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春の嵐と恋の風㊶

意地悪シルヴァスの精神揺さぶり攻撃とマイナス思考の臆病なカヤノの自己嫌悪MAX。

 二人は運転手の待つタクシーの場所まで戻ると、次にカヤノが両親と長年暮らしていた国に降り立った。


タクシーの運転手は、相変わらずカヤノが地元に明るいからとシルヴァスに同行を断られ、また置いて行かれてしまう。


彼は半ば拗ねた表情で『わかりました』と言って、カヤノとシルヴァスが歩き出すのと同時にそっぽを向いて車内に入り、今、大和皇国で流行っている持ち運び可能なゲームを取り出すと、一人、寂しく興じ始るのだった。



 カヤノが生まれてから両親と暮らしていた国は、小さい島で人口のほとんどが海に携わる仕事をしていた。


漁師や取れた魚介の缶詰工場、釣り道具の老舗企業に小さな造船場。

真珠を使ったお土産用の店やマリンスポーツ・ショップ。

海洋生物の博物館などが多くあるのが、その国の特徴だと思う。


カヤノの両親は、このようやく国と認定されたほど小さな島の大臣に依頼されて、付近の海にまつわる化け物や島の所々に封じられていた悪しきモノを退治したり、清めたりして無害化して来た。

両親がコツコツと仕事をしてきたお陰で、この国の伝説やおとぎ話となっていた化け物の存在は、今や若い世代からは迷信のように思われているらしい。


シルヴァスの故郷の国の精霊達のように、こうしてこの国のおとぎの世界の住人も、やがては姿を消して行くのだろう。

もっとも精霊と違って、両親が闘ってきた相手は、人間に害をなすものばかりだが…。


 当時のカヤノは、この国があまり好きではなかったが、両親と過ごした思い出の全てがここに在ると思うと、懐かしさが込み上げた。


元々、カヤノは海よりも山派だった。

だから、確かにこの国で生まれた育ってはいたが、海しかないこの国には最後まで馴染めなかった。


両親は、農耕系の神懸(かみがか)りだったカヤノが海辺と合わない事に気付き、幼い頃から消極的な娘を心配していたが、一人で大和皇国に戻すわけにもいかず、再三に及び本国に帰国する為、後任の要請をしたようだが、人手不足から適任者が見つからず、いつまでも帰国できずに月日が過ぎ去った。


ようやく、帰国が叶った時にはあのおぞましい船の事件が起き、結局はカヤノは大和皇国に両親と共に降り立つ事が叶わなかった。



両親だって、故郷に帰りたかっただろうに…。



その事を思うと、この地での思い出と共に、両親の無念の気持ちに胸が痛む。


歩きながらもシルヴァスに自分の覚えている限りの生活を説明しているうちに、カヤノの頬には不意に一筋の涙が伝わった。


自分でも気付かなかった涙の存在に、シルヴァスが気付き、そっとカヤノの頬を手で拭う。



「ごめんね…僕が連れて来ちゃったの…無神経だったかな?ご両親の事を思い出して辛くなったよね?」



カヤノは自分の目から、涙が伝っている事に初めて気付き、首を小さく横に振った。



「いえ、懐かしかっただけです…。」



カヤノはそう言うと、口を(つぐ)む。



シルヴァスには心配をかけたくない。



カヤノは、両親にでさえ自分の気持ちをさほどハッキリと言えない子供だった。

両親を亡くし、マッド・チルドレンの事件後は、更にその傾向が強くなった。

当然、シルヴァスにも言う気はない。

だが、今度はシルヴァスが首を振った。



「それもあるだろうけど…結局、君のご両親は大和皇国に一緒に戻れなかったんだろう?色んな事がいっぺんに思い出されたんじゃない?カヤノ…僕には、何でも思った事を正直に話していいんだよ?」



