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春の嵐と恋の風68

更新が遅れ気味になりますが…ご迷惑をお掛けしています。

本日は事の事態です。

 御者が馬車の外で大声を出した。



「闇の生物⁈ここまで移動して上級神から逃げて来たんだ。この蔓は…魔獣の姿ばかりを想像してましたが…これは魔界の一部地域にだけ生息する人間の魂を好んで喰らう肉食植物の一種です。うわっ⁈こいつ、足に絡みついて来やがった!」



続いて御者の彼が、剣を抜いて植物の触手化した(つる)を切り落とす『ザシュッ』という音が馬車の中にまで聞こえてきた。

オグマは言った。



「そんなのが現世に体現したら大変だ!取り逃がしたら、その前に冥界の死者の魂がやられちまう。」



オグマはすぐさま、カヤノの背中をシートに押し付けて、しっかりと座らせると『どこかにつかまっていろ!』と語気を荒げて言い聞かせ、自分は馬車から飛び出し、外側から神力でシールドと鍵をかけ直した。


カヤノはあまりの事に目を見開かせて、声も出せずにシートの上で座り、ただただ外の赤黒い植物を目に映して震えながら固まっていた。

オグマに言われた通り、馬車のどこかつかまる為に手を這わせてそれを探したが、手がかじかんだように感覚がなく、震えが走って何も握る事ができない。



馬車を飛び出したオグマは、白い煙と共に瞬時に現人神養成学校内で教師達が着ている詰襟の真っ白い騎士服姿に転じ、宙を切って異空間から己に馴染みの剣を取り出した。

それは高さが二メートル以上ありそうな大剣で、オグマはそれを片手で掛け声もなしに易々と振り回した。

その雄姿(ゆうし)は文武両道型だと本人は主張していたが、冒険物語の勇者さながらで

『この人、完全に戦闘系なのではなかろうか?』

と見る者に思わせるものだった。


オグマの青みを帯びた銀の髪が、どす黒い瘴気と気味の悪い赤い気を放つ同色の蔓と相反して、清浄な輝きが映え、蔓を瞬時に切り落とす度に不浄を払うようにキラキラと光った。

その調子で馬車の周辺の蔓が大方消えると、それをチャンスとばかりに御者が黒馬を鞭打ち、馬車を颯爽と走らせる。

急に車内が揺れて、どこかにつかまりきれていなかったカヤノは、シートの上に伏せた格好で横たわった。


離れて行く馬車を見送ってからも、オグマは植物の触手をすさまじい勢いで切り落としていく。



「クソ、本体はどこだ?蔓ばっかりが地面から出て来るだけで本来の大きさもわかりゃしない。これじゃ(らち)が明かねぇ。天上や地上じゃないから、力もそこそこしか出ないしな。せめて現世だったら、地面ごと砕いちまうんだが…。」



冥界は人間の思念の結晶を元にして形作られている世界。

現世や天上界とは違い、作り変えが容易にできる分、不安定なのだ。

天上の力の強いオグマが下手に力を炸裂させ過ぎると、砕くつもりのなかったものまで粉々にしてしまう可能性がある。

そこは、冥界神の夢をも拾い集めるとされる闇の技術と、思念の世界でも存分に力を現せる彼らならではの能力が必要なのだ。


おまけに、カヤノのように小さな神力持ちとは違うオグマは、冥界でもそれなりに高い力を誇ったが、それでも質の違う神力の存在は、体の周りに何倍もの重力がかかっているように神力自体が押さえつけられている感覚があり、従来の能力が発揮できなかった。

彼も天上の神気が強く、冥界と相性が良い方ではない。

ただでさえ、いつも通りに力を使う事ができないのに、それを微妙に制御して炸裂させるなど…難しすぎて失敗するイメージしか浮かばないのである。

それでも元来が強力なので、こうして瘴気にも取り込まれる事なく、剣を振るえる。

これだけでも相当なものなのだが、彼には思うように力を使えない事がじれったかった。



「ハルリンド、伯爵、何してる?化け物はとっくにこっちに移動して来てるんだぜ?まだ、向こうの地帯で被害を受けた市民達の介助にかまけてんのかよ…。」



(つる)は依然、まばらに地面から這出してくるが、数は随分と減って大人しくなってきている。

だが、先程までの勢いを考えると、オグマにはそれが少々不気味に感じられた。

大人しくなってはきているのに、蔓はまるでオグマをバカにするみたいに『切り落とすと次』『切り落とすと次』という風に湧いて出てきてキリがないのだ。


オグマがこのままじゃ取り逃がす…と危機感を募らせていると、御者が馬車を走らせて危険地帯から大分遠ざかり、止まった所で中にいるカヤノに声をかけているのが神眼に見て取れた。



「よし、大分離れました。ここまで離れれば、ほぼ大丈夫ですよ、お嬢さん。」



遠ざかってた馬車の方に不意に目をやりながらオグマは呟く。



「三十木は、あそこまで離れれば大丈夫だよな?それにしても、この蔓ども…何だか俺を引き付けて遊んでいるみたいだ…。」



そう口から漏らした所でオグマはドキリとした!



