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春の嵐と恋の風㊽

シルヴァスにとっての再上映。

 休日。


シルヴァスはカヤノとの約束を守る為、再び現人神専用タクシーを手配していた。


今回はいつもの運転手を指定しなかったのに…やって来たのは前回と同じ運転手の車だった。



「あれ、また君?今回は指名してない筈だけど…。」



シルヴァスが怪訝な顔をして言うと、運転手はニィッと笑んでカヤノに良い顔を向けた。



「依頼名簿から、前回の依頼主の名前を見つけて、俺が立候補したんだよ。依頼書には、乗車予定人数が二人って書いてあったから、もしかしたら、前に乗せた可愛いお嬢さんも一緒かと思ってね!」


「おい、何でカヤノが一緒だと思ったら、意気揚々と立候補してくるんだよ…。」


「そりゃ、予約客は仕事での利用が多くてさ…。大体、仕事利用の客は男ばっかりなんだ。どうせ乗せるなら、女の子の方が良いだろう?車内だっていい香りがするし…野郎なんて、たまに臭いからな。」


「フン、臭くて悪かったな。僕は清潔だ。不純なタクシー運転手を寄こしたって、おたくの会社に次回、クレーム入れとくわ。」


「臭いってのは、アンタの事を言ったわけじゃないから!言いがかりはよしてくれよ。お客さん。」



シルヴァスは、あからさまに目を細めて嫌そうな顔を向けると、今度は彼にそっぽを向いた。

前回、カヤノに気がある素振りをしたので、あえてシルヴァスはこの運転手を指定しなかったのだ。



「それなのに、わざわざ自分の方から、ノコノコとやって来て…ムカツク。」

(シルヴァス・心の声)



一方、カヤノは運転手が『()()』と言ったのを聞いて、首を傾げていた。




「また…って?以前、私はこのタクシーに乗った事があるのですか?」



今回はバルコニーではなくて、マンションのエントランスに呼んでいたので、記憶のないカヤノは街中(まちなか)を走っている普通のタクシーだと思っていた。

両親を亡くした事故に遭ってから、船が苦手になってしまったカヤノの為に、シルヴァスは当然、飛行機を手配してくれたのだろうから、飛行場までの距離をタクシーで行くのだろうと考えていたのだ。


だが、この渡航には疑問が浮かぶ。


まず、近いとは言えないカヤノの暮らしていた国に訪れるのに、一泊で行って帰って来るのは、かなり無理があるのではないかという事だ。

シルヴァスの仕事やカヤノの現状を考えると、今は長期休みを取れないので仕方がないが、そんなに気軽に行き来できる距離ではない。

飛行機に乗っても片道8時間はかかるのだから…。


それに、空港に向かうタクシーを呼ぶのに、VIPでもあるまいし、わざわざ運転手を指名するという話が出た事にカヤノは不思議に思い、シルヴァスと運転手のやり取りを見て眉を顰めていた。


そんなカヤノに運転手はオーバーすぎる落胆の色を示した。



「ひでぇ!ついこの間、利用してくれたばっかだってのに…もう忘れちまったんですか⁈」



タクシーの運転手は、カヤノに忘れられていた事でショックを受けたように運転席の窓から顔を出して、悲痛な声を上げている。

たじろぐカヤノを見て、シルヴァスは息を一つ吐いてから、にぎやかな運転手に面倒くさそう~に説明をした。



「先日、医療行為の事故でカヤノは数年間の記憶を失ってしまったんだ。今日はそんな彼女の行きたい場所に連れて行ってもらう為に呼んだ。つまり君は彼女にとって、今回も()()()()()()だから。」


