春の嵐と恋の風【79】
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本日も前回の続きです。
勿論、シルヴァスが妨害していたからだ。
まず、賭けを持ち掛けたその日のうちに…。
シルヴァスは統括センターの知り合いの伝手を使って、数少ない離縁を担当する神を体現している現人神を紹介してもらった。
カヤノが賭け以前に勝手に登録しやがったとされる結婚相談センターの婚活担当部門には、多く縁結び系統の現人神が在籍している。
対する離縁関係を執り行う課は別のフロアにあり、結婚相手を切望してやまない男性登録者の溢れる婚活カウンターとは対照的で、あまり…というか全く流行っていない。
紹介を受けて早々にシルヴァスの話を聞き、離縁スタッフのメンバーは、親身に相談に乗ってくれた。
なんせ、奴らは暇なのだ!
縁を結びたい男どもは溢れかえっており、縁結び系のカウンターは覇気があって忙しく、男神が親身に対応してもらう為には順番待ちが必須だが、縁切りカウンターは閑散どころか誰もいない。
「もう、いっその事、完全人間専用の部署に回してくれないかなぁ?神様が離縁なんて滅多にないしさ。基本、一途すぎか浮気しても別れない奴らばっかじゃん?一夫多妻であっちもこっちも好きって言って離すつもりないし…。」
と部署の縁切りスタッフが嘆くくらいである。
そこに行って、シルヴァスの相談はこうだ。
『モノにしたい女の子がいるが、縁結びのスタッフ達が張り切って余計な事をする。』
『既に自分と言う婚約者と一時保留用・婚姻届けを提出しているにも拘らず相手が婚活を始めたのだ。』
『困った事に結婚相談センターでは、彼女に見合いで別の男と縁を結ぼうとしている。』
『素晴らしい縁切り技術を誇るあなた方に助けてはもらえないだろうか?』
『彼女と縁のある自分以外の男の縁を切って欲しい。』
『自分は今までその子を引き取り、自身の婚活もせずに大事にしてきたのに!』
『散々、手塩にかけて本人も告白までしてくれたのに…今更、ちょっとした気の迷いで他の男を探すなんて…。』
と、彼らに涙ながらに語り、『酷いでしょ?』と最後に言葉を結んだ。
(勿論、オーバーに語ってはいる…言ってない事も多々あるが同情を引くには演技も多少は必要だ。)
これに、暇な縁切り部隊は同情して、すぐさま、立ち上がってくれた!
とにかく奴らは暇なのだ!
それにシルヴァスは、知人の伝手でここに来ており、つまりは自分達の腕を見込んで、紹介されてやってきたのである。
しかも相談者のお相手の女性が頼っているのは、自分達の宿敵ともいうべき、憎き縁結び部隊なのだ!
つまりこれは、縁結びスタッフ対縁切りスタッフの力勝負である。
あんなにたくさん顧客を担当している連中に、こんな暇を持て余している自分達が負けるという事は、縁切り組達にはプライドが許せず、まずありえなかった。
縁結び担当者達への日頃の鬱憤と羨望もあり、縁切りスタッフはシルヴァスの相談に全力をあげて即、応えてくれた。
こうして、カヤノの見合いは、ことごとくうまく行かなかったのだ。
そう…縁結び神の紹介で出会った男神達の良縁を、片っ端から縁切り神が切り刻んでいたのである!
それはもう!神力の限り!がむしゃらに!!
