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春の嵐と恋の風58

アクセス、ありがとうございます。

本日は久々に『シルヴァスらしい』シルヴァスです。

 朝、目が覚めたら、すっかり頭痛が治まっていたので、カヤノは病院には行かなくても平気だと断ったが、心配症のシルヴァスは戸棚に置いてあった因幡大巳の薬を鞄に入れて、行く支度をしている。


そして、結局カヤノには有無を言わさず『とりあえず診察だけしてもらおう?』と彼女を連れ出すつもりだ。


カヤノは『それでは』と昨晩、風呂も入らずに眠ってしまったのを思い出して、家を出る前にシャワーを浴びる事にする。


そこで彼女は、何の気になしに浴室の鏡に自分の後姿を映して、過去の傷を眺めていた。



「これ…船の事故でできた傷だって聞いたけど…。どういう状況でできたのかしら?」



カヤノは疑問を抱いていた。

背中にくっきりと残る醜い傷跡は、ヤケド痕のケロイドでもなく、何か大きな物にぶつかったり刺さったりしたような傷ではないのだ…。

背面だから、意識して確認しなければ、しょっちゅう目につくわけでもないし、醜いとわかっている傷痕を毎日細かく見たいと思う筈もなく…あまり気に掛けなかったが、考えてみれば変だ。


このカヤノの背中に残る傷跡は、まるで獣の爪でひっかかれでもしたように、深く肉を抉ったような三本の筋がくっきりと入っていたのである。



「船の事故でというより、大型の肉食動物に襲われたみたい…。」



乗っていた船に動物も一緒に輸送でもされていたのだろうか?



「私がお父さんとお母さんと乗った船は…豪華客船だった筈で…確か、動物を輸送をするような船ではないと思うのだけど。誰かお客さんのペットが一緒に乗っていたとか?」



だとしても、自分は知らないが犬猫クラスの動物ならまだしも…こんな爪痕を残すような動物を乗せる事が、客船において、そう簡単にできるものなのだろうか?

しかもその動物に運悪く自分が襲われたというのだろうか?


疑問を色々と浮かべていると、またズキリと良くなった筈の頭が痛んだ。



「いつっ!」



思わず小さく声を出したカヤノの脳裏に、一瞬、謎の動物の姿が浮かび上がる。


羽の生えた狂暴そうな魔獣だ…。



思わず悪寒が走り、急速に体が震えだした。

『怖い…』無意識の中でもう一人の自分の声が聞こえて、カヤノは目を回したように、風呂場の洗い場で腰を抜かしたように倒れ込んだ。


それと同時に手に持っていたシャワーが床に落ちて大きな音が鳴った。


洗った体の石鹸の泡を落とそうと細部に湯をかけて流すつもりだったのに、風呂場の外にまで響く大きな音に、シルヴァスがすぐに駆けつけてドア越しに声を掛けて来る。



「どうしたの、カヤノ?大きな音がしたけど…何かあった?」



昨日から様子がおかしい事でカヤノに気を払っていたシルヴァスは心配そうに眉間にシワを寄せていた。


カヤノは、頭の中で不意に浮かび上がった魔獣の姿を想像し、今も青ざめて震えが出ているが、口を開いて何とか『大丈夫』だとドアの外のシルヴァスに言おうとした。

だが、うまく言葉が出てこない。


床に落ちたシャワーの出続ける音だけが、ジャアジャアと大気を伝って、その場に響き渡っている。

シルヴァスは眉間のシワを深めて、すぐに再びカヤノに声を掛けると、『失礼するよ!』と真面目な顔で思い切って風呂場のドアを開けた。


そこには、当然、裸で…自分の背を鏡に映して振り向いてそれを凝視しながら、洗い場の床にペタンと座り込んでいるカヤノが、青い顔で小さく体を震わせている姿があった。


シルヴァスは、颯爽とシャワーを止めて元の位置に備え付けると、脱衣所に置いてあるバスタオルを広げてカヤノをくるみ、いとも簡単に抱き上げた。


一糸まとわぬ姿に、恥ずかしいのと謎の恐怖で、カヤノは目に涙を滲ませて体を固くした。



「シィッ。そのまま暴れちゃダメだよ、カヤノ。とりあえずベッドに連れて行くから服を着よう。怖がらないで…?できるだけ何も見ないようにもするから、ごめんね。」



()()()()()見ないようにすると言っても、見えてしまうではないか!



