表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/81

春の嵐と恋の風⑨

次話は、明日投稿予定です。

 次の日。



「うーん、男性が苦手な生徒さんに、お勧めのアルバイト先ねぇ。あっ、そうだ!ここは、どうです?」



現人神養成学校の就職課で働く事務員のカムイさんは、サルマンとカヤノにファイリングされた仕事依頼書の一つを机の上に出してきた。


カヤノは今、就職課の面談室でサルマンに付き添われて、アルバイトの斡旋をしてもらいに来ている。


まずは、応募する仕事を探さねばならない。



「統括センター内の医療部で…一般診療の精神科なんですけど…確か、受付の子を募集してて、君みたいにトラウマを抱えている現人神や、最近、疲れてて、カウンセリングに来る老若男女を問わない患者が一杯いるんです。」



カムイは、カヤノに『ここなら』と笑顔で続けた。



「職場は医師以外、女性だし…男性が苦手でも、患者さん相手だから深く関わる事もない。色んな現人神と接触できて、仕事内容も受付の応対をだけだし、男性に慣れるのにも、丁度良い距離感でしょう?」



カムイは更に、

『他のトラウマを抱える患者と触れあう事は、自分以外にも頑張っている者がいるという安心感と、自身も前向きになろうという気持ちが生まれるのではないか?』

と、カヤノにこの仕事を勧めた理由を、改めて説明した。



カヤノもその通りだと思い、初対面の男性に緊張を隠せないながらも、少しだけ微笑んで答える。



「ええ、こういう職場なら…自分の他にも、頑張っている人がいるんだって、きっと毎日、感じられますね。何だか、勇気が湧いて来そう。私も早く、男性恐怖症を克服しないと…。」



前向きに宣言するカヤノを、サルマンは眩しそうに見詰め、カムイも笑みを深めて、カヤノの両手を握った。


カムイにして見れば、

『そうでしょ?ここの仕事先を進めた僕は偉いでしょ?』

と言って、カヤノに共感した事と、自分の功績を共感してもらいたかっただけなのだが…。


いきなり、男性に手を握られたカヤノは、途端に凍り付いたように固まってしまった!


カチーンと体を強張(こわば)らせ、微笑が漏れていた顔からは、怯えた瞳の色が浮かぶ。


慌てて、カムイは両手を離した。



「す、すいません!!つい…テンションが上がってしまって。あなたが男性恐怖症だって、一瞬、忘れていました。怖がらせちゃったかな?本当にごめんなさい!」



深々と頭を下げる事務員のカムイさんに対して、申し訳ない気持ちになって、カヤノの瞳に涙が滲む。


それに気付いてカムイが余計に慌てだした!


『いつもの負のスパイラルだ!』と思うのだが、カヤノには、毎回どうすればいいのかわからない。

一度固まると、すぐに口が開けないのだ…。



『いつもなら、シルヴァスさんが落ち着くまで、色々とフォローをしてくれていたけど…。』



カヤノが固まり続けていると、サルマンが笑顔で『大丈夫よ』と声を掛け、肩をそっと抱いてくれた。

いつも異性である事を意識させない先生だから良かったのか、先生の言葉遣いに女性的なモノを感じる為なのか、守られているような感覚にカヤノの固まって止まってしまった呼吸がゆっくりと整い始める。


サルマンはカムイの方に目を向けて言った。



「大丈夫よ。この子、固まるとすぐに口がきけなくなるけど、数分して気持ちが落ち着けば元に戻るから。過剰にあなたが謝ったり、オロオロするとカヤノの方も動揺して、余計に固まっちゃうのよ。」



サルマンの言葉にカムイの方も少しホッとして、落ち着いた表情に戻る。



「そ、そうなんですか?良かった…。トラウマだとお聞きしたから、発作とか起こされたらどうしようかと思って、こちらも取り乱してしまいました。」


「ええ、この子も周りに迷惑をかけてしまうのが嫌で、今までこの問題と向き合えなかったのね。けれど、このままではいけないって気付いたわ。あなたもこれで腫れ物に触るようにカヤノを扱わず、見かけたら積極的に声を掛けてあげて?」


「勿論、カヤノさんさえ、良ければ…。僕なんかで申し訳ありませんが声を掛けさせて下さい。」


「カヤノも嫌ではないわよね?固まっても気長に回答を待ってくれるような男性が、周りに増えるだけでも、少しずつアンタの恐怖心が薄れていくんじゃないかって期待しているのだけど…。」



