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春の嵐と恋の風【76】

あと少しで完結だというのに…都合により私生活が乱れており、更新が遅くなっています。

ご迷惑をお掛けします。

本日は、ようやくプロポーズ回にありつきました。

 シルヴァスが海を渡って着いた先は、精霊がたまに訪れるという伝説のある城のバルコニーだった。


そして、そのバルコニーの上にシルヴァスがカヤノを降ろす。



「ここは、前にシルヴァスと…カフェからも眺めた…お城?」



そう言うなり、カヤノは同時に先客がいる事に驚いた!


先客は可愛らしい外国の女性だ。

それとバルコニーの手すりにシルヴァスとよく似た…しかし、髪色は完全に金色の精霊が何と腰掛けているではないか!

装飾の施された年代物のバルコニーは精霊が腰掛けると完全に絵画の世界のようだ。



「せ、精霊様⁉ほ、本物⁈それに、もしかして…もしかするとあなたは…精霊様の花嫁になった伝説のお話に出て来た子では?」


「そんなに驚かなくても…精霊なら、僕だってそうなのに…。」



ややふくれっ面になるシルヴァスの声をよそに、カヤノの視線は金髪の精霊に釘付けだ。

カヤノの推測は当たっていた…。

バルコニーにいた可愛らしい女性は、肥沃(ひよく)な大地のような色の髪をしていて、笑顔で優しく答えてくれた。



「伝説だなんて…嬉しいわ。そんな風に大層なモノじゃないのに。でも、この国の人達が大昔の事を未だに語りついてくれているなんて感動ものね。今じゃ、すっかりシルフィは私の旦那様で私も古女房よ。」



そう言うと彼女はカヤノに手を差し出して握手を求めた。

カヤノは驚きのあまり、深くモノを考えられず、無意識におずおずと差し出された手を握り返していた。

彼女の手をカヤノが握ると、更に笑みを深めてニッコリと微笑まれた。



「宜しくね!こんなカワイイ義妹ができるなんて大歓迎よ。」


「え…?」



狐につままれたような顔でカヤノが相手の顔を見ると、彼女はキョトンとしてからシルヴァスを見た。



「あら、シルヴァスったら、彼女に私達の事を話していないの?」



シルヴァスが肩をすくめて見せると、彼女はすぐにカヤノの方に向き直して言った。



「シルヴァスと私の旦那様のシルフィは兄弟なのよ。シルヴァスに常についている妖精の報告でお嫁さんができたって聞いて、私達も現世にやって来たの。一目でも早く義妹を見たくてね!」



彼女がそう言うと、バルコニーの手すりに腰かけていた金髪の精霊様も、ひょこんとバルコニーの上に降りて来てカヤノに近付いた。



「お初にお目にかかります。カワイイ義妹殿!僕はシルヴァスの兄でシルフィ、ご存じの通り、大昔に人間の養い子を娶った精霊としてこの国では有名なんだけど…まさか、弟も養い子を嫁にするとはね⁉兄弟そろって精霊界で後ろ指差されそうだなぁ。いや、弟って本当にお兄ちゃんの(あと)ばかり追うよねー。」


「おい!シルフィ、僕は(あと)なんて追っていない。カヤノに余計な事を言うな。」



ジロリと睨みつけてくる弟に不敵に笑う兄の精霊様。



「へぇ、カヤノちゃんて言うんだぁ?昔は僕が妻を精霊界に連れて来るなり、散々、変態呼ばわりしてくれたクセにねー?弟君はまた…随分と若い嫁をもらうんですねぇ~。いやはや、人の事を言えた義理かなぁ~?」


「うるさいな!シルフィ、言い方…そういう所がオヤジなんだよ。」


「ちょっと、この綺麗な兄に向かってオヤジとは、失礼な!!こうして、祝福に駆けつけてやっているのに。まあ、とはいえ、でかしたぞ、弟よ…。若くて可愛い義妹ができるのはお兄ちゃん嬉しい!」


