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春の嵐と恋の風【74】

すっかり投稿のペースが乱れてしまい、今になってしまいました(合掌)。

本日はカヤノとオグマ先生の絡みです。

(オグマ先生の複雑な闇の心境含む)


 三人の冥界神とシルヴァスがカヤノ達を見送って、すぐに継続的に起きていた地響きが本格的に始動を開始する。


揺れを伴う『ゴゴゴゴゴゴ』という大地が裂けるような低音の鼓動が、地中深くから地表近くまで移動して来るのが音の変化でも感じ取れた。


 シルヴァスは完全な精霊の姿のまま、大きく翼を羽ばたかせて宙に浮き上がって、ズボラ山の山頂より、更に上へ上へと高く飛んで行く。


それと時を同じくして、レイナは再び魔法陣を地面に展開させた。

魔法陣の端から光る網の目のような光が一瞬で火口付近一面に伸びて行く。

レイナは展開しきった魔法陣の網の目の光が広がり切るのを待ち、手に印を結んだ後、呪文をいくつか囁いて神力をできる限り強く籠めた。

すぐに魔法陣が一瞬だけ元よりも強い光を放ち、ズボラ山の大地がせり上がったかと思うと、火口付近の穴に土が盛られるように筒状へと高くなり始めた。


単純に考えれば、硬い岩盤を作って穴を閉じてしまえば良いのだが、マグマがどこか他の出入り口を探して地面を突き破る事も予想される為、完全には蓋をできない。

どうせ、噴き出してしまうなら、場所を特定できた方が都合がいい。

それに加えて、レイナは同様の力によって、火口一帯に張り巡らされた魔法陣の網目をうねるように動かして、シルヴァスの求めに応じ、噴火して流れ出た溶岩が一時的に()き止められるような窪みと出っ張りの凹凸を作成した。


しかし、それにはかなりの神力が必要とされるようで、レイナの額には汗の粒が浮かんでいた。


ハルリンドとアスターは、そこで魔法陣の外側に立ち、自分達も印を組んで一気に神力を開放させる。


凄まじい冥王に連なる二体の夫婦神の濃い神気が一面を漂い、周辺を圧倒するが、すぐにフォルテナ伯爵夫妻はその神気を圧縮するようにと念じ、レイナに向けて少しずつ供給するイメージを作り出して、彼女の魔法陣を支えてやれるように力を調整した。


レイナは二神の力の受け皿としての器になり、その力を自分の神力へと変換して利用する事で、当初はどこまでできるか不安があったものの、予定していた地殻変動をスムーズに終える事ができた。


だが、緊急の対策を終えても、三人はそのまま印を崩さずにいる。

万が一に備えての強化結界を張り続けておく為だ。


強い冥界の気を帯びた強力なマグマは、ただの結界では堪えられない。

それでも三神の力を合わせた強力なバリアーであれば、少なくとも神力が続く限り、その動きを止める事ができるだろう。

あとは、その間にシルヴァスがマグマを雨で冷やしてくれれば、大事にはならない筈である。


 三神の準備が万端になったのを確認し、空高く舞い上がった精霊・シルヴァスは狂気のような強い風を起こして、どこからか黒い雲を運んだ。


ズボラ山一帯だけを取り囲む不思議な黒い雲を見て、下山(げざん)の途中に振り向いたカヤノは、不安に駆られ、オグマの背中で彼の首につかまる腕に少しだけ力を入れた。

それに気付いたオグマは、前に進みながらもカヤノに言った。



「三十木…大丈夫だ。古参の高級精霊の力は結構、強力なんだ。冥界においてもそれは変わらない。それにアイツは、お前が思っている以上に可愛いい風系精霊ではない…いや、それはどうでもいいか。」



うっかり口を滑らせて、あとで『カヤノに余計な事を話した』とシルヴァスに睨まれても面倒だと、オグマはその先を言うのをやめた。

幸いカヤノは、特に何も思わなかったようだ。

それよりも彼女は、オグマの落ち着いた声に、いつものように安心感を抱いた。

自分が何も言わずとも、この教師は生徒のちょっとした変化に気付いてくれる。

相変わらずの艶のある男らしい低音ボイスには、不思議と聞く者の心を癒す何かがあった。



「オグマ先生の声って、いい声ですよね。男らしくて妙に頼れるって言うか…包容力を感じます。」


「おい…感じるのではなく、実際、俺は包容力高めの()()()()だぞ?」



包容力を通り越して、過去の女性達には『オカン』と呼ばれていた事には触れず、オグマは母性とは真逆な『大人の男』を強調して言った。

瞬時に真逆をすり替えて言う技術は、現世の荒波に長年揉まれたせいか、お手のものだ。

カヤノは、オグマの背中ごしにボソリと呟いた。



「先生…私ね。ずっと自立したいとか…シルヴァスの為にも自分が離れなきゃとか…色々な事を思ってたの。自分自身でも彼の傍にいるのが辛いからとか…嫌な子になっちゃいそうだとか…。」


