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春の嵐と恋の風㊵

本日もアクセスありがとうございます!

完結後など評価等、頂ければ幸いです。

 海の上を超えて、瞬く間に車は異国へと移動していた。


不思議なタクシーに乗車するのは、カヤノにとって初めての経験だ。


その為、最初はカヤノも空中での揺れを怖がって、シルヴァスに抱きついて叫びっぱなしだったのだが、そのうち運転手の言っていた乱気流とやらが落ち着いたのか…叫び疲れて声がかすれる頃には、車が安定した走り(飛行)に変わって、声を上げずに済むようになっていた。


それから、安定走(飛)行は続き、カヤノは空の景色を楽しめるくらいにタクシーにも慣れた。


やがて空から見る圧巻の光景に感激し、目的地の異国の地に降り立って外に降りる瞬間には、おずおずとしながらも運転手に礼を述べるに至る。



「あの…運転手さん、最初、怖がっちゃったけど…慣れたらとっても素敵だったわ。うるさく叫んだりしてごめんなさい。嫌がらずに乗せてくれて、ありがとうございました。」



カヤノの言葉に、わざと荒い運転を行ったドライバーは、ばつが悪くて目を逸らし、頭を掻いた。



「いや、乗り物に弱い連中なんかもいるんで…お客さんなんか全然…その(可愛いっつぅーか)…とにかく、礼を言われる事じゃないんで。」



その言葉でホッとした表情を浮かべたカヤノを横目で見ながら、頭を掻き続ける運転手の頬と目の間が微かに赤い…。

男性が苦手にも拘らずカヤノがしゃべる姿は、相手からすると恥ずかしがり屋の少女がいじらしくも一生懸命、自分に向かって話しているのが見て取れて、粗野な運転手のハートをサクッと軽く刺激した。


どちらかと言うとカヤノにとって口の荒い運転手は、苦手タイプに位置するのだが、凄く苦手という程でもなく、たどたどしくあればギリギリしゃべれるというラインだ。

今はシルヴァスも一緒なので、安心感からか、余程大柄な男性でなければ、震えるほどの症状も出ずに済んだ。


運転手の目には、そんな物怖じしながらも精一杯な素振りの少女が、清純そうに映る。

つまり、好みの範囲(タイプ)であり、残念ながらカヤノは自分が苦手とする粗野な男から好かれる傾向があるようだ。


カヤノに話し掛けられた事で、途端に運転手の接し方が変わったのを敏感に感じ取ったシルヴァスは、さも不満そうな表情で運転手に向かって口を開く。



「この辺りには僕、詳しいから…悪いけど二時間後、ここに迎えに来てくれる?君はついて来なくても大丈夫だから。」


「え?」



ガイドを兼ねる運転手は、当然、自分も客に付いて行くつもりで車に結界を張り、外に降りたったのだが、シルヴァスにすぐさま同行を断られてしまい、呆気にとられた顔をした。

そんな呆けた顔の男を無視して、シルヴァスはカヤノの手を取り、振り向き様に運転手にシッシというようなしぐさをして、彼を取り残して歩き去って行く。


運転手は、お客が去った後、車を移動させるのも面倒で、その辺の原っぱの上で転がると溜息をついた。



「あーあ、俺も恋人が欲しい…。」



しがないタクシーの運転手は、二時間あまりもの時間をどうしようかと考えに耽りながらも、そのまま、ウトウトと昼寝に入った。



 ☆   ☆   ☆



 二人きりになると、シルヴァスは小さな声でカヤノに言った。



「カヤノには困ったものだね…自覚なしなんだから。」



カヤノはシルヴァスが何を言っているのかよくわからず、首を傾げた後、深く考えずに歩く。

しばらく足を進めると、かつてその国が繁栄していた時代の遺産でもあり、今や観光地にもなっている街並みが見えて来た。

物語の挿絵になっているような昔ながらの町並みの奥にそびえたつ立派なお城や、塔のある夢のような一帯がそこには広がっていた。




「わあ!スゴイ。絵本の世界みたい。」


「フフ…こういう場所は好き?」



はしゃいだような声を上げるカヤノを見て、シルヴァスは満足気に問う。

カヤノも元気良くシルヴァスに言葉を返した。



「ハイ!綺麗です。こんな場所があるんですね!今にも王子様やお姫様が出て来そう…。シルヴァス、私、異国のお城って始めて見たかも。」


「君は外国暮らしが長かった筈だけど…ご両親とこういう所には来なかったの?」


「両親は仕事で赴任していたので、時間に余裕があったわけでもないですし、休みの日もどちらかというと買い物や日常の用で時間が潰れてしまって…のんびりする日もあったし。」


「ふうん…カヤノのご両親は、のんびりした人達だったのかな?だったら、君に似ているね。」


「そうですねぇ、二人とも戦闘系の割には、休みの日は穏やかに過ごすのが好きでした。あ、でも地元の観光地には行きましたよ。でも、その地域にお城はなかったです。」


「まあ、城塞がそこを取り巻く街ごと丸々残っていて、今でも人々が代々活気づいて暮らしている場所なんて、世界でもいくつもあるわけではないからね。で?ご両親とは、どんな所に行ったんだい?」