これでもか…と。
彼らの秘密裏に工作する技術は素晴らしく、縁切りグループとは違って、お手すきではない縁結び組は、カヤノの縁結びがうまく成立しない原因を検証する暇もなかった。
カヤノ本人が誰でもイイから、とにかく紹介してくれと急がせるのも相まって、余計に原因の特定に時間を割く暇がなかったのである。
このような不正を一般的に縁切り神が請け負う事は、公には絶対にないのだが…シルヴァスの同情の引き方がうまかった事と依頼期間がカヤノの卒業までの数か月間という短期間だけと言うのが大きかった。
一生、誰かの縁を切り続けるような嫌がらせは、さすがに神と名の付く者なら請け負い難いが、たった数ヶ月の間なら、『まあ良いか』と思ってしまうものだ。
更に、シルヴァスは神様方の好きそうな上物の酒を手土産代わりに注文して配達させ、うまく行ったあかつきには接待も約束している。(平たく言えばワイロ。)
神様は飲める飲めない関係なく、お酒が好きなのだ…当然、神懸り程度の現人神も例外に在らず。
結果、カヤノの見合いは惨敗。
本人はそれを自分に隠していたが、シルヴァスには全て状況がわかっていたので、現状を聞いた時のカヤノの顔を眺めるのが楽しくて仕様がなかった。
自分でもつくづく悪趣味だとは思うが…泣き顔の次に困っている顔が可愛いのだから仕方がない。
それに、自分はいつもカヤノに両手を広げて待っているのに、いい加減な気持ちで他の男の方に行こうなどと…無駄な悪あがきをするのが一番悪いのだ。
しかし、その後もカヤノは完全には諦めてなさそうだったので、シルヴァスは視点を変えて、今度は縁結び側を自分に寝返らせようと考えた。
シルヴァスは自ら縁結びの神々が多く在籍する結婚相談センターに出向き、カヤノとの縁を結ぶ事を半ば強制的に承知させたのである。
シルヴァスにとっては、婚活スタッフと仲良くする為の話し合いにすぎなかったのだが…どうやら、人はそれを脅しと呼ぶらしい。
後日、結婚相談の部署に知り合いがいるクーガに、なぜか、そう言われてしまい、首を傾げたのを覚えている。
そろそろ縁切りスタッフによるカヤノの見合い撃沈についての興が冷めた頃だった。
まだ、カヤノが見合いをしようと考えているであろう事に不愉快さを感じていたシルヴァスは、その日、たまたま仕事の休憩中に結婚相談センターのカウンターの方へふらりと立ち寄った。
「僕も結婚相談をしたいんだけど…。」
「お見合いを希望される方ですか?」
訪れたシルヴァスに担当者が気付いて、すぐに寄って来て聞いた。
ここには、ほとんどの者が単に相談に来るのではなく、見合いの登録に訪れるのだろう。
担当者の慣れた声掛けがそれを物語っていた。
シルヴァスは首を横に振って相手に自分の意図を伝える。
「もう既に、お相手はいるんだ。縁結びをお願いしたいと思ってさ。」
「そ、それは…場合によってはお受けしかねますねぇ。こちらで選定したお相手に限り縁結びを行ってはいますが…いきなり、本人の希望で縁を結んでくれと言われても…お相手の意志がわかりませんし。我々はあくまで婚活している者同士の縁を繋げているんですよ。」
「それは大丈夫だよ。相手の子もここで見合い登録までしてるみたいだから。伴侶を探している相手と縁を結んでもらうなら構わないでしょ?」
「い、いえ…相性というものもありますから。我々はそう言う事も含めて縁結びをしているんです。まず、お相手の方のプロフィールとあなたのプロフィールの相性診断をしませんと…。」
「相性はいいよ。向こうも僕の事が好きな筈だし。ただ相手が色々拗らせてね…まだ若いから、難しい年頃なのかな?自分の思いに蓋をして他の男と愛のない結婚をしようとしてるんだ。どう思う?」
「そ、それはあまり宜しくはございませんねぇ。」
シルヴァスは優美な笑みを浮かべたが、その視線はとても物騒なものだった。
黒に近い瞳が普段と違い緑色に光り、その輝きは少しも澄んではおらず、濁った色を発している。
「相手の子、三十木カヤノって言うの。僕の養い子なんだけど…プロフィール、出してよ。」
「えっ?ええっ⁈」
カヤノは婚活部署で有名なのか、名前を上げた途端に他の相談者を相手にしているスタッフも含め、一同がシルヴァスの方を振り向いた。
直接、応対してくれている担当員も目を見開いている。
そりゃ、そうか…。
成婚率99%を誇るお見合い部門が異例の縁結び失敗続き…。