「ほう?」



オグマは歩を進めながらも『それで?』とカヤノに耳を傾けてくれる。



「でも、本気で死んじゃうかもとか、落ちたら魂までマグマに溶かされちゃうとか思ったら…先生が私に教えようとした事が身を持ってわかったような気がしたの。」


「俺が三十木に?何がわかったんだ?」


「余裕がなくなってしまったら、体裁なんてどうでもいいんだってこと。その…無駄なお肉が取れてダイエットしたみたいな感覚?」


「はは。そりゃ、例えがわかりづら過ぎるだろう…何だ?さっぱりわからん。」



そこでカヤノも『フフッ』と小さく笑んだ。



「口で言われた事を頭で理解しても…色々な事が起こらなければ、本当の意味での『わかる事』はできなかったって言う事です。だから、先生は何の反対もせずに冥界に私を連れて来てくれたんでしょ?」


「さあな?冥界には、お前が行きたいって言うから連れて来てやっただけだ。別に俺に意図はない。何かわかったんなら、それはお前自身が乗り越えた結果さ。が、確かに…口で言うより経験しないとわからない事ってのはあるな。三十木は考えすぎる節がある。」


「それでね…さっきのダイエットの例えなんだけど。」


「ああ。」


「すごく切羽詰まったらね…一番大事なモノしか見えなかったの。そんなの当たり前って思うかもしれないけど…実際、そう言う状況にならないと経験できなかった…少なくとも私はそうだった。」


「ふむ。」


「ダイエットと同じでしょ?いらない部分を削ぎ落したら本当のフォルムが見えて来る。お肉が付き過ぎちゃうと自分の姿や特徴がわかり辛くなっちゃうもの。痩せたら目が大きくなったとか…くびれができたとか…実は首が長かったとか、見えなかった姿が見えて来るじゃない?」


「そうだな。肉が付いていてもその者の良さは変わらんし、中には本質を見抜く者もいるが、大多数の者は本来の特徴を見る事ができない傾向があるな。」



オグマは、カヤノの方を振り向かなかったが、黙々と歩きながらも密かに目を嬉しそうに細めた。



「普段、色んな事を考えてても…全てが終わるって思った瞬間、私は大事な人の姿が思い浮かんで、会えなくなるのは嫌って思ったの。」



カヤノはオグマの背に少し照れるように顔を付けて隠しながら続けて話をした。

背にくすぐったさを感じたが、オグマはそれには何も言わない。



「先生の事や両親、ハルさんやお世話になった人達…皆。それに一番大事な人と離れたくないって…ずっと傍にいたいって何度も思ったの。何で、シルヴァスから自分は離れようとしたんだろうって。」


「それが元来の純粋な三十木の望んでいる気持ちだったんだろうな。」



皆が大事。

特に、一番、大好きな人と…今すぐに会いたい。

本当は離れたくない。

本当は傍にいたい。


だったら、離れる必要なんてなかった。

相手を信じるべきだった。



「うん。自分の望みなんて、とっくにわかってたけど…それでもたくさんの制約みたいな物に縛られて思い込みが強かったの。先生が迎えに来てくれた日にね…本当はちょっとそれをわかりかけてた。」


「だから、急に現世に戻ると…シルヴァス君の家に帰ると言い出したのか?」


「ええ。シルヴァスから離れていて…先生が言うようにシンプルに物事を考える事が大事なんだって思ったの。でも、攫われた後は後悔したよ?今もこんな事件に先生や皆を巻き込んで…私が攫われなければこんな事になってなかったと思うと申し訳ないのに…今、スッキリした気持ちもあって。」


「誰でもそう思うものだ。死に直面すればどんな人間だって何らかの後悔をする。それは神々も同じだ。完璧なものなど、全てをあわせ持ったグレートソウルくらいしか存在しないからな。」


