【披露宴の後…】残された招待客
おまけです。
オグマ先生の教師談義につき合わされたサルマン…。
新婚旅行に向かうカヤノとシルヴァスを見送った後だった。
結婚披露宴の会場玄関から、ぞろぞろと招待客達が帰路につき始めた時。
サルマンの肩をポン叩くと、オグマが話し掛けた。
「おい、サルマン。落ち込むなよ。何だ、失恋の一つや二つ!お前ちゃんといい顔、できてたぜ?教師らしく、きちんと三十木の幸せの門出を見送ってやれてた。」
一教師であるサルマン・キュベルは、自分を励ます妙に男らしくさっぱりした態度のイケメンにチラリと目をやると、平静を装っていた顔を大いに崩して言った。
「うっせー!アンタ、教員として先輩だからって、人を生徒みたく扱うのはやめてもらえませんかね?」
「何だ…余裕あんな。なら、良かった!よし、この後、個人的に二次会行くぞ?今日は俺の奢りだ。披露宴の間くらいじゃ、飲み足りないだろ?それで本格的に愚痴ってスッキリしてしまえ!」
「…いいですよ。オグマ先生にそこまで世話焼かれなくても、アタシはもう、吹っ切れてますんで…。それに、あの精霊男とカヤノがうまく行かなくなる日が来るかもしれない。そしたら、アタシがあの子をかっ攫ってやるわ。」
「おいおい…。そんな事言ってるうちは、まだ吹っ切れてないな…。遠慮してないで、飲みに行くぞ。」
「っかー、しつこいな⁉オグマさん、遠慮なんかしてませんよ!純粋にもう家に帰りたいんですよ。」
職場の人間と飲んだって、大して憂さなど晴れないとサルマンは思う。
しかも相手が先輩なら、むしろ気が抜けない。
考えてみれば、この男は自分とカヤノとの仲を反対している傾向があったし、彼女が冥界へ行っていた間も自分に居場所も教えてくれなかった。
今更、慰められても、自分の恋に何の応援もしてくれなかった先輩教師となんて、飲みに行ったってスッキリするわけないわ!!
酒を奢られたくらいで、それら全てを水に流せるわけがない。
サルマンは当然、プリッと横を向いた。
その姿は反抗期の少年のようだ…とオグマは思わず、口角を上げる。
「プ。クク…。」
「んま⁉何、笑ってんのよ?ムカツクわね⁉誘っておいて、本当に人を慰める気があんのかよ⁈」
サルマンの会話にカマ語と男言葉が入り混じる。
「んあ?いや、慰める気なんてないぞ?自分で立ち直れ。俺はそこまで優しくはない…だが、ま、教師として良い事ではないが、生徒を好きになるって事は異性であるなら、それなりに誰でも経験がある事だからな。」
「はあ?」
「魅力的な少女達を何人も手塩にかけて教育するんだ…中には相性のいい奴もいる。ある意味、俺達はどの生徒にも本気で恋するくらいの気持ちがなければ、良い教師とも言えない。愛する事自体は悪い事でもない。だが、仕事上、その気持ちで生徒を困らせるのはご法度だ。」
「そ、そんなのわかってるわよ…。でも、その気持ちを止められないほど、燃え上がっちゃうのが恋なんじゃないの?だから、アタシも教師を辞める気だったのに。」
「おい…サルマン、簡単に辞めるって言うがな…他の生徒はどうなる?何年も一緒にいたのに、途中で他の教師に丸投げするのか?他の生徒は可愛くないのか?一人の事で集中しちまえば、周りが見えなくなるのはわかるが、仮にも今は教師なんだろう。」
「うっ、それは…。」
「卒業させて一人前にしてから、思いを告げるなりするのは許されると思う。お前が言うように恋は燃え上がるものなんだろうしな?相手も大人になったのなら、元生徒でもアリだ。だが、在学中は等しくどの生徒も学生であり、半人前を大人扱いしてはいけない。」
「他の生徒には悪いと思うし…オグマセンセの言う事は一理あると思う。どの生徒も大事だとも思っているし…アタシだって、頭ではわかってるのよ。それでも、思いが止まらなくて…。」
「そうだろうな。お前は若いから、そういう物だ。だがな…うちは女子校だろう?女性は一番に自分を思って欲しいし、見て欲しいと思うものだ。まあ、男もそうだろうが、女子の方がその傾向が強い。嫉妬深いしな。」
