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春の嵐と恋の風66

更新が遅れて申し訳ありません。

今日もシルヴァスは翻弄されてます。

動き回るようになっているんですね…彼は。サガ的にかな?

 シルヴァスは、カヤノが自分の元から去って冥界に行ってしまった日に、オグマと共に飲み明かした夢を見ていた。


夢の中のオグマは言った。



俺は、きちんと三十木の意思でシルヴァス君の元に行くと決めてもらいたい!

自分の心に正直になって甘える事に不安を抱いている暇などないようにしてやりたい!


オタクの望みだって、同じだろう?

俺と君の望みは一致している。


だからな…。


シルヴァス君、いいか?


その為にも彼女を少しぬるま湯から出してやれ。

今までのように痒い所に手が届く対応ばかりしてはダメだ。


そんな状況にいれば、三十木は不安を感じながらも不自由を感じず、逆に余裕ができれば、君にとって良からぬ事ばかり考えるぞ?


幸いな事にオタクは今までずっと、三十木を甘やかしてきたのだろう?

それに、俺が知っている限り…良い保護者をしてきたに違いない。

オタクは人の心理に敏感な細かい気配りのできる精霊様だ。


そんな相手が傍にいたなら、三十木は逆に君を求める必要もなくなる。

だが、逆に切羽詰まった状況で君が傍にいなくなったら?

三十木はきっとアウェイな冥界で不安にもなるだろうな。


余裕がなくなって初めて、今までその安定した暮らしを与えてくれていたオタクから、『離れなければ』…ではなく、『離れられない』『離れたくない』という事が気持ちが生まれたり、それがどういう事か気付くのではないかな?


そして、離れる必要もない…という考えに至る。


仮にその時点で君を信じられないとしても、彼女がそういう思考に傾き始めたのならば、素直に一緒にいられる為の努力をしようと思い始めるのではないか?


そう言う状態こそが健康的だと俺は思う。



「つまり、僕が傍にいる事が当たり前だから離れようとする。離れてみれば、やっぱり一緒にいたいとカヤノは反対の事を思い始めるって事かな?」


「まあ、今の状況なら…そう言う事だ。」


「でもさ、それなら一度、彼女はサルマンの所で世話になっててさ…僕から離れてたけど、ちっともそんな風にはなってなかったよー?」


「ああ、聞いた。アルバイト許可願いを前にサルマンと出しに来たからな。」


「アンタ…本当に学校内の事、何でも把握してんだね…。」


「仕事が生きがいだからな。」


「うわ…ワーキング中毒。」


「ほっとけ。サルマンの所にいた時は、三十木が自立の為に自信をつけ始めた事とオタク同様に、当時、怯えを感じさせない奴が付いていた事が大きい。それに一時的に離れるだけというのが前提で、期限も決まってるし、本気で家を出たわけじゃなかった。」



オグマは、それに対してこう続けた。



『今回はその時とは違い、既に自分が一人前になって、全ての庇護から離れなければならない状態である事を本人も自覚して、焦ってもいる。


早く将来の見通しを立てたいと切羽詰まって、思い切ってハルリンドを頼ろうと思ったのだろう。

背に腹は代えられないという奴だ。


とりあえずはビザの有効期限があるものの、滞在期間は自分自身に委ねられている。

場合によっては、冥界の住人になってしまうという選択肢もな…。

まあ、三十木は恐らく、それは選ばないだろうが。


なぜなら、ハルリンドの屋敷には三十木の苦手な彼女の夫である伯爵もいるし、そもそもが冥界と相性の悪い気質だ。


俺はオタクにとって都合のいい所に、三十木は逃げ込んでくれたと思うぞ?


貴族の暮らしも三十木には馴染む事ができない…。

どんなにハルリンドに憧れても、アイツはそこで暮らす事は不可能だ。

冥界に取り込まれてしまえば二度と地上には戻れない。

三十木は、冥界では一生を終えたくはない筈だ。


以上を含めて、今回の世話になっている先が冥界のハルリンドの所というのは大きい。』


と…。



「けどなぁ…一体どれくらい続くの?この状況。会えないのって辛いよねぇ。カヤノは違くても、僕は彼女がサルマンの家に行っちゃった時だって。すっごい寂しくて悲しかったんだから!」


「ハハハ。なぁに、すぐさ。」



言ってる事はわかる!

言ってることはわかるよー、オグマ君の言ってる事は!