シルヴァスに思っていた事を大方、当てられて、カヤノは少し落ち着かなくなる。



親だってカヤノが言った事に対して、それ以上深く聞いてくれる事なんて滅多にないのに…。



シルヴァスは真っすぐとカヤノの瞳を射抜いて来る。

カヤノは目を逸らそうとしたが、彼はカヤノの頬をそっと撫でるようにつかみ、顔を自分の方に向けさせた。



「ほら、そうやって…自分の気持ちを隠そうとする。カヤノは臆病だな。そんな君が僕に告白をしてくれた時は、相当の勇気を奮ってくれたんだろうね。僕は後悔してるよ。」



できる事なら、忘れてしまいたい日の事を持ち出されて、カヤノはカッと頬を熱くした。

そして、無理にでも違う方向を見ようと体を引いたが、シルヴァスに片方の腕をつかまれた。

軽くつかまれた腕に痛みは感じないが、シルヴァスはビクともせずにカヤノを離さない。

堪らずカヤノが、恐る恐るシルヴァスの方をもう一度、上目遣いでチラリと見る。

すると、先程より至近距離で眉を下げた熱っぽい憂い顔の彼がカヤノを見詰めていた…。


カヤノは内心『キャアッ』と叫んだ!


優しそうな顔の印象から、何となく男性を感じさせない部分があるシルヴァスだが、彼も現人神であり、元来が精霊なのだ。

精霊や妖精の類は、ただでさえ綺麗な者が多い。

シルヴァスだって、例外なく綺麗な顔の造りをしている。


ただ彼の持つ普段の雰囲気が、どこか軽いお茶らけた三枚目な所があるので意識しないが、改めて見詰められれば意識せざる得ない。

挙動不審に目をあちこちに向けるカヤノに構わず、シルヴァスは続けて口を開く。



「僕は君を傷付けてしまったよね?どうか僕に償いをさせて欲しい。カヤノを一生かけて大事にする。大和皇国に帰ったら、君の両親が作れなかった楽しい思い出ばかりをこれからも僕が作るから。」



甘く囁かれ続けるシルヴァスの言葉にカヤノは、ボボボッと赤面に赤面を重ね、ついに彼の手を振り払い、勢いよく後ろに下がった。


既にカヤノの瞳から流れる涙は止まっていて、火照(ほて)った体温で頬を濡らす液体も乾いてしまった。

あわあわと慌てふためきながら、カヤノはシルヴァスに照れ隠しをするように言い放つ。



「な、何言ってるんですか⁉プロポーズみたいな言い方はヤメテ下さい!!それに私、もう全然、傷ついていないですから!これ以上大事にしてもらうのは恐縮です。卒業したら、いずれ出て行くんですから!」



その瞬間、シルヴァスは泣きそうな顔になる。

カヤノは『えっ⁈』と思い、シルヴァスに少しだけ近付いた。

そんなカヤノに潤んだ瞳を向けるシルヴァス。



「勿論、プロポーズだよ。カヤノ…やっぱり傷ついているし怒っているんだね?僕はいつも君に一緒にいて欲しいって言っているのに…求婚し続けているつもりなのに…それなのに…プロポーズみたいだなんて。君の告白を流したから仕返しをしてるの?」


「うえっ?いえ、そういうわけでは…でも、シルヴァスには…。」


「僕には何?ハッキリ言って。肝心な所で君は口ごもるんだから!それに一緒にいたいって言っている僕に、平気で卒業したら出て行くなんて言ってさ…賭けを忘れたわけではないよね?」


「…シルヴァスには、私は似合わないって思うんです。賭けは忘れていません。ですから、賭けに勝って出て行きます。」


「一度は僕の事、好きだって言ってくれた君が…僕と似合わないなんて言う?好きな気持ちは、似合う似合わないの問題ではないだろう?もう君は、僕が嫌いになっちゃったの?」


「嫌いになんて…。」



なれるわけがない…。



カヤノはまた、言葉が続けられなくなった。

シルヴァスは、泣きそうな顔のまま、カヤノを強く抱き寄せる。



「言っておくけどね…僕を嫌いになっても無駄だよ?これからも何度だって君に求婚するし、口説いて、一度だって頷いたら君と僕の間で契約締結とみなす。賭けには必ず僕が勝つから…卒業したら出て行くなんて、あまり言わない方がイイ。」