「そういうのは、わかるわね…アタシも姉と妹がいるから。あの人達、本当、自分が一番じゃないとすぐに拗ねるのよ…面倒よぉ。カヤノはそうでない傾向が強くて、つい目が行ってしまうんだけど。」
「男は女のそれを面倒だと思いがちだが、何の事はない。皆、お姫様になりたいんだ。そう夢見てる。そう思うと、ワガママも小さな子供みたいで可愛いくないか?だからと言って、自分の体が一つしかないのに、クラス全員をお姫様にしてはやれないがな。」
「そうね…。ねえ、アンタ、何が言いたい?言っておくけど、ワガママ娘は可愛くなんかないわよ?姉妹のせいで特にそう思うわ。アタシはそうならないように、むしろ生徒を教育したいと思ってるもの。」
オグマは肩をすくめて『フウッ』と息を吐いて見せた。
「お前、それが根本的に男として小さい。三十木はお前の嫁にならなくて正解だったと思うぞ?」
「どういう意味よ⁈」
「特に我が儘を言えないような奴には、それを言わせてやるような相手が必要だが…お前はそもそも相手にそうならないようにする事を求めてるわけだろ?」
「れ、恋愛相手なら別よ⁈アタシ、あの子には、ずっと自分を頼ってって言ってたわよ。」
「別にしてはいけない。在学中は他の生徒と同じように接しなければ…だからな、サルマン。少なくとも俺はできるだけ、どの生徒にも我が儘を言えるくらいの先生でいてやりたいと思ってる。」
「フン…ハイハイ、アンタはご立派な教師ですよ!アタシとは違ってね。」
やさぐれるサルマン…。
「別に立派ではない…まあ、そうだな。立派か…悪くない響きだ。そう思いたきゃ、思うがいい。うん、よし。そうだ、俺は立派だ!もっと褒めろ。」
「…いい加減にしてよ、自画自賛。」
眉間にシワを寄せていたサルマンはそう言った後、すぐに伸びて行くオグマの鼻に呆れて言葉を失った。
勿論、口元を引くつかせて何か言いたいのだが、それは我慢して心の中で三回呪文を繰り返す。
『この男は先輩、この男は先輩、この男は先輩…だ!!』
オグマはサルマンを見てニヤリと笑った。
「なあ、相手が他の男や親にも言えない事を自分だけに言ってると思うと嬉しくはないか?レディにワガママを言われるくらいの相手でいられるのは光栄だと俺は思うが?俺は兄弟姉妹が恐ろしく多いんだが、勿論、お前と同様でイラつく事もある。だが、逆に他の男兄弟も多いとな…。」
サルマンは相変わらず眉間のシワを引くつかせて、ジロリとオグマの顔を見る。
そして、それを面白そうな顔で見据えて、オグマは会話を続けた。
「姉や妹が兄や弟を差し置いて、俺だけを頼っているのだと思うと優越感に浸る部分もある。」
「嫌な男ね…。」
サルマンの眉間のシワは一層深くなった。
「サルマン。いくら三十木個人に自分を頼れと言ってやってもな…普段から他の生徒に厳しく接したり、クラス全員にワガママを言わないように言い聞かせてばかりいると、自分ばかりが迷惑を掛けたくないとか…特別扱いされたくないと生徒は思うもんだ。」
「えっと…そういう物かしら?」
「そうじゃなくとも、ワガママや言いたい事が言えないような大人しい生徒ってのはいるだろ?自己主張の強い生徒がいるからって、そいつらを受け入れないのも良くない。何も考えていないように見えても、ちゃんと、どの生徒も自分の意見や考えを持っているんだ。」
「それは…そうだけど、一々全員の意見を聞いてやってたら、進まないわ。」
「授業中や集団での時は、そう正直に言って、個を諦める事をあらかじめ子供達に頼むのもいいだろう。だが、私生活で悩みを持ってそうな奴には個人的にも接してやらなければケアできない。一々、主張の激しいうるさい奴だからって、あまりないがしろにしたら余計やさぐれる。」
「フン、今のアタシみたいね…。」
「そうだな…俺が、お前に何の味方もしてやらなかったのが不服だろ?だが、何でだ?俺が同じ職場の同僚だからか?」
「・・・・・。」
「だが、お前が言うように俺はお前の教師じゃないし、お前も俺の生徒じゃない。教師が生徒より同僚を優先するのはお門違いだ。俺が生徒である三十木を第一に考えるのは当然でお前に親身になる必要あるか?」
