第17話
その日、要塞デカラビアは異様な雰囲気に包まれていた。とうとう、城に幽閉されていた皇女と皇子を救い出し、この要塞に迎え入れるのだという高揚感が場を支配していた。
一台の馬車が到着した。恭しく扉が開かれる。降りてきたのは黒髪に赤い眼の女性と少年。2人の姿に歓声が上がった。
「サミジーナ様・・・」
「ガードナー将軍、苦労を掛けました」
「いいえ。サブノック様、大きくなられました」
「ああ」
ガードナー将軍は臣下というより、久しぶりに会った親戚のように優しい眼をしていた。
「長旅、お疲れ様でございました。むさ苦しいところではございますが、本日はゆっくりお休みください」
「ありがとう」
「心遣いに感謝する」
私たち3人は沢山の兵士に囲まれて要塞へと入って行った。
私にとっては数年ぶりの要塞デカラビアであったが、懐かしさは感じなかった。ここにあるのは、暗殺されかけたという恐ろしい思い出だけだから。
翌日、私はサブノックと一緒にガードナー将軍の執務室に居た。人払いがされており、部屋の中には私たち3人だけだった。口火を切ったのはガードナー将軍だった。
「まずは謝罪を。私がグリーを護衛騎士に選んだことによって貴方たちを不幸にしてしまった。奴の正体を見抜けなった私の失態です」
「将軍・・・軍のテコ入れは先帝からの政策でした。貴方はそれに従っただけです」
「軍にレメゲトン人以外の人材を入れ、格差を少なくしていく。皇帝陛下は国の現状を憂いておられた。それが、こんな結果になるとは」
ガードナー将軍は肩を落とした。サブノックが尋ねた。
「将軍、グリーの正体とは」
「ミシェル・グリーの本当の名はミカエル・アンジール。属国となっていたアンジール国の第二王子だったそうです。アンジール国が属国となったのは10年ほど前になります。属国の中では一番新しい国でした」
「王家の人間だったのですね。復讐に走るのも頷けます」
彼の正体もクーデターを起こすことも知っていた身としては心苦しかった。
「将軍はこれからをどのように考えているのだ?」
「サブノック様を皇帝とした新レメゲトン皇国を独立させたいと思っています」
「アンジールとは戦わないのか?」
「それは、相手の出方次第でしょう。ただ、サブノック様を皇帝とするには一つ問題が」
「サブノックの年齢ね」
「はい。レメゲトン皇国では12歳で皇帝の資格を持ちます」
「1年、即位できないということか」
「左様でございます」
1年・・・1年の間この拮抗状態は保てるのだろうか。
「もう一つ、案がございます」
「もう一つ?」
「はい。サミジーナ様が婿を迎えられて、皇帝代理になられることです」
「私が?」
「婚姻して後ろ盾を得れば、女性でも一時的な皇位につけます。あくまで一時的ですが」
それは知らなかった。
「歴史書等にも残さないという徹底ぶりですが、女性の皇帝は短期間、在位があったそうです」
「そうなのね」
「幸い、この要塞の軍人には貴族出身のレメゲトン人もおります。サミジーナ様の婿に相応しい者を選定できるでしょう」
ふと思った。
「レメゲトン人で良いのでしょうか」
「え?」
「この度のことはレメゲトン人の血統主義から始まったように思います。新しい皇国を作るなら、それを打破しなければなりません。同じことが繰り返されるばかりでしょう」
「お姉さま・・・」
「私はレメゲトン人以外と結婚すべきなのかもしれません。それこそが、新皇国の平和の象徴になります」
それが、私が皇女として、国のため平和のために出来る最善のことのように感じた。
「サミジーナ様・・・分かりました。レメゲトン人以外で身元がはっきりしている者を選んでみます」
「ありがとう。ガードナー将軍」
「お姉さま・・・」
「何?サブノック」
「お姉さまの考えは分かりました。けど、お姉さまが犠牲になる必要は無いです」
「犠牲だなんて、大げさね」
私はサブノックの頭を撫でた。この子はまだ11歳なのに、こんなに人を気遣える。それに比べて私は、自分のことばっかり考えていた気がする。
未来を知っていたのに、積極的に動かなかった。愛のない結婚をするなら、それは家族を守らなかった自分への罰として相応しい気がした。
その時、執務室の扉が激しくノックされた。
「入れ」
「失礼いたします!緊急の御用件で参りました!」
「ここで話せ」
「はい。クーデター軍の使者が参りました」
「クーデター軍の!?」
「はい。ガードナー将軍及び皇女殿下との面会を希望しております」
「将軍だけでなく私も?」
「如何されますか」
クーデター軍・・・ミシェルからの使者。話してみたいと思った。
「私は構いません。将軍は如何されますか?」
「私も参りましょう」
「お姉さま、自分も行きます」
「いいえ。サブノックに何かあったら大変だわ。貴方は残って」
「・・・はい」
私と将軍はクーデター軍の使者と会うことにした。そこで驚きの提案をされるとは思ってもいなかった。




