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春の嵐と恋の風㊼

おはようございます。

二人の現状です。

 カヤノは卒業間近だというのに、毎日、現人神養成学校に通う事を余儀なくされた。



いつ思い出すかもわからない記憶の復活を待つよりも、サッサとその時間、忘れてしまった授業内容を上書きしてしまった方が早いという教師達の判断に従ったのである。

本人も毎日不安に過ごしているよりも、その方が気が紛れて、ずっといいと感じている。



 学校では結局、主に担任であるサルマンがカヤノにマンツーマンで勉強を教える事になった。

これだけは譲れないと、担任がオグマや学園長を牽制した結果である。


それでも、たまにサルマンに用事がある日はオグマや学園長が教える日もあったが、二人の教師ともそれぞれタイプが違うのに教え方が上手で楽しく、要点を押さえた教師達のオリジナル課題を熟す事で、思ったより効率良く学習は進んで行った。


一度やっているせいか、確かに無意識に多少覚えている感覚があり、カヤノの学習理解度は早く、重要な項目の要点を効率良く行うだけでも、何とたった一週間で半年近い内容を身に付けてしまった。

無論、教師達がうまく凝縮した内容で学習範囲を進め、不要と判断した部分を全てを削ぎ落してカヤノのペースに合わせながら、かいつまんで教えてくれる為、そうしたスピード習得が可能になったのである。


三人の教師達は『この分なら…』と胸を撫で下ろし、学園長は自分の代理としてオグマを現人神統括センター内からアクセス可能な教育委員会に送り込んだ。

そこでオグマは、カヤノに対する報告とハグレ認定を行うセンター内の部署へ特例を認めてもらうように圧力をかけて欲しいと頼み込む。


その甲斐あって、カヤノは同級生と同じく卒業式に参加させてもらえる事になり、卒業後一年以内に再度単位を取り終える約束で、学校にしばらく通う事が許された。


オグマの教育委員会での交渉で、出席日数や時間なども一度受けた授業だとして免除される事も決まり、単元ごとの試験をパスさえすれば単位を認めてもらえるようも取り計らってもらえるのだという。

そうして、単位を取り終えた段階で晴れて正式な卒業資格をもらえるのだ。


これもアレステル・オグマと彼を派遣した学園長のお陰だと、サルマンも渋々認めていた。

カヤノもアレステル・オグマの教師以上と言える交渉術の手腕には目を瞠った。


ちなみに、もし期限内に学習が到達できなければ、ハグレ現人神と同様の認定を受けざる得ないが…今のカヤノの学習進度を見れば、全く大丈夫だと学園長もサルマンも太鼓判を押してくれた。


オグマは最初から『大丈夫だ』と確信していたようだが。

問題児ばかり担当し続けると、どうやら教師の度量というか…懐も広くなるようだ。


カヤノもようやく全ての授業を受け直す必要はなく、卒業後一年以内に試験をパスしていけばいいのだとわかり、見通しが立った事でホッと一息ついた気持ちになった。


長い期間で身に付けて来た学習内容を一年で済ませと言われれば、普通なら不安だし、無理だと思うだろうが、優秀な三教師がマンツーマンで毎日教えてくれている事で、自分の勉強速度と効率が並みではないのを体感し、何とかなりそうだという確信と自信を持てるようになってきたのだ。



『これで後は少しづつでも記憶を取り戻して行ければいい!』



カヤノが前向きになり、精神的に充実した日々を過ごし始める中。



毎日、シルヴァスにトロトロに甘やかされ、すっかり記憶を失う前以上に彼に懐き始めていた…。



☆   ☆   ☆



 学校から家に帰ると、比較的仕事の早いシルヴァスは、夕食を作ってカヤノの帰りを待っている。


昨今のシルヴァスは、帰りが遅い日でもカヤノと同時くらいか、それよりも数十分過ぎる程度の帰宅時間を維持し、通常の社会人から比べると恐ろしく早く家に戻って来た。

今の所、残業をして遅くなる日は滅多になかった。


そして、カヤノよりほんの少しだけ帰りが遅かった日は、彼の指示で二人で仲良く夕飯の支度にとりかかるのである。


 シルヴァスという現人神は、驚くほど甘い男で朝、自分が仕事に行く前にカヤノを膝に乗せたりと蕩かすほど可愛がる。

夜は、サルマンに出された宿題をオグマに言われた通り教えて欲しいと頼むと…それはそれは、本業かという程、わかりやすく教えてくれるのだ。



シルヴァスはすごい!