「えええ⁈い、医療事故⁈そりゃ大変だ!!」



シルヴァスの説明を途中までしか聞かないうちに、運転手は目を丸くして驚きの声を上げる。

そんな彼を呆れた顔で一瞥すると、すぐに無視してシルヴァスはカヤノをエスコートし、そそくさと車内に乗り込んだ。

運転手の言い分は一切スルーして、シルヴァスは行先を淡々と告げると、これまた運転手は目を丸くした。



「えっ⁈前も行った所と同じじゃないですか⁈なるほど…同じ場所に行って、記憶を少しでも思い出させようって言うんですね!」



無神経で声のデカい運転手に、シルヴァスは心の中で舌打ちをし、カヤノには見えないように相手を睨みつけた。

途端に、バックミラーで客の形相に気付く運転手がギクリと口を(つぐ)んだ。

そんなシルヴァスの形相には気付かないが、カヤノの方も運転手の言葉に目を丸くしていた。



「え?シルヴァス…私、前にも連れて行ってもらったばかりだったの?」



まじまじとシルヴァスを覗き込むカヤノに、目を逸らしてシルヴァスは言う。

純粋に行ったばかりだと言えば、カヤノが可愛いお願いを取り消してしまうに違いないと思った為、悪気はなかったが、前回に行ったばかりだという事は伏せておいたのだ。

けれど、隠していたのは事実なので、少々ばつが悪い…。



「まあね。でも、前回は前回。今回も忘れているなら、初めてっていう事で…もう一度やり直したいと思ってる。カヤノのお願いは聞きたいし、喜んでくれるなら何度でも、付き合いたいから…。」



そう答えてくれたシルヴァスに、カヤノは目尻を潤ませた。


『シルヴァスは、何て優しいのだろう!』


…と。



二人のやり取りを聞きながらも、シルヴァスの先程の睨みで、自分が失言をしてしまったのではないかと察して、顔をやや青くさせた運転手は口を(つぐ)んで動向を見守っている。


カヤノは、まだ目を合わせないように窓の外に視線をやっているシルヴァスの片手を取ると、自分の両の手でしっかりと握り込んだ。



「シルヴァス…ごめんなさい…私、何も知らないで。でも、ありがとう。私はシルヴァスに引き取ってもらえて幸せだわ。」



その声にシルヴァスは、ゆっくりとカヤノの方に顔を向けてマジマジと彼女の顔を見る。



「いや…そんな…大袈裟っていうか…その、何でも君に遠慮なく言って欲しいから…君はもっと僕にワガママを言っていい。遠慮して欲しくなくて…前にも来たばかりだって教えてあげなくて…ごめん。」



シルヴァスは、いつになく、しどろもどろに口を開いた。

カヤノの花が開いたような笑みを向けられて…その笑顔に釘付けになりながら、シルヴァスは思わず恍惚の表情でボーッとしていた。


さすがに運転手は二人の空気を読んで、しばらく気配を消し、カヤノとシルヴァスはそのまま座席に座りながら手を繋いでいた。

並んで座る二人は『全力で落とす』と以前のカヤノに宣言した筈のシルヴァスの顔の方が、カヤノよりもずっと桃色に染まっている…。


目線は照れたように外に向いており、いつものシルヴァスの甘い勢いを考えると立場が逆転しているが、カヤノはしばし幸せそうに笑んでいて、バックミラーで終始、客の様子をチェックしている運転手はフッと安心した息を漏らした。


それから、数分間人間用の一般道を走り始めた運転手が、客の二人に声を掛ける。



「さて、そろそろ人間達に見えないように姿を消しますからね。その後、宙に浮くので、シートベルトを今一度、確認して下さい。」


「え?宙に浮く?」



キョトンとしたカヤノが、運転手に聞き返している間に運転手は、次の合図を後部座席に向けて送った。



「あ、前方!いい距離間ですね…よし、丁度いいから離陸しますよ。お嬢さん、どこかにつかまって下さい。行くぞおぉぉぉっ!!」


「え?え?」



運転手が何を言っているのか…ピンとこないカヤノに、気の利かない男はアクセルをグッと踏み込んだ!


