春の嵐と恋の風69
本日は、シルヴァス前半、カヤノ後半で二人の現状です。
☆ ☆ ☆
「困りますよ、シルヴァスさん。あなた…毎回、急なんですから。我々はただの残業組で販売員ではなんです。出国ゲートの切符販売は本日は既に終了してますんで、明日の朝に来て下さいよ。」
「そんな事、言わないで…緊急なんだ!残業組って言ったって、君だって昼間は販売員に回ってるだろう?頼むから一枚だけ工面してよ。僕、常連だし顔見知りだよね。どうしたらそんな非情な事が言えるんだよ。」
「あのね…規則に従って欲しいって言ってるだけなのに何で我々の方が非情呼ばわりされなきゃならんのですか?前回は刑事課から特別依頼されて上からの命令で動いただけです。けど、毎度、緊急だって言われてもね…特別扱いばかりできませんよ。今回は一体、何がどう緊急なんですか?」
「それは聞いてない。だが、あの天狗教師の慌てぶりだと余程の事が起きているに違いない。どうも僕の養い子で妻(確定)が…地上に帰って来れなくなるかもしれないらしいんだ!」
シルヴァスと言い合うチケット発行窓口のスタッフは、顔を引きつらせた。
「あのそれ…シルヴァスさん、アンタの嫁さんが地上に帰れなくなるかもって…何が起きているか知りませんが、めちゃくちゃ私的理由じゃないですか⁈やっぱり、明日来て下さい!朝から、ちゃあんと営業してますから。」
「私的理由でも、カヤノは何か事件に巻き込まれてるかもしれないんだぞ⁈彼女に何かあったらどうしてくれる?責任取れるのかよ⁈ああ、嫌な予感がしてきた…僕の予感当たるんだよ。知ってるだろう?」
「知りませんよ!責任取れって言われても…こちらは何も間違っていないんだから…。」
「あーあ。嫌だ嫌だ!いつから、現代大和皇国の現人神は、こんなに融通が利かなくなっちゃったのかねぇ。もし、何か事件に巻き込まれて彼女が傷つけられたら、君、良心が痛まないの?仕事だったから仕方ないって言える?万が一の事を考えて行動できないなんて器の大きさが知れるなぁ~。」
「ちょっと…し、失敬な。」
「チケットたった一枚。今、僕に販売するだけ…それだけで、万が一を防げるかもしれないんだよ?ほんのちょっとの売り上げの再計算が面倒で、若い現人神女性を危険にさらしたなんて…現人神新聞に載りたくないだろう?僕、顔が広いから新聞社にも知人がいるんだ。」
「なっ、なっ、何を言っているんだ君は⁉我々は別に切符の再計算が面倒だとは一言も言ってないし、そんな事は露も思っていないわ!純粋に毎回、特別扱いしてたら他の客に示しがつかないから…。」
「だけど、新聞を読んだ現人神さん達はそうは思わないかもよ?」
シルヴァスは意地悪そうな笑みを浮かべて、相手の顔ににじり寄った。
「ヒッ⁈」
笑顔なのに人を殺せそうな何かを感じ取って、窓口の男は高い声で短い悲鳴を上げた。
「ねえ、毎回じゃないよ?普段は普通に普通の時間帯に来て、ちゃんと切符買ってるじゃない。こんな時間にわざわざ訪ねてるって事は本当に切羽詰まているとは思わないの?君の判断力ってお粗末だね。君も現人神で男なら、女性がらみで僕らがどんだけ尋常じゃない行動に出るかわかるよね?」
「そ、そ、そ、それは…き、強迫ですか?」
「脅迫?まさか、事実を言ってるだけだよ?もう一度聞くけど…時間外で売ってもらえた事は誰にも言わないからさ、一枚だけ冥界行きのチケットを発行してくれない?今、すぐに!!」
至近距離の笑顔とは裏腹の強い語気で詰め寄られた男は、ついに涙目になって何も言葉を発さない状態でコクコクと頷いた。
「ありがとう…やっとわかってもらえて嬉しいよ。あっ、次のゲート開門で即行に使いたいから、できるだけ早く用意してね。」
シルヴァスは、ようやく男の鼻先スレスレに近付けた自分の顔を離して、計算された笑顔を向けた。
しかし、急いでいる事は隠そうとせず、柔らかな口調で急かしては、苛々しているのか片足のつま先を待っている間、ずっとタンタンと床で上げ下げを繰り返している。
切符を用意した男はシルヴァスからの威圧を終始感じて、最後には怯えを隠さず低姿勢に接していた。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。そのお詫びと言っては何ですが…これ、冥界行きのパスチケットです。外の機械でチャージできますんで、有効期限が切れたらチャージして使えます。一々切符を買わなくても大丈夫だから便利ですよ?」
