周りは敵だらけだ。
窓辺で昔の様に刺繍をしていると、古参の侍女が少し戸惑った様子で部屋に入ってきた。
「サミジーナ様」
「どうしたの」
「ミシェル・・・ミカエル様からご伝言が」
「何かしら?」
「サミジーナ様が外でお過ごしになるなら、自分とも時間を過ごして欲しいと」
「会いたいということね。分かったわ」
私はミシェルと1日に1回は会うことになった。そして、会うたびに口をつくのは皮肉だった。
「貴方は暇なの?お父様とはなかなかお会いできなかったわ」
「私は政治には不向きのようで」
「アンジール国の第二王子だったのに?」
「ええ。そういう教育を受けていたのは兄でしたから。私は剣の修練ばかりしておりました」
「だから戦うことしか頭になかったのね」
「そうかもしれません」
周囲が私たちの会話にハラハラしているのが分かる。確かに、過激派が聞いていたら激高しそうだ。ただ、今この空間に過激派の人間は居ない。ミシェルが信頼しているガブリールといった部下たちと、私の昔からの侍女たちだけだ。私は意を決して言った。
「はっきりしておきたいのだけど」
「何をでしょうか」
「貴方は私に何を求めているの?私が妻になることによって得られるものは何?皇国の跡継ぎは男子のみ。私と結婚しても正当性は無いわよ」
「存じております」
「では、新レメゲトン皇国に対する人質かしら?」
「そういうつもりはございません」
「では何故?」
ミシェルは静かに私を見つめてから口を開いた。
「貴女をお慕いしているからです」
「・・・は?」
皇女らしからぬ声が出てしまった。
「昔から貴女をお慕いしています。サミジーナ様」
「・・・下手な嘘は止めて」
「嘘ではございません。私は護衛騎士の時分から貴女を愛しておりました」
「・・・レメゲトン皇国は貴方にとって憎しみの対象だったでしょう」
「はい。それでも、思いとは、心とは不思議なものです」
「では、貴方は自分の事情で私をこちら側に呼び寄せたというの?」
「そうなりますね。ガブリールには悪いことをしました」
ミシェルが穏やかに笑った。初めて見る表情だった。二の句が継げない私を見て、口を開いたのはミシェルだった。
「サミジーナ様は皇国を憂いておられました」
「・・・皇国の未来を憂いていたのはお父様です」
「貴女が憂いていたのは、民のことだ」
「いいえ。私は自分のことばかり考えていました」
「やはり本心はお話しになりませんか」
「本当のことよ」
「今は結構です。私は必ず貴女と結婚します」
「そう。今日は部屋に戻るわ」
「はい。また明日」
私は侍女を伴って部屋に戻った。そして、そのまま隠し通路の隠し部屋へと入っていた。ベッドに座るとジーンが膝の上に飛び乗ってきた。
『サミジーナ。どうかした』
「した・・・」
頭の中がグチャグチャだ。ミシェルが私を愛している?考えたことも無かった。クーデターを起こす少し前までは、雰囲気が柔らかくなったなとか思ってはいたけど、その理由って・・・。
「本当に?」
『サミジーナ?』
ミシェルは両親を殺した張本人で、でも、両親を見捨てたのは私で。ミシェル自身は私が敵の娘である。そんな関係なのに。
(少し、嬉しかった自分がいる)
私はほんのり罪悪感を覚えた。父と母に申し訳ないと思った。自分を殺した男に娘が嫁ぐだけでも嫌だろうに。その上、愛するなんて。考えられないはずだ。
(まあ、嫁ぐつもりで来たのだけど)
でも、心は別だ。私は自分への罰のつもりでミシェルと結婚しようと思った。そこに愛は無いと思っていた。でも・・・。
思い出されるのはミシェルの真摯な目。そして穏やかな微笑み。
『サミジーナ。顔が赤い』
「え!?」
私は思わず頬を押さえる。確かに熱い。こんな姿、侍女たちには見せられない。見られなくて良かった。
「あ・・・」
そう言えば、明日も会う約束をしてしまった。会うのを断ろうか。でも、断る方が意識しているように思われるかもしれない。
「平常心。平常心よ。サミジーナ」
自分に言い聞かす。前世の平和な日本では絶対にあり得ない事態だ。こちらに生まれて皇女として育ったとはいえ、こんなの想定外だ。
「私は・・・」
私は愛されて祝福されるような結婚をしてはいけない。両親を見捨てた私。自分自身のことしか考えていなかった私。・・・サブノックを結果的に騙していた私。
「私は幸せになってはいけないの」
『サミジーナ』
膝の上のジーンの温もりが愛しかった。ただただ、温かかった。