途端に車は加速して『ビュン!』と勢いをつけて走り出し、カヤノは車内でつんのめる。


刹那、シルヴァスが彼女の体を支えると、カヤノは後ろに引き戻された。



「キャアァァァッ⁉」



次に、車は勢いよく浮かび上がり、みるみる間に地上がかすみ始め、カヤノは驚いて叫んだ。

運転手は愉快そうに笑った。



「ハハハ!マジでお嬢さん、忘れちまっているんですね!前は最後の方で慣れてくれて、空のドライブを楽しんだのにな。あんたも難儀な現人神だね~。」



前回同様にカヤノは、今時、黄色いタクシーとは珍しいと思ってはいたが…まさか、それ以外は見た目も普通のタクシーと遜色ない車が空を飛ぶとは思っていなくて、目を丸くしつつ脂汗を浮かべた。

ここでやっとカヤノは、このタクシーが人間に扮した運転手を含め、現人神専用のモノである事を確信したのである。


らしくないくらい照れていたシルヴァスも、カヤノの前回と同じ反応に若干余裕が戻ってきたようで、自分に縋りつく彼女に気を良くして声をかけた。



「大丈夫。上の方まで浮かびきっちゃえば、車体も安定するから、そう揺れないよ。」


「そ、そうなの?」



二人の会話を聞いていた運転手もカヤノを安心させるべく声を掛けた。



「本気を出せば、短時間で行けるし、ワープも可能ですが、せっかくだから色々見て楽しみたいでしょう?2時位で到着するように予定を組んでますが、空の上を眺めてる間に到着しちまいますよ。」



