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春の嵐と恋の風㊿

おはようございます。

新キャラの上司が登場。

クーガとシルヴァスのツーショットです。

 カヤノの両親と暮らした家が跡形もなく、この世から姿を消しているのを確認した事で、数年の時を経て初めて両親との別れについて、涙する事ができたカヤノ。



シルヴァスは、彼女の将来への不安につけ込んでいると自覚しながらも、初めて聞くカヤノの『一人にしないで』『寂しいのはイヤ』『自分を見て欲しい』という本心に、もっと彼女を依存させようと、この所反対に押され気味だった闘志を(みなぎ)らせて…相好を崩した。


…崩した…のだが…。


崩したのも束の間。



一泊して、彼女を家に連れ帰ってからというもの、すっかり…いや以前にも増して、()()()面食らっていた。



 あれから数日が経つが、シルヴァスは今、カヤノを恋愛対象としてロックオンして以来、空前絶後の苦しみに耐え忍んでいる。



記憶を失ったカヤノは、相変わらず学校に通い、夕食の時間に戻るが…この一件から、シルヴァスにかつてない親しみを込めて接するようになったのだ。


魔神やマッド・チルドレン達の事をごっそりと忘れ、トラウマが影を潜めたからか、今までよりずっと正直になった彼女は、両親を失った深い悲しみを改めて実感したにも関わらず、恋人であり将来を約束している(と思っている)シルヴァスに対して、信頼と恋する乙女心を隠しもせずに(あら)わにしてきたのである!


それにプラスして、後で本人にとって胸のつかえだったと語ってくれたクリスティアンの過去の心無い意地悪が、実は自分を好きだったからだと知った事も、彼女の心のわだかまりや劣等感の軽減に繋がったようだ。


つまり、今の彼女は本来の彼女に近付いた結果なのだろうが…。


その事で、カヤノの何が大きく変わったのかと言われれば…。


何とカヤノは、シルヴァスに…控えめながらも、甘えるようになったのである! 


確かに記憶を失ってからは、そういう傾向はあった…。


あったが…。


ただでさえ、引き取ったばかりの頃の借りて来た猫のようだった彼女に比べて、あり得ないほどの変わりようなのに…。


あの小旅行以来の彼女の変貌は、輪をかけて可愛くて…シルヴァスには想定外だった。


しかも、カヤノの甘え方は、男に媚びるように甘えるわけではなく、今まで通り控えめながら、警戒する小動物のように恐る恐る寄って来ては、こちらの顔色を見ながら照れたりして…言い辛そうに自分の頼みを言いに来るのである。


今までは、何かあっても言わないし、こちらが察して聞いてやっても『大丈夫です』とか『何でもないです』というような言葉が拒絶と共に返ってきて、心を開かせるのに時間を要していたのに。



そ・れ・が!…だ。



お願いする時の不慣れな甘え方がまた可愛い!!


思わず、その場で襲ってしまいたくなる。



そして、それが日を重ねるごとにパワーアップしているのだ!

という事は、シルヴァスの忍耐も日々、増量中である事を示している…。


記憶を失う前より、失った後。

あの一泊旅行前より、帰って来た後。

思わず嫁にしたいと言ってしまう前より、カヤノからの返事をもらってしまった後。


凶器としてのカヤノの可愛さが威力を増して来ている。



シルヴァスは、そんなカヤノを思い出して悶絶した。

デスク周りの同僚が一瞬、ギクリとして目を合わせないように仕事に専念しているフリをして、何事もなかったようにやり過ごそうとしている。



「あがあぁぁぁっ!!一体、何なんだ…あの生き物は。どうして、こんなに僕の心を刺激するんだ?養い子の娘が理想通りに育ちすぎて辛い!保護者の立場が辛いぃ!辛すぎる!!」


