第13話
その時は唐突に訪れた。私は自室の窓辺で刺繍をしていた。サブノックに贈るプレゼントとして、『黒翼の鷲』のエンブレムをハンカチに刺繍している時だった。遠くから大勢の人間が叫んでいるような声が聞こえた気がしたのは・・・。それは侍女にも聞こえていたようだ。
「何事でしょうか・・・ミシェル殿は非番でしたね。イサーク殿を呼んで参ります」
「お願いするわ」
侍女が部屋を出て行く。私は心を落ち着かせるように深呼吸した。
(今日だったのね・・・)
戻の外を見ると、武装した人間たちが次々と庭になだれ込んでくるのが見えた。私は隠し通路の入り口の傍に立って、じっと時を待った。
部屋の外を大勢の人間が走る音、武装した人間のガチャガチャという音が聞こえる。誰かの悲鳴も聞こえる。バンッと乱暴に部屋の扉が開かれた。そこには武装した数人の男が立っていた。
「皇女サミジーナ!我々と一緒に皇帝の間まで来てもらおう!」
男が叫んだ。私は落ち着いて言い返した。
「いいえ。私は行きませんわ!」
私は隠し通路に飛び込んだ。壁の外から怒号が聞こえたが無視した。
(みんな、皇帝の間に集められているのかしら?)
皇帝の間にも隠し通路は繋がっている。上手くいけば、サブノックだけでなく父と母も助けられるかもしれない。私は隠し通路を小走りで走った。
5分ほどで皇帝の間の入り口に着いた。まずは外の様子を見るためにDNA認証で壁を透けさせる。
(・・・ここからじゃ、よく見えない)
入り口は階段の脇であり、正面の方が見えなかった。声だけでも聞こえないかと壁に耳を当てる。
(ダメだ・・・話しているってことしか分からない)
外の様子を知るためには、壁から身を乗り出さなくてはならないようだ。多分、ここは死角のハズだ。そもそも、壁から人が出てくるなんて想像もしていないだろう。私は意を決して半身を外に出した。
父と母と母にしがみつくサブノックの後ろ姿が見える。その向こうに居るのはクーデター軍だろう。窓際には貴族が数人固まっている。誰も私に気が付いていない。
(今、大声を出して呼べば、みんなで逃げられるかしら)
タイミングを見計らっていると、皇帝の間の入り口が騒がしくなった。幾人かのクーデター軍らしき人影が走ってくる。
「大変だ!皇女に逃げられた」
「何だと!?」
ミシェルの声だ。ここからだと見えないが、クーデター軍の中心に居るようだ。
「いったいどうやって・・・」
「分からない!皇女を捕まえに言った奴らの言ってることがイマイチ・・・」
入り口の方に全員の視線が行っている今なら・・・。私は覚悟を決めて叫んだ。
「お父様!こちらに!!」
父が振り返る。目が合った。父の赤い眼が驚愕で見開かれる。私は急かす様に手を振る。
「お早く!」
クーデター軍も何事かと此方を向いたようだった。
「行け!」
父が腰の剣を抜き、母とサブノックの前に出た。母がサブノックを引きずるように走ってくる。
「逃がすな!」
ミシェルが叫ぶが、父が通さない。母が私の前に辿り着き、サブノックを押し付けた。
「早く逃げなさい」
「お母様も」
「早く!!」
母に押されてよろめいた私は、壁の中にサブノックごと転がった。壁の外が透けて見える。母は誰も通すものかとばかりに壁に張り付いているようだった。
「お、お姉さま・・・」
サブノックが腕の中で震えている。私は無我夢中で立ち上がり、サブノックの腕を引っ張って隠し通路を走り出した。
裏の森に繋がる出口に辿り着いた時、私は片手にサブノック、もう片手に以前から用意していた荷物を引きずっていた。
「こ、ここまでくれば・・・」
ダメだ。まずは息を整えたい。たまらずにしゃがみ込む。その時だった。
ワアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
背後の方・・・城の方から歓声のような、悲鳴のような声が聞こえた。
「まさか、まさか・・・」
「お姉さま?」
脳裏に父の顔がよぎった。あの声は、どうして上がったの?最悪の事態を予想してしまう。
「お姉さま・・・」
「だ、大丈夫。サブノックは私が守る」
歯がガチガチ鳴っている。恐怖と悲しみで。想像出来てしまった自分が憎い。あの声は、あの歓声と悲鳴は、落とされた父の首を見たクーデター軍と貴族が上げたものだろう。母は無事なのか?父と一緒に・・・殺されてしまったのだろうか。
いいや。今はそんなことを考えている場合ではない。サブノックを守らなければ。
「行くわよサブノック。少しでも城から離れましょう」
サブノックの腕を掴み、荷物を引きずりながら、私は歩き始めた。暗くなる前に森を抜けたい。そもそも、この森はどこまで広がっているのだろうか。本当に出口はあるのだろうか。自分が泣いていることには気が付かず、黙々と歩き始めたのだった。
 