シルヴァスの『賭けは自分が必ず勝つ』と疑わない自分勝手な物言いに、ムッとしてカヤノは彼を強く突き放そうと手に力を込めた。



「必ずっておかしいですよ⁉私が賭けに負けるって…まだ、わからないじゃないですか!シルヴァスとは離れたいって言っているのに、嫌いになってもダメだとか…シルヴァスのわからずや!」



カヤノは立腹したが、それでもハッキリとシルヴァスの事を嫌いだとは言わない。

シルヴァスの腕の中から逃れようと、暴れるカヤノの自由を奪うようにシルヴァスは一層、手に力を込めて彼女の体を抱きしめる。


ついに疲れて、暴れる腕をだらんと下げたカヤノに、先程とは一転、豹変したシルヴァスが不敵な笑みで言った。



「フフ…わからずやは君だ。僕から逃れたいなら、なぜ告白しちゃったのかな?ついでにサルマンの所に行って、自立なんてしようとするから、余計に君自身が僕の目を覚まさせた。自業自得じゃないか…責任取れ。」


「責任て?いくら何でも、自己中発想すぎでしょ!」


「精霊だもの…正直で気ままで自分勝手なのは、専売特許だよ。」


「でもシルヴァスは、今は現人神で人間でもありますから…いい加減に精霊寄り過ぎるのも問題じゃないんですか?」


「アハハ、そう言われても『っぽく』はできても、元々人間じゃないしね。それに飽きっぽいって言われがちだけど、僕は人間より恋には一途なつもりだよ?それって悪い事じゃないと思うな。」



カヤノはシルヴァスに膨れた顔を見せる。

対するシルヴァスは、そんな顔を見せるカヤノも可愛いと、相好を崩した。



「ねえ、カヤノ…精霊に目を付けられて逃げられた人間はいないよ?僕ら、気に入った者を手に入れるのに躊躇はしないんだ。」


「知ってます。けど、ハルさんの事は手に入れられなかったじゃない。ずっと忘れられなかったんですよね?それから()()は逃げられないって言うけど、私だって人間寄りってだけで…普通の人間じゃないから!」



カヤノの嫌味を孕んだ言葉に、クスリと崩していた甘い笑みを意地悪く歪ませて、シルヴァスは気遣いのない言葉を吐く。



「確かに君は普通の人間ではないけど…()()()()のカヤノは弱いよねぇ。けれど…君を守ってくれる王子様はどこにもいないだろう?ハルとは違うね。」


「べ、別に…私は王子様なんか縁がないし。お姫様じゃないもの…守ってもらう必要なんてないわ。」


「僕がハルを忘れる事はないけど、()()僕の一番はカヤノだよ。僕ならカヤノを一生守ると誓う。僕も王子様じゃないから、カヤノとはお似合いさ。その代わり、僕は君を守る騎士になるよ。」



シルヴァスの言葉に一瞬、サメ男から助け出してくれた日の騎士姿の彼を想像し、妖精騎士さながらの美麗な精霊ナイトに守られる幸せな自分の姿を思い描いてしまった。

カヤノは、すぐに自分の思いを振り払うように頭を振った。



「何度も言っているじゃないですか…お似合い何て事はありません!騎士はお姫様を守る者です。」


「僕にとっては、カヤノがお姫様さ。騎士は自分が守る者は自分で決める。本物のお姫様を守るばかりじゃない。守る者がなければ騎士とは言えない…僕はカヤノを守りたい。カヤノ、僕を騎士にして?」


「ダ、ダメです!シルヴァスは私なんかの騎士になったら勿体ない。私に守護は必要ないから…他を探して下さい!!何なら、シルヴァスもセンターで私と一緒にお見合いの登録をしましょう?」