「そうですね。地元の工場見学や伝統工芸を体験したり…両親といた場所は海の近くだったんです。ですから海辺を散歩して貝を拾ったり、泳ぐのは得意ではないので…地元の子からはバカにされましたね。」



そう言って、カヤノは今だから気にならないと言うように笑顔を作る。



「バカにする?誰でも得意な事ばかりある筈ないのに、嫌な奴がいるもんだね。」



シルヴァスはカヤノのちょっとした言葉も聞き逃さず、ピクリと反応を示した。

カヤノは慌てて、シルヴァスに説明をする。



「皆がそうなわけじゃありませんから!たまたま、その…いつも揶揄(から)かってくる子がいて…女の子達は普通に仲良くしてくれていましたから。」


「相手は男⁈」


「こ、子供の頃の話ですから。純粋に私…あまり海辺には向いてなかったんだと思います。」



フェミニストのシルヴァスの前で、少年が少女をバカにするなんて話をしたらマズイのではないかと…カヤノは咄嗟に自分の失言に気付き、当時の少年を庇うべく話を逸らした。



「それより、目の前のお城とその街並みについて説明して下さい。」



シルヴァスはカヤノが、城に目を向けて自分の意識を懸命に逸らそうとしているのがわかったが、それは元から説明するつもりだったので、当時の少年への言及はやめ、カヤノの耳元でガイドを始めた。



「この辺はね…僕の故郷でもある。僕が肉体を持たない精霊として過ごしていた時代、まだ仲間の精霊も普通に人間達と会話をしたり、身近な存在として過ごしていた。今は僕みたいに現人神をやっている者もいるけど…こちらで人間と関わる精霊の数も減って、この国の精霊も散り散りになった。」


「そうなんですか。でも、大和皇国でも現人神の存在を知ってたり、信じている人ばかりではないのに、普通に精霊が人間と会話してた時代があるなんてスゴイ。元々住んでいた精霊達はどこへ行ったのかしら?」


「人間の暮らしが発達しすぎると、そりが合わなくなったと感じる者が多くてね。大半が精霊界に移住したよ。昔はそれでも、たまにこっちに遊びに来る奴もいたけど、最近じゃ滅多に見かけないな。人間界に好奇心旺盛な連中は、上の命令で僕みたいに肉体を持って生活してるから精霊だって気付かれないし。」


「じゃあ、もしかして運が良ければ、普通にすれ違った人が精霊だったりするのかな?シルヴァスみたいに。私、血が薄いのか能力が低いのか、普通に生活してると人外の正体を見抜けないんです。」


「ふうん?別に必要な時に神眼で見れば良いんじゃない?まあ、空気感でわかるもんだけどね。」


「羨ましい事に養成学校の同級生は、私みたいに意識しなくても、そういうのが普通にわかる子ばかりなんです。せっかくシルヴァスの故郷に来たのだから、もし精霊とすれ違ったら絶対に教えて下さいね。現役の精霊を見たいです!」


「まあ、いいけど…。カヤノはおかしいね。現役の精霊なら、ずっとここに…君の傍にいるのに。」


「シルヴァスは別です!特に現人神化してない昔からいたままの精霊がいたら、絶対に見たいです。同級生やシルヴァスが皆、普通に気付く存在に、私だけ気付かないなんてズルイ!!」


「ハハ…カヤノは実に変な事を羨ましがるよね。」



カヤノがムキになって言うので、シルヴァスはフッと笑んだ後に了承し、今でもこの地に暮らす精霊を見付けたら、耳打ちをすると約束を交わしてくれた。

それから大昔は、この国が精霊王国だったのだと話すシルヴァスは、精霊とのなごりや言い伝えのある場所を案内しながら、古城の良く見えるオープンテラスで『休憩をしよう』と飲み物を飲ませてくれた。



「オレンジや葡萄が多く取れる地域だから、そう言った(たぐい)のジュースがお勧めだよ。」



シルヴァスの勧めを聞きながら、カヤノは悩んだ末にミックスジュースを頼んだ。

それでは、一度に色々な味が混じってしまい、何の果物の味かわからないと勧めたシルヴァスは笑ったが、そういう自分もコーヒーを頼んでいる。



「シルヴァスだって…特に名産品と関係ないコーヒーを注文しているじゃない!」


「僕は良いんだよ!昔から知っているし…それに…。」



クスクスと笑いながら、カヤノが指摘すると、シルヴァスは『甘いものも食べたいからね!』と店の者を呼んで二人分のケーキを注文した。

カヤノには問答無用で、お勧めだと言う山ブドウのケーキがオーダーされる…。


何としてもシルヴァスは、カヤノにオレンジか葡萄の(たぐい)を口にさせたいらしい…。


だが、注文のケーキがやってきて、一口食べるとその理由がわかった。


なぜならそのケーキは、シルヴァスが言うように絶品だったのだ。


山ブドウのケーキは一見、ただのカステラのように見えて、ブドウソースがふんだんにかかっており、ホイップクリームがワンポイントで少しだけそえられている。

フォークで切り分けようとスポンジ部分に差し込んで割ると、中からまた溶けかかったようなジャム状のソースが熱々に流れるように溢れ出て来た。


外は適度に冷えているのに、中は温かいという絶妙な温度に保たれている謎の職人技の山ブドウケーキを食べて見ると、甘すぎないが押さえられているわけでもない、これまた、黄金の配合と言えるあっさりとした糖度に、カヤノは自然に笑みが浮かんだ。