「人間社会で言うPA〇MOやSUI〇A(※)みたいなもんか…悪いから買うよ。」
(※主に交通に関わるICカード/電子マネー)
「いえいえいえいえいえ!サービスでございます!!これからはいつでもどこでも外の発券機&チャージ機を使えますから。普段から大目に金額を入れておけば、こんな時間に訪れなくても良くて便利ですよぉ~?」
「そんなのがあるなら、サッサと教えて欲しかったな…。」
シルヴァスは心の中で、
『次回からは顔を出さないで外の機械で済ませろって事か…。
体よく、僕ができるだけ来ないように追い払ったんだな。』
…と思ったが、時間外に手間を取らせているのはわかっているので、口には出さず無機質な視線だけを男に投げた。
「最近導入したんですよ!人間社会の類似品とは違い、高額なのでなかなか出ないんですが…お客様のように頻繁に遠出される方にはお勧めです。是非、お試し下さい。それでは、いってらっしゃいませ。」
窓口の男は、思い切り感じ良くしゃべるように務めて、高額だと言ったパスカードをシルヴァスの手に押し付けて渡した。
シルヴァスの推測通り、『もう来ないで』という願いをふんだんに込めて…。
それから男は、シルヴァスが販売所を出たと同時に、これ見よがしにシャッターを閉めた。
「フン、あからさまだな。」
シルヴァスは一言だけ呟くと、立ち所にその場を去り、目にも止まらぬ速さで前回冥界に訪れたサメの魔神事件の時と同様に冥界行きのゲートへ駆けつけた。
次の開門時間を調べる余裕はない。
とにかく一目散でその場に行き、一番早い開門に間に合わせるだけだ。
それから開門を待つ集団の長い列の最後尾にやっとの事で並び込むと、尋常じゃなく息を切らせているシルヴァスを見て、前に並ぶ現人神に理由を聞かれ、前回同様にたどたどしく言葉を繋いで説明すると、前の現人神が順番をシルヴァスに譲ってくれた。
勿論、更に前に並んでいた現人神も話を小耳に挟んでおり、その前の現人神達に説明してくれて、順番を譲ってくれる。
まさに、前の冥界訪問時の再現にシルヴァスは少しだけ胸を熱くし、開門後、冥界に足を踏み入れたと同時に後方の現人神達に聞こえるよう、力の限り大きな声を張り上げてお礼を言って、また走り出した。
まさにシルヴァスの風の如く走り去る姿を、残された現人神達は『ほうっ』と声を出して見送った。
中には、シルヴァスのあまりの速さに目を丸くして口を開けたきり、しばらくその状態で固まっている者もいる。
人々はシルヴァスが走り去った後、口々に『本当に余程急いでいるんだね』と噂した。
無事に冥界に着いたのは良いが、オグマの水鏡の映像状態の悪さから考えるに、あれがフォルテナ伯爵邸ではないのは一目瞭然だった事を踏まえ、どこに向かえばいいのかわからないシルヴァスは、とりあえず異界出入国ゲートの共通ロビーに設置してある公衆電話でフォルテナ伯爵邸に電話を掛けた。
すると、フォルテナ伯爵家に仕える優秀な執事が電話を取り、シルヴァスに主人から伝言があると、自身も聞かされたばかりで愕然とした内容の一部始終を話して聞かせた。
無論、それにはシルヴァスだって、発狂せんばかりに驚愕に驚愕を重ねた心中を隠せず…電話口でいつも以上の大声を上げた。
「何だってえぇぇぇっ⁉一体、全体、それはどういう事?冥界が安全だと言った奴はどこだ⁉」
電話口の執事は、受話器をあてていた方の耳をさすりながら、シルヴァスに言った。
「皆様、カヤノ様の捜索に出ていて、今は屋敷におりません。」
「そこはどこだよ⁉」
「ハイ、勿論、シルヴァス様が冥界に訪れられたら、お教えするようにと承っておりますよ。ただいま、化け物の足取りの最有力候補である冥界の最南端に位置する火山の集中地区、炎獄シティのズボラ山麓にいらっしゃるとの事です。」
「ズボラ山⁈嫌な名前だな!でも、わかった。僕は直接そこに向かうから、何かあったら水鏡でも何でもいいから連絡して?僕は、スマートフォンとか携帯電話とか持ってないから。」
「かしこまりました。」
元来、縛られるのがキライな自由人シルヴァスは、情報ツウな割に携帯やスマホには興味がわかず、連絡を取るのが面倒な現人神として毎回、現人神社会の上位ランキングに食い込んでいる。