カヤノがどんだけ、男運がないのかって話になるよな。
影で、さぞ、スタッフ達は頭を抱えている筈だ。
うん、多分、問題児扱いかなー。
シルヴァスはニヤリと笑って担当者に囁いた。
「ねえ、家で話を聞いてるよ?ここに登録してんのにさ…全然、良縁に恵まれないんだってね?」
「ちょっと⁉人聞き悪い言い方しないで下さいよ。三十木さんはお若いですし…これから本格的に紹介していく予定なんですから。その、今までは、ちょっとした肩慣らしです!ご本人様も緊張されていましたし予備練習のようなモノで…。」
「ふうん?でも、そんな事してると間に合わないよ?」
「な、何が…ですか?」
シルヴァスは今度は両眼を上に上げて、とぼけた表情をして見せる。
「僕とカヤノは、一時保留制度を利用しいる婚約者同士なんだ。早く、見合い相手を見付けないと、もうすぐ自動的に僕らの婚姻が成立するよ?そうしたら、ここに登録しても見合いがうまく行かなかったって事になるだろう?縁結び神の力も大した事ないなぁって…さ。」
担当者は引きつった顔で目を見開いたままだ。
シルヴァスはクスクス声を立てた。
「しばらくぶりの成婚不成立者を出して、減給になっちゃったりしたら不名誉だよね?ねえ、僕を今すぐ登録して、カヤノとの縁を永久に結んでくれない?そしたら、ここに登録したから結ばれた二人って事になるよ。安心して…カヤノはここのお見合いシステムの悪口を行ったりしないから。」
「そんなの…なぜ、わかるんですか?」
「わかるよ。僕のお嫁さんになったら大切にするし…結婚前の事なんて考えられないようになるよ。それに、心配だから監視妖精も付けるし、僕なしで世間と接する機会もほぼないから、言う相手もいないよ。彼女は社会に出る予定がないからね。」
担当者は眉を顰め、迷いのある表情を浮かべた。
「ねえ、僕に協力してくれた方が得だと思うよ?それでも、まだ、カヤノにお見合いを勧める?きっと、うまくなんて行かないと思うけど…。」
そこで担当者はハッとした。
目の前の男が、恐らくカヤノの見合いの邪魔を、何らかの方法でしていたのだと察したのだ。
シルヴァスの言う事が本当なら、一時保留制度が動き出すまで、期限はろくにない状態だ。
ただでさえ、男性が苦手な彼女の相手を探すのは困難なのに、妨害も入る上にタイムリミットが迫っているのでは、新しい相手と婚約成立を目指すのは非常に厳しい。
おまけにこの男、何だか見た目とは裏腹の並々ならぬ殺気を感じる…。
担当者はシルヴァスをチラリと盗み見て考えた。
『結婚相手が絡む男神の行動のイカレ具合は、既婚者である自分にも経験があり、よくわかる…。』
担当者は唸る。
自分達は、独り身の独身者に良い相手を紹介し、良縁を結ぶ仕事に誇りを持って行っているが…既に誰かにつけ狙われている女性を良縁として他の男神に紹介するのは、何かが違う。
たった今、この男を突っぱねて、お引き取り頂き、三十木カヤノと言う女性のお相手を探すにしても、ワケあり彼女に好意を持つ男神を探すのに時間がかかれば、どちらにしろゲームオーバーで目の前の男の恨みを買うだけだ。
自分達を信頼してくれた登録者の三十木カヤノさんの事を思えば、実に不本意だが、この男の言う通りにするのが一番、誰にとってもマシな結果になるのではないだろうか。
担当者は息を吐いた。
「仕方がありませんね…わかりました。ですが、三十木カヤノさんとは是非、うまくやって下さいよ?我々も、名誉を傷付けられるような噂を流されると困ります。」
「勿論だよ!さすが、婚活スタッフの皆さんは優秀で物分かりが良いなぁ。ああ、良かった!これで僕らは成婚確実!みなさーん、ここのスタッフに任せれば、確実にお相手がゲットできますよぉ。」
シルヴァスは現金に喜んだ素振りをして、他の相談者に向かって結婚相談センターのお陰で自分はうまく行ったとアピールするように大きな声を出した。
呆れる担当者の目は、力なく淀む。
こうして、カヤノに見合い相手の紹介通知が来る事はなくなった。
ちなみにカヤノが問い合わせて来た時の対応も、シルヴァスは想定しており、カウンターで指示を言い置いていた。
「時期的に忙しくなってきたので、年齢の高い順に案内をする為、カヤノさんはまだ若いので、学校を卒業してから再開しましょうと言ってやって下さいね。」
と片方の目を閉じて笑った。
勿論、卒業してからでは、色々間に合わないとわかっていて…である。
