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春の嵐と恋の風【71】

アクセスありがとうございます!

今日もカヤノは登場しません…。

戦闘シーンなので、苦手な方はスルーするなど、ご注意下さい。

 ついに音のない稲妻がピカッと光った。


オグマを先頭に兵士とレイナが瘴気を防ぐ為のバリアーを体の周りに張り巡らして、地中の空洞に飛び込んで行く。



「おい誰か、明かりを灯せ。」


松明(たいまつ)に火をつけ、兵士の1人がオグマの前に出た。

そのまま、オグマは兵士と共に足音を忍ばせながら進みだす。

レイナと他の兵士達もそれに続き、息を潜めて声を殺した。

足音はさせず、しかし機敏な動きで慎重に前に進む。

そして、前に進むほどに瘴気の濃度は増していく。

ごつごつとした硬い岩肌に足を取られぬように、一行は足元に目を凝らしたり、化け物がいないかと上に下にと視線を向けながら歩いた。


と、いくらも行かないうちに妙な音が聞こえて来た。


フシュウ、フシュウという何か空気の漏れたような音がするのだ。


オグマは一同を振り返って、視線で『心してあたれ』とメッセージを送る。

皆、小さく頷きながら、持っている武器に力を()めたり、咄嗟の事に備えて様々な呪文を心中で復唱したりと、それぞれの準備をした。

レイナも唾を呑んだ後に、薄暗い地面の下で一層、目を凝らした。


すると、歩みを進めているうちに、目の前に地中の更に下へと向かう穴が開いているではないか⁉


音はそこから聞こえてくる。


その穴の付近は広い空間が確保されており、まるで部屋のように冥界で必要な生活用具や女性ものの服などがいくつかの用意されている家具に掛かっていた。


一同は顔を合わせて合図を送り合う。

オグマは心の中で声を上げた。


『ビンゴだ!』と。


恐らく、ここにある持ち物は、あの化け物になったマッド・チルドレンの物だ。

持ち込まれている生活用具を見るにつけ必要最低限な事から、どうやら、隠れ家はここだけというわけではなさそうだ。


『だが、今、奴は確実にここにいる!』


謎の空気音と隠し切れない邪悪な気配がそこから感じられるのだ。

地の底から這い上がって来る瘴気をどこからか引いて来たこの空間に…多分、今目の前にある…あの大きな穴の下に…奴はいる筈だ。



声を潜めて、オグマは兵士達に指示を出した。



「数名を残して全員、あの穴の周りを取り囲め。合図で弓を放ち、出て来る前に先手を打って撃する。少しでも下に潜れば我々に不利だ。とにかく少しでも上に化け物を誘導したい。状況でも変わってくるから…その時はまた指示を出す。」



そう話すとオグマはレイナに振り向いて言った。



「レイナ君、俺は最初にあいつに攻撃を仕掛けるから、オタクは残る方で頼む。状況によっては距離を取った者の方が攻撃しやすいから…その時はアンタと共に残した兵の指揮をとってくれ。」


「了解です。」


「よし…じゃあ、こちらに進行中の伯爵達が着いたら行動に移そう。万が一、その前に化け物に悟られたら困るので、穴の周りへの配置だけは完了しておくぞ。レイナ君、伯爵達が来たら説明してくれ。彼らには更に穴の周りに二重三重の人員を置いて、援護攻撃を行ってもらおう。」


「はい!わかりました。」


「少し距離を取って見た奴らの方が戦闘の手段を考えやすいし、攻撃の仕方も客観的に考えられる。冥界神である君らの方が奴に致命傷を与えられる筈だから、至近距離には主に俺が行って劣りになる。捕獲できなさそうなら化け物は殺して構わない。早急な人質救出が最優先だ。」



オグマはそう言い終わると、すぐに口を閉じ、兵士達と共に穴の周りへと素早く移動し始め、レイナも何人かの兵士を指名して、そのまま歩いて来た方向とは反対側の通路の端へ寄って身を潜めた。