「ど、どうしたんだ?シルヴァス君…美少女育成ゲームにでもハマっているのか?そんなに夢中になれるなら、俺にもそれ、貸してくれよ。」



しかし、中にはそんなシルヴァスに声を掛けてしまう、空気の読めないアホがいる。

それもなぜか、そいういう奴に限って、言ってはいけない事ばかりを口にしてしまう。

たまたま、傍を歩いていた上司の男がそうだった。



「ああっ⁉貸すだぁ?何言ってんだ…僕がカヤノをお前なんかに貸し出すわけないだろうが!!」

(シルヴァス)


「え?わっ⁉何?ヤメテ、シルヴァス君。しかも人の事、お前って…。ちょっと、苦しい…放して!!」

(上司)



仕事中だった事を忘れ、声を上げるシルヴァスに、たまたま通りかかった美女好き上司が勘違いして、注意するどころか一緒に楽しもうとだらしない顔で『貸して』と言った瞬間。


既に精神的に正気でなくなりつつあるシルヴァスが彼の胸ぐらをつかんだ。

上司は足を半分浮かして、もがいている。



「うごぉ、シルヴァス君⁈君は細っこいのに、どこにそんな力があるわけぇ⁈降ろしてよ!ヒィッ!!貸してくれなくて結構です…ぐるじぃから、降ろしてぇー。」



ついに上司の両足が地面から完全に離れ、足をジタバタして、本気で苦しみ始めた。

見兼ねた隣りの席に座っているクシティガルヴァスが、仕方なく慌ててシルヴァスを取り押さえに出る。



「おい、よせ!シルヴァス。査定に響くぞ⁈降ろしてやれ。一応、上司だ…女好きで仕様がない奴だが…子供にはいい奴なんだ…多分。」


「放せよ!クーガ、コイツ、いつも事務課のライリーちゃんを困らせやがって、モテないからってうちのカヤノまで貸せとか…。」


「待て待て、シルヴァス。カヤノちゃんの事を貸せとは言っていない!この人、美少女育成ゲームか何かだと勘違いして言ったんだ。許してやれ!そうですよね⁈」



クシティガルヴァスの言葉に上司は高速に何度も頷く。

そこでようやく、シルヴァスが上司を地面に降ろすと、彼はむせ込みながら涙目で言った。



「うっ、ゲホ、ゲホ!そうだよ、ゲームの話でもしているのかと思った…なのに、いきなり、つかみ上げられて…どんだけ、狂暴なんだよ。春風じゃなくて狂風の精霊の間違いじゃないか?」



フロア内のクシティガルヴァス含む同僚達は、上司の言い分に密かに腹の中で、


『おい、育成ゲームって…お前と一緒にすんな⁉』

『一体どうしてそんな勘違いをするんだよ?』

『頭の中、女の子ばっかだから、そう結びつくんだろうな…。』


と思っていた。


そして、依然、鋭い瞳を保つシルヴァスが上司を目で射殺した。

彼は一瞬、動きを止めたが、またすぐに虚勢を張るように言葉を続ける。



「俺は一応、シルヴァス君の上司なんだよ⁈少しは考えてくれよ!しかも、悪いのは俺じゃなくてそっちだからな?仕事中に他の事を考えて、私語を放つのは禁止だから!!」



自分は間違っていないし、悪くないという大義名分で上司は大きく出た。

これ以上、大事に発展してはマズいと判断したのか、シルヴァスの前にまた、クシティガルヴァスが立ちはだかって上司に言葉を返す。



「スイマセン。許してやって下さいよ。シルヴァスは今、養い子の事で頭がいっぱいなんです。彼女、もうすぐ卒業なんで…。」


「えっ?シルヴァス君、養い子なんていたの?」


「・・・・・。」(一同・沈黙)



同僚のほとんどが面識はないとはいえ、シルヴァスがカヤノを引き取ったのを知っているが、上司だけには言ってはいなかったのか、彼が自分に都合の良い事しか耳に入れな性質なのか…フロアーの誰もがその問いに対して、だんまりを決めた。