「単に僕らにかこつけて自分の奥さんを連れ出したかっただけだろー?最近、どこに誘っても、あまり相手にしてもらえなかったから…兄さん、じっとしてられなくてうざいもんなー。」


「うざいって言うな!」



始まる兄弟の言葉の応酬に兄嫁とカヤノが口をそろえて同じ言葉を言った。



「「いい加減にして!!」」



女性の声が揃ったのを聞いて、二人の精霊はキョトンとした顔で言葉の応酬をストップさせる。

カヤノと兄嫁も自分達の声が揃ったのに驚き、次の瞬間、クスクスと笑い出した。

そして、兄嫁が言う。



「ウフフフ。カヤノちゃん?…だっけ。シルフィとシルヴァスもそうだけど…私達も息が合いそうね。これからは、どうか、仲良くしてね。」


「ハイ!お義兄さん、お義姉さん、宜しくお願いします!まさか、伝説の精霊様と娘さんに会えるなんて、こんなサプライズ…考えてもいませんでした!!感動です。」


「大袈裟ねぇ。カヤノちゃん、カワイイわぁ。お義姉さんかー。」



兄嫁である女性がカヤノを微笑ましく見詰めると、横にいる夫の精霊も乗り出してきて口を開く。



「カヤノちゃん、弟を宜しく。今度、精霊界の僕らの家に遊びに来てね。シルヴァスの都合がつかなかったら、君だけでもいいから。うん、弟はむしろいらないな…妻と妹に囲まれて過ごす…いいな、それ!」



シルヴァスはスゥッと目を細めて『名案だ』と勝手に喜ぶ兄を睨んだが、今度は何も言葉を発さずに、ただ目だけでモノを言っている。

女性二人から注意をされた事で、少し気を使っているようだ。



「シルヴァスってば、何でお兄さんが伝説の精霊だって、教えてくれなかったの?」



それから、少しずつ会話を進めていくうちに、カヤノはシルヴァスにそう言ってむくれた顔を向けた。

シルヴァスの服の裾をチョンと引いて問う、カヤノのそのしぐさがカワイイと兄夫婦は密かに二人で内緒話をしている。

シルヴァスは頬の上の方をポリポリと()いて答えた。



「恥ずかしいだろう?大昔の物語の主人公が自分の身内なんて言い辛いよ…。それに、そんなのが兄だなんて、僕自身がカヤノよりもうんと年寄りに感じちゃうじゃん。」



シルヴァスの主張に意地の悪い笑みを浮かべた兄が言う。



「はっ!感じるのじゃなくて、事実、年寄りじゃないか!!いい年して、ずっと未婚だったんだし…。まあ、お前じゃ、ずっと振られて来たのも仕方ないかもねー。大人の男らしく見えなくてさ。」



悪意のこもった兄の言葉に、さすがに弟もこれには反論をした。



「度々、うるさいな。自分だって人の事言えないだろ?無駄に若作りなだけのクセに!僕は別にモテなかったわけじゃないし、振られたって言っても、そこまで本気だったわけじゃないんだからいいんだよ!唯一、過去の恋愛で本気に熱くなったのはハルだけだったんだから。」



咄嗟に出たシルヴァスの言葉にカヤノは、ピクリと体を震わせた。

シルヴァスの口からハルリンドの名前が出たからだ。

兄の精霊様は片手でオデコを抑えて『バカ…』と小さく呻いた。

シルヴァスはハッと気付き、慌ててカヤノに視線を向ける。

しかし、どう反応すればいいのかわからないカヤノは、シルヴァスから視線を背けていた。

シルヴァスはすぐに彼女の前に立って、兄夫婦の前である事も(はばか)らず、彼女を抱きしめた。



「カヤノ、目をそらさないで…誤解しないでよ。ハルだけって言うのは、振られた相手の中でって意味だし…もう終わっている中での話だからね⁈それに、僕の恋愛話なんて小さなもので…本気の恋ってほど、大層なモノなんて一つもなかったんだ。カヤノに対する本気とは比べ物にならないよ!」