今回、運転手は乱気流がどうのと、わざと揺れたりせずに丁寧に走行(飛行)したので、カヤノは思ったより怖がらずに、すぐに空飛ぶタクシーに慣れた。

お陰で前回の帰りのように、カヤノは最初からタクシーの虜になって、空の景色を楽しむ事ができた。

適応が早かったのは、自分自身では忘れていても、学校の勉強に同じく、一度は体験した事だったからかもしれない。


とにかく、朝一の清々しい上空から眺める景色に、無邪気にはしゃいでいるカヤノに運転手は、前回以上に目尻を下げている。


途中、上から渡り鳥の大群を見付けては喜び、雲海の海を行けば天上の神になったようだと簡単に無邪気なおしゃべりを漏らす。

以前より、素直に喜ぶカヤノに小さな違和感を覚えながらも、職業柄、全く女気のない運転手は、すっかりシルヴァスが連れているお嬢さんにメロメロになっている様子だ。


カヤノは、別に男慣れしているわけではない為、男性相手には多少緊張の色を見せた。

だが、以前のように異常な程、怖がらなくなっていたので、運転手の前でも自然に振舞えていたのである…それが彼の抱いた違和感の正体だ。

しかし、違和感が湧いた所で今のカヤノは、彼にとって、むしろ数段魅力的に映っていた。


カヤノは珍しいものを見付ける度に、車内で運転手に…


『あれはなあに?運転手さん、あれは?運転手さんて色んな事を知っているのね!スゴイなぁ。』


と可愛く聞いて来たり、自分を誉めてくれるものだから堪らない…。



終始、『女の子って…やっぱ可愛いなぁ』と男所帯の職場で現人神どころか人間女子にも縁遠い運転手はだらしない顔で、カヤノの質問には全て丁寧すぎるほど受け答えている。


それに対してシルヴァスは、ムッとして思った。



「次回は、この運転手の車だけは寄こさないでくれと、タクシー会社に注文をつけよう…。」



それはうっかりと口に出てしまっていたらしく、小耳にはさんだ運転手が憎まれ口を叩く。



「はぁッ?お客さん、ヤキモチっすか?なんだ…みっともねーな。公私混同!」


「うるさい!嫌らしい顔でうちのカヤノを見てるな!このセクハラ運転手!!」


「ああ?俺はお嬢さんにできるだけ親切に対応しているだけですよぅ?ねぇ~お嬢さぁん。」



甘ったるい声でカヤノに同意を求めた運転手を見て、彼女がクスリと微笑むと、バックミラーでそれを目撃した運転手は更に悶えた。



走行中(飛行中)に悶えんな!!危ないだろう⁈」



シルヴァスは声を荒げる。


 こんな調子で目的地まで、車内はずいぶんと賑やかであった…。



 ☆   ☆   ☆



 目的地であるカヤノの生まれた頃から生活していた国につくと、シルヴァスは例の如く運転手を追い払った。



「今日は一泊するから、明日の夕方、またここに迎えに来てくれ…そうだな、四時半で頼むよ。」


「あの、俺、お客さんと一緒にホテルに泊まってもいいんですよ?」


「それ…君の宿泊費も僕も持ちになるんだろう?悪いけど、君は不要だから…要らないから、結構だから…大和皇国に帰って、明日迎えに来い!帰れ!邪魔!!お呼びじゃない!」


「うっ!そ、そこまで言わなくても…いえ、かしこまりました。」



不服を漏らす運転手も最後には了承して、客を下ろすと渋々、車を発進させた。

名残惜しそうにカヤノをバックミラー越しに目で追う独身男神でもある運転手には気付かず、カヤノは降り立った地を早速、キョロキョロと見回した。


シルヴァスは、そんなカヤノにふにゃりと笑んだ後、去っていくタクシーに意地の悪い視線を送る。



「さあ、カヤノ…行こう。以前、君に教えてもらった事を話すから、それ以外で説明してもらえる事があったら、移動しながらその都度に教えてくれる?じゃあ、まず君の育った家に行ってみようか?」


「ハイ。」



素直に従うカヤノにシルヴァスは、不意に珍しく真面目な顔を向けて口を開いた。



「でもね、カヤノ…最初に断っておくよ。家の状態を前もって調べたわけでもないから、僕には君の生家だった家が、今、どうなっているかわからない。前回は時間切れで君の家には、行かなかったし…。」


「ハイ…。」


「つまり、なくなっているか、誰か住んでいるかとか…ね。仮に意に添わない状態になっていても気を落とさないでほしい。とにかく、どういう状況になっていても…君の家は今、僕の家なんだからね。」



カヤノは、シルヴァスの言葉を聞いて、感激した。


『そんな事まで気に掛けてくれるなんて!!』

「何てシルヴァスは、気の利く素敵な大人なんだろう!』


…と。


だから、シルヴァスの腕に勢いよくくっついて、元気よく返事をする。



「ハイ!私の家は…シルヴァスの()()()です!」



何かを狙ったわけでもなく、特別な意図があったわけでもなく、自然に口をついて出たカヤノの言葉にシルヴァスは咄嗟にカッと顔を赤らめて、カヤノに組まれていない方の手で口を覆う。



「うぐぅっ!何、その殺し文句⁈」



と、トラウマがなくなった事で発揮されるカヤノの無邪気で素直な言葉に、ぐぐもった声を抑える忍耐の男…シルヴァス。


今のカヤノの言葉だけで、彼の理性は30%以上のダメージを受けた。

この分で行けば、到底カヤノの卒業までなんて持ちそうもない。

黄色信号が心中で点滅する中、シルヴァスは己の理性に鞭打ちながら、自分自身に言い聞かす。



「ねんねのカヤノに他意はない!無意識だ!僕はまだ保護者…勘違いして押し倒したらダメ!クソッ!!箱入り天然娘め…僕が育てあげる前からできあがっていたのか…しかも更に強力だったとか…。」



頭の中で自身にツッコミながら、ブチブチと悪態をつきまくってみたが、すぐに違う考えが浮上する。



「破壊力ありすぎ!可愛すぎ!!食べちゃいたい!このままホテルで頂いちゃダメかな…ダメだよね?」



激しい葛藤の中、シルヴァスはカヤノの会話に生返事で乗り切り、体を寄せられる質感に妙な強張りで応戦し、今晩の自分の筋肉痛を予想して重い溜息を吐き出した。


こうして、内心、色々と悶えつつも表面上は、涼しい顔で大人の男らしくカヤノと歩いていると…。


『デジャブか⁉』と言うように、()()お馴染みの顔が二人の前に現れた。



「何だ…これ。さっきから運転手と言い…対戦型ゲームか何かか⁈」

(シルヴァス・心の声=一人ツッコミ)



前に立ちはだかるは、以前カヤノに声を掛けて来た彼女の子供の頃の同級生…クリスティアンだった!