ベッドに降ろされたカヤノは、ようやく震えていた唇の麻痺がマシになって来たのを感じ、口を開いた。



「シ、シルヴァス…。も、だいじょぶだから!服、自分で着替える…。」


「何言ってんの?倒れたか何かしたんじゃないの?青い顔して立ち上がれなくて…震えてたクセに!」



いつもの優しいシルヴァスの顔とは違う真剣な表情に強い口調。

カヤノは気圧(けお)されて、体を揺らしたが、それでも裸をこれ以上シルヴァスの前で晒したくなくて、包まれていたバスタオルをキュッと強く押さえて、イヤイヤと首を振って再び口を開く。



「平気…だから。少ししたら、普通に動けると思うから…。部屋に一人にして…。」



裸も傷もどちらも見られたくない!

カヤノの頭の中は、そんな気持ちでいっぱいだったが、シルヴァスは毅然とした態度でカヤノに接した。



「いい加減にしなさい!それまでそんな格好してたら、完全に風邪ひくだろ⁉」



更に強く叱られると、カヤノはついに涙を流した。



「ふえっ、シルヴァス…そんな、怖い顔して…怒んないでぇ。」


「怖い?ごめん…でも、怒るよ。君の体を冷やしたくない。暖房を入れたって、まだ寒い時期だよ?いつまでも、体を濡れたままにするのは良くない。具合悪そうなのにそんな格好でいさせられないよ。」


「だ、だって…恥ずかしいんだもの…自分で、本当にできるし…大丈夫だもの…。」


「何があったかは知らないけどさ、君、自分でできるって言ってもね…手先がまだ少し震えてるし、口もちゃんとしゃべれてないようだけど?」


「ゆっくりすれば…ちゃんと…で、できるもん。」



頑固なカヤノにシルヴァスは、おもむろに大きな溜息をついた。



「ハアァァァッ。君は何でそう、頑固なの?前からそうだったけど…ちゃんと僕に甘える事を君に覚えさせないといけないね。緊急事態に恥ずかしいとか、ワガママ言わないの!それどころじゃないんだよ?」



そう言いながら、シルヴァスはバスタオルを強く手に握って小さく震えるカヤノに背を向けると、彼女のタンスから衣服を適当に取り出した。


自分の下着を含む服一式を勝手に物色されて、カヤノは顔を赤くして一層、わなわなと震える。

その震えは、『恐怖と羞恥』の入り交じるモノではなく、完全なる『羞恥のみ』から来るモノへと変わった。



もう大丈夫だと言っても、シルヴァスは信じてくれない!



着替えは脱衣所に用意してあったのだが、再びそこまで取りに行くのは面倒だとばかりに、シルヴァスはタンスから適当に取り出した衣服を持って、カヤノの元に戻って来る。

彼がベッドの上のカヤノの横にその服を置いたので、自分で着る事を了承してくれたのかと、カヤノは羞恥に染まる顔をそっと上げてシルヴァスを見た。


シルヴァスは黙って、終始、面白くなさそうな顔をしていたが、次の瞬間、勢いよく彼女の手にしているバスタオルを剥ぎ取り、呆気に取られている彼女のまだ水滴の付いている場所を勢いよく拭き始めた。



「ヤ、ヤメテ!そんな犬か何かを拭くみたいに…。」



思わず、カヤノの口から声が漏れると、シルヴァスが微かに『フッ』と息を吐いて笑んだような気配がした。



「手早く拭かないと、嫌がられちゃうからね。フフ、犬みたいにか…。ねえ、じゃあ、どんな風に拭いて欲しい?もっとゆっくり丁寧に拭いてあげても、僕は全然良いんだけど?」



カヤノはまた首を激しく横に振った。



「ふ、拭かないでいい!もう、大丈夫!!もう、綺麗に拭けてるわ!シルヴァスが拭いたから…もう濡れてない…服は自分で…。」


「ほら、足入れて?」



カヤノの言葉を何も聞いていないのか、いつの間にかバスタオルを床に投げ捨てたシルヴァスは、彼女のショーツを手に持って、ベッドの下で床に膝をつき、子供に穿()かせるようにカヤノの足に入る部分を広げている。


それはまるで、お姫様に靴を履かせる下僕のような少しエロティックで色気のある体勢をしているのだが…何しろ、シルヴァスの手にしているのは…ショーツ…つまりはカヤノのパンツである。


この介護でもされているかのようなシチュエーションにカヤノは瞠目した。



そんな風に膝をつかれても、素直に足をだなんて…入れられないわよ!!