()()()()()?』


この蔓の本体がどれほどの大きさなのか、蔓がどのくらい伸びるものなのか…オグマの方からは見えないのでわからない…。


蔓の数が少ないのは、切り落としたからじゃなくて、本体は既に離れた所に移動したまま、数本だけをダミーのようにこちらに伸ばしているだけなのでは?



 その時、瘴気で闇の生き物としての属性を強めた魔の食魂植物から遠ざかったカヤノの乗った馬車に、死者の町への看板の後ろに隠れていたであろう冥界市民の女性が、飛び出してきて近寄りドアを叩いた。



「助けて!向こうで変な蔓に家族が襲われているの!!」



カヤノは女性の切羽詰まって涙を浮かべた瞳と目が合った。

それを御者が視止めて声を掛ける。



「ちょっと叩かないで下さい!ご家族はどちらです?誰と誰が襲われているって?あちらの地帯には上級神が既に訪れている筈だ。俺が知る中でも、少なくとも伯爵もハルリンド様も…。」


「ダメよ!被害者の数が多すぎて、お貴族様には聞いてもらえないの。蔓はとても広範囲に及ぶ事ができるみたいで、家族はお貴族様達とは少し離れた所で襲われていて…彼ら言っても間に合わないわ。」



カヤノはそれを耳にして御者に声を掛けた。

声はまだ震えていて、ハッキリとしゃべれない自覚はあったが、臆病者だと思われても彼女の為に恥を忍んで口を開いたのだ。



「御者さん…お、お願い…私は、馬車で…待っているし…決して外には出ないから。行ってあげて?」


「いけません、カヤノお嬢さん。俺はハルリンド様からカヤノさんから絶対に離れるなと命令されているんです。こちらの彼女には上級冥界神を頼ってもらいます。それに俺が行っても役に立ちません。」