緊張の走る中、数分が過ぎると微かに小さな足音が近付いて来て、ハルリンドや伯爵・アスター達が姿を現した。

別れたもう一方の一行達は、オグマ一行の動きを目にして目を瞠った。

すぐにアスターとハルリンドは状況を理解する。


『化け物がいたのだ!』…と。


すかさず、身を潜めていたレイナが伯爵の元に移動して、小声でオグマの指示内容を告げた。

伯爵は黙って頷くと、部下である兵士やハルリンドに目配せをする。

よく訓練されている兵士達は、ものの数秒単位でオグマ達の周りを二重、三重の円となって所定の位置に付き、戦闘態勢に入った。

フォルテナ伯爵夫妻は二方向に別れ、一番、外側の円にハルリンド、中盤の円にアスターが加わる。

それを視止めてレイナもまた身を潜め、持っている剣をいつでも抜けるようにと手を添えた。


少しでも化け物に気取られぬようにと、松明は穴から遠くへ置かれていたが、洞窟のような暗い地中で薄明かりが揺れると、作り出される影の様子が不安定なこの状況を象徴するようで一同に緊張感が走る。


こんな風に真っ暗な闇に光がさせば、化け物は我々の侵入に気付くかもしれないのに…当のマッド・チルドレンが未だにこちらに気付かない事には、逆に誰もが不思議に思っていた。



だが、この下にいる筈なんだ!

確実に!

こちらに意識を向けるに至らない何かに気でも取られているのだろうか?

いや、生息している何かが、こちらが探している化け物ではない可能性もある。


とはいえ、穴の中の気配は人間や神の物ではない。

邪悪で重苦しい空気を纏った何かなのだ。

どちらにしろ、このまま黙って放置はできない。



「フォルテナ伯爵達が来るまで化け物とやり合うのは不利だと思って、向こうに悟られないように中の様子を確認しなかったが、穴の中は…一体、どうなっていやがんだ?」



オグマは密かに独り()ち、二名の兵士と共に穴に向かって、初めて松明を近付けて覗いた。


すると…。


薄明かりに照らされた中には、何やらおびただしい数の肉食植物の蔓が一面に敷かれていて、その上で包まれるように黒い何かがマッド・チルドレンの女性部分に頭部を抱かれて眠っていたのだ。

マッド・チルドレンもまた、目を閉じて眠っている。


その姿は聖母などには全く見えない。

それとは全く相反する存在の者である。

黒い何かは、ハッキリと見えないが、薄暗がりの中でもその輪郭だけで、とてつもなくおぞましいモノであると想定できた。


『これもまた、化け物だ!』と兵士達もオグマも息を呑む。


まるで二匹の化け物は、更に一体化でもするかのように、顔と顔をつき合わせて呼吸をお互いに送り合っている。

フシュウ、フシュウという音は、マッド・チルドレンの方ではなく、この黒い方の化け物の呼吸音らしく、それに合わせて空気中の濃い瘴気が恐ろしい程、大量に取り込まれて、丸くなっている化け物の体内に吸収されて行く…。


兵士の顔が驚愕してわななくと同時に、オグマは一瞬だけ片方の眉を顰めて、弓をかまえている他の兵士達に合図を送った。

合図を送られた他の兵士達は、化け物の姿を確認する間もなく、弓矢を穴の中に射る。

途端に化け物の雄たけびが上がった。



「ぐごおぉぉぉぉぉっー⁉」



穴の中から、高濃度の瘴気と共に黒い何かが飛び出した!



「一匹じゃないぞ!二匹いる!!どちらも絶対に逃すなよ⁈今、出て来た黒い方は、問答無用で殺せ!得体が知れない物を外に出すな!」



息を潜めていたオグマが攻撃と共に声を荒げて、状況の要を一堂に聞こえるように叫ぶ。

兵士達は一丸となって飛び出した黒い何かに攻撃をしかけ始めた。

薄暗がりの中でハルリンドが呪文を唱え印を結ぶと、人口太陽のような発光する20センチほどの玉が出現し、地中の一番高い所まで登って辺りを照らし出す。


ようやく、飛び出してきた黒い大きな何かの姿がはっきりと浮かび上がった!


そして、オグマが松明の灯りで覗いた時に見えたマッド・チルドレンの化け物の蔓がゆっくりと穴の中から一つ二つと伸ばされて来て、一同の前に現れ始める…。



奴も中から(マッド・チルドレンが)出て来るぞ!気を付けろ!デカい!!」



オグマはまた、皆に向かって叫んだ。

オグマは見たのだ。

穴の中で…蔓だらけの植物の化け物の一部とかしたマッドチルドレンの本体の姿を。


化け物達は深く眠っていたから、気配を殺したこちら側の侵入に気付かなかったのだろう。

もっともオグマには、眠っているというより、急速に化け物達が成長しているように見えた。

フシュウ、フシュウと言う音と共に黒い化け物の輪郭が歪み、微妙に大きくなってくるように感じられたのだ!