そんな事を言われてしまえば、まるで自分が反抗的な生徒と同じだと思えてきて、生徒みたいに扱うなと言った手前のサルマンは黙った。
「やさぐれた奴が正当な道から外れても当然だと思うか?我が儘だから仕方ないと放置するか?正直、そう言う生徒を更生させようと頑張る教師もいるし、仕方ない奴だと放置する教師もいる。そいつにばかりにかまけてて、他の生徒を見てやれなくなっても他の生徒が可哀想だ。」
「難しい…わね。」
「ああ、そうだ。教師が面倒を看るには人数が多いから難しい。家庭教師とは違うからな。お前ならどうする?」
「教師だって、性格が十人十色だわ。親身になる生徒は、教師の性格にも左右してしまうのは多少仕方のない事だわよ…。どう接したらいいかなんて、正解はわからないし…そう言う生徒が出ないようにするしかないけど。」
「できる事は高が知れてる。だがな…俺は諦めちゃいけないと思うんだ。どの生徒にも最後まで期待をかけてやりたい。お前なら、博愛主義な事だと言うかもしれないが、毎日全員の良い所を見付けてやりたいと思うし、お前だってその能力があると俺は思う。」
「毎日…全員の良い所?」
「ああ。お前は三十木の良い所を知ってるだろうが、他の生徒の良い所だって知ってるだろう?」
「長い間、面倒を看て来たもの。うちはずっと同一担任制でクラスも入れ替えないし…ある意味ファミリー的よね。」
「そう思えば、どの生徒も見捨てられないよな…我が儘で仕方のない奴だって他で言えないから学校で言ってるのかもしれない。反抗的な奴でも、授業が終わった後にソイツの話を聞いてやれば、思わぬ事件に巻き込まれている事だってあるし、教師が親身に生徒の話を聞いてやるのを他の生徒に見せられる。」
「見せるのには意味が…?」
「この先生はつまらない相談でも聞いてくれるんだって思うだろ?それに、あの子がそうしてもらっているなら自分だってそうして欲しいと思うものだ。大人しい生徒は言いだせないが、たまにこちらから問いかければいい。」
「面倒な事ね…。」
「面倒だからやりがいがある。面倒だから飽きない。大人しい生徒も普段から問題児のつまらん文句をまともに取りやってやっている教師に不満の一つも言ってくるかもしれないし、あんなつまらん相談を聞いているんだったら…と、自分の相談事も言いやすくなるだろ?」
「違いないかもね…。」
「ハハ、だからな。問題児だってクラスには必要なんだ。それにこぞって相談されるのも悪い気はしない。つまらん事でもな…まあ、俺だってたまには、御愛嬌でうるせえ奴らだと罵る事もあるが、可愛いもんだとこっちが思ってると、どうやら向こうにも伝わるらしい。」
「以心伝心て奴か…。」
サルマンは、自分が面倒だと思っている事も生徒に伝わったのかもしれないと顔を俯かせた。
だから、いざ、カヤノが相談して来ても、肝心な時には遠慮と言う名のブレーキがかかってしまっていたのかもしれない。
全て自分を信頼してくれていたら、いくつかの事態を防げたこともあったのかもしれないのに…。
普段から、他の生徒に我が儘ばかり言うんじゃないわよ…と厳しくいなしたことも多かったからとサルマンは思い当たった。
結果的に自分は生徒達に信頼されていない教師だったのかと思い至り、サルマンは自己嫌悪する。
確かにサルマンだって、自分のクラスの生徒は全員カワイイし、自分に解決できることがあれば自己犠牲だって厭わない。
そう言う覚悟でこの道を選んだ。
だが、そう言う事は最低限にしたいと、そうなる前にクラスで問題を押さえつけた対応もしてきたかもしれない。
それに引き換え、オグマはどちらかと言うと、問題をわざと起こさせる傾向にある教師だった。
もしかすると、隣りにいる教師はそうする事によって、あえて膿を出して生徒の問題を取り除くようにしていたのかもしれない。
あえて、失敗させたり、問題を起こさせて、それに対して対応をする…。
そのことで生徒に反省をさせる。