しかし、相変わらず空気の読めない上司は口を(つぐ)まない…。



「ちょっと、ねぇ、おかしくないか⁈シルヴァス君が何で養い子を持てるわけ?彼女って事は…女の子だろ?ズルイよ。引き取れるなら俺だって保護者役やりたい!何でシルヴァス君に許可が下りたの⁈」



上司のセリフにフロアー内は冷や汗を掻いた。

クシティガルヴァスは、諦めたように小さく首を振って、そっと上司とシルヴァスの傍から離れる。

少しずつ、距離を取るクシティガルヴァスがトイレを装い、フロアーに出入り口近くまで移動したあたりで、上司はついに言ってしまった。


言ってはいけない一言を…。



「ねぇ、卒業って事はさあ、もう成人した?今度、紹介してくれない?ね?」



無言のシルヴァスが繰り出したのは、風を切るようなボディストレート。


やや体を低くしたシルヴァスのパンチは、美しい形で俊敏に上司の腹へと真っすぐ…思いっきり入った。

クシティガルヴァスが前に受けたボディパンチはアッパーで上に少々突き上げられるものだが、上司のストレートは見事に決まり、入った瞬間に後ろの島の机までフッ飛ばされ、危機を察したその島のメンバーはタッチの差で素早く非難し、上司との激突を避けている。

上司は一人、吹っ飛び、机の島の上で仰向けになって、ピクピクと痙攣しながら泡を吹いていた…。


シン…となったフロアでシルヴァスは、いつもの穏やかな顔に戻って舌を出した。



「ヤバ~、つい本気でカッとしちゃったよ!()()カヤノを紹介しろなんて言うから…やりすぎちゃった。すいませーん、誰かぁ、担架、持って来てくれるぅ?」



やっと正気に戻ったのを確認し、相棒のクシティガルヴァスは、痙攣する上司を人差し指でちょんちょんと、つつきながら溜息をつく。

そして、前に自分がくらったパンチは、一応『随分と手加減したものだったのだなぁ』と、明後日な方向の友情を感じたりもしていた。



「はあっ、人騒がせだな…相手が人間だったら大変だ。それに一応、この人、エロでも上司だから…ボーナス下がるぞ?」



クシティガルヴァスの言葉にシルヴァスは物騒に笑って返す。



「いやいや、この人、現人神でも特に頑丈な方だから平気でしょ。後で、もう一回、頭でも殴っとけば忘れるって。」


「いや、待て。これ以上、脳細胞が死滅したらどうすんだ⁈ヤメロ!やり方が原始的過ぎる…。もっと、アホになった上司が誕生しちまうだろーが!」



シルヴァスの相棒との(笑顔だけど)不穏すぎる会話に、周囲で聞き耳を立てている同僚達は固唾(かたず)を呑んだ。

泡吹く上司は、担架の到着により、医務室に運ばれようとしている。

シルヴァスは自分の蒔いた種なので、彼を運ぼうとしたが、担架を持ってきた同僚とそれを手伝う同僚に青い顔で断られた。



「いえいえ、シルヴァスさんは構わず、お仕事をお続け下さい!」

「俺らで、運んでいくから大丈夫です。」

「どうぞ、どうぞ。俺ら、同僚って言っても、後輩ですから…お気遣いなく。」

「そんな事より、今日も早く仕事を終わらせて、養い子さんの所に帰ってあげて下さい。」



上司を吹っ飛ばした机の方も、ぐちゃぐちゃにズレて動いてしまっていたが、シルヴァスが直そうとそちらに目を向けると、非難の為に離れていた机の使用者達がサササッとやって来て、早業で自分らの机を元の位置に戻してしまっていた。

シルヴァスは片方の眉を上げて『そうかい?』と一言答え、二人と机を戻しているメンバーに礼を述べた。


シルヴァスが自分の席の椅子にストンと座り直したのを合図に、トイレの方に行こうとしていたクシティガルヴァスが、嵐は過ぎ去ったとばかりに戻って来て、隣りに座り直して言った。