「・・・・・。」



カヤノはそれでもシルヴァスの方を見ない。

何も言わないカヤノに(ごう)を煮やしたようにシルヴァスは焦って口走る。



「確かに…当時、ハルに本気だったって言うのは否定しない。でも…それでもカヤノに対する気持ちとは全然違う!だって、彼女の事は親友に譲って諦められたんだから。いや、気持ちの上では、しばらく諦めきられなかったけど…結果的には我慢できた。」



カヤノはそこでチラリとシルヴァスを見た。

ようやく合った視線でカヤノの瞳の色が切なくてシルヴァスは悶えた。



そんな今にも泣きそうな顔をしないで!

兄の前だというのに興奮するだろ⁈

クソッ!好物な顔すぎて辛い!!

ああ、カワイイ!!

やっぱり好き!


ハルには悪いけど、本当に全然、比ではないくらい欲情しちゃう。



シルヴァスの心中は、この状況で一般の男性のように『彼女に誤解されてしまったかも…どうしよう!』というものとは、いささか違っていた。

今にも押し倒して、慰めたくて…彼女にわからせてやりたくなってしまう衝動を抑えながら、シルヴァスは言葉を続ける。



さすがに兄と兄嫁の前でそれをしたら、後々、何て言われ続けるかわからない…。 



「もし、カヤノの相思相愛の相手が仮に親友のアスターだったとしても…すぐに取り返しに行ったよ。諦める事なんてできないし、きっと我慢もできない。ハルと同じには扱えないよ。ごめんね…カヤノ。僕が手を引く選択肢はないし、君の意思がどうでも(さら)ってしまうと思う。」


「シルヴァス…。」


「それくらい君は、僕の大事な宝物なんだ。」



ようやく、カヤノが自分の顔を見てくれた。



シルヴァスは、その視線を逃がさない。


『君は僕のモノ』


上目遣いで見上げるカヤノの視線に、ありったけの熱を込めて応える。



「君の心が他にあったなら、今の僕は迷わずソイツを消してしまう。そのくらいの衝動に駆られる。君が僕に本気の恋を教えてくれた。気が遠くなるほど長い時間を存在し続けているけど…精霊らしく、今まではどこか高みの見物でしか物事を見られなかった節がある。」



シルヴァスはカヤノの前に膝をつく。



「君の存在が無機質な精霊の僕に血を通わせてくれた。君だけが僕に全てを捨てさせるだろう。君が絡めば、僕は理性なんて簡単に手放してしまうんだ。他の誰も僕をここまで感情的にしてはくれない。君は僕だけのお姫様で、手放す事のできない僕の心臓(ハート)だ。」



カヤノは先程の空虚な表情から一転、顔をゆっくりと桃色に染め始めた。

年相応のカヤノの反応には、思わずギャラリーにも笑みが出る。


そこでシルヴァスは何もない片手をカヤノに向けて差し出した。

サァッと爽やかな風が一瞬吹いたかと思うと、シルヴァスの片手に、どこから現れたのか大きくて立派な赤いチューリップが一輪、握られていた。

チューリップはまだ花開く一歩手前の状態だ。

その一輪の花が薔薇ではない所が、何ともシルヴァスらしい。

シルヴァスは、カヤノにそのチューリップを受け取ってもらおうと、もう一方に手を添えて一層、高く腕を上げた。



「永遠に愛してる。君こそが僕の真実の愛。僕を信じて。」



カヤノの頬は、ついには真っ赤なチューリップに負けないくらいの色に染まった。

そして、ゆっくりだけど、恐る恐る手を伸ばす。

シルヴァスの差し出す花をカヤノが受け取った。

カヤノがじっくりと手渡されたそれをはにかみながら見詰めていると、突然、ポンッという音がして、一気にチューリップが開花した。


さすがは精霊マジック!