でもさぁ、僕、もう限界なんだよね。。。

会いたいんだよね。


カヤノのおずおずした言い回しが聞きたいし…。

仕事が終わった後とか、休みの日とか、飲んで帰った日も…世話、焼かされたいの。

あの子に!



夢の中で、シルヴァスは吐息を漏らして、頷ききれずに体をくねらした。

実際には、今もカヤノは冥界に行ったきり、2ケ月は経つのに戻って来ない。

頭では、これが夢だとわかっているのだが、夢とは不思議で、さも、カヤノが冥界に行ってしまってばかりの日に戻ったようにシルヴァスは思案している。


『行ってしまったばかりでも…すぐに会いたいって思ってるのに。』


どこか現実を知っている脳の一部分が夢の中とは別に同時に思考をしている。


『2ケ月経っても音沙汰なし…。3カ月、経ったら、戻って来てくれるんだろうか?』



そんなシルヴァスに、夢の中のオグマが自信たっぷりに笑って言った。



「今、不用意にオタクが三十木を連れ帰ってしまっては、彼女は反発し余計にオタクから離れようとする。だから、まだ我慢しろ。俺だってハルリンドの所が()()()()()()から一石二鳥だと考えたんだ。」


「いやいやいや、冥界って厄介なんだよ。僕の眷属も精霊もいなくて、彼女に何かあっても完全精霊化しないと一瞬じゃ駆けつけられないし!自分の一存で肉体レベルの精霊化を果たしちゃうとセンターからお咎めを受けるんだよね。で、我慢て一体、僕はあとどのくらい我慢を…?」


「まあまあ、仮に何か起きても…。」


「何、呑気な事を…何か起きてからじゃ…。」




 その時。



「おはよう!起きて…起きなさーい。朝だよ。ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ。」



最初は優しい女性の声で起こしてくれて、最後に鳥のうるさいくらいのさえずりが連続して流れる…というシルヴァスの部屋の目覚まし時計のアラーム音が鳴った。



「ぐふぉ、うるさ!」



シルヴァスは、夢の中でオグマに何か言おうとした矢先、ぱっちりと目を開けた!


オグマのセリフも自分の言いたかった事も残念ながら最後の方が聞き取れなかった…。


スッキリしない寝覚めで、上半身だけ飛び起きると、シルヴァスは素早く自宅マンションのベッドの上の方で転がっている目覚まし時計に手を伸ばして止める。



「女性の声で優しく起こした後の鳥のさえずり…こう連続して聞こえてくるとうるささしか感じないな。僕が遊び過ぎた次の日に、寝坊した時のドア越しから聞こえてくるカヤノの少し生意気で可愛いモーニングコールが聞きたい…。」



設定のアラーム音に顔を歪めながら、ベッドから出たシルヴァスは早速洗面所で朝の支度を始めた。



 シルヴァスの家は朝からを騒々しかった。


今度は、早朝だというのに、洗面所の鏡が水鏡の要領で応答待ちの波紋が映っているのだ…。


水鏡を使う側は、特殊な道具や鏡でもない限り水面が必要だが、通信を受ける側に水鏡用の水面が近くに用意されていない場合、通信を望む方がアクセスをすると水面を代用できるものに波紋が映る。


今回、シルヴァスの場合は都合よく洗面台の鏡の前にいたので、それが水面に代用されたのである。



「もう誰だよ⁉非常識だな、こんな朝っぱらから!顔洗っている瞬間とかって…間が悪すぎ!水鏡での連絡じゃなくて電話にしてくんないかなぁー。カヤノが来てから、うちには電話機があるんだからさ。」



中っ腹のシルヴァスが水鏡に応答すると、波紋の先にアレステル・オグマの姿がぼんやり映った。

今朝、夢で見たばかりの顔に『またお前か』というようなシルヴァスのうんざりした表情が見て取れたのだろう。

更に、応答と同時に鏡越しに言っていたシルヴァスの文句が聞こえていたらしく、オグマも不機嫌な様子で、眉をひくつかせて嫌味を言った。



「非常識で悪かったな…早くオタクに知らせてやりたくて、できるだけ早く水鏡まで使ってアクセスしてやったのに。後でまた連絡し直そうか?」


「は?ちょい、待て!何を知らせるつもりだった⁉カヤノの事?通信を切るなよ。せっかく繋がっているんだから、連絡し直さなくていい!用件を言え。」



そこでオグマは溜息を一つ付いてから、気を取り直す演出をしてから口を開いた。



「今日、三十木が地上に帰る事になったんだがな…オタクの家に戻るそうだぞ?」


「えっ⁈」



オグマはカヤノが冥界から地上に戻る経緯を簡単に話した。

シルヴァスの方は、まさに今、彼女と会いたくて仕方がなくて、過去のオグマとの会話を夢にまで見て、『やっぱり冥界行きを容認するんじゃなかった』と後悔し始めていた頃だったので、オグマの言っている事が一瞬、信じられずに目を点にした。