相棒はシルヴァスの顔を怪訝に覗き込む。



「で?一体、今度はどうしたんだよ?この所、ずっと変だったが…お前ね…度合が一段と酷くなってるぞ。もはや、お前のヤバさは留まる所を知らないな。本当、何があった?聞いてやるから言えよ。」



そこで、シルヴァスは今まで散々、カヤノの事を相談に乗ってもらっていた相棒に、今更、隠し事をしても仕方がないと、因幡大巳の一連の事件から現在に至る状況を詳しく話して聞かせた。



「何言いイィィィっ⁉それは本当かぁ⁈」



いきなり、ドタンと椅子をぶった押して立ち上がるクシティガルヴァスが、大声を張り上げた。


その声に、ようやく落ち着いたようだと、お茶を啜って書類整理を始めた者は驚いて口から吹き零し、書類にはさみを入れていた者はうっかりと切ってはいけないラインをジョキリと切り落とし、仕事の電話をしていた者は『ギャッ⁉』と相手に短い叫びを聞かせてしまうハメになる。


これには、マズいとクシティガルヴァスは立ち上がったまま、シルヴァスの片手を引き、同じ机の島に座る目の前の同僚に声を掛けて外に飛び出した。



「俺ら、ちょっと先に昼飯に入るわ…そのまま、外回りに行って来るから!」


「あ、おい、クーガ。鞄、忘れてる。」



つきあいの長い二人は阿吽の呼吸という奴で、お互いの考えや行動をよく把握している。

シルヴァスはクシティガルヴァスに鞄を渡した。



「おお、わりぃな。シルヴァス、行くぞ。」



クシティガルヴァスは周りの同僚達の返事を聞かぬ間に、外出決定で話を進める。

それから、フリーズするフロア内を慌てて後にして、統括センターの外に出ると、現世を歩きながら息をついて、会話の続きを始めた。



「職場じゃ、ゆっくりと話しもできねぇからな…今日は早めに昼に行こう。」


「たまには、月亭でも行く?」


「ああ。ランチなら安いし、あそこならほぼ個室だ。行こう。」


「安いかぁ…。独身だし、家族もいないのにお金の事なんて、クーガは気にしなくていいのに。相変わらず、ケチだなぁ。しかも君の方が現世にいるの長いんだから、貯金なんて溢れてんだろう?」


「バカ言うな。普通にしてたら、ヘタすると小国の国家予算くらいになっちまうから、俺はちゃんと今まで子供達に定期的に寄付して来たんだ!!だから、手元に金は大して残っていない!」


「何と!口調とは裏腹な損すぎる高潔精神。」


「裏腹、言うな!お前だって、そこそこ、色々な所に援助してんだろうが?」


「いやぁ、僕はもう…そんなにはできなくなっちゃうよ。()()()()()からねぇ~。精霊界に戻る時は全額どっかに寄付しちゃってもいいけど?」


「てめぇ、何だ?惚気かぁ⁈殺意湧くわー。」



 軽口を叩き合っている二人は、程なくして月亭と呼ばれる和の店につく。

会席がメインの料理屋だが、豆腐のうまさが評判で、肉を好まぬ現人神からは、ここの豆腐料理は大人気だった。


二人は午後の外回りを考えて、そこまで長居する気もなかったので、ランチメニューの御膳を頼む。

豆腐料理以外にも満遍なく、色々な食材がチョイスされていてバランスが良くお得だ。

ヘルシーで女性にも好まれそうなメニューだが、男二人には少しパンチが足りないので、昼だというのに単品で金目鯛の煮つけを頼んだ。

座席も昼前でまだ()いていたのか、頼んだのはリーズナブルな御膳で予約はなかったが、個室に案内してくれた。

室内は畳だが掘りごたつ式なので、足も伸ばせてくつろげる空間だ。

こうした、ちょっとした心遣いやサービスが、この店の人気の秘密でもある。

だからつい、注文した料理の他に、単品で何か注文してやりたくなってしまうのだ。


 早いもので、気付けば、いつの間にか季節は冬。

室内の掛け軸や生けられた花も、それらを意識しているのだろうから、目についた瞬間に今の季節に気がいった。


シルヴァスがカヤノを引き取って、数年になるが、成人を迎えた彼女は春には学校を卒業する。

その春と呼ばれる季節には、もう幾ばくもない。

わけあって、卒業式には出られるが、正式な卒業は単位を取得してからという事で、その後も、しばらく学校には通わざる得なさそうだが、それさえ終われば、晴れて保護者の任も解かれ、彼女との婚姻を認められる。