「でも、この状況のせいで…私のせいで誰かが傷ついたらどうしようって思うと、それがやっぱりすごく不安で心配で…だって、私は何の役にも立たないし。」


「前にそう言う事を気にするなと言ったのを忘れたか?お前のせいじゃないし、全ては必然で必要だから起きる事態だ。天上神の間では常識の感覚だぞ?誰もお前に迷惑を掛けられたなど思わない。」


「皆が優しいから…きっと、そう思ってくれるのはわかってる。だから、心が苦しいの。」


「バカだな。それなら、そういう気持ちを素直に伝えて、お前は単に感謝してやればいいんだ。奴らはお前が無事でいてくれるだけで嬉しい筈だ。特にシルヴァス君にとって、三十木は傍にいるだけで充分、役に立つ存在だと思うぞ?」



そう言ったオグマは続けてカヤノに言い聞かせた。

オグマの説教はいつも言われていた内容だが、今日のカヤノには、一言一言が一層、身に染みる。



「前も言っただろう?今やれる事がないからと言って、自分を役立たずのように思うのは良くないと。不要な人間はこの世に生まれないし、不要な神は存在が消える。今、存在している時点で三十木を世界が必要としているんだ。それは全ての存在に言える。」



カヤノは目頭に熱いモノを感じながら、小さくオグマの背中の上でまた微笑んだ。

いつも言われていた言葉は相変わらず温かい。


オグマに言う事は、素直な気持ちになっているカヤノには、いつにも増してわかりやすく感じた。


例えば、今自分以外の誰かが、何も力を持たなかったとしても…全ての人に消えて欲しくなんてない。

特に大事な人達であれば、その人が全くの無力だっていい。

一緒にいてさえくれれば…存在してさえくれれば…。


だから、私を残して消えたりなんてしないで!

いつも無事でいて欲しい!

自分の傍から大事な人達が両親のように去って会えなくなってしまうのが一番辛い!



カヤノは唇を震わせながらもオグマに言った。



「ハイ、先生。今日は改めて先生の言っている事を素直に聞く事ができます。本当にそうですね。不要な存在なんてないです。先生が冥界に連れて来てくれたから色々気付けた…。」


「三十木は一々、大袈裟だな。では、お前が今できる事を教えてやろう。それはお前の大事な者達を心配するのではなく強く信じる事だ。アイツらは上級神と高級精霊…お前が信じるほどに力が増す。お前の人間の部分がいかに俺達にとって重要かわかるか?」


「私の人間の部分?」


「人間界の現人神の(くく)りが広すぎるのがいけないが、三十木は普通の人間とは違うが…人間であるのも事実。シルヴァス君のように中身が根っからの人外とは違う。完全に神であろうとする必要はないし、お前の人間の部分がそうでない者からは愛おしいんだ。」


「で、でも、それって現人神として…どうかと。」


「バカだな…仁神なんだから個人差はあっても人らしくなくなったら現人神でなくなる。俺達なんて反対に人間らしくしろって言われてるんだぞ?シルヴァス君も含めてな。人間らしくて悪い事などない。お前がクヨクヨ悩むのは人の部分が大きいからだろう。だが、お前のそのダメな所が良い所でもある。」



カヤノは、オグマの言葉にかつてシルヴァスにも、自分のダメな所が好きだと言われた事を思い出した。



「ダメな所があるから、人はそれを克服する度に成長する。悩んで成長して行く生徒達を見守る事が俺ら教師にとっては微笑ましく、ヤル気を与えてくれる。本当に三十木は良い生徒だ。」



自分にとって都合よく教師のやりがいを満たしてくれる所が良いと、自分勝手な理由をオグマに言われて、カヤノは思わずおかしくなってクスクスと笑った。


自画自賛教師は、生徒に対しても過大評価をするらしい。

そんなオグマの思考が彼らしすぎてカヤノはほっこりとした。


背中でカヤノが笑うので、更にくすぐったくなったオグマもつられて笑う。

カヤノはひとしきり笑った後、オグマに改まって言った。



「オグマ先生、ありがとうございます。そういえば私、先程やっと、進路が決まりました。」


「ハハ…今更か?わざわざ言わなくても、さっきあれだけ大っぴらに公開プロポーズされたら一目瞭然だ。何かあったらいつでも学校に来いよ?まあ、何もなくてもたまには顔を出しに来い。俺も嬉しいし…サルマンも喜ぶ(いや、泣くかな?)。夫婦喧嘩や理不尽な事があっても力になるから言えよ?」