御者のきっぱりとした態度に赤茶色の長い髪をした女性は、馬車の中のカヤノに再び視線を合わせて懇願した。



「お願いします!助けて…。せめてここを開けて。やっとここまで逃げて来たの!また、あちらまで行って上級冥界神の方々に頼る力が残っていないの。」



そう言って、彼女は服の前にあてていた自分の両手をどけて見せた。



「ヒッ⁉」



思わず、カヤノの口から小さな悲鳴が漏れる。

見ると、蔓の太さほどの穴が心臓より下の位置で体を貫通して向こうの風景が見えているではないか。


冥界の住人であれば、姿形はあれど肉体ではないので、彼女に開いた風穴は魂に開けられた穴という事になる。

肉体のように出血多量を心配する必要はないが、無理をすればヒビが入って砕け散る可能性もあるし、魂のエナジーが流出してしまう。

早く、冥界の専門医に診せて魂の穴を修復してもらわねばならない。



カヤノはその事に気が動転して、馬車の鍵に手を掛けた。


『助けなければ』という考えしか浮かばなかった。


後先(あとさき)考えずに己を犠牲にしてまで癒そうとする…。

カヤノには自覚がないが、それが献身的な草花の精や農耕や野の神々に共通する行動パターンだった。

カヤノの気配を馬車の中から察知したのか、御者が焦って声を大にする。



「カヤノさん…お嬢さん、()()開けてはダメです!」



急いで馬車から飛び降り、御者がカヤノの開けようとしている扉に向かうが、時すでに遅し…。


カヤノはガチャリと扉を開けた。

御者が目を丸くして慌てるのと同時に、馬車の前の女性がカヤノに抱きつき、そのままカヤノを抱き上げた。

次の瞬間、彼女のロングスカートで隠されている足は、地面からみるみる伸びて行き、彼女の身の丈は10メートルを超えた。


その地上からかけ離れていく高さに、カヤノは抱き上げられたまま、悲鳴を漏らした。



「キャアァァァッ⁉」


「カヤノさん⁈キサマ…。」



御者は持っていた剣を(さや)から引き抜いた。

赤茶の髪の彼女のスカートの下から伸びている足は…足ではなくて、あのオグマが闘っていた赤黒い不気味な植物の太めの蔓である。


蔓が指人形を動かすように、その女性を動かしていたのだ。

蔓と一体化している女性は、もはや『人』ではなかった。

蔓と連動している女性は、カヤノを抱きあげながらしゃべった。



「アアアハハハ。冥界神もこの子も大した事ない…マヌケ!私の方がよっぽど現人神らしい力があったのに、ただの人間籍に入れって言われてオカシイよね?御者さん、その剣をしまわないと、この子の体を今すぐ私のお腹みたいな穴だらけにしちゃうよ?」



女性の強迫に御者は『ぐっ!』とくぐもった声を出して押し黙る。

彼の剣を持つ手が震えている。

それを見て、蔓と一体化した女性が笑った。



「アハハ、アアハハハ。この子に風穴開けたら、私と違って消滅しちゃうかもねー?弱ってるのかな?本当に現人神?神力少ない…でも、いい匂い。やっぱり神様の匂いもする。地上の匂い…美味しそう。」



カヤノは、女性がしゃべるのを一方的に聞く事しかできず、ただ茫然としていた。

御者の方は大いに慌てて首を振っている。



「ダ、ダメだぞ!食べちゃ。美味しそうだからって、絶対彼女を食べるなよ⁉」



化け物は思考できないと、先程ハルリンドは言っていたが、女性は受け答えをしている。



「食べないよ…まだね。私の闇が濃くなっちゃったから、()()神力持ちの間は食べたら食あたりをおこしそうだもの。だから…神力が消えたら食べようかな?力を抜いて、ただの人間になったらイケそう。」


「げっ⁉やっぱり喰う気じゃないか!ダメだっつってんだろ?神力なくなったら…って、彼女をどうするつもりだよ。降ろせ!!」


「アハ。連れて行く…冥界にずっといれば地上系の神力はつきる。時間がかかりそうなら、他の方法もあるし。人間なら私も食べれる。元・神様の人間の魂は美味しい筈だ。私の事も美味しいって肉食植物達、思ってるもの。」


「ぎゃーっ!言ってる事えぐい。連れて行っちゃダメェ、その子、返して。化け物のクセにやけに色々、詳しい…。」


「アハアハ、アアハハハ。化け物じゃないよぉ。私があなた達の探してるマッド・チルドレン。誰がマッド・チルドレンかわからなかったくせにぃ。」



何と、マッド・チルドレンが闇の化け物と一体化しているのか⁈

悪霊化させることはあっても、自ら化け物と一体化するとか…というか一体化できるものなのか?



怖くて声は出せなかったが、カヤノの目を見た女性には、考える事が大よそ予想できたのか…機嫌良さそうに言った。



「元々、私は冥界と相性が良かったの。一体化しても取り込まれないのは私の能力。ほんの少し、まだ神力が残っているから。化け物自体は瘴気を使って育てて来たので闇の一部に取り込まれ済みだよ?その化け物に私が体を提供して操ってあげてる。私とならあなた達とも会話ができて良いでしょ?」


「化け物と一体化?マッド・チルドレンはなぜそこまでして…。」



カヤノはようやく声を出す事ができた。



「そう。見た目は気持ち悪くなっちゃったけどね…私、強くなった。もっと一杯人間を食べて成長しよー。冥界は食料が一杯だから、しばらくいたい。上級現人神に負けないくらい。」


「そんな…いくらマッド・チルドレンだからって…人を食べるなんて。闇に取り込まれた化け物と交わるなんて…狂ってる。バカな事を考えないで!」



カヤノは震える声で叫んだ。


この状況に遠目の神眼で気付いたオグマが、蔓を大剣でなぎ倒しながら、こちらに駆けつけて来る。

この化け物と合体しているマッド・チルドレンは、御者と違い、オグマを相手にするのは分が悪いと判断したのだろう。

オグマが先程のハルリンドと同様、雲を呼び出して、もう少しで離れた場所から到達すると思われた瞬間、女性の足代わりに生えている蔓が、今度はぐんぐん縮んでいき、カヤノは急降下する感覚に背筋をヒヤリとさせた。


そして、女性の姿をくっつけた蔓は、カヤノを抱いたまま勢いよく地面を割って、地中へと引っ込んで姿を消してしまった。


雲から飛び降りたオグマは、あと一歩の所で間に合わず、大地に消えた蔓の通った穴に飛び降りるが、どこまでも続く空洞に神力をフル活用できない状態の自分が一人で行くのは、化け物の恰好の罠にはまりそうだと思えて途中で引き返し、御者に自分の雲を与えてハルリンドと伯爵を呼びに行かせた。


ものの五分で先程の瘴気が漂っていた地帯に到達した御者は、やはり住人たちを介抱していた伯爵夫妻に事態を報告すると、夫妻は目を丸くして、ハルリンドは即座に御者を伴ってオグマの所に戻って来た!