「つい先日、魔神に攫われそうになっておいて…守護が必要ないって?カヤノ、僕の元を離れたら、この世界じゃ君は一人ぼっちだよ?」



ちょっと前の泣きそうな顔はどこへやら…。

嗜虐心の見え隠れする色を瞳に浮かべるシルヴァスに、今度はカヤノの方が涙目になる…。



「ひ、一人ぼっちなんかじゃ…。」



そうではないとカヤノは言おうとしたが、それよりも早くシルヴァスが口を開く。



「確かに君には、ハルやサルマンや統括センターの職員が味方をしてくれるかもしれない。学校の友達だっているだろうね!でも、誰も君の家族じゃない。君の家族は今までだって僕だけだ。」



カヤノは大きく目を見開いてシルヴァスの腕の中で固まった。



意地悪なシルヴァス!

精霊は、本当にとても意地悪だ!

シルヴァスは、私に思った事を正直に言っていいと言ったが、自分も私の触れて欲しくない事をズカズカと言ってくるんだから!



だが、散々意地悪を言っておいて、すぐに悪魔のように、ふにゃりと柔らかい笑顔で微笑むと、この精霊は甘い言葉を耳元で囁き、カヤノを誘惑してくるのだ。



「ねぇ、カヤノ…今までと同じように僕と家族でいればいい。なぜ、わざわざ僕の元から離れようとするの?もっと素直に…楽に生きればいい。お見合いなんて辞めちゃいな?意地を張らないで僕と共にいよう。」


「ダ、ダメ…ダメです。シルヴァス…お願いだから、私をこれ以上、ダメにしようとしないで下さい。」



カヤノの渾身の力を込めた言葉にシルヴァスは舌打ちをする。



「何だ…カヤノ。君って案外、勘が良いね。僕がダメにしようとしているのがわかるの?ふうん?だったら、正直に言うよ。君なんか…僕がいないと生きていけないくらいダメになって、僕のモノになってしまえ!」


