春の嵐と恋の風57
本日も深夜の更新になってしまいました。
雲行きが怪しい感じに進んでおります。
急いで、家に逃げ帰るように学校を後にしたカヤノは、しばらくドキドキしながら、自室のベッドの上で震えていた。
サルマンにも好かれていたのかと思うと、嬉しい気持ちと戸惑う気持ちの反面…唇を塞がれた瞬間、頭の中に何かの映像がかすめたのだ。
それは、顔が青かったり赤かったり、鱗や牙や角の生えた…神々しいとは真逆の…人外の大きな体を持った男達の映像だった。
中には、恐らく人間であろう男性の冷たい顔や、その男が近付いて来る時の嫌悪感と恐怖…そう言った感覚が沸き上がり、サルマンに重なってしまった。
「何だったのだろう?この頭の中の映像…もしかして…記憶?」
カヤノは少し青ざめながらも頭を抑えた。
さっきから頭痛がするのだ。
「気持ちが悪い…。」
カヤノはそのままベッドに横になった。
シルヴァスに請われて頬にキスをする時も、逆に彼にされた時もこんな風に感じた事はなかったのに…。
「サルマン先生が急に男性のような口調になったから?」
カヤノはサルマンを男性だと強く意識した途端に、得も言われぬ恐怖心が沸き起こるのを感じ、つい急いで逃げかえるようにその場を走り去ってしまったのだ。
「今日は、全然勉強ができなかったわ。」
そういうものの、頭痛が酷くなってきて、カヤノは密かに目を閉じた。
いつの間にか、カヤノは閉じた瞳の奥で、眠りの世界に墜ちて行った。
そして、闇の中…彼女は悪夢を見ていた。
知らない生活居住空間で少女達と共に暮らす自分。
なぜか自分は部屋の隅にいて、何かに怯えていた。
それから、急に場面が切り替わって、サメに食べられそうになる。
そこで、悲鳴を上げたと思った瞬間に目が覚めた。
ハアハアと息を切らすカヤノは、汗をたっぷりと掻いており、心臓の音が全力疾走をしているように駆け足で脈打っていた。
悲鳴を上げようとした所で目が覚めたのだと思っていたが、実際にカヤノは少し悲鳴を上げてしまったのだろう。
パタパタと廊下をスリッパで歩く音が聞こえてきて、部屋のドアに『トントン』とノックの音が響いた。
続いて、シルヴァスの呼び掛ける声がした。
「カヤノ、どうしたの?悲鳴みたいな声が聞こえたけど…何かあった?」
胸の鼓動が相変わらず鳴り響いていて、呂律が回らず、すぐにカヤノは返答できずに胸を片手で押さえた。
窓の外に目をやると、いつの間にか、すっかり暗くなっている。
街の明かりの反射と月明かりだけが部屋を照らしていて、カヤノは夜目が利く方ではないが、何とか室内で物を見る事ができた。
ぎこちなく首を動かして、部屋の電気の方向を何となく見るが、体がすぐに機能しなさそうで、ベッドの上に付属しているライトに手をやろうと思ったが、手を伸ばすという作業すら、思い切りがつかずにベッドの上で上半身を起こしてから、座ったままボーッとしていた。
すると、ドアの外で返事を待っているシルヴァスがしびれを切らしたように再び声を掛けて来た。
「眠っていたのかな?とにかく帰って来ていたのなら、返事をして欲しい。ドアを開けてもいい?」
何とか、声を出そうとして口を開くが、カヤノは過呼吸気味になっていた。
シルヴァスは、今度はカヤノに返答を求めず声を掛けた。
「ごめんね。無作法だとは思うけど、心配だから開けるよ?」
そう言ってから、もう一度ノックを繰り返して『カチャリ』と音をさせてから、ゆっくりとドアを開いて行く。
暗闇の中にベッドの上で腰掛けるカヤノのシルエットを瞳に映し、シルヴァスは何やら様子がおかしいと電気のスイッチを入れた。
「眩しいだろうけど、我慢して。電気をつけるよ?」
ピカッと2、3回の点滅してから、明かりがつくのを待ち、シルヴァスはカヤノの方に近寄った。
「どうしたんだい⁈汗びっしょりじゃないか?」
すぐにカヤノが尋常でない事に気付いて、シルヴァスは彼女の高さまで膝をついて視線を合わせた。
カヤノは一瞬驚いたように体を揺らしたが、不思議とシルヴァスが近寄っても嫌ではなかった。