「無理!!」



さすがに普段小さな声のカヤノでも、いつにも増して大きな否定の言葉が、お腹の底から勢いづいて飛び出した。

それに、役目を終えたからと言って、床に投げ捨てられたバスタオルを見て、カヤノは咄嗟に思った。



何でバスタオルを投げ捨てるの⁈

拭き終わったら返してくれればいいじゃない!

そうすれば、前を隠せるのに!!

さっき、シルヴァスが強引にバスタオルを取り払った勢いで、ベッドの上にたたんであった掛け布団も床にごっぞり落ちちゃったし!

とにかく、体を隠せるものを何かちょうだいよ!!




頭の中では複数存在するカヤノの分身が、喧々囂々(けんけんごうごう)と威勢の良い言葉を放ち、グルグルと回っていたが、現実のカヤノはわなわなとするだけで、その後に続く言葉を何も言えないでいた。

シルヴァスは相変わらず、そのままの姿勢でカヤノのパンツを両手に持って、あざとく首を傾げながら待機している。

カヤノは、それでも何とか震える声で、自分の思いを最大限に簡潔に纏め、シルヴァスに言った。


今度はとても小さな、蚊の鳴くような声が出た。



「バスタオル…返して。」



言いたい事は多々あったが…凝縮した思いの(たけ)は、発してみれば本当に片言だった。

シルヴァスは先程(かし)げたのとは、逆方向に首をまた傾げた。



「何でー?もう役目を終えたし、濡れているから下に置いちゃったよ?もう床に投げ捨てたものなんて、汚いからそのまま洗濯に…。」



シルヴァスがそこまで言いかけた所でカヤノがクワッと口を開いた。



「いいから、ちょうだい!じゃないと、着ない。病院も行かない…ベッドから出ない。」


「もう、仕方ないなぁ~。じゃ、可愛く言って?ちゃんと、お願いしてよ。」



この所、カヤノの素直さと可愛さに翻弄されているシルヴァスだったが、久しぶりの形勢逆転に本来の彼らしさが発揮される。



「そんなの…そんな事どうでもいいから…バスタオルでも落とした掛布団でもいいから、貸して…。」



体を可能な限り縮めて、片手だけ『返して』とシルヴァスに強請るように差し出したカヤノに、彼がどこか面白がっているような気配が漂う。

あまりのショックからか、先程流れた涙も頬に痕を残して、すっかり乾いてきていたが、目からはまたもや涙が少しだけ滲み始めた。


可愛くお願いしろと言われて、どんな風に言えばいいのかわからないカヤノが、下唇を噛んだのを見た瞬間、シルヴァスは焦れたように立ち上がった。



「わかった、もういいよ。」



カヤノの震えが既に羞恥から来るものだけに切り替わっていると悟ったのか、シルヴァスは真面目で厳しい表情から、いつもの笑顔に戻っている。

だが、その目の奥には、いつもとも違う何か怪しい光があるように見えて、カヤノはギクリと息を呑んだ。


『滲む涙が(たま)らない!』とシルヴァスが喉を鳴らしたのに気付かなかったカヤノは、何が起きているのかわからずに呆然とシルヴァスの行動を見守った。

顔を少し動かした拍子にポロリとカヤノの片方の瞳からしずくが(こぼ)れる。

笑顔を浮かべた裏でシルヴァスは思っていた。



全く何だって、そんな美味しそうな顔をするんだろうな。

そんな風に涙を溜めるから、しばらくはずっと優しい所だけ見せるつもりだったのに…イジワルしたくなっちゃう。



シルヴァスが『もういい』と言ったのは、お願いしなくてもバスタオルや掛布団を取ってあげるから『いいよ』と言ったのではない。

もうカヤノを待たないという意味の『いい』だった。


立ち上がった彼は、素早く彼女の片方の足首に手をかけて持ち上げると、下着の足を入れる場所に反対側から迎え入れるべく手を通して彼女の足を握りながら開いているショーツの穴へと引っ張り入れて、あっという間にスポッと通してしまった。


カヤノは、たった今まで下唇を噛みしめていたにも拘らず、あんぐりと口を開けた。

かなりマヌケな表情だった…。


そんな彼女に構う事なく、シルヴァスは全裸のカヤノのもう一方の足も同じように取り、足を通した後に彼女を押し倒して、グッとパンツのゴムの部分を両手で持って上まで押し上げた。