生徒に自分で失敗を考えさせる。
だから、オグマの周りは問題児だらけで、面倒な厄介事だらけだ。
だが、一人一人の生徒を守ろうとする時は、いつも全力だ。
心労で胃が痛いと言いながら『どうしてお前らはそうなんだ⁈』と頭を抑えたり、疲れた顔を見せる時もあるが…最後には必ず、生徒達を清々しい顔で見送ってやる。
その時のオグマの顔は、本当に嬉しそうだし達成感に満ちていて気持ち良さそうだ。
今日のカヤノを見ている時もそうだった。
まるでまばゆい物でも見るようにオグマはカヤノの花嫁衣装を見詰めていた。
確かに、カヤノにあんな幸せそうな顔をさせられるなら、オグマが自分の恋に協力なんてするわけないとサルマンは思った。
「何だか…色んな意味で、アタシは教師失格だった気がしてきたわ。やっぱり、辞めた方が良いんじゃないかって思えて来たわ。」
サルマンの呟きに大いにオグマは目を丸くする。
「おい!そこは、これから頑張んなきゃ!て、言う所じゃないのか⁈お前みたいな若造…教師として一年生みたいなもんなんだからな?っつーか、全然わかってないじゃないか⁉うちは永久担任制なんだぞ?請け負った生徒の面倒は一生診るのが定例だ!お前が教師辞めたら三十木達のクラスはどうなる⁈」
サルマンは『あっ!』と思い出したように声を出した。
「そ、そうだったわ…アタシ、責任があるのよね。カヤノにも他の子達にも卒業しても何かあったら来なさいって言っちゃったわ。」
「母校に戻った時に担任がいなくなっていたら、帰ってきた気がしないもんだぞ?お前はもはや、生徒達の故郷みたいなもんだ。辞めて逃げるんじゃなくて、次の機会は一段と教師として成長して迎えてやろうとは考えないのか?」
「そうよね…そうだわ。そうだって思えて来た。オグマセンセェ…アンタ、スゴイ教師だな…今わかったわ。」
サルマンは、何かが繋がったようにハッとした。
物事がわかるという時は、ある日、突然…合点がいくというのが多い。
案外そう言うものだ。
オグマは凄い教師と言われ、当然上を向きながら鼻を伸ばした。
「ハハハハハ!同僚兼後輩君よ!ようやく、俺の凄さがわかったか?そうか、そうか…最初に言った通り、是非、俺に奢られるがいい!!慰めはしないが檄を飛ばしてやる。生徒のへの失恋など、お前の他の同僚も一度は経験してるから安心しろ?お前だけじゃない。」
「まあ、そう言うの…慰めって言うんですけどね…。(チッ。ちょっと褒めたぐらいで…途端にまた天狗になりやがって。)」
「何を言う?そんな事で俺は慰める気に何かなれないぞ?俺は毎年、自分のクラスの生徒じゃないくても面倒を看た奴に恋してるくらい入れ込んでるからな?勿論、俺のかつて受け持ったRクラスの生徒を未だに想っている。まあ、どれも片思いだ。」
「それは…どうにも辛い役回りね。言ってる事、段々ヘンタイっぽくなってきてるけど…。」
「少しは俺に思いを寄せてくれてる奴もいるとは思うが…俺が向こうに向けている重い程はデカくないから、辛いっちゃあ辛い。だがな…生徒が笑ってくれるなら俺はそれが一番嬉しい。お前と違って、俺はワガママ言う奴が可愛いからな…勿論言えない奴も潮らしくて可愛い!!」
「何か…究極の女好きのセリフに聞こえるわ…。スゴイ教師って言ったの…前言撤回させて。逆に言うなら、複数同時に生徒を愛せるアンタは浮気心の塊みたいな男だわ。毎年、生徒に恋してるって…やばいわ…。アンタこそ、教師辞めなさいよ。」
サルマンにいつもの調子が戻って来た所でオグマは、一撃をくらわす。
「フフン、俺が辞める訳がないだろーが!恋をしないとフェロモン出ないからな?いつまでも元気で若々しくいる為の特効薬だ!こんないい職場、他にあるか?いつでも若い女に囲まれている!!お前こそ、ヘタクソ辞めたがってたじゃないか。ボンボンめ。」
「ボンボンとは聞き捨てならないわね!」
「金に余裕があるから、先輩様の奢りも断れるんだ。若手の貧乏教師じゃ、飯、奢ってもらえるだけでもありがたいもんだぞ?ほら、お前んとこの副担任とか…。」