中から妖精でも出て来るのではないかと、カヤノは感嘆しながらも花を覗き込んだ。



「あっ!」



開いたチューリップの中で何かが光った。

カヤノは驚きの声を上げる。

花の中には繊細に彫られた風の模様と六枚羽の妖精がモチーフになっている金の指輪が入っていたのだ。

指輪の真ん中には、見た事もないような大きなダイヤモンドが輝いていて、その周りに精霊があしらわれているというデザインだった。



「こ、これ…⁈」



驚きすぎて、言葉がついて来ないカヤノの真ん丸になった目から、己の視線を少しだけ背けて、照れたような表情のシルヴァスが口を開く。



「永遠の愛なら、人間社会ではプラチナが定番なんだろうけど…僕は飽きっぽいからね。幾度も形を変えて、何度でも君を愛するって思いを込めて金の指輪を用意したんだ。それに僕のカラーにはゴールドの方が似合うだろう?」



完全に同色とは言えないが、確かに茶髪のシルヴァスにはプラチナよりも金の方が似合う。

シルヴァスの髪の色味は、彼の兄のような全てがキラキラ光る金髪よりも、実際にはゴールドに映えた。

彼の説明の内容を聞きながら、豪華すぎるダイヤは夢みたいで信じられず、カヤノはしばらく放心して言葉を失い、チューリップだけに視線を合わせていた。


シルヴァスは、自分で言っていて恥ずかしい素振りをしているが、カヤノだって聞いているだけでも恥ずかしい。

二人はお互いの視線を交差させる事なく、顔を染め合いながら向かい合っていた。

ギャラリーの兄と兄嫁は笑いを噛み殺して気配を消して見守り続ける。

カヤノは良いとして、シルヴァスに至っては、長生きの精霊とは思えないほどの初々しさなのだから、兄夫婦がおかしくなるのも無理はない。

兄達は弟の黒い部分を知っているだけあって、意外過ぎる彼の態度に尚更である。

ギャラリーそっちのけのシルヴァスは、カヤノへの指輪の説明を続ける。



「石の方は定番だけど…昔からのよしみで大地の精霊に無理を言って質の良いものを用意させたんだ。急遽、大きい物を創造させたんで、これが最後だと念を押されちゃったよ。市場では出回っていないグレードだからね。指輪の台も妖精界一の職人に頼んだから間違いない。」



そう言うとシルヴァスは、そこで初めてカヤノの向いている視線の方向に移動して、彼女の顔を真っすぐに見詰めた。



「君が気に入ってくれたなら良いのだけど…。」



少し媚びるようにかがんで上目遣いになる位置に視線を固定させてカヤノに尋ねる。



「ねえ、返事は君の記憶がない時から合わせるとさ、何度も聞いたんだけど…。もう一回、返事をして?カヤノ、僕と結婚して下さい。」



茶髪の精霊様は、精一杯人間に模した求婚を試みた。

シルヴァスは今なら、何度も兄が姉嫁にプロポーズをしていた気持ちがわかる。


それは、ただの『精霊のごっご遊び』に見えるかもしれないが、相手に気付かれないように自分から逃げたり、断わる事のできない状況に持って行った負い目がある為、何度でも相手の真意を確認したいのだ。


自分が納得できるシチュエーションで納得できる愛を語り、納得できる本当の愛だと思える形で返事をしてもらうまで…。


相手も自分を思っているのだと深く感じて不安にならないように。

シルヴァスは強く思う。



自分だって何度だってやり直したい!

プロポーズごっごだなんて周りに揶揄(からか)われても、兄はいつだって本気で幾度も嫁を口説き続けていた。

何度も愛を語る為に!