フォルテナ伯爵の方はまだ、そちらの領地の後始末と負傷者を医療チームに引き渡す手伝いをしつつ、一緒にそれらの活動をしていたその地の領主に、この最悪な現状を報告する役をしなければならなかった。


ハルリンドを見送った後、フォルテナ伯爵・アスターはゲッソリと青い顔で独り言を呟いた。



「おのれ、マッド・チルドレンめ…カヤノ君、どうか無事で。ああ、後でシルヴァスが怖いな…。」



アスターは、強風注意報をその場で予測し、傍にいる市民達に外出を控えるようにとアドバイスして回った。



 ☆   ☆   ☆




 カヤノが謎の変異型肉食植物と一体化した新種の力を披露するマッド・チルドレンに餌として連れて行かれたと知り、半狂乱になるハルリンドは、すぐさま冥界の人員を集めて、彼女本来の女騎士姿に転じ、率先して深く地面に掘り下げられている蔓の通った穴に潜り込んで、どこまでも続く道を追いかけた。


しかし、終点は蔓の本体が生息していたであろう大きなスペースがあるだけで、そこからは地上へのあちらこちらに繋がる穴への道がいくつも存在していたのである。

それは、化け物の蔓が穴を変えて、地上に出没した数だけ逃亡経路があるという事実を知らせるものだったが、複数ある為に穴へと繋がる道のどの方向にカヤノが連れ去られたのか確定するのが難しかった。


そのスペースからは、蔓だけが通れるような小さな穴が無数に存在しているのと同時に、本体ごと抜け出したであろう大きな穴が6か所もあり、そのどれかにカヤノの連れ去られたであろうことは確実なのだが…方向が特定できない。

まるで、こちらの動向を理解している化け物が、冥界神達を翻弄する為にわざと穴をいくつも開けて、楽しんでいるようだ。


ハルリンドは怒りを飲み込んで、一度深呼吸して目を閉じると…

『いずれにしろ、穴の開いた場所は化け物が出没しやすい場所だ!』

と、気持ちを切り替えて前向きに考えた。



それと併用して、御者は蔓の傀儡のようになっていたマッド・チルドレンの女性の特徴を話し、冥界の市民から特長を割り出して、次々にそれらしい女性の姿を水晶玉に映し出させて身元の確定を急いだ。


闇に取り込まれた化け物は、まともな思考ができないと考えられていた為、ハルリンドもオグマも当初、甘く見ていた。

だが、実際、化け物は駆けつけた上級冥界神達を前にすると、さっさと状況を見て退散を試み、逃亡過程に神力の弱った現人神(カヤノ)を見付けると、自身に取り込む為に良い獲物がいたとばかりに、狙いを定めたのだ。

いくらカヤノが人間に近かろうが、神力が少なかろうが、それを失ってただの人間の魂と化そうが、一度、神気を(まと)った事のある魂の味は、マッド・チルドレンからしたら、さぞ格別に違いない。


マッド・チルドレンは、自分達が神力を失った分、日夜、術や肉体改造などの技術開発に余念がなく、常に新たな進化を遂げている。

餌も然りだが、カヤノがその実験などに使われたりしたらどうしようと、その日のうちに凄まじい捜索を実現しているハルリンドは気が気ではない。

かつて、彼女はマッド・チルドレンにつかまっていたカヤノを助け出した張本人である。

せっかく助け出した筈の彼女が、またもや彼らに囚われるなんてありえなかった。



 オグマはというと、冥界神の元にいれば安全だと思っていた事で完全に裏をかかれた事に、しばらく己を()めて岩場にオデコを叩きつけていたが…そんな事をしている場合ではないと我に返り、逃亡の痕跡を辿る為、先程から地面に座り、瞑想をしていた。