教師に転職しても全然、やって行けそうな気がする!



しかし、カヤノが彼をそのように尊敬するのは束の間で…。

恐ろしく効率的に勉強を教え終わると、決まってシルヴァスは余った時間でカヤノに報酬を求め、朝にも増す勢いで甘く迫って来るのだ。



「ねえ、カヤノ…君の宿題、早く終わったから、頑張って付き合った僕にご褒美をくれる?君からチューしてほしいな。」



とか…。



「フフ…可愛いパジャマが売ってたから、つい買っちゃった!今すぐ寝る支度をして、僕に着て見せてほしい。勉強を教えてあげたんだから、お礼に写真を撮らせて?」



と言って、モコモコのうさ耳フード付きパジャマを差し出してカヤノに着せ、自分はパシャパシャと写真撮影に入る。



これには参った。


ヘンタイっぽいし、フラッシュが眩しい…。

目がチカチカする。

何で家で撮影会状態になっているのだ。

というか、その写真現像したらどうするの?



カヤノは、この自分の記憶から抜け落ちている保護者であるシルヴァスの親バカぶりと甘さに、かなり辟易していた…。


それなのに、それが嬉しいと思ってしまう自分もいるから複雑だ。


『自分もヘンタイの()があるのかしら…』

そこまで思って、大きく首を振る。



「私、きっと記憶を失う前、本当にシルヴァスが好きだったんと思うわ。」



そう、独り言(ひとりご)ちる彼女の言葉に反応してシルヴァスがピクリと体に反応を示す。


最近では、そんな程度の過ぎたシルヴァスにチヤホヤされる事が心地良くなってきているカヤノは、自分が彼に告白をしたのだと信じられるほど絆されていた。



これだけ自分を大事にしてくれる上に、ラブラブオーラを放たれては、他に(るい)を見ないブ男でもない限り…相手に落ちないという方が珍しいのではないだろうか?

しかも相手(シルヴァス)は、綺麗な顔の優そうな青年なのだし…少々、行為が変でも許される気がする。

(カヤノの心中)



 一般的に現人神は、女性の数が少ないので競争倍率が高く、彼女らの心を射止めるのは大変なのだが、現段階でカヤノにはシルヴァスに勝るアプローチが可能な対抗馬が他にいない。


シルヴァスは意識的にカヤノを独り占めしているし、保護者は触れ合う時間が多いという特権を持っているのだから圧倒的に有利な状態なのだ。

まだ、社会に出ていないカヤノの生きる世界は、度重なる事件のせいで学校と家くらいしかないのもシルヴァスにとっては幸いしている。


裏を返せば、この期間こそが保護者特権を持つシルヴァスの勝負所でもあった。



シルヴァスはほくそ笑む。



だからこそ、この間に『賭け』まで用いているのさ…本人は忘れているけどね。

引き続き、一気に攻め落とす気持ちでいかないと!



 そう思いながら、猛アタックを日々かけている彼は、今も(くだん)のうさ耳パジャマでソファに座る風呂上りのカヤノに、なぜか執事姿で良く冷えたレモネードを持って給仕をしていた…。



こすちゅーむ・ぷれい(コスプレ)っていうのかな…こういうの?

(カヤノ・心の声)



差し出されたレモネードに挿してあるストローにカヤノが口を付けると、盆を置いたシルヴァスがすかさずカメラを片手に『カシャ、カシャ』とシャッターを切る。


そして、相好を崩しながらカヤノの先程の呟きを聞きつけ、問い返してきた。



「嬉しいなぁ!記憶がないのに、僕の事が好きだって前に告白してくれた事に納得してくれたの?でも、急にどうして、そう思ったんだい?」



シルヴァスは心底、この状況を楽しんでいた。

カヤノの独り言のように吐き出された正直な心中も聞いて、上機嫌でもある。



「だって…こんなパジャマを着て…シルヴァスがカメラ向けてる状況って変だと思うの…。でも、イヤってわけじゃなくて…あなたが私に色々してくれるのが嬉しいって気持ちもがあるから。」


