第18話
使者はガブリールと名乗った。事前の将軍からの説明では、クーデター軍の中枢の人物・・・ミシェルの右腕だという。そんな人物が使者として来たことに驚くと同時に、それだけ本気の話があるのだろうと思った。
「まずは、使者である私を快く受け入れて頂けたことに感謝いたします」
「前置きは結構。要件を聞こう。私だけでなくサミジーナ様まで呼び出した理由をな」
ガードナー将軍が威圧的に言ったが、ガブリールは平然としていた。
「では、単刀直入に申し上げます。サミジーナ様をこちらへ引き渡していただきたい」
「サミジーナ様お一人をか?」
「ええ。我々に必要なのはサミジーナ様ですので」
「何故、私を?」
「もちろん、理由はございますとも」
ガブリールは周りは敵だらけだというのに余裕の笑みを浮かべていた。
「我が王ミカエルとサミジーナ様に婚姻を結んでいただきたいのです」
「婚姻!?」
婚姻って・・・結婚!?結婚することだよね!?
「クーデター軍の皆様は皇族を憎んでいらっしゃるでしょう」
「そういう者が少なからずおります」
「では何故、私とクーデター軍の長であるミシェル・・・ミカエルが婚姻するという話に?」
心臓がバクバクしているが、平静を装って尋ねた。
「皇帝と第一夫人・・・ご両親を殺されたサミジーナ様にはご不快な話でしょうが・・・」
「あら?ご両親とお兄様を殺した男の娘を嫁に貰うなんて、ミカエルも不快なのでは?」
「これは手厳しい・・・ですが、ミカエル王も婚姻を望んでおられます」
「それは何故かしら?」
「・・・サミジーナ様はお年の割に落ち着いていらっしゃる」
「褒められているのかしら?」
「もちろんですとも」
ガブリールが咳払いをした。そして真剣な面持ちで話し始めた。
「我が軍は皇帝を殺しました。その後、貴族を殺せという仲間も居ましたが、ミカエル王はそれを止めました。我々に政治は出来ないと判断したのでしょう。貴族の特権等は取り上げましたが、政治の舞台から貴族を追い出すことはありませんでした」
「貴族たちは怯えながら生活していると聞いたわ」
「ええ。恐怖で支配していると言っても良いでしょうね。それは貴族だけでなく、城下の民も同じです。彼らは生粋のレメゲトン人ですからね。我々の刃が向くかもしれないと恐れています」
そうなのか。城下の民の様子までは聞いていなかった。
「そんな状態で何事も上手くいくはずがありません。経済も段々と悪くなっています。更に、クーデター後はこちら側に付くと思っていた将軍は要塞に籠られた」
「私がクーデター軍の側に回ると思われていたのか」
「将軍はレメゲトン人ではありませんからね。しかし、読み誤っていました。その上、貴女方には逃げられてしまった」
「私たちも殺す予定だったのに?」
「いいえ。当初からサミジーナ様はミカエル王とご結婚していただく予定でした」
「え?」
驚きのあまり、表情が動いてしまった。
「サミジーナ様・・・皇族の血が横にあれば、貴族も民も、将軍も我々に逆らえなかったでしょう」
「私を人質にしようとしていたのね」
「そうとも見えますね」
「そして、今も私を人質にして貴族や民に言う事を聞かせようとしている」
「そう思われても仕方ありません。しかし、サミジーナ様は民を憐れに思われるでしょう?貴女さえ戻れば、ミカエル王はレメゲトン人には手出ししないというパフォーマンスが出来る。民も安心して暮らせるでしょう」
「・・・私に対しては民を人質に取るのね」
「そうですね。なりふり構っていられませんから」
場は沈黙した。私は考えていた。
「クーデターを起こす時に、後々のことまで考えてれば良かったのに」
「少しは考えておりましたとも。しかし、憎しみは考えを狭めますね。皇帝を殺せば全て上手くいくと思っておりました」
「・・・そんな単純さで殺されたお父様がお可哀想」
「単純だからこそ、一直線に、殺すことだけを考えて成し遂げられたのですよ」
「・・・これ以上は無意味ね。私が聞きたいのは1つだけです」
「なんでしょうか」
「私がミカエルと婚姻した場合、サブノックがこちらで即位することを貴方たちは認めますか?」
「即位?」
「サミジーナ様!」
将軍を目で抑える。
「私たちは要塞デカラビアを拠点とし、新レメゲトン皇国を建国します」
「・・・サブノック殿下が即位されると」
「ええ。あの子は正当な皇帝の跡継ぎですから」
「貴族たちはそちらに流れるでしょうね。もしかしたら民も」
「ええ。クーデター軍は新レメゲトン皇国に敵対しますか?国として認めませんか?」
「・・・私一人では判断が出来かねます」
「では、至急戻りなさい」
私は尊大に言い放った。
「ミカエル王に報告して、答えを決めなさい。認めるなら、私はそちらへ参りましょう」
「サミジーナ様・・・」
「認めないなら・・・戦うなら簡単には行きませんから。寄せ集めのクーデター軍など、本来なら負けていたのです。お前たちのクーデターが成功したのは城に軍が、将軍が居なかったから」
「・・・ええ。そういう時を狙いましたから」
「なら、戦ったら負けると分かっているわね」
「そうですね。至急、戻ってミカエル王に伝えます」
ガブリールは言葉通り馬に飛び乗って急いで帰って行った。
「サミジーナ様、あのようなことを・・・」
「将軍、私の考えは間違っているかもしれません。しかし、私はミカエルに会ってみたい」
「サブノック様がなんとおっしゃるか」
「サブノックには私から説明します。他にも話したいことがありますし」
私はサブノックに打ち明けるつもりでした。クーデターが起こると知っていたことを。