シルヴァスは、執事との電話を切ると、騎士姿に転じて、早速、前回の魔神事件同様にミニ・ドラゴンをレンタルした。
そして、すぐさま、ズボラ山へと向った。
☆ ☆ ☆
その頃、闇の化け物と溶け合ったようなマッド・チルドレンの女性に捕まってしまったカヤノは…。
滅多に噴火しないというズボラな火山、ズボラ山の火口…噴火口付近に化け物の蔓で吊るされていた。
滅多に噴火しないとはいえ、一応は火山。
一般の冥界市民は、立ち入り禁止地帯である。
だからこそ、化け物はここにカヤノを連れて逃げ込んだのかもしれないが…よく、こんな所まで瞬時に移動できるものである。
化け物と一体化したマッド・チルドレンは、闇の力を手に入れてかなり強力になっていた…。
ここへの移動も勿論、強靭な鞭のような蔓を使って移動する事も可能だが、何と高速で術式を組み立て、瞬間移動をしてしまったのである。
そんな事は、現人神認定されているカヤノにだってできない。
もっとも行為の現人神や一代目のシルヴァスのようなまんま精霊様が体現しているなら、やらないだけで本来なら可能なのかもしれないが…できる者は大体、決まっている。
現人神なら誰しもできる技術ではないのだ…。
化け物のマッド・チルドレンは、もしカヤノが抵抗をして暴れれば、蔓が切れてマグマに落ちると脅すと、自分はカヤノを吊るしたまま、蔓を伸ばして、どこかへ消えてしまった。
そんな風に脅さなくても、自分はこんな所から一人で逃げられないし…抵抗した所で絶対的に敵わないのは目に見えているので、バカな足掻きなどしないのに…とカヤノは思う。
「グスッ。彼女は何をしに行ったのかしら…?ううん、そんな事より、帰りたい…シルヴァスに会いたい…。」
かなり離れているのに、熱気が伝わって来るマグマに怯え、カヤノは鼻を啜りながら、その真上で蓑虫のようにプラプラと下がりながら、涙を零した。
「冥界まで逃げて、シルヴァスから離れようとして…結局、こんな事になったら、シルヴァスに会いたくて仕方がないなんて…私は何て面倒なんだろう?それにこんな格好…いいザマすぎる。」
カヤノは考えた。
もしも、馬車に乗っていたのが、自分でなくてハルさんだったら…と。
「きっと、ハルさんだって私と同じように、真っ先に扉を開けた筈よ…。」
自分を慰めるように、そう呟くカヤノだが、涙にくれた瞳にポロリともう一粒雫を零して、小さく声を震わせた。
「だけど…問題はその後だわ。もしも扉を開けたのがハルさんだったら、こんなに簡単には攫われなかった筈だもの。あの化け物だって逃げたかも…。相手が私だったから…私が弱いから。」
冥界に滞在していた事で神力が弱っていなかったとしても、カヤノの神力は大きなものではない。
それに戦闘能力も持たない。
加えて言うなら、現世に置いて来た肉体的にも脆弱だし、それは魂だけの状態でも代わり映えのないグレードだった。
つまり、闇の化け物と一体化していなかったとしても、カヤノはマッド・チルドレンよりも弱い…名ばかりの現人神である。
そう自身で思えば、カヤノは一層に項垂れて、シクシクと泣いた。
「ふぇっ…えーん。」
もう言葉なんて出てこない。
泣き出すと、口を開いても言葉にならないタチなのだ。
鼻水が垂れなかったの奇跡だ。
腕ごと蔓に縛られているので、両腕とも使えない。
鼻が垂れたら、拭う事もできず、戻って来たあの化け物に何を言われるかわからない。
そう考えると、カヤノはひとしきり泣き声を上げた後、何とか涙を引っ込めようと頑張った。
他に自分同様に捕縛された者でもいれば、気も紛れたかもしれないが、今回のカヤノは一人ぼっち。
過去、マッド・チルドレン達に捕まっていた時のように、同じ年代の少女達がいるわけではない。
その事は、カヤノを殊更、不安にさせた。
その気持ちを抑え込むように、涙を我慢し鼻を垂らさないように、カヤノは独り言を口にする。
「うっ、うう、うぐっ…私がどこにいるとか…きっと、ハルさん達でも、すぐにはわからないわよね?」
このまま、神力がなくなって、自分はあの化け物に食べられるのかと思えば、カヤノの凍ってもおかしくない心は、熱く炎のように激しく脈打った。
死に直結する未来が、即時ではなく猶予がある事で、更にはっきりと見えてしまい、それが逆にカヤノを感情的にし、『生』への執着を実感させる。
死にたくない!