『危険なくらい、急激だ!』

と発育に関してオグマは思った。



「いや、発育なんかじゃねぇ。瘴気を吸い取って、肥大し膨張してやがるんだ…。コイツは一体、何の生き物なんだ?」



黒い何かである化け物は、醜い龍のようでもある…。



「邪龍…か?」


「いや、龍でもない!」



兵士と黒い化け物の繰り広げる乱闘を見ながら、呟くオグマに遠くからアスターが声を荒げて答えた。

兵士達の戦いに黙っていられなくなった伯爵様は、ついに剣を抜いて自ら黒い化け物に切りかかった瞬間だった。


化け物の姿は、龍のように長い蛇の胴体に鋭い爪を持つ四つ足、顔にも龍に似たひげを持っているが、体の色は黒龍と言うよりドブのような混じりけだらけの不潔感のある黒で、美しい黒とは言えない。

角はいくつも剣山のように生えていて見た目が悪く、全体的に顔立ちが丸く、龍のようにとがっておらず、鼻先も短い。



形は恐ろしく違えど…変種の邪龍かともオグマは思った…が。



だが、コウモリのような薄汚い黒茶の羽で宙を舞い、口からは瘴気が漏れているし、四つ足は龍のモノとは違いライオンや虎のような太さで、大地の上でも素早く走るであろう強さがうかがえる。




「こいつは…まだ未完で発達段階みたいが…完成型になれば、相当戦闘能力が高そうだ。」



更に、生臭く腐敗したような匂いを全体から放ち、べちゃべちゃとしたわかめのような柔らかい未発達の鱗が動く度に剥がれ落ちる…。

そのわかめのような鱗に触れるとただれるようだ。

兵士の1人が先程、うっかりそれに触れたようで、そう叫んだ。



確かにこれは…龍ではない!

いくら邪龍に堕ちても、龍の姿とここまでかけ離れるわけがない!



オグマも先程の伯爵の言葉に同意したように、そう思った。


そして、自らも黒い化け物に攻撃を仕掛ける加勢をしようと、大剣を出現させる。

しかし、『ズルズル』と言う音が不意に耳に付き、そちらの方向に目をやらざる得なくなる。

音の方向は穴からで、ついに深く潜っていた蔓の本体と、それに寄り添うようにくっついて繋がるマッドチルドレンが這い上がるように現れたのだ!

本体とマッド・チルドレンは、指人形のように先に外に移動していた蔓に、引っ張り上げられるように『ズルズル』と引きずり上げられたのである。



すぐに登場して、オグマと目を合わせたマッド・チルドレン部分は、醜悪に口を歪めて言った。



「おのれ!よくも、せっかく育てた子を傷付けてくれたな⁉」



『育てた子』というのは、この目の前の冥界の兵士達に牙を剝く…狂暴そうな黒い化け物の事だろうか?


怒り心頭と言う風に叫んだもう一方の化け物(マッド・チルドレン)だったが、オグマとハルリンドが同時に奴に向かって剣を向けた瞬間、顔色を変えた。

ニタリと笑った化け物は、両手を自分の顔の前に出して『まあまあ』と、こちらを落ち着かせでもするように言った。



「待って、待って。私に剣なんか向けて良いのー?アンタ達、私が(さら)った子がどうなっても知らないよぉ?」



今にも大剣を振り下ろそうと近付いたオグマは、ピタリと手を止め、殺気だって剣を向けていたハルリンドも美しい顔を一瞬にして強張らせた。



「私を殺したらね…あの子も死んじゃうよ?ほら見てぇ。これ…。」



そう言って、マッドチルドレンの醜い本体から長くのびる蔓を一本、オグマ達の前に見せびらかすように指し示す。


蔓の本体は、有名公園のオブジェほどはある巨大な球根で、それには三つの顔がうごめきながらついている…実におぞましいモノだった。

思考があるのかないのかわからないが、本体である球根の三つの顔は、マッドチルドレンの部分がしゃべると一緒になって口真似をした。

三者三様と言うが、球根の三つの顔が違った声色で、順に同じ言葉を繰り返すのだ。



「ほら、見てー、これぇ。」(顔①)

「ホラ、見てェ、コレ。」(顔➁)

「ほらぁ、見て…これー!」(顔➂)