「先生って、頼りになる!」


「当たり前だ!我が校は永久担任制。勿論、担任だけでなく、生徒のピンチ&卒業生の悩みにも俺達は常に全力だ。就職先で問題があったって間に入ってやるから安心しろ。永久就職先じゃあ問題ゼロっていう事は滅多にないからな(あの曲者精霊相手に三十木が自分の問題を把握できるか怪しいが…)。」



そう言いながら、鼻を高々に話し始めたオグマの態度に、カヤノは先程まで心配でモヤモヤしていた心がいつの間にか晴れて来るのを感じた。

シルヴァスや冥界三神がこれから行おうとしている事がまるで、あたかも簡単な事のように感じられて来るのだ。

彼らに願えば、何も問題はないのだという心強い気持ちがカヤノに沸いて来た。



『そうだわ。

シルヴァスやハルさん達が失敗する筈ない。

だって、彼らは現人神をやっていても私みたいな神力を受け継いだだけの人間とは違って、正式に冥界の神様で…シルヴァスだって純粋な精霊なんだもの。』


多分、自分とは根本的な何かがが違うのだ。


『きっと、あとで無事に合流できる!』



自分だけ下山した事への後ろめたさを感じていたカヤノだったが、オグマと少し言葉を交わした事で、プラスの方向へと思想を転換する事ができた。



 こうして話をしている間にも、オグマや兵士達は足を進め、完全に下山を果たす。


オグマは、身の軽そうな兵士に『先に行って領主に報告するように』と指示を出した。

兵士は、すぐさまカヤノ達を残し、その場から消える。


大人数でチンタラと行くよりも、身軽な者が一人で報告に行く方が行動も早いだろう。

途中、どこか良い場所を探して、兵士はまず水鏡で領主に簡単な連絡を試みる筈だ。



 兵士が領主に連絡を入れるのには、思った通りそう時間を要さなかった。


報告を受けた領主は、念の為、マグマや嵐のどちらにも対応できるように、被害の出そうな地区に住む冥界市民達を避難場所へと早々に誘導した。


大がかりな移動の為、領主自らが避難所までの住人転送用ゲートを開き、人集めと順に送る住民達の大掛かりな誘導は領主に仕える中級・下級冥界神達が効率よく行った。


こうした山麓の下にあるような町の者は、元より訓練ができているのか、避難するまでの流れがとてもスムーズだった。


ほんの一時間で全員の移動が完了し、そのすこぶる速さにカヤノは目を瞠った。

オグマは、カヤノに対して苦笑して説明をする。



「ここは冥界だし…現世と違って手こずることはあまりないな。神が中心に事を進めるんだから、スムーズなのは当前さ。所々、人間にはできない方法が駆使されているし、現人神や現世では使っていい神力が制限されてる為、異界のように神の一存でアレコレできないんだ。」


「それにしても集めた住人を瞬時に移動させちゃうって…凄すぎです。その人数を収容しちゃう空間を開けちゃう領主様もさすがっていうか…スケールが違う。」


「ハハハ…俺達現人神だって、中にはお前の精霊様みたいにスケールが違う事ができちまう奴も本当はゴロゴロいたりするんだぜ?だが、現世では許可が簡単に下りないんだよ。何でも神様が解決したんじゃ、人間の魂の成長に悪影響を与えるからな。現世はそういう場所だ。」


「そ、そうなんですか。私、本当に現人神を自分の物差しで量ってたんですね。」


「お前は、そう言う現人神のジャンルだからいいんだよ。それを含めて、お前を人間としても神としても成長させるのが、現世に生まれて来た理由でもある。神々だって成長できた方がいいからな。ただ、お前は神様としては人間以上にペーペーなだけだ。」


「ペーペー…。いえ、その通りなんですけど、落ち込む言葉です。」


「おい、落ち込むなよ。ゆっくり成長すればいいだろ?現世での時間は瞬く間だ。お前には肉体の死後も三十木として変わらず、長い時間が用意されているんだ。その時も含め、強力な保護者様が将来も片割れとして寄り添ってくれるようになったのは…良かったのではないか?」



