第1話
「こういう転生って、普通は乙女ゲームの悪役令嬢じゃないの?」
思わすそうつぶやいたのは記憶が戻った5歳の時だった。
私の今世での名前はサミジーナ・レメゲトン。このレメゲトン皇国の第一皇女だ。父は皇帝のクローセル・レメゲトン、母はその第一夫人のベリス。私は女児のため皇位継承権は無いが、第一子のためか皇帝である父にも、それなりに可愛がられて育ってきた。そして、今日、母が第一皇子となる男児を生んだ。名はサブノック・レメゲトン。
「全員、聞き覚えがある名前だ・・・」
そう。これらの名前は前世で読んだ小説に出てきたものだ。クーデターの末に処刑される『悪魔の皇帝一家』の!!
別に愛読していた小説という訳でもない。何となく読んでいた続き物の小説だ。話は勧善懲悪。隣国を次々と攻め滅ぼす悪魔の皇国。滅ぼされた国の王子が皇帝一家に復讐するために城に潜入し、同じ志の仲間を集め、クーデターを起こして敵を取るというものだった。もちろん、皇帝一家は全員が処刑される。
「嘘でしょ・・・」
私は15歳で処刑される皇女サミジーナに生まれ変わってしまったのだった。
鏡を覗き込むと、そこに映っていたのは黒髪に赤眼の幼女。何度見ても、どうあがいてもサミジーナである。
「15歳で処刑ってことは・・・あと10年の命?」
そんなの真っ平ごめんだ。あまり覚えてないが、前世でも大往生した訳ではない。たった15歳で死にたくはない。
「なんとかしなくちゃ・・・」
一人呟いていると、部屋の扉がノックされた。
「サミジーナ様、ベリス様がお目覚めになられましたよ。サミジーナ様をお呼びです」
「分かったわ」
一先ず、生まれた弟を見に行こう。今すぐに何かできる訳でもない。私は侍女に先導され、母の元へと向かった。
出産に使われた部屋では多くの侍女たちが忙しなく動いていた。
「サミジーナ様が参られました」
「こちらへ」
ベッドに横たわる母の傍には、すでに父である皇帝が立っていた。
「さあ、サミジーナ。お前の弟のサブノック。未来のレメゲトン皇国の皇帝の誕生だ」
父に促されて弟を覗き込む。
「かわいい・・・」
思わず口をついた言葉だった。
「小さい頃のジーナそっくりよ。この子も皇帝陛下に似るわ」
母が嬉しそうに言った。ちなみに、ジーナとは私の愛称である。
「ジーナはお姉さんね。未来の皇帝陛下を守ってあげてね」
未来の皇帝である5歳下の弟。この子には、皇帝ではなく、10歳で処刑されるという未来が待っている。
(そんなの・・・)
そんなの、あんまりである。こんなに可愛いのに。真っ新で、なんの罪もないのに。
(私が、この子の未来を変えてみせる)
そのためには、何が出来るだろうか・・・。
(・・・そうだ。兎にも角にも知識が必要だ)
私は傍らの父を見上げて行った。
「お父様!私、お勉強がしたい」
「・・・急にどうした?サミジーナ」
「あのね。私、お勉強して、大きくなったらサブノックに教えてあげるの」
「ジーナ。貴女は女の子なんだから、サブノックとお勉強する内容が違うのよ」
「えぇ!そうなの?でも、私、お姉ちゃんだから・・・」
「大きくなったら、一緒にダンスの練習が出来るわよ?」
「ダンスだけ?私、いろんなことをサブノックに教えたい・・・」
私が欲しい知識は、多分、女の子用のお勉強ではない。確かに、この国では女が政治に口を出すなという風潮がある。でも、私が欲しいのは、そういう知識だ。
「ねぇ、お父様。お願いします」
皇帝は少し考える風であった。しかし、サミジーナと同じ赤い目を合わせて言った。
「良いだろう。サミジーナに座学の教師を付けてやれ」
「陛下・・・」
「姉としての自覚があるのは良いことだ。女児でも我が血族。『黒翼の鷲』である。知識は持っていて損は無かろう」
「お父様!ありがとうございます」
「励めよ。サミジーナ」
こうして、私、サミジーナには座学の教師が付けられることになった。
翌日から始まったのはレメゲトン皇国の歴史の授業であった。確かに、歴史を知らなければ何も始まらない。初代皇帝の皇国作りの話に始まり、争いの歴史を、勝利の歴史を叩き込まれた。
そこから分かったのは、レメゲトン皇国は戦争によって栄えている国であるということだった。
レメゲトン皇国が隣国を滅亡させる。滅亡された国の財産は没収される。財産には土地も人も入っている。皇国は、土地を没収された敗戦国の民に皇国の兵士になるよう持ち掛ける。そして、兵士になった民は更に隣国を攻め滅ぼす。そして、自らの手で攻め滅ぼした国で領地やら褒美を貰う。その繰り返しだ。
(だから、主人公も最初は兵士として皇国に潜入するんだよね)
兵士になるのは敗戦国の民にとって唯一の出世コースなのだ。
(軍事に関してだけは実力主義であると・・・)
そう。軍事に関しては実力主義。政治に関しては血統主義である。政治に関われるのは、レメゲトン皇国出身の貴族のみ。
そして『黒翼の鷲』である。皇帝の血筋は最も尊ばれている。
ここで、初代皇帝の話をしよう。初代皇帝は金髪碧眼の男であった。しかし、悪魔と契約し黒髪赤眼になった。その後、皇帝の血筋には必ず黒髪赤眼の子供が生まれるようになったという。
(私も父もサブノックも、黒髪赤眼なんだよね・・・)
初代皇帝が悪魔と契約したから『悪魔の皇帝一家』なんて呼ばれているのだろうか・・・。
「とにかく、自分と弟の未来は私が守る!!」
何が出来るかは分からない。でも、何かをせずにはいられない。私は今日も勉学に励むのだった。