「あーアイツね。アタシより年上なのに、サポート今一な上に担任だからって、このアタシにまで昼を奢らせようとするのよね…。」
「いやいやいや、そんなもんだろ?若手の独身野郎なんて。お前が可愛げがないんだ。」
「失礼ね!この柔和なアタシの美しくも可愛らしい外見が見えないの?」
「見た目詐欺…?」
「おい、精霊野郎と一緒にすんな!」
「三十木も難儀だなぁ。似たような男ばかりに好意を持たれて…。ハアァッ。」
「何だ、その溜息は⁈」
すっかり男口調になり始めたサルマンの元に、次々と今日出席していた教師陣も集まって来た。
気付くと、なぜかオグマとサルマンの周りを学園長を筆頭に独身教師が円になって取り囲んでいる。
そして、おもむろに学園長が笑顔を作って口を開いた。
「聞いてたよ。オグマ君、キュベル君!飲みに行くなら、僕らも混ぜて!!二次会行きたい!女の子も誘おう!会費払うから。」
『うげっ!』と、自分の額を手で押さえたオグマは後方に反り返って呻いた。
サルマンは目を丸めて声を上げる。
「いつの間に?って、言うか、どこでこちらの話を聞いていた⁈」
オグマがゲッソリとしながら、サルマンに耳打ちをした。
「おい、サルマン…一応、教えといてやる。学園長に好かれたり期待された教師はな…中々、結婚できないってジンクスがうちの職場にはあるんだ。」
サルマンは、それを聞いて、恐る恐る学園長と共に円を作る教師陣の面々を見回した。
いずれもカヤノを何らかの授業で受け持った事のある教師の顔触れは、確かに学園長が目をかけている教師が多い…。
ちなみに学園長自身も独身だ。
その学園長であるガブリエル・リリューは、恐ろしく綺麗な笑顔を作ってサルマンに言った。
「縁起でもない事を言ってくれるね…オグマ君。だから、今からそれを回避する為に女性達も二次会に誘おうって言ってるんだ。あ、サルマン君、君の事は僕、期待してっからね?だから、早いとは思ったけど担任を持たせたんだ。」
サルマンはみるみる顔を青ざめさせていく。
学園長の話の続きはこうだ。
「だって、君、家庭的にも恵まれてそうだし…これからの若手に辞められちゃ損失だろう?僕、最初からキュベル君には目を付けていたからね?担任を最初に持たせてしまえば、うちは永久担任制だし。まさか、全員生徒を放置して学校を去るなんて…そんな無責任な事、君ならしないよね?」
そう言うと、サルマンの肩を学園長がグッとつかんだ。
「さあ、サルマン君、二次会に行こうか?僕がたっぷり慰めてあげるよ。これからは一緒に婚活も始めようか…お互い、恋愛は学校の外でしよう。毎年、生徒に恋してるオグマ君は異常なんだ。」
どこから話を聞いていたのか…そう言うと、二次会会場にしようと猫又の居酒屋をオグマに押さえさせたガブリエル・リリューその人にサルマンは引きずられて行った。
「ヤメテ!放してちょうだい!!誰か、助けて!アタシは行かないわぁ~。独身伝説のメンバーになんか、加わりたくはないぃぃぃ!」
独身伝説メンバーなどという言われように、黒い気持ちを抱いたオグマ達その他教師は、引きずられるサルマンを放置した。
誰も学園長から、彼を助けようとする者はいない。
学園長=職場の最高権力者なのだ。
今まで、学園長にかなり気に入られていた事を心底嫌だと思っていたオグマは、実の所、今後のサルマンに大きく期待している。
「これで、学園長の気持ちがサルマン一人に行って、アイツがお気に入りになってくれればいいな。そうすれば、俺の呪縛が緩み、来年あたりは結婚できるかも…。」
と、思っただけの筈なのに、うっかり心中が口から出てしまっていた呟きを聞き取って、やはり披露宴に出席していた教師・カートリルがツッコミを入れた。
「いや、それはないよ。オグマ君、あのね…類が友を呼んでるだけだからね?結婚できない理由は自分にもあるから…。」
しかし、オグマはそれは聞いていなかった。
先輩教員でもあるカートリルは、溜息をついて、思い込みの激しい後輩から諦めたように目を背けた。
都合のいい事しか聞こえない耳を持っているとは、さすが自画自賛王だと思いながら…。
