第16話
「クーデターによって、皇帝が死んだ。貴族たちは最初は自分たちも殺されるのではないかと恐れていました」
ウリックが私たちが逃げた後のことを淡々と語っていく。
「しかし、ミカエル王は貴族の粛清はしなかった。クーデター軍では政治は出来ないと判断したのでしょう。表向き、貴族たちは新しい王を迎え入れた。しかし、クーデター軍の中には貴族も殺してしまえという奴らも居る。貴族たちは戦々恐々としながら日々を過ごしていますね」
確かに、クーデターを起こすくらいだから、レメゲトン人に恨みを持つものも多いだろう。
「クーデターの報告を受けたガードナー将軍は要塞デカラビアを拠点にして、クーデター軍に皇女と皇子を渡す様に要求しました。しかし、貴女方が逃げたので・・・恐らく逃げていなくても拒否していたでしょうけど・・・。とりあえず、クーデター軍と属国派は敵対しました。ちなみに、属国派にはガードナー将軍を崇拝するレメゲトン人の軍人も入ってますね」
ガードナー将軍には人望があるようだ。
「それで、何故皇国は崩壊寸前なの?」
「皇帝の存在はやはり大きかったということですかね。皇帝の権限で回っていた仕事・・・主に経済面ですが、クーデター軍では上手くいっていない。かといって、貴族に任せることも出来ない」
「お父様の仕事は、私にも出来ないわ」
「しかし、貴女が居れば血統主義の貴族たちは言う事を聞くでしょう。クーデター軍の寄せ集めの軍事力の方も、貴女方が戻ればガードナー将軍が戻ってくる」
「まだ過激派が居るわ」
「3つの勢力が貴女方を守る」
私は溜息を吐いた。
「私は、もう忘れてもらいたい。私のことも弟のことも」
「無理でしょうね。その血が流れている限りは」
「二人とも死んだことに出来ないかしら?」
「それでは皇国は崩壊してしまいます。貴女は国を愛していないのですか?」
「私は利己的な人間なのよ」
私の言葉にウリックは肩をすくめた。
「そうでしょうか」
「ええ。私は私と弟さえ良ければいいの」
「・・・私に情報を持ってきた男は、この村出身の娘を殺したようです」
「・・・え?」
「貴女方の情報を知るものは少ない方が良いと判断したのでしょう」
「そんな・・・」
この1年で村を出て行った娘はリリーしか居ない。リリーが殺された?
「私が情報を何処かの派閥に持ち帰ったら、その派閥はこの村に軍を派遣してくるでしょう。そして、村人を全員殺す」
「どうして!?」
「貴女方は城に幽閉されているのです。目撃情報がある方が危険だ。こんな村、すぐに無くなりますよ」
「・・・」
「それでも利己的でいられますか?」
「それは・・・」
何も知らない村の人たちを犠牲にはできない。でも・・・
「姉さん」
「ノック・・・聞いていたの」
「うん」
ノックは・・・サブノックは意を決したように言った。
「姉さん、ガードナー将軍のところに行こう」
「サブノック・・・」
「お父さまを殺したクーデター軍と戦いたいんだ。僕たちが属国派に行けば、貴族たちも味方になるよ」
サブノックはウリックに問いかけた。
「お母さまは息災なのか」
「残念ながら、お亡くなりになりました」
「そうか・・・」
サブノックは母を悼むように目を閉じた。そして、開いた眼には明確な意志が宿っていた。憎しみという意思が。
「姉さん・・・いや、サミジーナお姉さま。僕だけでも行くよ」
「サブノック」
「お姉さまはこの村で幸せになっても良いと思う」
「貴方を一人行かせて、私が幸せになれるわけ無いじゃない」
私は何のために逃げたのだろう。この子の命を危険に曝さないためだったのに。いや、そんなの綺麗ごとか。自分が死にたくないから逃げただけ。
「私も行きます」
「お姉さま」
「話がまとまった様で何よりです。はあ。私は属国派の諜報員ですから、お二人をガードナー将軍の所までご案内しますとも。あーあ。城から逃げた方法を聞きたかったのに」
「城から逃げた方法なら、お教えしますわ」
「本当ですか!?」
「ええ。その代わり、この猫も連れて行って良いかしら?」
私はジーンを示した。
「良いですよ。ペット連れの方が怪しまれないかもしれませんし」
「ありがとう」
「それで、どうやって城から逃げ出したのですか?」
「城には隠し通路があるのよ。皇族だけが通れる秘密の隠し通路が。それで、城の外まで出たの」
「では、そこからこの村までは?」
「それは秘密」
「そっちの方が知りたかったのですが・・・まあ良いでしょう。さあ、荷物をまとめてください。明日の朝、村人たちが起きるよりも早く出発しますよ」
私はお世話になった村人たちに・・・サムに手紙を書いておくことにした。嘘の手紙を。『実家から逃げていたのだが、迎えが来てしまった。一緒に帰ることにした。だから心配しないで。今までありがとうございました』そんな内容の手紙を。
翌朝、私たちはまだ暗い内に村を出た。最後にと思って振り返った1年を過ごした村は朝の静寂に包まれていて綺麗だった。