人の悪い精霊の言葉に担当者は、心の中で密かにカヤノに手を合わせて謝った。
「ごめんね…三十木さん。でも、こんなのに狙われたら、多分、逃げらんないと思うから…。」
口の中で最後に『許して…』とカヤノに対して口ずさむ担当者に礼を言うと、シルヴァスはその場を口笛を吹きつつ、颯爽と立ち去ったのである。
☆ ☆ ☆
過去を振り返ってシルヴァスは、ついつい進む水割りをいつの間にかロックで飲んでいた。
本日は何も致さなくても、機嫌は上々。
「いやぁ、僕、本当に随分、あっちこっちで頑張ったよねぇ。相手を本気で好きじゃなくちゃ、絶対にできない所業だよねー。」
もしもシルヴァスが、最初にカヤノが勇気を出して告白してくれた時に、喜んでその手を取っていたのならば、こんなに拗れた思いや大変な思いをしないで済んだのだろう。
冥界で二度に渡って訪れたカヤノの危機に肝を冷やす事もなかったかもしれない。
たった一度の判断ミスから、ここまでの長い道のりを歩まねばならなくなった。
けれど、そう簡単に物事が運ばなかったからこそ、自分が彼女の事を最愛であると気付いたのと、同じくらいの衝撃的な出来事を結果的にカヤノに与える事ができたのも事実だ。
同時に自分の彼女への思いも再確認を繰り返して、日に日に強くなったと思う。
この一連のシルヴァスにとって、試練とも言うべき数か月間があったからこそ、
『カヤノに、自分がいなければ生きてはいけない…自分以外に代わりはいない…自分にはシルヴァスの元を離れる事ができないのだ…と、何が何でも思わせなければならない!!』
と思っていた当初の問題が解決したのだ。
カヤノの為にあれこれ苦しんだ日々も、今となってはかけがえのない時間にすら見えて来るから不思議だ。
サメの魔神に連れ去られそうになったからこそ、シルヴァスはハルリンドの恋情などとっくに冷めている事に気付かされたし、方々にカヤノを取られそうになったお陰で、彼女がいかに自分の中で大事な存在になっているかと言う点についても思い知らされた。
永遠に守るべき相手が誰であるかがはっきりと見えた。
「全ては必然…無駄な事なんてないんだな。」
カヤノもトラウマを含め、この数か月間で色々な思いが晴れたのか、まるで膿が出きったようなスッキリした表情になったように見える。
これからは記憶のあるままで…本来の素直なカヤノの姿を、少しづつでも見せて行ってくれるだろうか?
そんな風にシルヴァスが思っていると、カヤノが寝返りを打った。
「うん…シルヴァス?」
その際に部分照明が眩しかったのか、カヤノは片目を少しだけ開けて自分を呼ぶ。
「何だい?僕のお姫様…疲れているんだから、まだ眠っていていいよ。」
東の空が少しだけ明るくなってきている。
太陽はまだ出ていない。
「あのね…。」
しかし、カヤノはそう言うと目を閉じたまま両手を宙に伸ばした。
まるで自分を呼んでいるかのようなしぐさに、シルヴァスがウィスキーの入ったグラスを置いて、何も考えずに近寄った。
「どうしたの?」
近寄ったシルヴァスが、前かがみになってカヤノに問いかけた瞬間、つかまえたとばかりにカヤノは両腕でシルヴァスに抱きついた。
相変わらず目は開いていないものの、カヤノは気持ち良さそうにシルヴァスを抱きついたまま、なりたての夫をベッドに引き入れてしまう。
「ちょっ…?カヤノ⁈」
「ウフフ、シルヴァス…何か、お酒くさぁい。でも、好き♥」
そう言いながら、スヤスヤとまた寝息を立てる。
「嘘…もう、君ってば…そこで寝ちゃうの?」
カヤノの横でベッドに転がりながら、抱き枕と化したシルヴァスは、体を固くして大いに顔を引きつらせた。
そして、数分そのまま耐えたのだが…所詮、飽きっぽいのがお決まりの風の精霊の事。
すぐに耐えられなくなり、カヤノにキスを落としまくって、再び酒臭いとオヤジ呼ばわりされるのであった…。
明け始めた夜の向こうに現れた光が少しづつ二人を照らし始める。
いつの間にかシルヴァスもカヤノの横で寝息を立てていた。
朝の光がシルヴァスの少しだけ交じった金髪に反射してキラキラと光る。
二人はまるで物語の主人公のような一枚の絵になっていた。
実にお似合いの二人をカヤノの両親が遠い空の上から見詰め、微笑んだのを本人達は知らない。
次回最終回の予定です。
今まで、お付き合い下さって、本当にありがとうございした。