あまりの恥ずかしさから、放心したカヤノの記憶は…因幡大巳のような施術などは一切行っていないのにも拘らず…飛んだ。


その要領でいつの間にか、強引に全ての服を着せられると、ようやくシルヴァスが床に落ちてしまった掛け布団を取ってベッドの足元に綺麗にたたんで置き直す。

それから、バスタオルの方は濡れていたので風呂場の洗濯機に放り込んでしまい、新しい物を再び脱衣所から持って来て、カヤノの前に満面の笑顔で差し出してきた。



「ハイ、バスタオル。さっきのじゃ、濡れちゃっててカヤノのベッドまで()みちゃうから、新しいのを持って来てあげたよ。」



カヤノが、どうしてバスタオルを取ってくれと言っていたかわかっていたクセに、シルヴァスは何も気付いてないように口角を上げた。

そんな意地悪だけど、天然にさえ見える存在感を見せたシルヴァスに、カヤノは何も言う気になれず、差し出されたバスタオルを震える手で受け取ると、それに顔を押し付けてベッドの上で臥せった。


シルヴァスはその姿が可愛くて、内心、吹き出すのを堪えながらカヤノに声を掛ける。



「それじゃあ、僕は病院に行く支度をしてからタクシーを呼んでくる。君がそんなじゃ、タクシーを呼んだ方がいいからね。その後でお風呂場で何があったか教えてもらうよ。それまでベッドで休んでいて。」



カヤノは、バスタオルにうずめた顔をベッドに押し付けて、シルヴァスに自分の表情が見えないようにうつ伏せになっていたが、彼が自分の部屋を出て行くなり、そっと顔を起こして独り言を呟いた。



「裸を見られちゃった…肌に残る醜い傷痕も。一人でできるって言ったのに…シルヴァスのバカ!それに恥ずかしい事もして…なのにサルマン先生にキスされた時みたいに、何で怖くなかったんだろう?」



シルヴァスには強引で恥ずかしい事をされたのに、全く怖くなかったかと言ったら、叱られた時は確かに怖かった筈なのに…それなのに、サルマンに強引なキスをされた時の『怖い』とは、全く異質だったのだ。


カヤノは疑問に思いながらも、今はそんな追及よりも、シルヴァスの強引さに対して頬を膨らませる事に専念した。

シルヴァスが『タクシーが来たよ』と自分を連れに来た時にその顔を披露すると、カヤノは彼が少しは動揺してくれるかと思いきや、大々的に笑われてしまった。



「な、なんで笑っているの⁈私、シルヴァスの強引さに怒ってるんだけど!」



相手の反応にギョッとして、膨らませた頬を元に戻したカヤノが問いただすと、目から涙を滲ませて笑うシルヴァスが謝った。



「ごめん、ごめん。怒ってるんだ?ひぃ、おかしい。でも、そんな顔向けられるとね…アハ。いきなり、にらめっこを挑まれているのかと思ったよ。もう、辛い…。ドアを開けた瞬間、その顔って…面白いんだからカヤノは…ブハハハ、参った。ツボに入った!」


「もう!そんなにもおかしな顔をしてないわよ。笑わせるつもりじゃないのに!!大袈裟だわ。いつまでも笑わないでってば。」



うう、悔しい。

少しは私が怒っているのだと彼にわからせたかったのに…。

結局、シルヴァスにお腹を抱えさせるだけになってしまったわ。

(カヤノ・心の声=自分への失望)