「カヤノ!!」



カヤノの言葉にシルヴァスは感極まったように感激を示し、重たい一眼レフカメラをカヤノの座っていない方のソファに放り投げて、彼女の両手を握った。



「僕が君に色々するのも嬉しいって思ってくれるの?(どうしよう…もっと君に尽くしたい!)何、それ…可愛いんだけど。何か僕にお願いとかない?僕ができる事なら、何でも叶えて上げる!」


「え?いえ、いきなり、お願いとか言われても…思いつかないわ。それに私、記憶もないし、シルヴァスに自分がそんなお願いしていい存在なのか、わからないっていうか…気が引けるわ。」


「僕が良いって言っているんだから!!良いんだよ。」


「でも…。」



カヤノは言い淀む。

その間にも、握った両腕をシルヴァスが唇を押し付けて来て、カヤノは顔を真っ赤にしてビクリと震えた。



「何か、思い当たるなら…正直に口に出して?前から、君は自分の気持ちを隠す傾向があったけど…いつも言ってたんだよ?僕には、何でも言って欲しいって。」


「そう…なの?え、えっと、じゃあ…。」



カヤノは目を逸らしながら、考えているような素振(そぶ)りをした。

シルヴァスはカヤノが次に発する言葉をじっと見詰めて気長に待つ。

すると、おずおずとしながらもカヤノは、小声で照れるように顔をまだ赤いままにして言った。



「じゃあ、あのね…私、お父さんとお母さんと一緒に暮らしていた国に行きたい。その時に暮らしてた家を…外からでもいいから…見に行きたいの。」



シルヴァスは、驚いた表情を浮かべる。


それはカヤノが記憶を失う前にシルヴァスがデートと称して、異界対応・現人神専用タクシーを貸し切って、連れて行ってやったばかりの場所でもある。


覚えていないとはいえ、そこに行きたいのなら、シルヴァスが以前連れて行ってやったのは、カヤノにとってビンゴだったのだろうとシルヴァスは思案する。


記憶のある彼にとっては、行ったばかりの場所だったが…今のカヤノはそれすら覚えていない…。

それならば、彼女がやっと言ったお願いを聞いてやりたいと、シルヴァスは即座に決断をした。



「わかった…いいよ。今度の休みに行こうか?宿を取って一泊してもいいね。」



すぐに優しい微笑みを向けるシルヴァスの提案に、カヤノは表情を明るくした。



「ありがとう!シルヴァス大好き!!」



そして、すぐさま礼を述べて彼の首元にカヤノが抱きつくと、シルヴァスは眼を見開いて顔を赤くする。

自分はカヤノにもっときわどく迫っているクセに、相手の方からの大胆な行動には、どうやらシルヴァスには免疫がなかったようだ。



「こ、こら…女の子から、そんな風に抱きついたら…はしたないよ…(嬉しいけど)。」



カヤノの手をそっと解いて、シルヴァスはバクバクした己の心臓を押さえた。



ただでさえ、カヤノは今、うさ耳付きパジャマというレアな格好なのだ…。

自分が着せたとは言え、理性への破壊力は凄まじい。

こんなにもフワフワな触り心地で抱きつかれると余計にマズイ。



しかも、引き取ってから数年で育ったカヤノの体にある女性特有のある部分が、ムギュッと押し付けられて自分の下半身が反応しそうになり、シルヴァスは、なおの事、焦った。



「ごめんなさい。嬉しくって…それまで学校の課題をたくさん終わらすわね!寝る前にもう少しサルマン先生にもらったプリントを進めてくる!今から、お休みの日が楽しみ!」



明るく笑むカヤノはシルヴァスから離れて謝ると、可愛くうきうきとレモネードを一気に飲んだ。


それからしばし経ち、彼女が自室に向かうのを見送ってから、執事服のタイを緩めながらシルヴァスは息を吐いた。



「ああ、驚いた。カヤノは人間を怖がる猫みたいな子だったから…まさか、あんな風にくっついて来るなんて思わなかった。いや、元来はああいう子だったのかな?辛い記憶が削ぎ落ちて、元々の彼女が顔を出したのかも。」