精神を研ぎ澄ます為に瞑想状態に入る事で、天上の神である身内らの伝手を使って、協力を仰げないかと父神と交信をしているのだ。



「アイツらに頼るなんて死んでも嫌だと思っていたが…生徒の為じゃ、それも俺の落ち度もあるんだから、やれるだけの事はしないと。」



そう言うと、柄にもなく、あれやこれやと下手(したて)に出て父神に頼み込んでいるようだ。

地上からでも、天上界やヴァルハラにいる神々との交信は、何の媒体も使わずに行うとエネルギーが消耗されるのに…冥界からそれを行うには相当な神力が伴っている筈だった。

それでも難なくソレを行うオグマに元・生徒のハルリンドは、『やはり学園の先生達は只者ではない』と尊敬を強めていた。


オグマの交信により、とりあえず天上神で審議会が開かれ、カヤノを攫った化け物やそれに関わる者は、必ずしも捕獲せずに状況判断に任せ、誰が始末してもいいという許可が下りた。

しかし、まだ捜索の協力について結果が出てこないと、オグマは歯ぎしりをしている…。

地上に関わる事に、簡単に天の上の神々が手を下してはいけないという規約があるのが、ネックになっているらしい。



「天上界やヘブンの奴らは、しゃべり方一つでも牛みたいに(のろ)いんだよ…畜生。こうしている間に三十木の神力が消耗しないといいが…。」



ただでさえ、万年苦労性のオグマはいつになく頭を抱えていた。



 そんな時だった。


水鏡を使った交信依頼の信号が送られてくる。



「ハッ⁉これは…多分、三十木の保護者だ!夕食の時間までには連れて帰ると言ったのに、連絡をするどころじゃなかったから。」



恐らく、地上ではとっくに夜になっている時間だった。


冥界の何もない荒野での信号だったので、すぐに応答できず、気を辿って相手がシルヴァスだと言う事だけ感知すると、オグマは折り返し連絡を取る為に捜索隊の持っている水を分けてもらい、小さなカップから折り返し水鏡でシルヴァスにアクセスを返した。