二次会で押さえた多少無理の利く馴染みの店に向かう途中、オグマは考えていた。
思ったより、シルヴァスが三十木カヤノを普通に大切にしているようで良かったと。
「多少の欲は押さえていないのだろうが、それよりも相手を愛おしいという気持ちが勝っているんだろうな。」
溺愛という名の精霊の鉄壁の囲いの中で、彼女の個としての成長が今後見込める事は、ほぼ無くなってしまったが…永遠という呪いも愛に埋め尽くされれば甘美でしかない。
それを孤独だと三十木が考える事はないだろう。
既に彼女は、精霊の与える幸福に満足を始めているようだった。
せっかくこの世に生を受け、現人神としての資格まで取ったというのに…それらを生かす事なく、霊性の甘やかししかしなさそうな精霊に間引かれてしまうのは残念な事だが、結局は本人の選んだ道だ。
俺達教師は、それを応援してやる事しかできない。
それが失敗だったか正解だったかは、わからないが、失敗してもそれを見守ってやるのが俺達の存在ではないだろうか。
まあ、三十木の場合は失敗も正解もない場所に追いやられてしまったのかもしれないが…。
ある程度、見守って来たが、彼女は精霊から逃れる事はできない運命だった。
元々、彼女がシルヴァスという男に恋をしてしまった時点でこうなる事は必然だったのだ。
そもそも、そうした者に魅入られた人間は古代から心を囚われ、こちらの世界には戻って来れないと言われている。
精霊の世界は美しく、永遠の時は退屈でも、その心を放さないのだ。
「とにかく、俺達は存在の続く限りは、生徒達の卒業後もフォローしていくしかないな。」
なあ、サルマン…お前は気付いてんのか?
本気で恋をしたって言ってたのに…思いが止まらないって言った割に、お前は三十木をちゃんと送り出せていたんだぞ?
サルマンが三十木に対する思いを堪えられないと思っていたのは、彼女が幸せになれないという気持ちがあったからだとオグマは分析している。
だが、実際、生徒の幸せそうな顔を目の当たりにして、サルマンは強引に彼女を自分の元に攫おうとする気配を見せなかった。
それが教師だからとはオグマは思わない。
要するにサルマンの思いは、微かな恋情と教師としての思いが入り混じったものだと思う。
それが、人生で一生に一度の本気の恋かと聞かれれば、オグマには疑問が残るものの、偽りの恋だったからと言われれば、それも違う。
本人が言うように、確かにサルマンは三十木カヤノに恋をしたのだ。
だが、シルヴァスよりも強い思いかと言われれば否というより他はない。
思いの種類はそれぞれで色々あるがどれも本物だ。
けれど、強さに強弱はあり、種類によりシーンに好ましいと思われるものも違ってくる。
三十木の思いには、シルヴァスの思いが一番応えるのに相応しい。
何と言っても相思相愛なのだから。
対するサルマンの思いは、偽りと言えないが…結果的には二人を結び付ける為の起爆剤の一つにもなった。
本人は無意識だとは思うが…つまりは、そう言う事だ。
オグマは密かに後輩教師に対して、口角を上げる。
「こうして、生徒の晴れの日を笑顔で見送ってやれる事。それこそが教師の適性だぞ、サルマン。」
強制連行のサルマンの後を追いながら、オグマは新米教師に本人には聞こえないように言った。
教師の仕事は生徒の育成、アーンド現人神養成学校・女子部においては、新米教師の育成も含む。
「アイツを育てて、学園長の後釜に推薦しよう。」
とオグマは密かに、ポ〇モン・トレーナー的な野心を燃やすのであった。
カートリルは、二次会に参加してくれる女性の中で、たまたま近くを歩いていた冥界のレイナに声を掛けられた。
「あの…あの赤毛の方は何ておっしゃるのですか?皆様は全員、教員の方なのですか?」
「ええ、そうですよ。お嬢さんはあの…赤毛の男と少しでも話をしたいと思って下さっていますか?」
カートリルの問いにレイナはほんのり顔を赤くして、視線を下に向けながらも小さく頷いた。
「ええ。その、見事な髪だなぁって…それに綺麗なお顔をされているなと…思いまして。」