何度も大切な人に告白したい。



それは、確かに人間とは違う感覚なのだろう。


 シルヴァスの言葉に、カヤノはコクリと頷いて、目に一杯の涙を溜めた。



「嬉しい…シルヴァス、ありがとう。指輪、一生大事にするから。永遠に大好きよ。私をあなたのお姫様にして?あなたの前だけなら、私は本当のお姫様になったような気分でいられるの…。」



そこまで言うとカヤノは鼻を啜りながら泣き始めた。

嬉しい時の涙の色は不思議な事に暖色に見える。

シルヴァスはカヤノの涙はピンクの水晶のようだと思った。

そんなカヤノに自分の渡した指輪をそっとはめてやり、シルヴァスは彼女の頭にキスを落としてから言った。



「相変わらずバカだな…カヤノは。()()でいられるだけでは困るよ。僕にとっては、君は本物のお姫様なんだから。女性を姫にするのは相手の男次第だよ?自分がお姫様じゃないと思えるなら、男が悪い…。ようやく君は僕を悪者ではなくしてくれたね。」


「シルヴァスは元々悪者なんかじゃなかったわよ?」


「君がお姫様になってくれるまで、僕は騎士にも王子にもなれないのに?君に名もない役回りで思われるくらいなら、僕は悪者の方がマシだよ。少なくても何とも思われないくらいなら憎まれた方がイイ。ほら、子供の頃のクリスティアン君がイジワルをしたのと同じだよ。」



カヤノは泣き顔のまま、目をパチクリとさせる。

そんなカヤノにクスリと笑みを向けてシルヴァスは続けて言った。



「僕をナイトにするのもプリンスにするのも、カヤノ次第って事!ねえ、僕は王子さまではなくて、君の騎士になりたいんだ。王子なんて退屈だからね。正式に君を永遠に守ると誓うよ。離れろって言っても離れないからね。」


「ええ、わかった…私こそあなたに捨てられたら大変だわ!それなら私もあなたには騎士でいてほしい。騎士なら姫の命令に忠実だもの。じゃあ、せっかくだから…最初の命令を下すわね?」



カヤノは改まってから、少し顎を上げて、ツンとした雰囲気を醸し出した。

そして、冗談めいて姫気取りな言い方をする。



「シルヴァス、永遠に誓いを守りなさい。世界が終わっても私の傍にいる事を。」


「はい、僕の姫君。」



カヤノにお姫様っぽくシルヴァスに命令をされて、少しだけクスリと笑ったシルヴァスも騎士らしく、再びその場で片膝をついて、彼女の掌にキスを落として誓う。

顔を上げたシルヴァスの瞳が一瞬、獰猛に光ったような気がしたが、すぐに妖艶な笑みを浮かべたので、カヤノはまた頬を薄っすらと染める。

赤くなったり、泣いたり、笑ったり、桃色になったりと、今日のカヤノの表情の変化はジェットコースター並だ。



一部始終を見守っていた兄の精霊と兄嫁がそこでパチパチと手を叩いた。

いつの間にか姿を隠して集まっていた小さな妖精達が、一斉に現れると、それに倣って皆で手を叩き始めた。

周りは拍手に包まれて、風に乗ってどこからか無数の花びらが舞い、カヤノとシルヴァスに降り注いだ。

どこから聞こえてくるのか…遠く近くにいくつもの教会の鐘の音がして、この国の尊い者達から祝福を受けたのだとカヤノは気付く。


人間でも見える者には見えるのか…城下から何人かがこちらを指差して驚いているような動きをした。

カヤノ達の周りは、たくさんの妖精で囲まれていたのだ。


皆が一斉に『おめでとー』と声を投げかけて来る。

カヤノが感動に震えて、両手で口元を隠していると、不意にシルヴァスがまたカヤノを抱き上げた。



「キャッ⁉」



咄嗟に小さな悲鳴が漏れる。

シルヴァスは再びカヤノを横抱きにすると、兄と兄嫁に向かってウィンクをして見せた。



「じゃ、兄さん、義姉さん。急ぎだけどプロポーズも無事に済んだし…僕らは一度、カヤノの卒業証書をもぎ取る為に大和皇国に帰るから。久しぶりにここに来たのなら、どうせ兄さんらも何万回目になるかわからないプロポーズをして行くんだろう?僕らは失礼するから、また後でね。」