冥界の荒野には魂を逆なでするような強風が吹き込む為、小さなカップの水面を砂嵐のように揺らした。



しかも岩場の影になっているので、このカップからではこちらの様子はうまく映らないだろう。

だが、声は少なくとも届く筈だ。

用件だけ済ませたら、早々、捜索と天上への交信に戻りたい…。



オグマはシルヴァスに一方的にしゃべって通信を切った。


とにかく、シルヴァスをここに呼び出せば、多少…いや、精霊様がこの事態を知れば、相当キレるであろうが…その分、即戦力になりそうだ。

全て説明するより、大変な事になっているとだけ告げた方が効率がいい。

細かい説明は、精霊様がこちらに着いてからだ。


風の精霊の事だ。

慌てて、飛んでくるに違いなかった。


禁忌を犯して…本当に文字通り、飛んでまでやって来るかどうかまでは全て説明していないので、わからないが…。

少なくとも、今日中に三十木カヤノの神力が尽きる事はないだろうし、捜索には間に合う筈だ。

化け物が彼女を本当に餌にするなら、神力が尽きた方が都合がいいのだから、今日中に食われる可能性はまず、ない。


カヤノの神力がなくなれば、抵抗や反発も少なくなり、何より魔に堕ちきった者は、あの魂を喰らう変異植物に限らず、地上より上の神気を嫌う。

そのくせ、その神気を(まと)う事のできた者の血肉や美しい魂が好きなのだ。



『ハイ?ちょっと待ってくれ…オグマ君、事の事態がつかめないよ…。』


シルヴァスの間の抜けた軽い声を思い出して、オグマは思う。



「先に、この事態を精霊様が知ったら、大嵐を連れてやって来るに違いない。冥界は大災害になり、しばらく地上の魂も迎え入れられなくなったりして…。」



明るいシルヴァスの声が谷間で唸りをあげる狂暴な風に変わる時、無差別大量殺神だって犯しかねない。


マッド・チルドレンだけを地獄に叩き落す程度の理性があってくれればいいが、気ままな風の精霊は怒らせれば炎の精霊以上に扱い難いのだ。

あちらはまだ単純だからいいのだが、風の方は爽やかなイメージからは想像しがたいほど、少々偏屈な所もある。


考えていくうちにオグマの顔色が変わって来た。

先程は三十木カヤノの捜索ばかりに気を取られていたが、シルヴァスが登場するなら冥界や周りの事も考えねばならない。



「俺は生徒しか見えなくなる傾向があるからな…。」



急にオグマは保護者の精霊様を急かした事に後悔を感じ始めた。



奴は普通の保護者ではなかった!…と。



「やっぱり風の精霊様の到着を待っている暇はない…。せめて、シルヴァス君がこっちに来る前に三十木の居場所だけでも特定しておかないと!!」



何が何でも特定しないと…血の雨が降るやもしれない。

その血が誰のものか…『ヘタすると俺のものかもしれないな』と、冥界行きに加担したオグマは溜息をつく。


 オグマはいつも、生徒の事で一杯一杯だった。

血の気の多い不穏な保護者に血祭りにあげられそうになるのはいつもの事だ。

龍の番などという生徒の場合、十中八九。保護者が旦那なので、ヘタくそ威嚇されて開き直ったものだ。

考えてみれば、ハルリンドの保護者も今は夫の伯爵様で…彼女が生徒時代には、保護者の中では一、二を争うガンだと思ったものだ。


今回もそうだが、保護者は厄介である。


保護者と常にやり合う…そんな生活を送っていれば、とてもとても自身の結婚どころか、彼女を作るにも程遠い。

相手によっては、現人神としての生命の保証が危ういのだから…。



オグマは自身の細かくてうるさい性格のせいで、女性との交際が続かないという考えには及ばなかった。

あくまで職業上、結婚が難しいのだと結論付けている。

己の事というのは、案外よくわからないものなのだ…。



「人間の教師は、現人神教師がこんなにも命懸けだって知らないだろうなぁ…アイツらも頑張ってるだろうが、俺の頑張りを見せてやりてぇ。きっと、拝みにやって来るぜ…多分。」



人間を装って、たまに人の学校でも出張で協力する事があるオグマは、その時に交流のあった人間教師の顔を思い浮かべる。

ここに来て、まさかの自画自賛を入れて来るオグマもオグマだが、確かに彼の働きを見れば、拝みに来るかもしれない。



 保護者さながらに取り乱すハルリンドを落ち着かせるオグマを見ながら、御者や冥界の捜索隊は地上の現人神も頼りになると感心していた。



「落ち着け、ハルリンド。俺の父神から連絡があった。冥界の瘴気が発生している地点を天から見て、教えてもらったんだ。」

(オグマの声)


「キィィィッ!馬車から出てはダメって言ったのに!!あああ、こんな事なら鋼鉄の檻付き馬車で外からしか鍵を開けられないようにすれば良かったわ!カヤノちゃんが無事に戻ったら、すぐに注文しておかないと…ブツブツブツetc.」

(ハルリンドの声)


「ダメだ、こりゃ。全く聞こえてないな。ハルリンドにしては珍しい取り乱しようだし…放っておくか。」

(オグマの声)


「おい、アレステル・オグマ!人の妻を放っておくとか失礼だぞ⁈ハル…それでは、カヤノ君が見世物か動物の輸送みたいだから、彼女を檻に入れて運ぶのはやめような?鋼鉄の外鍵だけにしよう。」

(いつの間にか合流を果たしたフォルテナ伯爵の声)


「おーい、伯爵様、地図貸してくれ。冥界のこの場所に空から見て瘴気が今、発生しているって言うから…あの化け物のデカい穴がどの付近にあったか確認してみようぜ。」

(オグマの声)


「貴様こそ、私の話が聞こえているのか⁉」

(フォルテナ伯爵の声)


「聞いてますよ。だが、多分もうすぐシルヴァス君が着ちゃうから急がないとだな…。」

(オグマの声)


「何ぃ⁈聞いてないぞ?地図を貸せ!!どこだ⁈急げ、シルヴァスが来る前に解決するぞおぉぉぉ。」

(フォルテナ伯爵の声)


「おいおい、それはいくら何でも無理だろ?何だ、急に張り切りだしたな…おい。伯爵様、アンタら親友なんでしょう?彼が着たら対応は宜しくお願いしますよ。」

(オグマの声)


「何を言っているんだ⁈保護者の対応は教師の役目!私は親友の為にもカヤノ君救出の為に尽力しなければならない…モニョモニョ。」

(フォルテナ伯爵の声)


「いやいや、そこは親友の心の支えになって付いていてやれよ。三十木カヤノの救出の方は、俺とハルリンドに任せて頂きたい。アイツも当校の卒業生だしな…伯爵様のお手は煩わせられない。」

(オグマの声)



 精霊到着に戦々恐々とする二人の会話は、地図を確認しながらエンドレスに続くのだった…。

次回、金曜日の更新予定です。

またアクセスして頂けると嬉しいです!

本日もありがとうございました。

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