カートリルはレイナに良い笑顔を見せた。
普段はオドオドしている傾向が強い教師なのだが、それは人使いの荒い学園長の前だけだ。
「そうですか…残念ですが、あの男はあまりお勧めしませんよ?なぜって?綺麗な顔でも、アイツは見た目詐欺なんで…その、宜しければ、私がお勧めの同僚を教えて差し上げますよ。飲みの席では、私の隣りに来られませんか?」
「えっ?そうなんですか…あの、では、ご迷惑でなければ、お願いしても良いですか?同じ職場の方の情報を聞けるのは心強いです。」
「ええ、喜んで。お嬢さん。私はカートリルと言います。名前で呼んで下さいますか?」
「あ、ハイ…ええと私は冥界から来ました。レイナと言います。以前は現人神の娘として地上で生活した事もあったのですが、色々あって冥界を選択したんです。」
「そうですか…レイナと呼んでも?」
「ええ、気軽に呼んで下さい。」
「色々あったという事ですが、これでも私も教師なんで、あなたくらいの歳の女性のお話が気になってしまいます。差障りなければ、お話を聞いても?」
「あ、ええと…あの。」
「言い辛ければ構いませんよ?そうだ、移動まで時間がありますし、何かお互いの話でもして時間を潰しませんか?冥界から参加されたなら、披露宴には知り合いが少なかったでしょう?」
「え、ええ…、まあ。」
オグマはカートリルに話し掛けられたが、すぐにサルマンの後を追って離れていたので、レイナとカートリルが接触した時に近くにいなかった。
だから、カートリルと話を進めだした後方の二人に気付くのが遅れたのだ。
レイナもオグマがすぐ前にいた事に、一瞬、気付かなかったのだろう。
オグマより先にカートリルに声を掛けてしまった。
オグマは、現人神なら良い相手を紹介してやれるとレイナに言った手前、カートリルとの間に入ろうと思ったが、二人が案外自然に話しているので、出て行くのをやめて、しばらく様子を見る事にした。
二人の会話に聞き耳を立てていれば、カートリルがいきなりレイナを呼び捨てで呼び出したので『おいおい、ちょっと図々しいだろ?』と思ったが、冥界貴族の娘である彼女はかえって、自分に気軽に接する事を嬉しく思ったように見受けられたので、これもスルーする事にした。
同じ職場の人間として、学園長相手にはオロオロとしやすいカートリルだが、オグマ程、気の回る事はできなくても、普段学園長の補佐をやらされているだけあり、それなりに色々と鍛えられている。
それに生徒に対する思いも強く良い教師だと、オグマはこの先輩教師に対して評価をしていた。
サルマンのような見た目ではないが、派手さはなくとも物腰柔らかなカートリルは貴族のお嬢さん相手でもうまく対応できるだろう。
三十木の相手であるシルヴァスと違って、狂暴性もないし、カートリルは男にも公平だ。
勿論、女性には殊更礼儀正しく常識的なのが彼である。
すんごい優良物件というわけでもないが、別に悪い所もないカートリルとの接触を阻止する必要は、オグマにはないと思われた。
それにしても、普段は草食系のカートリルが珍しくレイナに積極的だと、オグマは目を瞠る。
「そういや、まだ季節は春だったな。」
オグマは目を細めた。
三十木とシルヴァスは、今頃どの辺にいるのだろうか?
図々しく『新婚旅行から戻ったら、学校に土産を持って来いよ。』と、学校から飛び出したばかりの生徒の顔をまた見たくて、オグマは二人に言ったのだが…その際には、レイナの話題もいくつか三十木に提供してやれそうだな…と薄っすらと思う。
柔らかな生温かい風の吹く中で、披露宴で結構な量の酒の入ったオグマは、微睡みそうになりながら、二次会の席まで上機嫌で歩いていた。
全く未定ですが、その後のカヤノを更新する日があるやもしれません。
評価低は萎えつつ、真摯に受け止めさせて頂きます(理由ありだと更にありがたいのですが)。
ブックマーク、最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。




