第20話
ミシェルを目の前にすると頭の中が真っ白になった。感情がゴチャゴチャだ。両親を殺された憎しみと悲しみ、それを止めなかった自分への怒り。元凶は誰?私自身か?目の前の男か?それともお父さまか?
誰も何も言わない。そんな空気の中でミシェルが声を発した。
「お久しぶりでございます。サミジーナ様」
「あら?私なんかに対して敬語を使うのね」
「もちろんです」
「ミシェル・・・ああ、ミカエルと呼ぶべきですわね」
「お好きなように」
意外と普通に・・・少し皮肉めいた受け答えが出来た。
「お疲れでしょう。部屋は昔のままですから、今日はお休みください」
「そうさせてもらうわ」
私は懐かしい、二度と戻る気のなかった城へと入って行った。
1年以上ぶりに入った自室で私を出迎えたのは、私付きの侍女たちだった。
「サミジーナ様・・・」
「みんな、無事だったのね・・・」
「はい。サミジーナ様」
古参の侍女は涙を浮かべて、感情が言葉にならない様子だった。
「あぁ、サミジーナ様。お労しい」
彼女は私の手を取った。1年ほど自分で土仕事や水仕事をした手を。
「自分で食器を洗うのも、そんな悪いものでは無かったわ」
「サミジーナ様」
「流石に疲れたわ。今日は休む」
「かしこまりました」
寝支度をした私は侍女たちを下がらせてベッドに入った。フカフカのベッドに張り詰めていた気が抜けていく。心も体も疲れていたのだろう。スッと眠りについたのだった。
翌朝、朝食後に会いたいとミシェルから伝言があった。断る理由はない。私は承知した旨を伝えた。
ミシェルが執務室に使っていたのは、代々の皇帝の、つまりはお父様の執務室だった。私はミシェルに促されてソファに腰かけた。
「貴女に初めて会ったのはこの部屋でした」
「そうだったわね。私が12歳の時だわ」
「・・・お美しくなられました」
ミシェルが真っ直ぐ私を見つめる。その視線に居た堪れなくなった私は顔をそらした。
「お世辞は結構。世間話をする気は無いわ。本題に入って頂戴」
「わかりました。サミジーナ様には私と2週間後に式を挙げていただきます」
「そう。婚姻って本気だったのね。貴方の家族を殺した男の娘と結婚するなんて不幸な人ね」
「それは貴女も同じだ」
「そういえば、そうだったわ。それで、2週間の間に私は何をすれば良いのかしら?」
ミシェルの視線はそらされない。
「ご自身をお守りください」
「・・・どういうこと?」
「お恥ずかしい話ですが、我々は一枚岩ではありません」
「あぁ、噂の過激派ね」
「はい。サミジーナ様のお命を狙う可能性があります」
「そのようなこと、覚悟の上で此処に来ているわ」
「・・・私も力が及ぶ限りのことはしますが、万が一もありますので」
「なさけない王様ね」
「おっしゃる通りです」
私は少し考えた。
「では、2週間分の食料と水を用意してちょうだい」
「どうされるのですか?」
「絶対に安全なところに籠るわ。皇族しか入れない隠し通路にね」
ミシェルは少し考えた後に頷いた。
「わかりました。ご用意します」
「物わかりの良いこと」
「貴女の命には代えられません」
「そう。よほど国は不安定なのね」
「・・・」
ミシェルは何かを言おうとして止めた。
「用意が出来たら私の部屋に運んで」
「分かりました」
「用件は終わりね。失礼するわ」
私は父を思い出しそうな部屋から去った。ミシェルは執務室の内装をまったく変えていなかった。
次の日、私の部屋に食料と水が届けられた。私は自室の隠し通路の入り口にそれらを運んだ。とりあえず、食料等は此処に置いといて、自分は初代皇帝の隠し部屋で生活するつもりだった。
「サミジーナ様、ご不便では?」
「大丈夫。貴女たちに何か頼むこともあるかもしれないから、部屋には誰か居てね」
「かしこまりました」
侍女たちに言い残し、ジーンを連れて隠し通路に入って行った・・・存在が明るみになった今、ここは『隠し』通路なのだろうか。
久々に初代皇帝の部屋に入った。なんの効果かこの部屋にはホコリが溜まらない。清潔な簡易ベッドに私は転がった。
『この部屋は久々』
「ジーンは此処に来たことがあるのね」
『バエルとよく飲酒』
「ジーンは初代皇帝と仲が良かったのね」
『是』
「よかったら、初代皇帝の話を聞かせて」
私は初代皇帝とジーンの話を聞いた。それは戦乱を起こした皇帝とは思えない内容だった。ジーンと初代皇帝の話は良い時間つぶしになった。
「楽しかったわ。今日はもう寝ましょう」
『是』
「おやすみ。ジーン」
『サミジーナ』
「何?」
『願えば叶う』
「?」
『最後の願いがある。逃げられる』
「・・・ありがとうジーン。でも、私はもう逃げないわ」
小さい頃から逃げていた。逃げることしか考えてなかった。隠し通路の攻略も逃げるためだった。でも今は、この隠し通路を生きるために使おう。そう思っていた。