 春先はシルヴァスにとっては忙しい季節だ。


現人神としての仕事もあるが、精霊本来の春を告げる仕事もあるからだ。


本当は肉体を持った時点で、他の者に任せていればいいのだが、季節の変わり目に世界中を駆け巡るのは習性みたいなものなので、毎年、シルヴァスはその時期だけ、肉体を一時、センターに預けて、自分の担当している地区のみ手伝いに行っている。


例年、家を空けるのは数日なので、その間はカヤノを知り合いの家に預けるつもりだったが、彼女は一人でシルヴァスの家で留守番する事を選んだ。


まだ、未成年の子供を一人、留守番させるなど児童保護職員としてあるまじき行動なのだが、シルヴァスが何と言って説得しても、カヤノは首を縦に振らなかった。



「どこにも行きたくない。」



普段全く我が儘を言わないカヤノが、その言葉の一点張りで『ついて行く』と駄々をこねるわけではないが、家を離れたがらなかったのである。

心に傷を負っていたカヤノは、知らない家に行くのが不安だったのかもしれない。


結局、シルヴァスは、児童保護職関連の仕事をしている既婚の女性現人神、数名に頼んで、交代で自分の家にいるカヤノを見に行ってもらうようにしていた。


そして、何日か家を空けて戻ると、カヤノは決まって部屋のリビングの隅の床に、小さく丸まって座っている。

シルヴァスが帰って来たのを目にして、ようやく彼女は、真っ先に嬉しそうな顔で『お帰りなさい!』と駆け寄って来るのだ。


床に座っている時のカヤノは今にも泣きそうで…可愛くて、自分を見付けた瞬間に変化する顔が見たくて、意地の悪い事だが、シルヴァスは毎年、この仕事を断る事なく続けて来た。


そのうち、ある程度成長すると、留守中に頼んだ児童保護員の女性も一日一度、無事かどうかを確認する程度で、彼女は世話なしの留守番ができるようになった。

それでもシルヴァスが戻った時に、彼女をそっと覗いてみると、いつも不安そうに一人で瞳を揺らして自分の帰りを待っているのだ。


そんな日々を過ごしていたのに、去年の春あたりからカヤノは、不安のない笑顔だけでシルヴァスを迎え出るようになった。

数年の時の流れで、自分をどこかにやったりしないという事をカヤノもやっと理解してくれたのかと…シルヴァスは、彼女の信頼を勝ち得たような気がした。


あの泣きそうで泣かない微妙な表情を見れないのは、少し残念だが、ああも嬉しそうに笑顔で迎えられるというのも、なかなか良いとその表情も気に入っていた。

そして、シルヴァスは、そんな日が永遠に続くような気になっていた。


それから、数か月後、彼女が自分に告白して来た事で色々とあったが、今、皮肉にも彼女の記憶がなくなった事で、丸く収まり、二人は結ばれようとしている…『キャッ!(シルヴァス・心の叫び)』。



今年の春は、カヤノは一体どんな表情を見せてくれるのだろう?



ひょっとして、今年は自身が春の訪れを告げに行のではなく…春が自分の方にやって来るのかもしれない!