「何を言うんですか⁈それ…ちょっと、児童保護の仕事をする人の言葉じゃないですよ!」



本性を隠さないシルヴァスの狂気な色を映す深緑の瞳が、ビー玉のように明るく光る。

まさしく、カヤノとは違って純粋な人外の力に満ちた覇気に気圧されて、シルヴァスの腕の中に倒れ込んでしまわないように、カヤノは必死に足に力を入れて言い返す。

シルヴァスは、口角を上げてカヤノに釘を刺した。



「仕事と私生活は別に決まってんだろ?もうじき、僕は君の保護者じゃなくなる。」



そして、彼が舌なめずりをしたので、カヤノの内心は肉食動物に狙われた草食動物のように震えた。

それでもカヤノは不思議とシルヴァスに他の男性に感じるような恐怖心やトラウマを起こす兆しはない。

男性が苦手だと言うのに、それと同じ怯えはシルヴァスには、相変わらず起きないのだ。


しかし、シルヴァスの熱い視線にはカヤノを動揺させ、体の中から熱くさせる何かがある。

それに対して、怖いと感じるのは事実なのだが…他の男性に感じるトラウマの恐怖とは違う何かなのだ。


その事が悔しくて、カヤノは本気で声を荒げた。



「もう!いい加減に放して下さい。街中(まちなか)で大声をあげますよ?シルヴァスが相手でも、これ以上意地悪を言うなら、容赦しません!!」



カヤノの本気の抵抗を見て、『少々やりすぎだかな?』と言うような変わり身の早さを見せる表情を浮かべて、内心舌を出しながらもシルヴァスはサッと手を離す。

一瞬で今までの顔とは180度違う安全ないつものシルヴァスの表情に戻ると、彼はカヤノに言う。



「ハハ、参ったなぁ。僕に大声を出すの?そんな事されたら、堪らないや。もう意地悪言わないから、許して~。」



全く…。

この保護者は…。



カヤノの理性スレスレまで、様々な感情を(あお)って来るクセに、彼はカヤノが本気で怒り出そうとすると絶妙に引くのだ…。


その後、少年のようにあどけない顔で両手を合わせられると、カヤノはもう何も言えなかった。

こんなやり取りの毎日が続き、カヤノの神経は正直、かなりすり減っている。


本当はシルヴァスが言うように、カヤノだって楽に生きたい。

シルヴァスの誘惑に、もう一生、彼の傍に居座ってやろうかと考えてしまう。

ハルリンドの事も最近では、シルヴァスの言い分が正しいように思えてならない。


『彼女と違う部分を愛してくれると言うのなら、意地など張らずに彼の言うように、それを信じたらいいのでは?』


と、思ってしまう事が何度もある。


それでもカヤノは、その度に己を強く律するのだ。



『シルヴァスと自分は釣り合わない。』

『シルヴァスは身内の欲目みたいな感情で自分に恋愛感情を持っていると勘違いしているだけだ!』



そう呪文のように心の中で唱え、もし、自分がシルヴァスに応え、数年後、彼に本当に好きな女性が現れたらどうしようとも考えてみる。


カヤノは、シルヴァスに振られた瞬間よりも、ずっと深く自分が傷つく事を想定した。


 カヤノは男性が怖いのだ…。

大きな体の男の人に近付かれると、叩かれでもしないかと身構えてしまう。

これは条件反射のようなものだ。


マッド・チルドレンの事件で受けた心身の傷跡から、そうなってしまったのは否めない。

何もカヤノの心身を傷付けたのは、戦闘ショーだけに限らず、攫われてすぐにマッド・チルドレンの中には戦闘系の少女達と交じっている際に、カヤノに手を挙げる者もいた…。


理由はいつまでも泣くからとか、どんくさいからとか…大体がそういうものだった。


元より、正直に自分の心の内を話せない子供だったカヤノだが、保護された後も、その事で余計に自分の気持ちを表現するのが苦手になった。

泣き虫の自分が、一応、泣くのを堪えようと努力するようになったのは、このマッド・チルドレン達の中での生活によるものだ。


確かに、すぐに泣き出すのもどうかと思うので、一応、泣かない努力をするようになったのは良い事なのだが…涙をこらえるクセがついた理由の方は、周りに気を使わせそうで絶対に話せないと思う。

それに努力をした所で、カヤノは結局、涙を止められないのだ…。


そんなこんなで唯一、怯える事なく、自ら心を寄せたシルヴァスに裏切られたら、今度こそ再起不能になる予感がする。

もう、誰が相手でも立ち直れなくなってしまうかもしれない。

今度こそ、流した涙を永遠に止められず、泣き暮らす未来しか見えない。


自分でも、こうした感情の正体を分析してわかった事がある。


自分がシルヴァスから離れようとするのは、何も彼の為にだけが理由ではない。


トラウマだけでなく、受けた心の傷ですっかり臆病になってしまったカヤノは、男性に関わって、あるいはそれ以外でも…これ以上傷つくのが嫌なのだ。


だから、もはや自分に恋愛は不可能だ。


もしかしたら、シルヴァスがカヤノへの恋情は勘違いだと気付いた瞬間に、カヤノはその心を自分に向けさせようと努力するガッツもなければ、他の女神相手にシルヴァスを巡って戦う自信もないのだ。