「いやいや、ごめんね。フフフ、今、タクシーに姿を消して、バルコニーまで来てもらってるんだ。待たせると運転手に悪いから行こう?」



ベッドの上で本気で憤慨するカヤノが可愛くて、おもちゃのように面白くて、シルヴァスは笑いが納まったと同時に、その余韻を腹に残しつつ、彼女の体を抱き上げた。



「ちょっと、シルヴァス!何で、抱き上げるの?」


「だって、風呂場の洗い場でお尻をついてペタンコしてたじゃない?また転びでもしたら大変だよ。カヤノにケガさせたくないからね。」


「そ、それは、もう大丈夫よ。それより、お尻をペタンコって…しっかり見てたみたいな言い方して、何か表現が嫌!」


「仕方ないじゃない。開けた瞬間、君の姿が飛び込んで来ちゃったのは…心配したんだしさ。でも、その後は、ちゃんと見ないようにしたよー。」


「シルヴァスのエッチ…。」


「ハイハイ、男は皆、エッチだよー。じゃないと子供できないしねー。子供は可愛いよー。つまり、エッチは正しいのです。」


「意味わからない!!変な理論ヤメテ。」



そんな調子でバルコニーの横で浮遊しているタクシーにシルヴァスはカヤノを乗せてから、玄関に彼女の靴を取りに行く。

タクシーに背を向けた瞬間、シルヴァスは思った。


『こんな気の置けない言い合いができるようになったのも、つい最近だな…』と。


シルヴァスは、自分とカヤノの距離が、彼女の記憶喪失を通じて更に縮まったのを感じていた。

そして、せっかく近くなった距離を手放しがたいという思いが、彼の心に何とも言えないモヤっとした感覚を落としていた。


カヤノの靴を手に取って、後からタクシーに乗り込むと、シルヴァスは後部座席の横に座っているカヤノの足元にそれを置いてやる。



「履かせてあげようか?」


「自分で履けます!」



即答するカヤノが急いで両足を自分の靴に突っこんだのを見て、シルヴァスは窓側に顔を向かせて『クッ』と笑いを堪えた。

カヤノは真っ赤な顔をして、憤慨するようにシルヴァス後頭部を小さく睨んだ。

相変わらず迎えに来たタクシーはいつもの運転手で、彼はバックミラー越しに客の姿を見止めると、溜息を短くついて声を掛けた。



「んじゃ、お客さん…車出しますよー。」



それから、車がいくらか進みだすと、(そむ)けてた顔を元に戻したシルヴァスがカヤノに聞いて来た。



「それでカヤノ…さっきはどうしたのかな?お風呂場で、気分が悪くなったの?」



カヤノは、シルヴァスの真面目になった顔をジッと見てから、たどたどしく口を開く。



「あの、あのね…シルヴァス。私の傷…船の事故にしては不思議な痕だなって思って見てたら、急に魔獣の姿が頭にチラついて…すごく怖くなってきて、持ってたシャワーを落としちゃったの。」



シルヴァスは片方の眉を上げた。

運転手は客の会話が聞こえているだろうに、そこはプライベートな話題だときちんと気遣っているらしく、何も聞こえないフリを装って運転に専念をしている。

そんな運転手を気に掛ける余裕もなく、カヤノは説明を続けた。



「魔獣がね…頭の中に映し出されたように見えて、怖くて…血の気が引いたみたいになって、頭を殴られたみたいに痛みが走って…腰が抜けたみたいになって、足に力が入らなくなっちゃったの…何でかわからないんだけど。」



いつの間にかカヤノの声が震え出している。

シルヴァスは、そっとカヤノの唇に人差し指をあてて、話しを止めた。



「うん、状況はわかった。もう話さなくていいから、考えないでいいよ。病院では今の事、僕から担当医に言ってあげるから、君は二度話さなくてもいい。少し、落ち着こうか。」



シルヴァスは慈悲深い天使のような柔らかい視線をカヤノに向けて、そっと彼女の肩を抱き寄せた。

彼の心臓の音が聞こえると、カヤノの微かな震えが急速に治まり、取り乱した気持ちが落ち着きを取り戻していく。


運転手は二人をそっと見守って、迅速に一番病院に近い現人神統括センターの出入り口の一つに、無言で車を走らせた。

こういう配慮と気転が利く所を気に入って、シルヴァスはこの運転手のタクシーを普段から利用していたのだが、それを本人に告げる事は今の所ない。


センター内の入り口に着くと、シルヴァスは彼女を車に乗った時と同じように抱き上げようとしたが、カヤノが『抱くなら車から出ない』とごねたので、仕方なくシルヴァスは彼女に捕まるようにと手を差し出して、エスコートをするだけにとどめた。


これには運転手も苦笑して、いつもの生ぬるい視線を送りながら、車を発進させて去って行った。


診察が終わったら、帰りはセンター内のタクシー乗り場で普通に客待ちをしているタクシーに乗って帰るのだと、シルヴァスはカヤノに説明をしながら、病院へと二人は足を進めた。


手を組む二人の姿をすれ違う現人神達は、微笑ましく見ていた。


フワフワした金髪交じりの茶髪のスラリとした綺麗な青年が、薄い黄土色のストレートの髪をした小さな可愛らしい少女と手を組んだ様子が色彩的にも和んでいて、並んで歩くとペアの人形のようにお似合いだったからだ。


誰が見ても穏やかそうな二人の組み合わせは、好感の持てる『可愛らしいカップル』に見えるのである。


もっとも、シルヴァスはカヤノが本当に穏やかなのに対して、『穏やかそう』に見えるだけなのだが…。

昨日は更新できずに、ご迷惑をお掛けしています。

この所、少々多忙で、次回は火曜日になるかもしれませんが、どうぞ宜しくお願い致します。

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