先生の話を聞きながら、カヤノはようやく緊張が解けてきた体を動かして、ぎこちなく首を前に倒し、コクリと頷いて見せた。

そんなカヤノにサルマンとカムイは、二人で顔を見合わせると、ニッコリと口角を上げた。



「カヤノさんて応援したくなる生徒さんですよね。それでは、今から先方に連絡を入れておくので、面接の日時は、また後日、こちらから連絡を入れさせて頂きます。」



カムイの言葉に固まっていたカヤノも、ようやく落ち着きを取り戻し、頑張って小さな笑顔を向けた。



「カムイさん、ありがとうございます。それに固まっちゃって、すみませんでした。でも、先生とカムイさんのお陰で、今日はこれ以上、取り乱したりせずに落ち着けました。」



カムイは優しい目でカヤノを見送ると就職課の扉を閉めた。

部屋を去った後、サルマンが片目を瞑ってカヤノに注意を促した。



「いいこと、カヤノ?カムイのヤローには、あなたの男性恐怖症・克服の為、積極的に声を掛けるように頼んだけど、安全牌(あんぜんパイ)だからって気を許しすぎちゃダメよ?」



カヤノは目を点にしてから、数秒遅れで目を瞬かせた。

何を言っているのかよくわかっていないようなカヤノの表情を見止めて、サルマンは念を押す。



「アイツも()()、男なんだからね?ぽやっとして見えても、ちゃんと()()()なのよ?」


「ええと…知ってますよ?この学校は、普通の人間では入れませんし…。」



サルマン先生が何を言いたいのかは、よくわからないけど…要するに、カムイさんにあまり馴れ馴れしくするなって事かな…?

そうか、フレンドリーな人だけど、カムイさんだって、大人の男神であって、学生じゃなくて先生達の仲間だもんね!

あんまり、学生の私が気安くしちゃダメって意味だよね…?



そう思ってカヤノは、今度はサルマンにキリリとした顔を向けながら了承した。



「勿論です、サルマン先生!あまり馴れ馴れしくしたりしません。先生みたいな立場の方ですもんね。」


「は?何言ってんだろ…この子。アタシみたいな立場って…わかってんのかしら?まあ、とにかくあまり気を許さなければ、いいわ。いい?カヤノ、現人神は男神が多くて、女神不足なの。」


「ハイ?」


「でもって、アンタもその女神の一人だって、自覚してちょうだいね。」


「わかってますよ???」


「ふぅ…もういいわ。」



自分を全く男として警戒していないカヤノの笑顔…。

それどころか、自分があらゆる男神から対象外だと、誤解しているであろう困った教え子の顔を、頭の痛い思いで見詰めながら、サルマンは職員室に戻って行った。


カヤノの方は、卒業学年の自由登校期間に入っているので、用が無ければ家に帰っていい状態だ。

今日は就職課に行って、後は連絡待ちなので、卒業単位も足りているし学校でやる事は特にない。


当初、約束していた通り、カヤノはサルマンの家に帰り、彼の姉であるイーリスと屋敷周辺を案内してもらう事にした。



 その日の夜、就職課から早急に連絡が入る。



連絡の内容によると…早速、次の日の午後一に現人神統括センター内のクリニックで、面接が行われるとの事だった。


その際、『先方には、カヤノの状況を詳しく話してあるので、トラウマが理由で不採用になるような事は無い』と、カムイさんが電話口でカヤノを励ましてくれた。


受話器越しだと相手の姿が見えないので、緊張せずに済むのか、カヤノはハキハキとしゃべりながらも、頬を薄っすらとピンク色に染めた。


カヤノは、単にカムイが気を回してくれた事や、面接の早々の決定が嬉しかっただけなのだが、その様子を見ていたサルマンが、何となくその後、ご機嫌斜めだった事に姉のイーリスは密かに苦笑していた。




 夕食が終わると、カヤノは早々に部屋に引き上げて、緊張とワクワクする気持ちでいっぱいになりながら、ベッドで目を閉じる。



「明日は、うまく行きますように!」



カヤノは自立への第一歩に、少々の不安と期待で胸を膨らませていた。



 ☆   ☆   ☆




 その頃、シルヴァスは…?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