ハルリンドが小さく呻く。



「き、気持ち悪い!うえぇっ。」



それを憤怒の形相とは一転、愉快そうに笑むマッド・チルドレンの女が口を再び開いた。



「失礼ねぇ、皆、可愛いのに。それより、ほらこれ、どこに繋がっているのかわかるぅ?攫いたての小っちゃな現人神さんに繋がっているのよぉ?」



「わかるぅー?」(顔①)

「攫いたての小っちゃな現人神さんに…」(顔➁)

「繋がっているのよぉ~~?」(顔➂)





ケラケラとその後も笑い出したマッドチルドレンの言葉に一同は目を瞠った。

一本の蔓を目で追っていくと、長ーく伸びた蔓の先は、再び地面を貫通して穴の中のどこかへ向かっている。

無尽蔵に伸ばす事のできるらしい蔓の先は見えない…。



「一体どこへ⁈」



思わず、ハルリンドが叫ぶとマッド・チルドレンが何か言おうとした。


それを待たずに、先程から黒いもう一方の化け物を兵士と共に攻撃していたアスターが神力を大きく籠めて剣に力を宿らせた!



「ピカッ!」



剣が先程の雷のように光ったかと思うと、アスターが醜い龍に似た龍ではない化け物に向けて、渾身の一撃を放つ。



次の瞬間、剣の先から大きな光のレーザービームのような真っ白に燃えた光線が勢いよく飛び出し、黒い化け物を押し潰すように吹っ飛ばして焼いてしまった。



「ドゴオォォォォォン!」


「ギャアオォォォゥゥゥッ!!」



岩場の地中の硬い壁に化け物の体躯が当たり、爆音が鳴り響くと、同時に白い炎に焼かれる化け物が転がって火を消そうと地中の地面で暴れた。

苦しいのか、暴れ回る化け物は、尾の先で地中に作られているこの空間を破壊し始めた。


アスターは何か言いかけたマッド・チルドレンを見て、相手が面倒くさい取引を持ち込むつもりだと踏み、その前にと、もう一体の化け物にトドメを刺すのを急いだのである。

だから、地中内の大きな打撃になるとわかっていても、大きすぎる一撃を与えてしまった…。



「ああ!私の自信作がぁ⁉」



マッド・チルドレンが悲し気に叫ぶ。



「作品⁉あの化け物を作ったのはあなたなの?」



ハルリンドも叫んだ。

すると、慌てながらもマッド・チルドレンは答えた。



「そうよ!決まっているじゃない。あの子は龍の落とし子…龍の正式な番ではない伴侶から生まれた子孫のハグレ現人神に魔物を掛け合わせたの。隠れて人間界で育て…冥界に持ち込んで大きくしてたのに!」


「現人神と掛け合わせたですって⁈人体実験じゃない!あなたその現人神をどうしたの?」


「さあ?この子は龍じゃないもの…思考だって人間より粗末な魔物のレベルだし、情なんかも現人神の腹にいる時から闇に犯し続けてたし…生まれた瞬間に食べちゃったんじゃない?」


「何ですって⁈」



あまりに酷い内容を聞いて、ハルリンドは今度こそ剣をマッド・チルドレンに向けた。

化け物も殺気と狂気の入り交じる目を見開き威嚇する。



「この蔓の一本は命綱なのよ?私を殺したら、攫った現人神の子が高い所から落っこちて死ぬわよ?」



再び、ハルリンドが化け物の言葉にピタリと動きを止めた。



「な…に…?何ですって?」


「この蔓の先に…現人神さんを結わいて吊るしてあるの。私が蔓を放しても切っても、真っ逆さまに下に落ちて死んじゃうわ…岩場に体を打ち付けるかマグマの中に落ちるかしてね!」