シルヴァスは対面早々、運転手に引き続き、あからさまに顔を引きつらせた。

それを見て、クリスティアンが呆れたように言う。



「ちょっと、彼氏さん…いくらなんでも、その顔…もう、ギャグだよ?」



カヤノは首を傾げた。

隣りに並んで歩くカヤノには、シルヴァスの顔は見えない。

カヤノはクリスティアンの言葉で、シルヴァスの顔を覗き込んでみたが、彼女が顔を向けると同時にシルヴァスは普通の顔をした。


何ら普通の顔をしているシルヴァスを見止めて、カヤノは再び首を傾げるしぐさをしている。

それからクリスティアンを見て、小さな声でシルヴァスに聞く。



「シルヴァス、どなた?」



それを聞いてクリスティアンは強張ったような表情をして、一瞬動きを停止してから、震えながら大きな声を上げた。



「カヤノ…この前、再会したばかりなのに…やっぱガキの頃、俺が意地悪ばっかしたから怒ってんだな?俺、ちゃんと謝ったのに。許してくれたと思ったのに!!」


「え?」



驚いてキョトンと相手の顔を見るカヤノに、シルヴァスは今度も溜息を吐く。



「はあぁっ、カヤノ。彼、クリスティアン君…この町に住んでいた時の知り合いだから、彼の記憶はあるよね?前回、来た時に会って、君が好きだったらイジメたって告白してきたんだよ…全く図々しい男だよね。」


「えええ?私の事が好きぃ?嘘よ…クリスティアンは、私の目と髪が汚い色だって…。それにこの人がクリスティアンなの?私、子供の頃しか知らないから…。」



カヤノが言い出すのを聞いて、クリスティアンが堪らず口を開く。



「だ、だから!本当は、ずっと優しい色合いで綺麗だと思っていたんだよ!!でも恥ずかしくて、どうしたらいいかわかんなくて…わざと反応してほしくて…嫌な事を言ったんだ…前も同じ事、言ったけど。」



カヤノは、クリスティアンに驚愕の表情を向けた。



シルヴァスは、『録画を二度再生しているみたいだな』と片手で額を押さえながら、クリスティアンに言う。



「カヤノはちょっとした事故で先日の記憶を失った…。そのうち思い出すかもしれないが、クリスティアン君の謝罪はきれいさっぱり消えたから。じゃあ、そういう事で。」


「えええ⁈何だそれ…ドラマみたいじゃないか…そこで俺とカヤノが出会って、過去を忘れて俺と恋に落ちたりして…あ、ちょ、ちょっと待ってくれ!!Stop!」



シルヴァスはカヤノの腰に手を回し、サッサとその場を離れて連れ出そうと彼女を連れて歩き出そうとしたが、妄想の世界に入り始めていたクリスティアンがそれを止めた。



「何だよ…もう。君は彼女にとって消えた過去にすぎない…関係のない男だ。止めるな。関わるな。」


「ま、待ってくれよ…容赦ないな、カヤノの彼氏は。」



カヤノは、クリスティアンが相次いでシルヴァスをカヤノの『彼氏』と呼んだ事で、ついに自分とシルヴァスはそういう関係だったのだと、本格的に確信してしまった。

…というか、そういう勘違いをしてしまった。


実際のカヤノは、シルヴァスから距離を置こうと考えていたのに…。


それなのに…本気でカヤノは、保護者だったシルヴァスとの間が恋に代わり、自分と男女のお付き合いをしていたのだと…完全に思い込んでしまったのである!