「それで今、俺も冥界にいるんだが…悪いな。()()()で。冥界と現世では時間軸が違うからこっちは早朝じゃないんだ。今日は三十木を地上に戻す予定で、当分は俺の親戚夫婦に預からせようと考えていたのに、本人が急にオタクの家に戻ってもいいか聞いてくれって言い出してな…。」


「な、何言っているの⁈そんなの良いに決まっているじゃない!!ここはカヤノの家なんだから。」


「俺もそう言ったが、三十木がどうしても聞いて欲しいって言うから確認した。じゃあ、急になるが昼飯を冥界で食った後に帰すぞ?現世時間では、そうだな…夕食の時間には戻れるだろう。」


「ええっ!本当に⁉」


「ああ。良かったな…。あと、病院の方は、もう入院するほどじゃないと冥界医のお墨付きをもらっている。ハルリンドの方で現世の担当医にカルテを送っておくように頼んであるから。じゃ、宜しく。」



オグマはそれだけ言うと、水鏡の通信を一方的に切った。

カヤノの姿を映して欲しかったが、洗面台の鏡に映るのはオグマだけだった。



「気が利かないな。冥界からの通信だったなら、カヤノを出してくれれば良かったのに!」



それでもシルヴァスは、オグマが夜にカヤノを連れて帰って来てくれると考えると、彼に対して感謝の気持ちを抱いた。

嬉しくて、武者震いも出た。



 カヤノが冥界に行ってしまってから、既に二カ月以上が経っている。



長かった。

辛かった。

寂しかった。



クシティガルヴァスをつき合わせて連日飲み歩いた。

たまにオグマ君も巻き添えにした…。

おでん屋で帰らずに居座って、飲んで、管を巻いて、後日、嫌味をチクチクと言われた。



早く、カヤノに会いたい!



 シルヴァスは毎日カヤノの事を考え、クサクサと過ごしていたが、オグマとの約束を守っていた。

カヤノが冥界入りした日に深酒をして、時期が来るまでカヤノに自分からは会いに行かないという彼との契約を結んでしまったからだ。


だが、それももう終わりだ…。



シルヴァスは、朝からオグマとのカヤノの件についての寝覚めの悪い問答の夢を見ていたが、今はすこぶる機嫌が良かった。



とりあえず、オグマ君の話によるとカヤノが地上に戻って来るらしい!


どうやら彼女が冥界で消耗し始め、元々、今日には地上に戻る事を決定していたらしいが、オグマがいざ、迎えに行ってみると、何とカヤノが僕の元に帰ると言い出したというのだ!


嬉しい!!

これって、オグマ君が言ってた事の通りになっているって事かな⁉

そんなの、どうでもいいや!

帰って来てくれるなら、とにかく嬉しい!!



「このままずっと、僕の所に戻って来てくれるつもりなら万々歳だけど、そうでなくても地上にさえいてくれれば、どこに逃げ込んたって、その気になれば探し出せるからね。」



冥界のフォルテナ伯爵邸は、アスターとハルリンドが二重に結界を張っていて、シルヴァスが使いを放ったくらいでは、こちらからはカヤノの動向を探れない。

シルヴァス一人の力じゃ、遠い冥界の二人羽織で行っている夫婦神の結界は破れない。

彼女の様子が知りたければ、直接会いに行くより他はなかったのだが、オグマに止められていてかなわない。


けど、現世ならシルヴァスの眷属や使役する小妖精達が自由に動き回れる。


つまり、冥界にいる時のように、どこぞの冥界神に目を付けられないかいつも冷や冷やするような日々は少なくとも送らないで済むのだ。



 シルヴァスは意気揚々と洗面台の鏡の前で、久しぶりに鮮やかな笑顔を作った。



「そうと決まれば、買い物に行かなきゃ。夕食の時間にはカヤノの好きな物をいっぱいにして迎えよう。多めに作って、オグマ君も良ければ、夕飯を一緒に食べて行ってもらうか…?」