シルヴァスは、記憶を失くして落ち込んでいたカヤノが、少しづつ前向きになって来ると共に、以前よりも彼女が素直になっている事を感じていた。



「やっぱり、ろくでもない記憶は消えた方が、彼女にとっては幸せだったのかもしれない。今のカヤノは前よりもいい表情をするようになった。できれば、このまま思い出さないでいてくれればいいなぁ。」



『それに…。』とシルヴァスは付け加えて思う。


『カヤノは、今までよりも僕に懐いた』…と。



今まではシルヴァスが口でいくら言っても、素直に甘える事など皆無に等しいほどしなかったが、最近のカヤノは少し待ってやれば、今のようにちゃんとシルヴァスの言う通りに甘えてくれる。

勿論、元々、遠慮っぽい彼女だから、その事に変わりはないが…以前はもっと頑なに自分の本心が言えず、まるで己を諫めるようにできるだけ他者に甘えようとしなかった。


それに引き換え、今のカヤノは聞かれれば、申し訳なさそうに遠慮がちな色を浮かべても、ちゃんと自分の意志を伝えられるのだ。



「無邪気に抱きついて喜びを表すなんて…以前なら考えられないし、自分が僕の事を好きだったと思うなんて事も正直に言ってくれて…前も可愛くて仕方なかったけど…今は食べるのを我慢するのが激しく辛いな。」



執事服を脱ぎながら自室に向かい、着替えを取って、己の高ぶりを押さえる為に風呂場に入って行くシルヴァスは、『ドカン!』と一回壁に頭を打ち付けた。

シルヴァスの忍耐は増量中だった。


額は赤くなったが、痛みは特に気持ちを落ち着けてはくれない…。



「自分で着せておいて、兎さんパジャマは失敗したぁ。記憶を失ったばかりで学校に再び通い続けなきゃならなくなった彼女を…今の段階でどうこうするなんてできないし。」



風呂で冷たいシャワーを浴び、ブルブルと動物のように濡れた髪を振って、シルヴァスは頭を抱えた。



「全力で落としてやるつもりが…うん、今も全力で可愛がって入るけど…同時に彼女にどんどんハマってきて、全力で虜になっちゃいそうな気がするんだけど。これ…どういう状況さ。」



独り言をいいながら、シルヴァスは眉を顰めて思う。



これじゃ、ミイラ取りがミイラになるようなもんじゃないか⁉


と…。



「ヤバイ…せめて卒業までは、彼女を襲わないように耐えないと…つうーか、耐えられるのかな?自信がない…。でも、学校卒業までは保護者でいないと色々面倒で…うう、頭がグルグルする。」



一度、目を瞑った後、そうっとまた開いて、空を仰ぐ。

見えるのは風呂場の天井だが、シルヴァスは空を見上げるような遠い目をした。



「作戦変更。全力で落とすより、全力で理性を作動させないと…。」



風呂を出たシルヴァスが、スウェットを着て、カヤノ専属・本日の執事業務を完全終了し、洗面上を出ると、問題を解いていたカヤノがわからない箇所の遭遇したらしくシルヴァスの腕に自分の腕を巻きつかせて部屋に連行していく。



「お風呂出たんですね?丁度良かった!シルヴァスがまだ起きてたら、この問題だけ教えてもらってもいい?一問だけですから!」


「う、うん…勿論だよ。可愛い君の為だもの…。」



全力で理性を作動させると誓った矢先にこの状況…シルヴァスは風呂に入ったばかりだというのに、笑顔の裏で脂汗を掻いた。


カヤノの自室に引きずり込まれて、主に自分が買いそろえてやった家具で構成された少女の女性らしい部屋から香る良い匂いにクラクラと理性を刺激されて、カヤノに宿題プリントの問題を教えるシルヴァスは面食らった。



「(あたる…)お願いだから…もう少し離れて…。」



先程からずっと、カヤノの女性らしく成長した一部分をまた無意識で押し当てられて、言いたくても言えない一言を胸に秘めるシルヴァスは…カヤノの部屋から立ち去った後も冴えない顔で自室のベッドに入り布団を被る。



それなのに!



シルヴァスは、今夜も眠れなかった…。



 それに相反するようにカヤノは、シルヴァスとの休日に思いを馳せて、幸せな気持ちで床についたのであった…。


 二人の気持ちは、今夜もすれ違う。

本日もアクセス、ありがとうございました。

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