それはそうだ…普段もカヤノがそう思い込むように、嘘はつかない範囲でシルヴァスは誘導していたのだから、ここに来て他人であるクリスティアンの証言があれば、かなりの威力を発揮してくれる。


そんなカヤノの心中をよそに、クリスティアンは深く頭を下げた。

シルヴァスは、何が行われるか察知したように、顔を顰めて小さく叫んだ。



「デ・ジャ・ブー!」



思わずシルヴァスの口からその一言が出ると、クリスティアンは予想通りの言葉を述べる。



「その節は…申し訳ございませんでいた!!三十木カヤノさん、あなたをずっと好きでした!許して下さい!許してくれるなら、どうか、この手を取って下さい。」



…どうやら、この前よりも一つ、新たにオプションが加わったらしい。

おまけに趣向も変えて来たようだ。


クリスティアンは片手をカヤノの前に差し出した状態で頭を下げている。



「なんだこれ、大昔に流行ったネ〇トンかよ?お友達からお願いします…みたいな?コイツ、本当に図々しいな。」



と、シルヴァスは心の中でぼやき、追加で『カマイタチに依頼してクリスティアン君を切り刻んでもらおうかな?』と物騒な考えをカヤノに聞こえないほど小さく口の中で呟いた。



カヤノは何の疑問も持たずに、当然、大昔の事など許してあげようと、クリスティアンの手を取る為に自らの腕を伸ばした。



しかし、シルヴァスが先にパシリと、(はじ)くように彼の手を取った。


顔を下に向けていたクリスティアンは、自分の手を取ったのがシルヴァスだとは思わず、予想していたより大きな掌に顔を上げてにこやかに言った。



「ありがとう、カヤノ。それにしても、意外に大きな手だね。でも、嬉しいよ…許してくれて。二度目の謝罪も受け入れてくれたんだ…やっぱり優しい…そういう所も好きだ!」



クリスティアンは顔を上げたと同時に、その手を自分の方に強く引いた。

必然的に自分の顔の真ん前に、腕を握った相手が引き寄せられて、至近距離で顔と顔をつき合わせて見詰めあうと、そこにはシルヴァスの顔があるではないか…。


クリスティアンは、目を点にした。


そして、3秒間、自身の中で数えると、勢いよくシルヴァスの手を振り払って、カエルのような脚力を発揮し、後方に1メートル以上跳ね上がって飛んだ。



「うわあぁぁぁっ!!ビビった!超ビビった!!」



現代っ子的な言葉がクリスティアンの口から飛び出し、シルヴァスは目を細くして彼を無表情で見ながら言った。



「カヤノの代わりに僕が手を取ってやったんだ。当たり前だろう?彼女は僕の恋人なんだから…不用意に手なんか握らせるわけないじゃないか。それに、そんなに驚いて…僕に対して失礼だ。」



シルヴァスの言葉に横にいるカヤノがポッと頬を桜色に染める。


『彼女は僕の()()


カヤノはシルヴァスの言葉を頭の中で反芻していた。



驚いてシルヴァスから飛び上がって距離を取ったばかりだというのに、クリスティアンは目元も薄っすらと赤くしいるカヤノに、扇情的だと離れた所からも見惚れていた。



驚いたり、脂下がった顔でカヤノを見詰めたり…忙しい事だ。



シルヴァスはクリスティアンに呆れる。

クリスティアンは夢心地のように、独りよがりな妄想を始めた。

それが、心なしか口から駄々洩れている…。



「運命だ…この国を去ったカヤノが年頃になって俺の前に現れるなんて!一度目は恋人がいたから諦めたのに、短期間に二度も遭遇するなんて!これは神がカヤノと結ばれろと言っているに違いない。」



この島のような国は、依然信仰心の強いようだが、何でもかんでも神の思し召しだと思われちゃ、実際に現存する世界最古の神国と謳われている大和皇国在籍・現人神としては頂けない…。