時間は捨てるほどあるのだから…飛ばして成長をする必要もないのだと、内心オグマは意味深に呟いた。

それには、カヤノが永遠にペーペーかもしれないというある種の諦めも含まれる。



「か、片割れ…?」



オグマの言葉を繰り返して、カヤノはポッと頬を染める。



「おうおう、初々しい反応だなぁ、おい。」



オグマは冷やかしを入れながらも言った。



「アイツなら、お前を甘やかしながらもゆっくりとあれこれ指導してくれるんじゃないか?(巧妙にな。)辛い神としての修業をこれから先、積むよりもいい世界なんじゃないか?精霊界は。(そう思いたい…。)いきなり精霊に嫁入りとか、天劫を受け続けて行く未来よりも楽だろ?うん…きっとな。」


(※天劫=ここでは神様の試験的な意味合い。もしくは修業。)



オグマは密かに胸の内だけで思う。


『上級精霊の嫁ですってなれば、正式な所属が精霊界になるんだから、大和皇国の神としてのスキルを身に付ける必要もなくなるし…そもそも奴が神的な仕事を嫁にさせたがるとは思えない。


まあ、教えなくてもいいような世界の扉をいくつも開けてくれそうだけだし…神様スキルを三十木が上げたがるような暇はなさそうだ。

三十木、健闘を祈る!


一見、か弱そうな三十木は芯が通っているし、あのフラフラしている精霊様にしっかりした嫁が着くのは、大いなる神の意志なのだろう。

三十木もあまり辛い環境では生きるのも大変そうだしな。

精霊様の庇護を得るに越した事はない。』



という心の声を含めて言葉を紡ぐオグマに、カヤノは真面目に応える。



「ハイ!先生が言う事に間違いはないですもんね!!神様らしくなるよう頑張るだけが未来ではないって、今は考えています。私、とにかくシルヴァスの為に立派なお嫁さんになれるように頑張ります!」


「あ、ああ。花嫁修業か…。(それは…現人神業以上に大変かもな)その件に関して、俺が教えてやれる事はないから…その、頑張れよ?」



オグマはカヤノの漲るヤル気を見て、顔を無意識に引きつらせてしまった。


シルヴァスが求める花嫁修業など…想像するだけでも頭痛がしてくる。

こんなに純粋な彼女に務まるだろうかという不安しかないが、今更、あの精霊様がお相手になる嫁を逃す選択肢はないだろう。

本人が先程、しっかりと精霊に将来の約束をしてしまったのだ。

あれは既に契約としての効力を発揮しているに違いない。


『全く抜かりがない…。』


ハルリンドとの過去の恋愛模様を知っている古い付き合いのあるオグマは、過去のシルヴァスと比べて、彼が三十木カヤノに、それ以上の熱意を示していた事には気が付いていた。

シルヴァスのハルリンドへの当時の本気を疑うわけではないが、三十木カヤノに関しては『今回は絶対に逃がさない』という強い意気込みを精霊様から、鬼気として感じ続けているのである。


オグマは、二人が結ばれる方向に自分でも協力をしたつもりはあったが、シルヴァスとの将来に目を輝かせるカヤノを見て、本人には気付かれないような小さな溜息をついた。


一教師にしてみれば、カヤノに他の道がないから、協力をしただけなのだ。


だから、『一度嫁になってしまえば、二度と精霊の世界への所属をこちら側に戻す事はできない』という事実をオグマはカヤノには言えなかった。


つまり、それは現人神としての転生も神としての神界に行く事も、ただの人間としての転生も許されないという事を示すのだ。


未来永劫、世界の終わりが訪れようと…カヤノが精霊の花嫁であり続ける事実。


それは冥界神の妻よりも長い時間かもしれない。


執着と束縛を考えれば、龍や冥界神の妻よりは酷くはないだろうし、見せかけの自由もあるだろうが、相手が死なないという事実は、全く休憩のないノンストップ状態であるとも言える。