その、どれもこれもが怖いのだから…。


そんな者が恋愛をする資格はない。


とにかく色んな事が怖くて仕方がない自分は、シルヴァスが言うように、誰かに守ってもらわなければ生きていけないのかもしれない。

そこで自分は恋愛をすっ飛ばして、お見合いをしようと楽な方に逃げたのだ。


こんな自分の心理を学校に戻って、担任に相談すれば、きっと臆病な気持ちを打ち破るように、励ましてもらえるだろう。

そして、トラウマ克服を試みた時のように『頑張れ』と背中を押してくれるに違いない。

他にも色々、助けになってくれるかもしれない。



だが、自分の感情の正体を考えて、カヤノは自分が『頑張りたくない』のだという事もわかった…。


今まで自分は、色々頑張って来たが、頑張るのは疲れた。

頑張ってもカヤノは、いつも大きな成果を得られなかったではないか。


頑張っても怖いものは怖い…。

頑張っても一番になれたわけではない。

頑張っても自分には誰も助けられなかった。


マッド・チルドレンにつかまっていた頃も泣くのを止められなかったし、今でも泣くのを堪えるクセが付いたのに、堪えるきる事ができない。


カヤノは、シルヴァスの『頑張らなくてもいいよ』と言う言葉を思い出す。

かつては両親もそう言ってくれたが…。


他人でそんな事を言ってくれるのは、シルヴァスしかいないかもしれない。

が、そのシルヴァスに振られたと思った時、自分は頑張って彼を振り向かせようなんて事は考えられなった。

結果、一度は振られて、シルヴァスとの恋愛関係に至るには発展しなかった。

頑張るのは告白までで、振られた後に頑張るのは、身を引こうという形でしか表せなかった…。


本当は、シルヴァスを振り向かせる努力を頑張らねばいけないのだろうと思う。

少女漫画の主人公だって、そうしている。


シルヴァスが今、自分を好きだと言ってくれているのは、偶然、魔神に自分が攫われそうになった事件があったからだ。

それがなければ、今もシルヴァスが自分を愛しているだなんて告白してくる事はなかったに違いない。


その事件でカヤノを助けなければと思った事が、シルヴァスにとってカヤノを愛している証拠だと思えた発端のようだが…カヤノにしてみれば、シルヴァスは咄嗟に自分と言う家族を責任感から守っただけかもしれないと思えてしまう。


今、シルヴァスに好かれているのは、単に棚ぼたのようなもので、本来は頑張らないでいいと言った人を得る為に、()()()()()()はいけないのである。



欲しいものを手に入れる為には…『頑張る事』が必須。



でも、怖くて頑張れないカヤノには、欲しいモノを得る権利はない。



シルヴァスの口説きに(ほだ)されてはいけない。



それは本来、カヤノが得られる筈のモノではなかったのだ。

絆されて、失えば…自分は頑張れないとわかっているのだから、自分の心は完全に壊れてしまう。

彼の言葉を鵜呑みにして、蓋を開けたらハルリンドと違うと幻滅されたって、カヤノにはどうする事もできない。



傷つきたくないし…頑張りたくない。



それなのに今、頑張ってカヤノは、自分が傷つかない為に…シルヴァスから離れる為に…賭けに勝とうとしている。



堂々巡りみたいだ。

滑稽でならない。



「どうしたらいいんだろう?頑張りたくないのに…頑張らないでシルヴァスに落ちるのは嫌。彼の求愛に応えたら、失った時が辛いもの。」



深く傷ついた経験のあるカヤノは、必要以上に自己防衛本能が働いていた。

それは己の免疫が過度に反応してしまい、自分自身を攻撃してしまうアレルギー症状にも似ている。


カヤノの頭はこんがらかった。

そして、考えすぎる事でマイナス思考に拍車がかかる。

シルヴァスに絆されそうになりながらも、カヤノはそれに伴うあらゆる恐怖に囚われていたのだ。



 毎度、繰り広げられるシルヴァスのカヤノを精神的に動揺させる口説きと押し問答を繰り広げたばかりで、ふらつきそうになる体を何とか普通に保ち、カヤノは長い間、両親と暮らした国の案内を再び始めた。


シルヴァスも本日の攻撃を終了したようで、カヤノのガイドに、ようやく真面目に耳を傾ける気になったらしい。



 今までのやり取りを打ち切り、何事もなかったようにカヤノがシルヴァスに街を案内しながら海沿いを歩き始めると、不意に誰かに声を掛けられた。



「ちょっと、すみません…。」



カヤノとシルヴァスは、同時に声の方向に振り向いた。

本日から普通に次回、金曜日更新予定です。

ご迷惑をお掛けしました。

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