シルヴァスの方は、急いでバスルームからタオルを持って来て彼女の首や顔の汗を拭き取りながら彼女が過呼吸を繰り返している事に気付き、発作時の為に過去に用意してあった酸素マスクを彼女の口にあてる。
「カヤノ、さあ、息を大きく吸って大きく吐いて?いい?そう上手だね。ああ、良かった。落ち着いて来たね。救急車を呼ぼうかと思ったけど、大丈夫そうだ。」
スーハ―スーハ―と繰り返すカヤノの背に手を当てて、シルヴァスは彼女を子供のように褒めた。
カヤノも次第に落ち着きを取り戻して、呼吸が落ち着いてきたが、依然、顔面は蒼白のまま涙を浮かべた。
重そうな口を開こうと、何度も口を動かそうとしているのが見て取れて、シルヴァスは彼女に無理をさせないようにする為、自分の方が先に口を開いた。
「急いでしゃべらなくていいよ。僕、今さっき仕事から戻ったばかりなんだ。靴があったから、もしかしたら、カヤノが帰って来ていると思っていたけど、室内も暗いし…寝てるのかもと思って、起こすのも可哀想だから夕飯の準備をしてたんだよ。」
それからシルヴァスは、再びタオルでカヤノの顔に優しく触れるように撫でて言った。
その優しい触れ方にカヤノの瞳からは余計に涙が零れ落ちる。
シルヴァスは、それも含めてタオルで拭って行く。
「一応、帰って来た時もノックをしたんだよ?でも返事がなかったから…それで寝てるんだと思ったんだ。起こした方が良かったかな?すごく怯えたように見えるけど…もしかして怖い夢でも見てた?」
図星をつかれたカヤノはシルヴァスの顔を見た。
そして、少しだけ落ち着き始めた事で動かせるようになった口をゆっくりと開く。
「うん…夢…見てたの。頭が痛くて…いつの間にか、寝ちゃって…。」
シルヴァスは首を傾げた。
「こんなに怯えて…最近こんな風に君が悪夢を見る事はなかったみたいだけど。それにこんなに寝入っちゃうなんて珍しいね?今日は早く家に帰って来てたのかな?頭が痛いって言うのも心配だ…。」
シルヴァスは口早にそう言い募ると、すぐに体温計を持って彼女の熱を測った。
まるで母親のような行動にカヤノは、また少しだけ安心感を覚えた。
「念の為だけど、体温を計ろうね?ん?熱はないみたい…風邪でも引いたのかと心配したんだけど、頭が痛いって言うのはどうしてだろうな?今からじゃ、病院もやっていないし…明日…。」
シルヴァスがしゃべっている所、カヤノがまた口を開く。
今度は先程より、ハッキリと話ができた。
「風邪じゃないと思う…。学校から帰って来て、頭が痛くて、そのまま眠ってしまったけど。今日はその…宿題もなくて。」
「え?もしかして、学校で何かあった?」
「何かあったってわけじゃ…多分、夢が怖かったから、余計酷くなったんだと思う。」
「そんなに怖い夢を見たの?」
「うん…何か、知らない場所で女の子達と暮らしていてね…最後は場面が切り替わってサメが私を食べようとして怖くて、叫んだの。」
「サメ?」
シルヴァスはギクリとした。
サメと聞いて、カヤノが深層心理でサメの魔神を思い出したのではないかと直感したのだ。
険しく眉を顰め、顎に手を当てて考えるシルヴァスに、カヤノはまた不安に揺れている瞳を縋るように向けた。
シルヴァスはカヤノの視線に気付き、すぐに笑顔を顔に作り、フワリと彼女を包むように軽く抱きしめた。
「ごめんごめん。そんな心配そうな顔をしないで。何があっても、僕は君を守るから安心してよ。そんな夢はすぐに忘れてしまおうね。頭が痛いなら、まだベッドで横になっていた方がいい。」
「うん。あの…でも、喉が渇いたから。」
「じゃあ、飲み物を持って来てあげる。食事も一応、消化の良いものを作るから、できたら部屋まで持って来るよ。今日は無理しないで…明日一番に病院に連れて行ってあげる。」
「でも、それじゃあ、シルヴァスは明日、仕事だってあるのに…病院なら一人で行けるわ。」
「大丈夫。一日くらい何とかなるよ。無理だったら、病院から帰って来た後、緊急を要するものだけ終わらせて来るから。そんな事より、具合の悪い君を一人で外に出す方が心配で仕事が手につかなくなる。」
「シルヴァス、でも…心配させて…迷惑かけて、ごめんなさい。」
項垂れるカヤノの髪を優しくなでながら、シルヴァスは不思議そうに言った。