シルヴァスは、そこまで心の声を口から漏らしながらも、月亭の個室の畳の上で転がって身悶えた…。

掘りごたつの対面に座るクシティガルヴァスは、気色悪い物を見るように顔を青くさせて、引きつる口元で言った。



「やめんか。お前はいくつだ?畳の上で顔を隠して転がるな…照れ方、おかしい!」


「どあってぇ~!クーガ!!これが悶えずにいられるかい?」


「意味がわからん!普通は悶えん。しかも、泣きそうな顔が見たくて、毎年、必ず仕事を請け負っていたとか…お前、児童虐待だろ⁉保護員ヤメロ!!」


「いや、普通は子供にそんな事しないよー。」


「してただろ⁈彼女、引き取った時、子供だろ?しかも心が傷だらけだったんだろ⁈鬼畜がすぎる!」


「今、思えば…あの時から知らず知らずのうちにカヤノは僕の好みで、まだ子供のうちから彼女の事を意識してたんだなぁ。」


「おい⁉しみじみと意識って…お前、さてはドSか⁈無意識で彼女にロックオンしてたとか…少女が不憫すぎて俺、お前から助けてやりたくなる。俺が孤児の担当だったら…彼女を引き取ってやれたのに!」



残念ながら、同じ保護員でも孤児以外の児童を担当しているクシティガルヴァスに、孤児院施設から直接連絡が入る事は滅多になく、カヤノの引き取り先が決まらない事自体、情報として当時も把握してはいなかった…。



「シルヴァスを保護者にせざる得なかった彼女に対して…俺のせいじゃないのに罪悪感が半端ない!



一人、店内で小さく拳を握りしめて、叫ぶ相棒のクーガ。


 普段、神様含む人外達は、現人神として体現した時、一般的に本性を隠している場合が多い。

しかし、好きな異性に対して、男神は自分の本性を(さら)す。


彼女が卒業前とあっては、まだ、完全に頂ける状態でない為、シルヴァスは全てを晒しきってはいないのだろうが、その日が来れば彼女は後戻りなどできないのだ。

彼ら、精霊は独占欲が強く、気に入ったものは連れ去って、元の場所に戻さない。

連れ去ったものは、更に自分好みにカスタマイズする傾向が強い。


カヤノという少女は、シルヴァスの話で因幡大巳にも狙われたと耳にしたが、目の前の相棒を含め、どうもクセのある男に好かれやすいようだと…クシティガルヴァスは(うれ)いた。


そして、その本性が口の悪さからは想像もできないような慈愛に富む彼は、シルヴァスに対して、『ありえん!』とばかりに冷たい視線を向けている。


彼からしたらシルヴァスは、『相棒として』は仲の良い憎めない奴だが、それに頂かれようとしている元・保護対象の少女を思えば、児童保護員(孤児以外担当)として、笑顔で祝福などしてやれない心境なのだ。

そんなクシティガルヴァスの心理を疑うように、シルヴァスは未だ畳の上でに転がりながら、クルリと一回転して寝返りを打ち、うつぶせの状態で彼を見上げた。



「そんな事言って…クーガは僕がカヤノを引き取った事が羨ましいだけだろう?ざーんねーんでしたぁ~。いくら、クーガでもカヤノはあげないよー。」



シルヴァスの言葉にピクリと眉を動かして『んなこといってねーだろが⁉』とクシティガルヴァスは…キレた。

クシティガルヴァスは強く思う。



現人神化してからだって100年以上はとうに過ぎているジジイのクセに!

肉体を持たない精霊時代から数えたら、更に1000年単位の化石クラスのジジイのクセに!

何だ、そのかわい子ぶりっ子な口調は⁉



「うるせぇ。誰がくれって言った⁈不憫すぎて、お前に引き取られるくらいなら、俺が引き取ってやったのにと思っただけだ!しかも、簡単にあげる、あげないって…お前。犬や猫みたいに言うな!」


「犬や猫みたいになんて、思ってないよ…そんなわけないでしょ?僕は彼女の為なら、命だって張れるんだから。クーガ、怒りすぎ。」



クシティガルヴァスは、クラリとして頭を押さえた。



「これだから、精霊どもは…。」



確かにシルヴァスが彼女を犬や猫のように軽々しく思っているわけでないのは知っている。

軽口なのは、そういう存在なのだから仕方がない。

良いも悪いも、まだ世も知らぬうちに精霊に間引かれるのは、いかがなものかと思っただけだ。

(まあ、基本、奴らは年若いほど、好んで間引いていく率が高いのだが…。)