何万回目と聞いたカヤノが『ええっ?そんなにか⁈』と内心驚愕していると、今度は彼女に向き直ってシルヴァスが言った。



「カヤノ…僕、シルフィ以外にもたくさんの兄弟がいるんだけどね…年が近いせいか、昔からシルフィと僕は度々競い合う事が多かった。」



シルヴァスが何を言いたいのかピンと来ないカヤノは、未だ残る涙目にキョトンとした表情を浮かべて首を少し傾げた。



「そんなシルフィに嫁を先越されて、ずっと羨ましくてね…だけど、素直にそれを言うのは(しゃく)なんで、散々、嫁が養い子な事をネタにして幼女趣味(ヘンタイ)って揶揄(からか)ってた。そういう自分も養い子の君に懸想して…今となってはさすが僕の兄だと思うんだけどね…。」



カヤノは眉を顰めた。

何となくしたのは、嫌な予感だった。



「フフ。ここで兄が義姉さんに初めてのプロポーズしてから、相当、長い時が経ったけど…二人は未だに夫婦仲が良いだろう?この城の上空は丁度、精霊界のいくつかある出入り口の一つに繋がっていてね…だから妖精達が出没しやすいんだよ。」



『それで?』と再び、先程とは逆方向に首を傾げるカヤノの怪訝な表情に、シルヴァスは爽やかな笑みを作る。



「そのせいか、この城のバルコニーは人間の身ならず、妖精や上級精霊達の間でも人気スポットになっている…妖精界の恋人達も求愛の為に兄にあやかろうと倣って利用するんだ。実際、僕もその流れでプロポーズするなら、故郷のここですると決めてた。でもさ、それだけじゃなくて。」


「それだけじゃない…の?」



カヤノは更に元の方向に首を戻す。



「僕ら兄弟で競ってきたって言ったろ?だから、求婚の数もシルフィに負けたくないんだ。これから毎年、ここで同じように結婚記念日にプロポーズをし直すからね!その度に僕達の新婚期間に入って、たっぷり君を甘やかして可愛がってあげる。そのつもりでいてね?」



カヤノはシルヴァスの腕の中で目を瞠る。

自分に向けるシルヴァスの瞳に穏やかではない光が宿っているようで、カヤノは落ち着かなくなった。

そして、震える口調で自分を抱き上げている精霊様に恐る恐る問い返す。



「それ…張り合う意味あるの?毎年、求婚ってその…もう永遠の愛を誓ったんだし、これから結婚するなら更にまた誓うんだろうし…必要ないよね?それを一年で白紙に戻すって事なの?意味がわからない。」



それよりも毎年、新婚期間(蜜月)を繰り返すって所が気になる…とカヤノは若干、引いた。

いや、実は思いっきり引いた。



精霊の感覚は本当にわからない。

やはり、人間でちょっとだけ現人神要素が入っている自分には、到底、理解しきれないのだろうか。

だが、詳しく聞いてはいけない気がする。



そう思っている矢先、シルヴァスが教えてくれなくてもいい事をしっかりと説明してくれた。



「精霊界の者は皆、退屈を嫌うからねー。張り合うってのはちゃんと意味があるんだよ。」


「それって、暇つぶしって言うんじゃ…?」


「まさか!そんなわけないだろう⁈兄さんが妻に何万回も愛を(ささや)いて求めてあげているのに、弟の僕がそれより劣るなんて…妻になる君に申し訳ないからだよ。カヤノの事は溺愛して、義姉さんがされているよりもずっと可愛がってあげるから安心して?今まで色々あった分、うんと満たしてあげる!」



満たすって…何を?(カヤノ心の声)