「迷惑なわけないでしょ?僕が勝手に心配してるだけだし…気にしないで欲しいな。君の面倒を看れるのは嬉しいし。それにカヤノ…こういう時はごめんじゃなくて、ありがとうって言うんだよ?」
「ありがとう?」
「そう。そう言ってもらえると、迷惑どころか嬉しい!大好きなカヤノに感謝されたい。」
自分のお世話をして感謝されたいと、子供のように無邪気にしゃべるシルヴァスに、カヤノはホッとして、肩の力が抜けたような感じがした。
どうやら、シルヴァスはカヤノを安心させる不思議な力を持っているらしい。
「それなら、甘えてもいい?」
「うん!勿論。甘えて欲しい!!」
大人で年上な筈なのに、屈託なくどこか可愛さや子供っぽい言動が目立つシルヴァスに、カヤノは弱々しくも微笑んだ。
「シルヴァス…あのね。」
「なあに?」
「ありがとう…。」
「フフ。どういたしまして。」
「大好き。」
そう言うと、カヤノは目線を会わせる為にかがんでくれているシルヴァスの頬に軽いキスをした。
シルヴァスは、薄っすら頬を染めて、照れたように窓の方を見ると、頭を掻いた素振りをしてから、小さな声でカヤノに言った。
「そんなの…僕もだよ。」
それから部屋を出たシルヴァスは、すぐにカヤノに飲み物を持って来てから、食事を作るとキッチンの方へ行った。
それから、タイミングよく電話が鳴った。
シルヴァスは、カヤノを引き取ってから家に電話を引いた。
彼女が学校に通うにあたって、学校連絡やカヤノ本人に家に電話を入れさせたり、とにかく彼女の事を考えて用意したのだ。
だから、家の電話を使うのは主にカヤノで、シルヴァスが使う時もほぼカヤノがらみの事ばかりだ。
そのくらいの用途しかないので、普段は滅多に電話が鳴る事もない。
シルヴァス自身は用があれば、風の精霊の特性を生かして、行ってしまった方が早いし、連絡するにしろ、ほとんどの交友関係が神様関係もしくは、精霊仲間や妖精達なので、連絡方法も鳥を使ったり、大気の妖精に頼んだりの方が一般的だった。
だから、この電話も恐らくカヤノがらみだろうと思い、受話器を取ると…案の定。
電話の主はサルマン・キュベルであり、カヤノの担任であった。
「もしもし…サルマン?今日、カヤノの様子がおかしいんだけど…お前から電話がかかってくるなんてさ。学校で何かあったの?」
「どうもこんばんは。卑怯な保護者様。アナタ、確か、過去にカヤノと僕はそんな関係じゃないって言ってらしたと思うのだけど…。」
「何言い出すのかと思えば…その時はそうだっただけだろ?恋は突然、落ちるモノだって相場が決まってるんだから、何ら不思議じゃない。」
「そう…そうよね。誰かを好きになるのに理由なんかない。愛してはいけない相手に関心を持つような事だって、誰にでも起こり得る事だわ。」
「別に僕は…彼女が卒業した段階で一人の求愛する男にエントリーできる立場なんだ。愛してはいけない相手にどうこうしているわけじゃないんだけど。君に何か言われる義理はないよね?」
「フン!じゃあ、俺もアンタにどうこう言われる義理はないよな?」
「おや、急に口調が男に戻った…。僕の知っている過去の後輩君だ。で、君は何が言いたいの?」
シルヴァスは調子の良い言葉のアクセントとは裏腹に、電話口では無表情だ。
それはサルマンから見えているわけではないが、口調とは違い、相手が穏やかではないという雰囲気は感じ取っているだろう。
声色もセリフの中にどこか無機質さがある。
だが、サルマンも負けじと怯む事なく、押し殺した闘志を感じさせるような低い声で宣言をした。
「俺も卒業させた後なら、一人の男としてもアプローチできる立場になる。永久に担任である事に変わりはないがな。でも、卒業前にカヤノにモーションかけ始めてるアンタの行動が許されるのなら、俺も多少彼女にそれらしい事をしたっていい筈だ。恋は突然、落ちるものなんだから!」
「は?何言ってんだ?担任が在学中に多少でもそれらしい事をするのはダメだろうが?」
「それを言うなら、保護者が養い子の保護者引き受け期間中に、手を出したらマズいだろう?」
「あのね…手は、まだ出してないから。」