マッド・チルドレンが悪魔みたいな口角を上げた。

その目は真っ黒で…全く光がない。

ハルリンドは、目を見開いた後、悲痛に顔を歪めた。

剣を握る手が微かに怒りに震える。



「あの子は今、どこにいるの⁈どこに攫って行ったのか教えなさい!」


「あははは!教えるわけないじゃん。でも、私に何かしたら、この蔓を切ってやるから!さあ、それでも私に剣を向けるって言うの⁈」



手も足も出なくなったハルリンドに、一同もどうすればいいのかと動きを止めたまま、化け物を見やる。

アスターは、これを聞く前に黒い化け物の方をやっておいて良かったと密かに思った。

もしも、カヤノの命と引き換えに黒い化け物に手を出すなと言われていれば、決定打の一撃を放つ事ができなかっただろう。

黒い化け物の息はまだあるが、息絶えるのは時間の問題だ。


しかし、死を目前にして暴れ回った化け物のせいで地中が揺れ出した。


息の根が止まるまで、暴れ続けられては、この空間が持たない。

補強も何もなく、ただ穴が掘られているだけなのだ…。

衝撃を受ければ、植物型化け物のマッド・チルドレンが掘った通路など、すぐに崩れ落ちた岩盤や泥の下に埋まってしまう。



「マ、マズイ!奴が暴れるから、付け焼刃の通路が崩れ始める!」



アスターが揺れに動揺し、辺りを見回した。

洞窟のように続いた通路のあちこちが、ピシピシと音を立てヒビが広がって行く。



「このままだと崩れるぞ⁈外に出なければ!」



今度はオグマが声を出す。

その時、指示通りに事態を隠れて見ていたレイナが飛び出した。


アスターが、

『化け物に今すぐとどめを刺してもマッド・チルドレンを刺激しないだろうか?』

と、思い始めた所だった。



「皆さん!任せて下さい。私はこの領地の者!冥界貴族は担当の地区でこそ、その最大限の力を発揮できます。ここは私と兄のテリトリー!地殻変動や作り変えも私達なら可能です。」



レイナはそう言うと、素早く魔法陣を地面に展開させ呪文を唱えた。

すると魔法陣の文字が光り出し、中心に立つレイナの手の動きに合わせて、通路の真上の地面が蓋を開けたように宙に浮いて取り除かれ、外の世界が覗いた。

その要領でカヤノに通じているとマッド・チルドレン本人が言った蔓の埋め込まれている穴の地面を開けて、取り除いた部分を側道に積み木のように積み重ねて行く。

こうして岩盤は次々に無数のモザイクに転じ、そのモザイクの一つ一つがレイナの手の動きに合わせて退()けられて行くのだ。

同時に崩れ始めた通路をレイナはうまく組み直してしまう。

暴れていた黒い化け物も、いつの間にか燃え尽きて、動きを止め…アスターの放った冥界の忘却の炎で完全に消滅した。



こうしてレイナが蔓の伸びる地中を(あば)いて行くのに合わせて、一同はその方向を追うように走り始めた。

それにはマッド・チルドレンが驚いた。



「ま、待て⁉どこへ行く⁉行くな!私がこの蔓の先を離したら、現人神の小娘なぞ、おしまいなんだぞ⁈」



マッドチルドレンは叫んだが、兵士達を含めた一行はカヤノに通ずるであろう蔓の先を追って、タッチの差で走り去ってしまった後で、レイナ一人を除いて誰もその場にはいなかった。



「手遅れね。あなたが何か脅した所で皆、行っちゃったもの…聞こえないわ。どうする?つかまえてる子を落すの?でも、その子を失ったら、あなたは完全に人質を失うわよ?でも、今ならまだ間に合うかも…。皆と同時に着けば、まだあなたの脅しも効くわよ?」



魔法陣を操る事で一人残されたレイナは、マッド・チルドレンに不敵な笑いを向けた。

そのようにレイナがマッド・チルドレンに言ったのは、人質の居場所がバレてしまえば『逃げられない』と諦めて、攫った現人神の少女を殺してしまい兼ねなかったからだ。

だから、レイナはわざと相手を嘲笑(あざわら)い『彼女を落すのか?』と先手を打つように問いかけ、『でもまだ諦めるのは早い』『一同が少女を助け出すのに間にあえば脅しも有効である』という事を化け物の耳に入れたのだ。


化け物がまだ人質を利用する事ができると思えば、攫った少女を今すぐ殺そうとは考えない。

今、蔓の先の結び付けられているという少女を離されては困るので、レイナはギリギリまでマッド・チルドレンが悪あがきできるような流れを作り出すように努めたのである。



「皆が向こうに駆けつけているからと言って、その隙には逃げられないわよ?私が逃がさないもの。あなたがその蔓の先を離すか切るような事があれば、今やっている私の作業は無意味になる。すぐに魔法陣の作動を停止して、あなたを退治するわ。走っている一行も即座に戻って来る。」



マッド・チルドレンは、更に続く『唯一、助かる道は()()()使()()()現世に逃げるしかないわね!』というレイナの言葉を聞いて、うまい事『これはマズい』と考えてくれたようで、自身もフォルテナ伯爵一行の後を追い、本体ごと急ぎの移動を開始した。

自分の方が先に着いていれば、問題なくつかまえた現人神を人質にできるのだ!