シルヴァスは早速、カヤノが戻った時の事を考えて計画を練った。

行動が早いのは風の精霊ならではだ。

朝から部屋中を掃除して歩くと、彼は真っ白いシャツに身を包み、スーツを着込んで仕事先に向かう。



「今日は、早退をもぎ取る為にバリバリ働くぞ!」



朝から気合の入るシルヴァスに相棒のクシティガルヴァスは、目の下にクマを作り、すっかりとやつれ果てた顔で目を瞠った。

やつれているのは、連日、カヤノのいない穴を埋めるお手伝いをこのありがた~い相棒様がしてくれている証である…。



「昨日まで、職場で魂の抜けてた男が…一体どうしたんだよ?」



相棒が首を(ひね)る間に、鼻歌交じりで仕事を熟すシルヴァスは、あっという間にデスク上の書類を片付けて、続いて他の課へ持って行く書類を自分の物と一緒についでに持って行ってやると仲間内から募ると、さっさと数人分の移動書類を届けに姿を消した。

コンピュータ内のデーターとして机上で送れる物もあるが、神の契約関連の書類などは、特殊な印が必要で現人神社会では、人間社会とは逆に全ての物をデジタルに置き換えるような事はしていない。


そうして、昨日までとは打って代わったシルヴァスの姿に、開いた口が塞がらないクシティガルヴァスが固まっている短時間で、シルヴァスは即座にフロアに戻って来て、逆に他部署から集めて来た書類を持ち返り、所定の班に配っていた。

更に戻った後、クシティガルヴァスの分の仕事まで終わらせると、前倒しで外回りに出かけてゆく…。


それに付き合わされたクシティガルヴァスは、あまりの移動速度の速さに目を回しそうになり、息切れをしている。

シルヴァスは、機嫌良い顔を崩さずに、相棒に首を捻って見せた。



「あっれー?クーガってば、体力ないなぁ。どしたの?この所、急激に老け込んだみたいだよ?」


「誰のせいだよ…お前…マジで今度は何があった?いや、いい。もう何も言うな…俺は何も聞かない…聞きたくない。というか、畜生。何で、お前はそんなに元気なんだ?俺は、静かな場所で癒されたい。」



今日が終わったら、『しばらく休暇を取って温泉にでも行こう』と、クシティガルヴァスは本気で心を決めた。



 ☆   ☆   ☆



 そして、夕方。


16時になったと同時にシルヴァスの仕事は明日の分に食い込むほどに…終わってしまっていた。



「他の現人神のサポートとヘルプまで熟したし、早退になっちゃうけど…僕、もう帰ってもいいよね?」



と、圧を掛けた笑顔を浮かべるシルヴァスに、実際、ヘルプを受けまくった周りは何も言わない。


一同が頷いた瞬間、シルヴァスは荷物を颯爽と纏めて『お疲れ様ー!お先ぃ。』と言いながら、まさに風のように姿を消した。


同フロアは呆気に包まれ、数秒して、皆自分の仕事に戻った。

それから更に数秒した沈黙の中で、お騒がせ男の隣に座る苦労人の相棒、クシティガルヴァスがおずおずと弱った声を出して言った。



「あのぉ、俺、急なんだけど、明日からしばらく、休暇申請を取っても良いかな?」



シーンと静まり返る職場のフロア内に誰しもが憐みに似たいたわりの視線を彼に向けた。

誰も、それについて異議を申し立てる者はいない。

近くに座っている後輩の男が、うるうるとした目をクシティガルヴァスに向けて、一言声を掛けた。



「ホントにお疲れ様っス。先輩…。」



一人がそう言うと、周りの同僚達も口々に声を上げていく。



「クーガさん、お疲れ様。」

「お疲れー。了解ー。勿の論です。」

「クーガ、ゆっくりして来て。」

「おつ!」



それはそれで、居たたまれなくなったクシティガルヴァスは、シルヴァスに続いて早々に帰宅するのだった…。



「休暇を取りたいのは明日からであって…俺、今日はまだ仕事、できるんだけどな。はぁ…まあいいや。おでんでも食って帰るか…。」



一人、統括センターから現世の出入り口の玄関フロントを通り抜け、呟くしがないスーツ姿の男は、背中を丸めて歩き去った。



 その頃、シルヴァスは…?



自宅近くのセレブ向けスーパーのタイムセールに奥様方と列をなして、参戦。

いくつか買い物を済ませて、早々に自宅マンションに到着。

服を着替えて、エプロンを装着。


いざ、戦闘態勢に入り、キッチンへと向かう。


時間にして、帰宅後わずか一時間。


18時きっかり!夕飯準備完了!!