「いや…あの、シルヴァス…私ね、今のままでも十分、幸せなの…だから…。」


「ああ!何て、謙虚なんだ。僕のカヤノは本当に奥ゆかしいなぁ。遠慮しないで、僕に愛を語らせて!送った指輪の柔らかい金みたいに、永遠に形を変えながら愛を貫くって言ったじゃない。毎年、君と新婚をやり直して、色んな愛し方をしてあげるからね?」


「ちょっと待って、シルヴァス。愛し方は一通りでいいの…その色んな愛し方って言うのは、私には理解できないって言うか…。」


「フフ。カヤノは、ついこの間までお子様だったものね。だから、僕が色々教えてあげるんだよ。ねえ、カヤノ…僕が情報通なの知ってるよね?色んな知識があるから、君、絶対に飽きたりしないよ?風の精霊にマンネリなんてないから…僕の花嫁になったからには、毎日、刺激で埋め尽くしてあげる。」


「あの、私は刺激とかいらないんで…その、落ち着いて穏やかに暮らせればなぁ~なんて…。」



クスリと笑うシルヴァスが、カヤノにマネて首を傾げて言った。

実に嬉々とした表情である。



「勿論、落ち着いて暮らせるよ?君が望むならカヤノの人間寿命があるうちは現世で人間の夫婦ごっこをしながら愛し合おう?君が肉体から解放されたら、僕も現人神を辞めて、二人で精霊界に移住しようね。今度は永遠にそこで愛し合う予定。きっと穏やかな日々だよ。僕は仕事があるけど…。」



カヤノはシルヴァスの美しくも妖しい瞳を向けられてゾクリと背筋に冷たい汗を掻いた。



「月が顔を出したら、毎晩うんと愛してあげるけど、君は次の日、好きなだけ家で眠っていていい。何かやりたいならやってもいいし、やりたくないならしなくてもいい。君の世話は僕が全部やってあげるし…出かけたいなら僕がどこでも連れてってあげる。君は穏やかな時間を過ごせばいい。」



シルヴァスの言葉に、本能的にカヤノの頭の中で危険信号が鳴った。

だが、今更プロポーズを受けてしまったカヤノに撤回するという選択肢もない。


カヤノは考えた。


自分が言っておいてなんだが、『穏やかって何だろう?』『落ち着いて暮らすってどういう意味だっけ?』と…。



シルヴァスは、夜は自分を愛すると言ったが…夫婦ならそれは当たり前の事なのではないだろうか?

やりたいようにしていいと言うのなら、好きにしていていいという意味で、それは実に優しい旦那様のセリフだと思う。

出かけたい所にどこでも連れて行ってくれるとは、シルヴァスは実に過保護で親切な夫だ。

朝も自分が仕事に行く時に、好きなだけ寝ていていいだなんて…妻に甘すぎる理想の旦那様ではないか。


それなのに、それが少しだけ怖いと感じるのはなぜだろう?



カヤノは自身に対して問うが、シルヴァスのセリフ一つ一つを取って見ても、悪い所など見つからず、むしろ完璧すぎるのではないだろうかというスパダリ発言に自分の中で灯る危険信号は、マリッジブルーの一種のようなモノに違いないと結論付けてしまった。