化け物は冥界神には決して手を出さない。


どんなに力を蓄えた所で、このフィールドの支配者には敵わないからだ。


特にこの地で言うならば、レイナと領主である彼女の兄は無敵。


だが、勝てる気まではしないが、それ以外の者達ならば、少しは勝算が上がるのではないかと、マッド・チルドレンは甘い考えを抱いた。


中々狡猾らしく、地殻変動の力を見て、瞬時にこの化け物はレイナがこの地を納める冥界神に準ずると見抜いた為、彼女には二人きりになっても一切、手を出さなかった…。

マッド・チルドレンは()が悪ければ、すぐにその場を去るのだ。



レイナは、意を決したマッド・チルドレンの姿が瞬く間に消えた後、たった一人、魔法陣の上に残り、神眼を開いて状況を脳内に映し出し、地面の中の蔓を暴き続けていく。



「そろそろ、本気で行くわよ!ええーい!!」



精神を集中させ先を読み、一気に力を込めて蔓の埋まった場所の上の大地をまるでモーゼの十戒の海を二つに割るようにこじ開けて、全てを冥界の太陽の下に(さら)し出す。

これで、この蔦の方向に彫り上げた状態になった一本の道を追えば、行ってしまった皆の後に辿り着くだろう。



「私も早く行かなきゃ!まだ、何かの役に立てるかもしれないもの。」



時間稼ぎの為とマッド・チルドレンをけしかけたものの、向こうで攫われた子が到着した化け物によって危険に(さら)されているかもしれない。

居場所さえ突き止めれば、追いついて、今度は本格的な救出に力を注がなければ!

レイナは結んでいた印を解き、急いで皆が消えた方向へと向かおうとした。



 そこに…。

誰かの声がする。



「何コレ⁉おーい、誰かぁ。いるー?やっと麓まで来たと思ったら…これは、またまた…どういう状況なの?」



レイナが声のした方向を見上げると、空からドラゴンに乗って飛びかっている茶金の髪の青年の姿が目に入った。



「あなたは⁈」



レイナの声に向こうも気付いて視線を落とす。

青年はドラゴンから飛び降りると、ひらりとレイナの前に着地して問いかけた。



「君、状況はわかる?あのでっかい口叩(くちたた)いといて僕の大事な子を危険に(さら)しているクソ教師とハル以外の事には、薄らデカいだけのウドの大木な伯爵や、その男の妻とは思えない麗しい夫人はどこにいるの⁈」



短い数秒の間にふんだんに詰め込まれた人物形容に、口元を引きつらせながら、関係者であろう新たな登場人物にレイナは状況を説明すべく、口を開いた…。


そしてレイナの話を聞くや否や青年は言った。



「それは急がないと!君もそちらに向かう予定だったんだね?一緒に行こう。さあ、ドラゴンに乗って!」



金色交じりの茶髪の青年は、気軽い口調とは相反する真摯な瞳に焦りを浮かべてレイナを抱き上げ、あっという間にドラゴンの上にあり得ない跳躍力で飛び乗ってしまった。



「ヒャアァァァッ⁉」



驚くレイナに片目を瞑って見せると、青年はドラゴンの手綱を取り、レイナが掘り起こした一本の道を辿って飛び始めた。

そして、片手で彼女を支えながら言った。



「僕、シルヴァス。今は、地上で現人神をしているんだ。派遣型のね…で、君は?ちなみに攫われた子って、僕の大事な子なんだよ。全く…執事に聞くまで状況を説明もしないで…あいつら…etc.」



途中からシルヴァスの不穏な会話も耳に入らなくなったレイナは、頬を染めて、ドキドキ打ち始めた心臓の鼓動に手を添えると、話に出た『僕の大事な子』の部分にちょっとだけガッカリしたのを感じながら、オグマの言葉を脳内でリプレイさせ、こんな事態にも拘らずうっかり思ってしまった…。



「現人神…ちょっとイイかも♡」


今週、来週の予定がハードなので更新が遅れるかもしれませんが、必ず完結させますので、最後までアクセスしてお待ちしております。

できるだけ、予定通り進めたいですが、ズレてしまったらごめんなさい。

本日も未熟者の小説にお付き合い下さった心の広い方々に感謝です。

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