茶髪のシルヴァスには、やや不似合いな料理の数々は、がんもどき含む煮物を大皿に盛りつけ、帰宅祝いなのか、今更、退院祝いなのか…『めでたい』の鯛の塩焼きと短時間で作れる炊きおこわの赤飯に出汁(だし)にこだわりまくったお吸い物。

それから、商店街で買ってきた串揚げ(串カツ)をテーブルに出してラップをかけ、タイムセールでゲットした刺身の盛り合わせをガラスの器に移し替えてから冷蔵庫へ。

デザート用に買ったリンゴで定番の兎さんを作り、塩水に浸した後、すぐ出せるようにタッパに入れて保存しておく。

求めに応じて、アイスクリームを出しても良いなぁと考えながら、冷蔵庫にいくつかの飲み物を冷やしておく。



 完全に主婦の仕事を熟す精霊様は、エプロンを外すと、ササッと鏡の前で御髪(おぐし)を整えて、今か今かと玄関チャイムが鳴るのを、ソファーに妙に姿勢よく腰掛けながら待っていた。



「そういや、入院するほどじゃなくなったって言ってたけど…カヤノの状況はどうなんだろ?まだ、僕の事も警戒して怖がってるのかな…?」



そうすると、帰って来たからって、感動の再会シーンを大袈裟に演じない方がいいだろう。

緊張してカヤノがまた、過呼吸になりでもしたら大変だ。



「まずはドアを開けて、距離を取って家に招き入れたら、遠巻きで控えめな笑顔を作って、良く戻って来てくれたねと声を掛けよう。その後は飲み物を勧めて…オグマ君も夕食に誘って、食事をしながら徐々に冥界での事を聞く…うん、この流れで行こう。あくまでも穏やかに…!」



色々とカヤノへの対応を考え、計算するシルヴァスがそれに飽きた頃、時計を覗くと19時が迫っている…。



「夕食の時間には戻れるって言ってたから…もうすぐかな?」



そう呟いて、シルヴァスはいつの間にか姿勢よく腰掛けていたソファーの上で身を崩しながら座り直してカヤノの帰宅を待ち続けた。



「チッチッチッチッチ。」



いつもは気にならない時計の秒を刻む音がやけに耳につき、時間だけが過ぎて行くのを感じる。

その代わり映えのしない音に苛立ちが募って行く。

いつの間にか、シルヴァスはソファーに横たわりながら、壁に掛かっている鳩時計を睨みつけた。

20時に短い太っちょの針が到達した瞬間…。



「カッコ、カッコ、カッコー。」



高い鳥の声に模した音と共に作り物のカッコウが飛び出してくる。

シルヴァスにはその鳴き声が、なぜだか『アッホゥ、アッホゥ(阿呆)』に聞こえて来て、苛立ち指数は上がって行く。

春を告げる縁起のいいカッコウが、今のシルヴァスには、白いだけの人を小バカにしたカラスに見えて他ならない…。

眉間にしわを作ったシルヴァスが、ソファーの上でウトウトし始めると、いつの間にか時間が過ぎてしまったようで、再びカッコウが時計から現れて、シルヴァスの耳を刺激する声で鳴き出した。



「カッコー、カッコー!」


「ああ、もう!!」



シルヴァスは横たわっていたソファーから飛び起きた。

そして、時間を確認し…当然の事、21時を過ぎた事に苛立ちを露わにした。



「どうなってんだ⁉オグマ君は夕飯時には戻れるような事言ってたよね?いくら何でも、遅すぎる!こんなに遅くなるのなら、水鏡で連絡すればいいのに!!」



ついに怒りを爆発させたシルヴァスが、イライラMAXに声を荒げて、クッションを壁に向かって勢いよく投げつけた。

しかし、同時に床に転がるクッションを見詰めて、シルヴァスは思考した。



「いや、待てよ。教師なんて職業の奴は大体、計画第一主義なんだから、時間にだって正確な場合が多い。それが言った時刻よりも結構、遅れているんだ…普通は連絡を寄こすよな?」



アレステル・オグマは、そう言った連絡を怠るようなタイプの男ではない。

むしろ細かい…男臭いわりにマメな対応が目立つ教師だったのではなかったか?