龍も冥界神も、お互いの死後には番や妻と一つになる事が叶うが、死に別れた間の時間もあるし、一度生命を終わらせるという区切りが存在する。

死後はまた別の階層で違う形で結ばれ合うので、お互いに関係性の変化も生まれるし、更なる幸福感と新鮮味を体験できる。


だが、精霊にはぶっちゃけ死が存在しない。

弱い存在や小さな妖精なら、死して大いなるエネルギーや自然界の一部に化すが、シルヴァス程の高級精霊になると寿命は無限大だった。

その嫁も同等であり、永遠にシルヴァスはシルヴァスであり続け、カヤノもカヤノとしての存在のまま、世界に在り続けるのである。

それは酷く呪いじみていて、退屈なモノでもあるだろう。


だからこそ、その退屈を埋めてくれる配偶者を精霊は大切にするし、心から愛する。


それにつけ、神としても人としても進歩の遅そうな三十木カヤノは、ある意味時間だけは余りある精霊の妻には、開発がいのある持って来いの逸材でもあった…。

気付くのが遅かったとはいえ、いずれは精霊様の標的にされても仕方のない存在だったのである。


まだ若く、一々、彼女が精霊の身を心配する姿は、傍から見ていても微笑ましくある。

そんな彼女と遊ぶのが、奴には堪らないのだろうとオグマは思う。


本来なら肩を寄せ合って、同年代の若い男女が共に支え合って生きる姿が正当な夫婦というものなのだろうが…三十木カヤノに一時は、そういう時間を与えてやるかもしれないが、相手がシルヴァスでは、彼女にそういった体験をさせてやっているに過ぎないというだけだろう。


肩を寄せ合ってはいても、支え合ってと言うより、恐らく精霊の掌の上で幸せに踊らされるという関係が正しいのだ。


だが、きっと…何世紀もの歳の差を考えれば、相手を可愛がるというより他の気持ちにはなれないのだろう。

結果的には精霊の花嫁は、幸せの檻以外の外には出る事はできない。

幸福なのだから、それは喜ばしい事だが、果たしてそれが本人をどれほど生かせるかと言えば、もう既に花嫁の人生は他の選択肢もないのだから、微妙な所である。


ドロドロに溶かされるしかない元現人神の生徒の未来を考えるならば、教師としては何とも言えず、だからと言って幸せでない未来を歩んでもらうよりは、マシだと思わざる得ない複雑な感情なのだ。

担任教師であるサルマンも、さぞ悔しがる筈だ。

だが、彼とて教師…教え子に手を出すのはご法度だし、こちらも教師として適性があるだけに、オグマは彼を三十木カヤノとくっつけるわけにはいかなかった。



「気に病む事もないか。三十木には精霊様が似合っている。自分が檻に入れられていても、気付く事もないだろう。怒っても笑っても我が儘を言おうが、精霊は彼女が可愛くて仕方がないのだろうしな。」



オグマはそれとは別に現在、とらえられたマッド・チルドレンの化け物に対して、ふと気の毒に思った。

手に入れる前に失いかけてしまった三十木カヤノに対して、そういう状況を作り出した化け物にシルヴァスの怒りの矛先が向くのは絶対的なのだ。


アスターは小瓶に封じただけで化け物を拘束している。

これは、いつでも精霊様の暇な時に奴を受け渡せるという事を暗に指していた。


妻を得る前に失ってしまったかもしれなかった事への怒りは、恐らく、カヤノの前では表さないだろうが相当なモノだろう。

精霊は気まぐれで親切心も簡単に起こすが、古来より簡単に怒る事でも有名な存在である。


アスターは化け物を生贄にするつもりだ。



『シルヴァスは三十木カヤノと離れた時に化け物をどう料理するのだろうか?』



恐らく簡単には殺さないだろう。


奴は、暇と時間を持て余して、お決まりの気まぐれから『現人神』なんてものを請け負った精霊様なのだ…。

それこそ、暇潰しに秘密裏に生かして、長々といたぶるに違いなかった。


その事で、少しでもカヤノの方に注意が逸れる時間が増えるならばと…オグマ自身もそれを止める気はないのだが…。

当然だ。

直接の教え子でなくても、生徒は教師にとって守るべき者であり、大事な存在。

少しでも彼女の安寧の時間を確保できるのなら、マッド・チルドレンを差し出すのに迷いなどない。


だからこそ、化け物に対して、気の毒に思ったのである。


何だかんだと言っても、オグマは万人に対して心根の優しい部分がある。

特定の者以外には、優しそうに見える()()のシルヴァスとは逆だ。



「奴も三十木を誘拐などしなければ良かったものを…。」



 ☆   ☆   ☆


色々と忙しい中に邪魔が入るという日々で…火曜日に更新できずじまいで申し訳ありません。

まだ、ペースが落ち着きませんので、ご迷惑をお掛け致します。

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