「嘘を言うな!先輩…俺は聞いたぞ?カヤノと恋人関係で、卒業後は結婚するかもしれないと!」
「あー、カヤノ、君に言っちゃったのかぁ…。教師の君を信頼してる証拠だねぇ。腹立つなぁ~。君なんて信頼できないのに。でも、手は出してない。本当。頂きたいけど頂いてないよ。」
「おい、頂いてたら…犯罪だ。成人してても卒業前なら、保護者の任が残っているからな。そういう意味じゃない!カヤノにアンタが恋人認識させてる事自体、アウトだっつーの!」
「面倒だなぁ…サルマン。わかってるクセに。僕の相棒いわく、現人神男神が養い子に手元にいる間から粉かけるのは、暗黙の了解だ。本人が応えてくれなければ終わりだけど、思いを伝えるのは自由だよ。」
シルヴァスは前にクシティガルヴァスに言われた事を引用した。
それを聞いて、サルマンが鼻で笑う。
「フン、その理論なら、俺だって教師でも彼女に思いを伝えるだけなら自由だよな?」
「いや、お前はお呼びでないからやめとけ。カヤノは諦めろ。僕のだから。」
似たり寄ったりの二人だが、相手の事は見えても、お互い自分の事は見えないものである。
サルマンに至っては、そっちがその気ならこっちも同じように勝手に致すという思いがあった。
だが、先程のカヤノの反応が心配になって、こうして連絡をしてもいる。
恋情と共に、サルマンには教師としての心配や思いがあるのも事実なのだ。
(シルヴァスの方はとうに保護者としての気持ちは持ち合わせてはいなかったが。)
「アンタなんかに言う義理はないんだけど…カヤノが心配だから言う。俺は今日、カヤノに告白をした。アンタにまた騙されているのがわかって、カッとしたのが理由だ。」
「ほえっ⁉」
シルヴァスの口から変な声が漏れた。
その様子をまた鼻で笑いつつ、サルマンは今日あった事をシルヴァスに告げ、最後の方は少々心配そうな声を出し、姿は見えないが電話越しに悲壮感が漂っている姿を感じさせた。
「だから、反省もしてるの。カヤノの様子はどうかしら?明日、学校に来なかったら、オグマ先生とお宅に訪問する予定だったんだけど…。」
サルマンの口調はオネェに戻った。
男になったり、女になったり、全く忙しい事だ。
シルヴァスは目を果てしなく線に近付けて、相手に見えるわけでもないのに、吐き気を催すをしたようなジェスチャーをした。
「お前、何してくれてんだよ。明日はカヤノが心配だから病院に連れて行く事になったんだぞ?今も頭痛がしたとか悪夢を見たとかで大変だったんだ。謝罪とかいらないから、明日は来るな。」
「それじゃ、カヤノが心配だろーが。病院に行くって言うなら、俺も付きそう。俺のせいだって言うのなら、俺が連れて行くからアンタは仕事に行ってくれて構わない。」
「図々しい!僕が構うんだよ!!畜生。学園長に密告してやろうか?とにかく、明日は来なくていい!」
「カヤノの状態が気になるからイヤヨ。」
「わかった…明日の夜、電話で病院での結果を連絡するから、とりあえず明日は来るな。告白されたばかりの男なんかいたら、カヤノが興奮するかもしれないし…少し彼女を落ち着かせてやって欲しい。」
学園長に密告した所で、万が一教師を首になったら、サルマンは余計に自由になってカヤノに猛烈に迫って来る可能性がある…。
シルヴァスは、そのように考え直し、攻める姿勢から相手にフェアさを感じさせた方が良いと、『電話での連絡』という形で納得させる方向に切り替えた。
「連絡してくれるなら…明日は…わかったわ。でも、学校にはちゃんと来させてね。明日はお休みでもいいけど…。」
「ああ。学校の件は、明日の結果によるから、それも含めて連絡を待ってくれ。」
サルマンは、病院での内容を連絡すると言った事でシルヴァスの思惑通り、納得して引き下がった。
自分に非があるので、それに関しては大人しく納得するのが筋だと思ったのだろう。
しかし、会話の途中でシルヴァスが言った事が気になったサルマンは、電話を切る前にシルヴァスに聞いた。
「それにしても、シルヴァスさん、アタシの恋情をどうこう言わないとおっしゃったけど…アタシがカヤノにアプローチしても良いって事かしら?随分と余裕ね。」
シルヴァスは意地悪そうに片方の口角を上げた。