自分を盾にしてでも、誰かを守らなければと思い、今まで神力を使ってきたカヤノに、そんな人間らしい気持ちが体中を駆け巡った。
死を目前にして時間に余裕があると頭に浮かぶ事は、自分に親切にしてくれたハルリンドやオグマを含む担任やその他教師達に友人達、知人、全ての関わった者達…それに先に神々の安住の地へと旅立ってしまった両親の顔。
そして、最後に最も一目でもいいから会いたいと思った…シルヴァスの笑顔が浮かんだ。
「ハルさんや先生達が…自分を責めたりしないで欲しいな。食べられる時って痛いかな?シルヴァスにギュッてしてもらいたいよ…そうしたら、我慢できるかも。ああ、そんなの無理だよね。こんな所に私がいるって事もきっと誰もわからないもの…あれ?何か私、オカシイ事、言ってる。」
極限状態で『自分は変になったのだ!』という自覚を持ちつつ、泣き笑いを浮かべるカヤノ。
目下に地面はなく、魂すら溶かしてしまう特殊な冥界のマグマに、今にも落とされそうな状態で常に吊るされていれば、当然だと思う。
『助けて』と叫んだ所で、誰もこの場に聞く者はいない。
化け物もここに自分を吊るしてから、しばらく戻って来てはいない。
不穏な事を言われたとしても、一人でここに残されている方が精神的には辛かった。
カヤノは唇を噛みしめて、そのまま口を結ぶと、涙を零したまま、強く目を閉じた。
下を見ないで、何か別の事を考えようとしたのだ。
しかし、頭に浮かぶのは後悔ばかり…。
なぜ、自分はシルヴァスの元を離れようと躍起になってしまったのだろうという事ばかりだった。
こんな状況になって手も足も出せないような下級現人神のクセに、身の程に合わせた相手を選ぶだとか…ハルさんに敵わないってわかっているから、シルヴァスの恋情を信じられないだとか…生意気にもそんな事を考えるような資格は自分にはなかったのだ。
本気の愛だろうが、同情だろうが、家族愛を異性愛と錯覚されていようが…『守ってくれる!』『傍にいてくれる!』『面倒を看てくれる!』と言ってくれるのなら、自分は大人しくシルヴァスの傍にいれば良かった!
せっかくの厚意は、ありがたーく受け取るべきなのである。
それに考えてみれば、カヤノが辛いだのと思う気持ちは、裏を返せば、結局、自分を一番愛して欲しいのだという気持ちの表れであり、絶対的な彼のお姫様になりたいのだという身に余る図々しい心理が根底にあるのではないだろうか。
そうなれないから、離れたいのだという…今まで臆病だと思っていた気持ちは建て前であり、本当は独占欲の表れというワガママな気持ちから来ているのだ。
そんな身分でもないというのに、図々しく自らがあれこれ思考したのが間違いだった。
自分のような下級の者は、さっさと現状と身の程をわきまえて、辛かろうがプライドが傷つこうが、シルヴァスに本当に愛していると錯覚されているのなら、そう思ってもらっておいて、家族愛で我慢していれば良かったのだ。
そうすれば、誰にも迷惑を掛ける事なく、自分もこんな怖い思いをしないで済んだかもしれない。
それに、もう二度と会えないなんて嫌!
離れる予定だった時はそんな風に思わなかったのに、化け物に食べられるかマグマに落ちるかすると考えると、途端にカヤノはそう強く思い出した。
カヤノはサメ型魔神から、シルヴァスが自分を助けてくれた日の事を回想する。
「シルヴァスが私を大事にしてくれているのは事実だもの…。」
あの時は、ハルさんの事を助けるのだと思っていたけど…。
大巳先生がハルさんには終始くっついていたから、シルヴァスが私の方を助けてくれた。
自分は運が良かった。
当初のカヤノはそう思っていた。
だが、実際シルヴァスは、現世にいる段階でカヤノの危険が迫っているのではないかと、大慌てで駆けつけてくれたのだ。
形は自分の望む愛ではないかもしれないが、こんなに自分を思ってくれる相手はシルヴァス以上にカヤノの周りにはいないのではないだろうか?
