第10話
空が白んできた頃、自然と目が覚めた。疲れていて寝つきは早かったのだが、城の外という環境の所為か、少し緊張していたのか、ぐっすりは眠れなかった。
朝食を頂き、また馬車に乗って出発する。またもや街の人たちに盛大に見送られたが、カーテンを閉められ見ることはできなかった。
今日も休息を取りながら進み、軍事要塞デカラビアに到着したのは2日目の午後3時頃だった。私はガードナー将軍に迎えられた。
「サミジーナ殿下、お待ち申しておりました」
「将軍、私はこの様な公務は初めてですの。よろしくお願いしますね」
「本当に光栄にございます。むさ苦しいところではございますが、どうぞお寛ぎ下さい。授与式は明日になります」
「分かったわ」
「お疲れで無ければ、要塞内をご案内いたします」
「私が見ても良いのかしら?」
要塞って秘密の宝庫っぽいイメージですが・・・。
「もちろんにございます」
「では、お願いするわ」
私はガードナー将軍の案内で要塞を見て回った。もちろん、護衛騎士であるミシェルとイサークも一緒に。
(ミシェルに要塞の中を見せたのって不味かったんじゃ・・・)
軍事機密が確実に流出したことを感じたのは、その日の夜のことだった。
勲章の授与式は朝9時から始まる予定だ。私は3時間前の6時に起床し、7時から1時間半ほどかけて着飾られることになっていた。女性の支度には時間がかかるのです。
授与式用の紺色のドレスは少し大人っぽいシンプルなデザインである。ドレスを着て、髪をセットして、薄く化粧をして・・・動かないでいることがツラい。結局、私の支度が終わったのは授与式の20分前であった。
会場へのエスコート役はガードナー将軍であった。連れて行かれたのは、城の皇帝の間より大きい広間だった。最低限の警備の兵以外の全員が集まっているとのことだった。私と将軍は壇上に上がった。授与式の始まりだ。
将軍が叙勲を受ける人物の名を読み上げると、その者が壇上に上がってくる。私は、横に立つ兵士の持っているトレーの上から勲章を取り、手渡していく。100名に勲章を授与するため、ベルトコンベヤー式の流れ作業となった。
(あと何人?)
多分、80人は超えた。次の勲章を手渡そうとした、その時だった。
とっさに動いたのは私の後ろに立っていたミシェルだった。私は、いきなりミシェルに抱え込まれるように引き寄せられた。突然のことに目を白黒させていると、叙勲者の名簿を放り投げたガードナー将軍が、私の目の前の人物を取り押さえていた。
カランカラン・・・。
音がした方を見ると銀色の光るもの・・・ナイフが落ちていた。取り押さえられた人物は何事かを叫んでいる。何を言っているのか聞き取れなかった。私はミシェルの腕の中で呆然としていた。
会場が騒がしくなった。私は引きずられるように広間から連れ出された。その後の事はよく覚えていない。気が付いたら、馬車の中で座っていた。馬車は行きとは違い、結構な速さで進んでいる様だった。
「何があったの・・・」
自然と出た言葉だった。向かいに座っていた侍女が心配そうに私の顔を覗き込む。
「殿下・・・不届き者が殿下の御命を・・・」
その言葉を聞いてやっと事態が飲み込めた。私は暗殺されそうになったのだ。
私が何も言わなかったからだろうか。馬車は止まらずに走り続け城へと戻った。先ぶれが出ていたのだろう。私は母に抱きしめられながら自分の部屋へと戻り、ベッドに寝かされた。母がずっと手を握っていてくれた。その温もりに安堵した私は眠りについた。
翌日、私は父の執務室に居た。
「サミジーナ。よく無事に帰って来た」
「はい。お父様」
「お前は任されたことを果たして帰って来たのだ。胸を張るが良い」
任されたことって授与式だよね。でも、式は暗殺者の出現で台無しになった。そのことを思い出した瞬間、私にやっと恐怖が襲ってきた。殺されそうになったという恐怖が。
「しっかりしろ。サミジーナ」
恐怖に凍り付いた私の肩に父が触れる。私は父の顔を見た。
「お前は良くやった。これで軍内の反乱分子を一掃できる」
「まさか・・・叙勲式はそのための・・・」
「・・・賢い子だ」
私は餌だったのだ。それも、かなり上等な餌だったのだ。
「ガードナーから話を聞いていた。レメゲトン人以外の兵士に不満が溜まっており、反乱分子が少なからず存在していると。この度の叙勲は、不満を解消するためのパフォーマンスであり、反乱分子を炙り出すためのショーでもあった」
私は震えが止まらなかった。父を、皇帝を恐ろしく感じたからだ。
「お前のことはガードナーが命に代えても守ると言っていたが・・・先に動いたのはグリーだったそうだな」
「・・・はい」
「優秀な護衛騎士が付いていて良かった」
どの口が言うか・・・。
「これからも『公務』は度々あるだろう。任せて良いなサミジーナ」
私は頷くしかない。ここで首を振ることなんて出来ない。
父は、優しい父親である前に皇帝だった。それを認識した出来事であった。
 