シルヴァスは急に嫌な予感がしてきた。



「もしも連絡しようにも、できない状況になってたりしたら?」



そう考えると、シルヴァスの怒りに膨れる赤い顔が急激にしぼみ、青くなり始めた。

シルヴァスは、急いでその辺に置いてあった器にキッチンの水道で水を張ると、オグマとの連絡を試みる為に水鏡でアクセスを行った。

すぐに応答が返ってこなかったが、程なくして折り返し反応が返される。

向こうの水面のせいか、周りの環境が良くないのか、水面は随分と乱れていてオグマの顔がハッキリと映らない。

けれど、声は難なくシルヴァスに届く。



「シルヴァス君?スマン、連絡できなかった…それどころじゃないんだ!今、三十木が大変なんだ!!下手すると、今日オタクの元に帰宅するどころか、地上にすら還せなくなる!!」


「ハイ?ちょっと、待ってくれ…オグマ君。事の事態がつかめないよ…ええと、あ、ちょっと⁉通信切らないで!説明しろ!!」


「そんな暇ねぇ!もういい!契約は反故にするから今すぐ来い!契約の代償は俺が払う!俺は三十木に一年間、会えなくたって構わないからな。」


「そんな急に来いって言われてもね…冥界行きには、急いだってパスポートやら、許可証やらあって…僕みたいにあちこち飛び歩く仕事してたって、早々に駆けつけられないんだよ⁈しかも、こんな時間じゃ統括センターの人員もろくにいないじゃん!」


「オタクは元・まんま精霊様だろ⁈その辺の現人神と違って、来ようと思えば電光石火だ!急げ。三十木を探してくれ。」


「何⁈探せって言われても…せめて、カヤノが心から強く呼んでくれるか、僕に会いたいって願ってくれないと…。」



強い思いには力がある。

カヤノは既に自分との縁で繋がっているので、彼女が強く念じるか呼んでくれれば精霊の力を持って、すぐに駆けつける事も不可能ではない。


そもそも神仏や精霊などは、人の祈りに反応する存在だ。

信仰が深かったり、縁の深い人間には、神仏と見えない糸で繋がっていて、そうでない人間に呼ばれた時より、簡単に迅速に駆けつける事ができるのだ。

一度、そうした縁で繋がった者に対しては、願われ、必要があれば瞬間移動するように一瞬で駆けつけられるショートカットが形成されているからだ。

カヤノとは長い間、縁を培っているし、『賭け』を持ち出した時の契約書の一端にも、それについて強める事を条件に入れたので、オグマが言うように電光石火で駆けつけられるのは事実だった。


だが、それには、カヤノの()()()()()が自分を強く呼ぶという絶対条件があるのだ。


呼ばれてもいないのに、既に他の神々(オグマや冥界神)が関わっている案件に、精霊の力を駆使する事などできない。


ただの精霊でいた時なら、気に入った相手を気ままに見に行くというのも可能だったが、今のシルヴァスは肉体持ちの上に『現人神』などという肩書を付与されているので、余計に身軽ではない。

人間らしすぎるわけでもないが、あまりにも人外らしくするのは規定に反する。

特例でもなければ、極めて精霊らしい事務手続きを吹っ飛ばした冥界への侵入は避けたい所だ。

後で、センターからどんなお咎めを受けるか、わかったもんじゃない。

ヘタをすると半永久的に期限なしで現世に縛り付けられかねない。

人手不足なんだから…その可能性は大いに高い。


人らしく生きてみるという経験も良いなと思い、退屈しのぎに現人神の役を引き受けたが、今のシルヴァスはカヤノを花嫁にして、早々に精霊界に帰還する事が望みなのだから、それだけはない!

勘弁である!



「簡単に言うなよ…今の僕は、人間で言う公務員みたいなもんなんだぞ?」


「俺だって、同じだ!だが、生徒の為なら火の中だって水の中だって、ツッコんでやる!」



オグマの吠えたような言葉と共に水鏡の通信が途切れた。

オグマの端でハッキリと映る事はなかったが、冥界は混沌として、どうやら何か大騒ぎの事件が起きているらしいのが見て取れる。


シルヴァスは、事態を把握するために一瞬、立ちすくんだが、とりあえず何とかして冥界に渡ろうと外へ飛び出し、家の鍵すら精霊の力で自動施錠して、夜の闇へと消え去った。



「何が起きているのかわからないけど…カヤノ、早く僕を呼んで…。」

本日もアクセスありがとうございました。

次回、金曜日に投稿予定です。

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