当然、サルマンには見えないが、そうした雰囲気は伝わったらしくサルマンは低い声を出した。
「後で、後悔するなよ?先輩。」
「アハハ。しないさ…カヤノは僕の事が好きなんだから、君が横恋慕したって変わらない。問題はあの子の心の持ちようだけ。今のままでいれば、君以外はハッピーエンドになるのになぁ。」
「嘘おっしゃい。アタシには、精霊に騙されていく可愛い生徒が、自分は幸せだと錯覚させられて、良いようにされる未来しか見えないわよ!せっかく一人前にしたんだから、少しは現人神らしく仕事の一つも経験させてやりたいとか思わないわけ?」
「僕は現人神らしくなんて意味、わからないもの。何者であろうとカヤノはカヤノだ。現人神だからとか関係ない…それにあの子、ぶっちゃけ人間だよね?神力がいくらか備わっただけの。僕にはそういう風にしか見えない。」
「それを一応現人神認定させる所まで来たのよ…苦労してね。何もかも、おじゃんにしないでヨ。」
「関係ないよ。向いてない仕事をするより経験なんていらないから、いつも幸せに笑っていて欲しい。庇護して、愛して、甘えさせて、蕩けさせて、僕なしではいられないようにして…僕だけが彼女を泣かせたい。そうしようと思っているのに現人神らしくなる意味なんてないよね?」
「やっぱり、アンタはオカシイと思うわ。例え、アタシが彼女に選ばれなくても、アンタと一緒になるのだけは認めたくない…。」
「邪魔をするならしてみろよ。君こそ自分の間違いに気付く事になるだろうな。フフ…いつも教科書通りが正しいと思ったら大間違いだからね。さて、切るよ。カヤノに食事の用意をしないと。」
サルマンの電話を切ったと同時に、シルヴァスはまた電話をかけた。
今度は、因幡大巳にである。
シルヴァスは現在の状況を医師に話して、明日病院に行く事を告げた。
状況によっては、例の薬をカヤノに服用させて、記憶操作による再施術の方向を検討する事にしたのである。
その事を病院の担当医に因幡大巳の方から告げ、施術のアドバイスをするように促す。
「ええ?シルヴァス君…カヤノたんが記憶を取り戻してもいいの?」
「その方が、カヤノの体に負担がかからないなら、そうする。それに薬を服用後、施術でうまい具合にいらない記憶だけ消すように操作すれば、どっち道、全ての記憶を取り戻す瞬間は一瞬だけだろう?」
「それは…そうですね。薬を服用して記憶を取り戻しても、催眠状態に入っているので、その事で取り乱す事はないでしょう。そのまま、二度目の記憶操作に入れば、終わった後は問題ない筈です。成功していれば…。」
「失敗の場合は?」
「わかりませんが、部分的に記憶が消しきれない所が出てくると、カヤノたんの態度が変わる可能性があります。」
「そうか…まあ、とにかく、明日は病院に連れて行く。それで一番カヤノにとっていい形にしたいと思う。」
「随分と思い切りがいいんだね…シルヴァス君は。」
因幡大巳はシルヴァスのカヤノ第一主義と献身に舌を巻き、自分にはこの男に適わないと完全な敗北を認めたが、それと同時にシルヴァスの潔さに不気味さも覚えた。
敏感な蛇の勘という奴だろうか。
「そうかな?僕はいつだって、カヤノに一番の事を考えているだけだけど?」
そう言ってにこやかに答えたシルヴァスが二度目の通話を終えて、受話器を置くと、今度はカヤノの為にようやく食事を作りに取り掛かる。
その頃、カヤノはシルヴァスの持って行った温かいハーブティを飲んだ後、夢見の悪さで疲れたのか、再びウトウトしていた。
睡眠を誘うハーブのお茶の効果なのかもしれない。
シルヴァスの淹れたハーブティーの香りは心地が良く、カヤノの頭痛も薄らいだ。
カヤノが目を閉じて落ちていく世界は、今度は生温かくて安らかなものだった。
彼女は再び夢を見ていた。
今度は、どこか美しい世界で妖精達に囲まれて、シルヴァスが自分に手を差し出して笑っている夢だった。
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毎度ですが、次回もまたアクセスして頂ければありがたいです。
本日もありがとうございました。