入院中だって、酷い態度だったのに毎日、シルヴァスは自分に会いに通ってくれた。
思えば、引き取られる前から、そんな態度だった自分に気長に笑いかけてくれた精霊様だったから、カヤノは彼を好きになったのだ。
「好きな相手なら…傍にいられるだけでも満足すべきだったんだ。きっと私は一杯ワガママだったから…何度も罰が当たったんだ。」
クリスティアンの事と言い、自分はよく周りが見えていないようだ。
嫌われていると思っていた相手は、自分に好意を持ってくれていたのだと言うし…。
振り返ってみれば、カヤノは辛い思いをしてはいても、恵まれていなかった事などなかった。
いつも必ず、誰かが助けてくれた。
オグマ先生も自分は守られていればいいのだと言っていたし…。
自分が角度を変えて見れば、世の中は全然違って見えるのだ。
もし、もう一度会えたなら…今度はシルヴァスに言いたい。
ごめんなさい。
そして、これからもずっと傍にいたい。
やっぱりシルヴァスが好き!!
死ぬかもって思った時、一番に何度も思い出してしまうくらいに!
それにシルヴァスがいないと…多分自分はまともに生きていけないかもしれない!
この短期間にどれ程、トラブルに巻き込まれたか考えただけでも、カヤノはそう思わざる得なかった。
今のままの『好き』の形でいいから…本当に愛する女性が現れるまで妹分として愛してもらえれば充分だ。
少なくとも、それまでは彼の特別でいられる。
彼はそう錯覚してくれている。
「あれ…でもそういえば、現人神の婚姻って、離婚ができたんだっけ?」
もしもシルヴァスが自分と結婚すると言ったら、どうすべきだろうか?
その後にシルヴァスの本当のお姫様が現れたら…人間社会みたいに離縁ってできるのかな?
目を瞑りながら、カヤノは些細な事を考え、マグマへの恐怖から気を逸らすように努めた。
だが、同時に不穏な考えも浮ぶ。
「死にたくないって怯えながら、こんな所に吊るされているくらいなら、思い切って自分からマグマに飛び込んでしまおうかしら?そしたら恐怖も終わるし、これ以上は周りに迷惑を掛けないで済む。最初こそ皆、悲しんでくれるかもしれないけど…その方が…。」
自分の死を願う事は罪だ。
自殺が罪だと知っている筈のカヤノなのに、ここが冥界の闇が濃く発生している場所なのか…化け物と長く携わったせいなのか…カヤノの心に魔が差し込んで来た。
カヤノは、その度にハッと気付き、慌てて首を横に振った。
「危ない…私は今なんて罰当たりな事を思っていたのかしら。消滅すれば全てが終わるような…?これはマズいわ。しっかりしなくちゃ…。ああ、どうしよう!このままだと、神力が尽きる前に冥界の陰気に取り込まれてしまいそう。」
カヤノは目を閉じながらも悲痛に顔を歪めた。
しかもこの期に及んで、正直な感情の思いは、なかなか口から飛び出しては来ない。
『シルヴァス、助けて!』
ただ、一言…それだけなのに。
誰も聞いている者がいないからとかではなくて、たった一言、そう強く本気で願って彼を呼べば、シルヴァスはカヤノの前に駆けつけられるかもしれないのに…。
カヤノは、シルヴァスに会いたいと思ってはいても…その一言が自分でも無意識に…どうしても出てこなかった。
学校を卒業したばかりで、下級現人神の基礎能力しか習得していないカヤノには、精霊様や神々寄りの現人神が持っている能力など、思い至りもしなかったのである。
むしろ、純粋な人間であれば、ハッキリと神様、仏様、イエス様~とこんな時、必ず心中で助けを呼ぶのかもしれないが、なまじ神がかっている為に、神や精霊に祈る習慣などカヤノにはなかったのだ。
現人神であるカヤノ両親の教えは、
『神様は万能ではないから祈るのは願いを叶える為ではない…。
神に誓いを立てる為なのだ!
だから、手を合わせるのは、自分を見守っていて下さい…という程度の事だよ。』
というのが、口癖だった。
しかし実際は、お願いされれば神様や精霊様だって助けてあげたいなという気持ちになる時もあるし、助けられる事もあるのだ。
カヤノは、そんな事も知らないので、こんな時に心のよりどころがない。
何に縋ればいいのか、わからないから…実際に目の前にいないモノへ祈る事などできなかった。
困った事にカヤノには、シルヴァスの『早く僕を呼んで』という思いは、全く届かないのである。
そうしている間に、カヤノは冥界の火山の気にあてられて、瞳の色が淀み始めていた…。
更新が遅れがちになっており、ご迷惑をお掛けしています。
この所、スケジュールの都合でゲリラ投稿ができなくなっています。
できるだけ火曜・金曜日は投稿できるように頑張りますので、今後も是非、読んで下さればありがたいです。
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