しかし、本能的な感覚と言うのは、案外バカにできないものである。


スパダリなんてものが、存在するのは歪なのだ。

世界の全ては完璧じゃないから存在が許される。

完璧なものは偉大なるグレートソウルくらいで、イデアは現実には存在せず、一般的な神々だって苦手や得意分野があるように、完璧ではないのだ。


カヤノが完璧すぎると感じる事で、既にシルヴァスは完璧な旦那様ではない。

シルヴァスの言葉は、そもそも自分の性癖について触れることは一切ないし、先程のセリフに孕んでいる本来の意味を言い直すならこうだ。



『何かやりたいならやってもいいし、やりたくないならしなくてもいい。』

→何をしようと好きにさせてあげる。

でも、君が何もできなくても、僕にとっては問題もないし困らないよ。


『君の世話は僕が全部やってあげるし…』

→本当なら、全てを取り上げて僕だけを見詰めて欲しいんだけど…(それはさすがに嫌なら譲歩する)。


『出かけたいなら()()どこでも連れてってあげる。』

→つまり、裏を返せば、一人でどこにも行かせないという意味だ。

どこへ行くにも君の行動を把握したい。


そして、『月が顔を出したら、毎晩うんと愛してあげるけど、君は次の日、好きなだけ家で眠っていていい。』

と言うセリフ…。

→月が出たらすぐに寝室に引き込んで、毎晩、延々と朝に起き上がれないくらい抱き潰すから、留守中はできるだけ眠っていてくれ。


『君は穏やかな時間を過ごせばいい。』

→できれば自分がいない間、前日に抱き潰す事で外に行きたがったり、自分以外の物に興味を引かれる時間を減らしてやろう。


と言う意味だ。


精霊らしく訳すなら、シルヴァスは暗にそう言っているのだが、彼も人間界に長くいるだけあって、その通りをカヤノに伝えれば、彼女の心が離れる事はわかっている。

だから、全てを人間らしい言葉に変換して彼女に伝えたのだ。


特に『君は好きなだけ家で眠っていていい。』は、『ずっと眠っていろ』と言っている。

家に戻った自分のキスでだけ、お姫様が目覚めるのが理想なのだと…そして、そこまで理想を押し付ける事はできないから、譲歩してその後の事を言ったのだ。



精霊の腹の中を彼らの言葉で明らかにすれば、性癖だけでなくてとんだヤンデレ&ストーカーを孕む危険男である。

カヤノの背筋に寒いモノや汗が浮かぶのは当然だ。

もっと本能に耳を傾けろと言いたいぐらいなのだ。


しかし、それも、甘い形に変換されてしまえば、カヤノには幸せという形で届くのだろう。

要するに相手がその仄暗い精霊の本性を見る事ができなければ、そこには実際に愛が存在するのだから、美しいモノしか見えなくなる。


多分、永遠にカヤノにはシルヴァスの腹黒さと仄暗さを見る事はできない。

シルフィの妻(兄嫁)と同じように…。



 シルヴァスの最後の言葉を聞いて、口を閉じたカヤノに『良い子良い子』をするように甘く彼女の髪に頬ずりすると、茶髪の精霊様は満足した笑顔を浮かべて颯爽と再びバルコニーから飛び上がった。



「さて、宣言通りに、次は現人神養成学校に行くよ。あっという間に着くからしっかりつかまっていてね?途中、瞬間移動も混ぜるから…ああ、今日は特別ね?普段は現人神らしくしないといけないから。」



そう言って楽しそうにシルヴァスは、妖精達に手を振られる中、空の上で姿を消した。

早速、瞬間移動をしたらしい…。


あとには、空いたバルコニーにシルフィが妻に何度目かもわからないプロポーズを行っていた。



「ああ、僕の最愛の娘にして最愛の女性!シルヴァスに何て負けないくらい、愛し合おう!もう一度、一から愛し直してあげる!僕の初心を受け取ってくれ。」



シルフィの手には、最初から今日求婚をするつもりがあったのであろう50本の薔薇の花束が現れた。

さすがは精霊兄弟…シルヴァスの兄だけあって、ただの花束ではなかった。

薔薇は全て真っ白で彼の妻が受け取った瞬間に紅色に染まる。


彼女は何度も夫の求婚を受け入れてきたにも拘らず、先程のカヤノによく似た顔で夫の見詰た。

それはそれは幸せそうな精霊の花嫁は、何万回目かの拍手をその場にいる妖精達から浴びて、シルヴァス達とは逆の方向に金色の髪の精霊に抱かれて消えて行った。

見直し、あまりしていないので、おかしい所などあったらごめんなさい。

本日もアクセスありがとうございました!

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