シルヴァスは、線の()()()細めた目を完全に…線にした。



「独りよがりもいい加減にしろよ…。変な事考えていないで僕らの前からサッサと消えろ。ここ、国と言っても狭い島だから、単に遭遇率が半端なく高いだよね?」


「カヤノの恋人さん…申し訳ないが俺がカヤノの運命の相手だ!別れてくれ!!」


「ふざけんな!カヤノは何にも言ってないだろう。勝手に決めんな!つうーか、君、あのねぇ、人の話聞いてんの?思い込み激しくて怖いわー。」


「俺にはわかる!!これは神の啓示だ。」


「くっ!全く、聞いていない…啓示なわけないし。運命って変えられるし。宿命と違うしぃ。それに神様だって、両想いになる為に日夜、努力してんだっつーの!」


「カヤノ、君と僕は運命で結ばれている!!」



クリスティアンは、大きく手を広げて、カヤノに向かって突進して来た。

これにはギョッとして、カヤノも本能的に後ずさりする。

大柄のクリスティアンが、小さなカヤノに勢い付けて抱きついたら、衝撃でどうにかなるに違いない。


シルヴァスは、ついに堪忍袋の緒が切れた。


線だった目をカッと大きく見開いて、瞬時に瞳を黄緑色に近く光らせると、クリスティアンを怒鳴りつける。



「この勘違い男!精霊の制裁を受けるがいい。飛んでけ!!」



シルヴァスがそういうや否や、クリスティアンは物凄い速さで空の彼方に飛んで行ってしまった…。

カヤノは、咄嗟にクリスティアンの突進に備えて構えていたが、彼がシルヴァスに飛ばされて天高く舞い上がり、空の彼方に昼間の星になるが如く光って消えたのを見て、呆気にとられた。


しかし、すぐに我に返りシルヴァスに縋りつく。



「シ、シルヴァス!ク、クリスティアンは⁈クリスティアンはどうなっちゃったの?」



今でこそ人間臭いが、相手は元・精霊だ。

カヤノは大変な事になってやしないかと、人間のクリスティアンを心配した。

大嫌いだったが…今となっては幼馴染とも言えるし、意地悪は自分の事が好きだったからだと告白もしてくれたのだ。

(なぜ、好きなのに嫌がらせのような事をするのか…その心理はちっともカヤノには理解できないが。)


シルヴァスは、片目を瞑ってカヤノに面白くなさそうな顔を向けた。



「何?カヤノ…アイツを心配するの?面白くないなぁ。運命なんて言い出す男は、大体、ろくな奴がいないよ?女の子なら可愛いけどね。」



シルヴァスの頭の中には、薄っすらと因幡大巳の姿が浮かんだ。

彼がシルヴァスの前で()()という言葉を口にしたのを聞いたわけではないが…何となく、『ああいう男は言いそうだ』と、シルヴァスは考えていた。

実際、ビンゴである…。



それから、カヤノの瞳が潤んでいるのを見ると、シルヴァスはそっと目元を拭ってから言った。



「心配しなくていいよ。高い所まで飛ばしたけど…その後、風に乗せて陸の上にちゃんと戻しておいたから…そっと下したんでケガもしてないよ?現人神の立場で、罪もない人間をどうこうしたりするわけないだろう?」



カヤノにはそう言ったが、大和皇国の純粋な神々ならその通りでも、異国の精霊系であるシルヴァスは、実際はそうでもない時も…実はある。

とりあえず、クリスティアンはカヤノに言った通り陸に戻してやったが、彼の自宅からかなり遠い所まで飛ばしてやった。



家に戻るには、一日くらいかかるかもな…。



「フン。」



と、一瞬だけクリスティアンを吹っ飛ばした方向に目をやり、シルヴァスは踵を返す。

カヤノは、シルヴァスがクリスティアンに思ったほど酷い事をしなかったのだと思い、ホッとした。



「シルヴァス…ありがとう。クリスティアンに酷い事をしないでくれて…。ずっと苦手な子だったけど…幼馴染に違いないんだもの。イジワルされた事も今なら、思い出の一つだと考えられるわ。」


「そう…じゃあ、もうアイツの事はいいから、君の家に行ってみようか?どっちに行けばいいんだい?教えてくれる?」


「あ、ハイ。そうね…時間ばかり過ぎちゃうわね。行きましょう。」



 二人は、カヤノの生家だった場所に向かって歩き出した。


本日もアクセス、ありがとうございました!

明日も更新予定です。

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