シルヴァスに愛されれば、きっと脇目も振らぬほど彼女は幸せになれるのが目に見えてわかる。

だが、人の運命は幸せだけでできているものではない。

『神』と名が付くはいえ、話しを聞くにカヤノは、ほぼ人間の濃度の方が強い現人神で、自分達と同じ現人神統括センターに所属はしていても、人外の血を引いているだけの人間という方がしっくりといく。

そういう血の薄い人神は、人間としての運命も持っている。


常に、降りかかるだろう災難や困難に揉まれながら成長を続けていくのが人間だ。

まだ、若いのであれば、そうした経験をさせるべきだと、元来、本性が人間の子供を救う系統の神仏であるクシティガルヴァスは思う。



だが、クシティガルヴァスがそう主張すれば、シルヴァスはこう言う。



「その、どんな困難や災難からも守って、蕩けさせてあげたいのが僕なんだ!そして、彼女は既に相当な負の前払いをしているんだから、その権利がある!!」



クシティガルヴァスとシルヴァスの考えは平行線だが、彼の主張も間違っているわけではない…。


シルヴァスに任せれば、どんな事からも愛する者を守るだろう。


しかも早々に精霊界に連れて行って、人間をやめさせようとする可能性もある。


というか、人手不足の現人神社会から見ても、神の血を混ぜて、人間を高度進化させようとしているグレートソウルの計画の面から見ても…カヤノを精霊界に間引かれるのは損失に他ならない。



「それなのに、お前は彼女を間引く気か…?」



クシティガルヴァスは、溜息をついた。



「何言ってんの?クーガ…そんな高尚な事言ってたら、君、一生結婚できないよ?」


「ほっとけ!!」



以前自分が言った事をシルヴァスに言われ、吠え付くように言い返すクシティガルヴァス。

だが、すぐに『違いない』と思い直した。

精霊という存在が運命に食い込んできた段階で、それが既に宿命なのだ…。


お気に入りの人間がもがく姿を高みの見物するのが好きな傾向にある精霊だが、それは自分の手の上で、傷付けないようにしながらの周到で小さな世界での事だし、とうの本人には巧妙に接して、決して自分の意地の悪さを諭されるようなヘマはしないだろう。

イジメといて、親切を気取るのが好きな精霊らしい感覚は、子供達には優しい一面しか見せないシルヴァスだって例外ではない。

けれど、密かにコイツが楽しんでいても、カヤノちゃんにはわからないようにするというのなら…結局の所、彼女の幸せが一番だ。



「好きな相手ほど、困らせたがるんだから…お前ら精霊どもは悪趣味だよな。」



シルヴァスに困らされてばかりの日々を過ごしたとしても、結果的にそれをわざとだと彼女が気付かなければ、充実した人生なのかもしれない。

仮にそれがシルヴァスの作った箱庭の中だけだとしても…。



「可哀想に…カヤノちゃん。どうせ、もう彼女を手放さないようにしてあるんだろう?賭けなんざ…お前に遊ばれちゃ、どうしようもないな…で、お前は何が辛いんだ?順風満帆じゃないか。」


「順風満帆?まさか!聞いてくれよ…クーガ。ここへ来て、僕は新たな問題に直面してしまったんだ。ああ、辛い!カヤノと僕の間は、どうやら一筋縄ではいかないようだよ。」


「ん?」



クシティガルヴァスは眉を顰めて、シルヴァスの嘆きを聞く体勢に入った。

そして、シルヴァスはここ最近の苦悶に対してを語り始めた。



 シルヴァスは、すっかりカヤノの攻撃に参っているのだという事を頭を抱えながら相棒に告白した。


それは、幸せ過ぎて辛すぎる下半身事情の数々を…。


何事もなければ、次回はいつも通り火曜日更新予定です。

本日もアクセス、ありがとうございました。

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