「うわぁ、美味しいです!これ、本当に…。焼きたてみたいに中のソースが熱々だし!」


「ああ。昔から代わり映えしないメニューなんだが、客は未だにこれを食べに来るんだ。懐かしい味だな…。この店の主人も何代目にも及ぶが味は健在みたいだ。」



何か思う事があるのか、シルヴァスも同じメニューを口に入れて、しみじみと味わっている。

好物なのか、故郷の味と言った所だろうか?



「ねえ、シルヴァスさん。精霊時代は肉体がなかったのに、このケーキを食べに来たりもできたの?」


「まあね。大昔は力が強い仲間もいたし、僕も一時的に実体を持つくらいの力があったしね。それに、そんな事をしなくても、人間が精霊に捧げてくれた物は食べ物の気というか…実体は食せなくても、エネルギーを食べる事ができるんだ。」


「え?」


「大和皇国でも、よく神に人間がお供えをしたりするだろう?あれは実体は食べないが、捧げ主の思いと共に神の食べ物としてちゃんと届く。精霊も同じ。人間からもらったものは美味しく頂けるよ。主に気やエネルギーに変換してね。」


「じゃあ、ちゃんと美味しく感じられるんですか?」


「相手の思いや食材のグレードまで伝わるし、人間が美味しいと感じる物はちゃんと同じように感じるさ。」


「そうなんだぁ。何か、実際の精霊時代の話を聞くと、改めてシルヴァスさんて人間じゃないんだって実感します。同じ現人神って一括りにするには、私とは違いすぎるっていうか…。」


「カヤノは生まれも育ちも人間界だものね。でも、ちゃんと神力もあるし、君の気は心地良いから、天界の神々にも人気があるだろうな。人間臭いと自分では思っているみたいだけど…肉体の死後はきちんと神界に行くさ。」


「そんな…私なんて、自分が現人神に認定されるだけでも、不思議だと思っているくらいなのに。」


「そうかな?でも、カヤノが向こう(死後)に帰っちゃう時は、僕もついて行こうかな?」


「だ、ダメですよ⁉私の寿命にあわせて、自分の仕事を放りだしちゃ。」


「じゃ、僕…後任を無理にでも引っ張って来るから、君の地上で与えられた時間が終了したら、一緒に神界じゃなくて、精霊界に来てくれる?」


「いや、それは…。」



シルヴァスの瞳はどこか熱を含んでいて、何だかプロポーズみたいだと、カヤノはどう答えていいかわからずに口ごもる。


言葉を濁して行くカヤノを見て、シルヴァスはフッと瞳に孕む熱を飛ばすように笑って、それ以上はその件について話さず、テラス席からよく見える元・王城に視線を移すと、カヤノに昔話を始めた。



「さて、昔々のお話だ。子供が眠る前に母親が話してくれるお話の一つ。風の精霊の話さ。と、言っても、風の精霊はたくさんいるから、僕の事じゃないよ?数多の風の精霊の一人の話だ。」



そう言って、シルヴァスは古城を見ながら、遠い昔、風の精霊の一人が城のお姫様に恋をした話をした。



「ほら、丁度あの部屋だよ?あの高くなっている場所の一番、端の…あの部屋にね、無邪気で可愛いお姫様が住んでいたらしい。今でこそ、王族はこの城には住んでいないけどね。」



 その部屋に住んでいた可愛いお姫様が、窓の外を覗き、城下の町に思いを寄せていると、どこからかその姿を目に止めた風の精霊がやってきて、彼女に声を掛けたのが始まりだ。

以来、風の精霊は毎日、姫に会いに窓辺に通ったという。


風の精霊は各地を飛び回っている為、シルヴァスを含め物知りな者が多く、彼もまた気ままな春風だったので、その容姿も優し気で気さくな態度や面持ちをしており、姫はすぐに親しみを持った。

そして、姫は精霊がしてくれる話を毎夜、心待ちに窓を開けて待っていた。


だが、楽しい時間は、あっという間に流れて行く。


いつの間にか、姫は適齢期になり、隣りの国の王子と結婚してしまうのだ。


その時、精霊は遅ればせながら、初めて自分が姫を好きだった事に気付き、傷心のまま国中に吹き荒れて嵐を起こした。


嵐は三日三晩続き、ようやく精霊の気が落ち着くと『もう二度と王城には近寄らない』と、彼は泣いてこの国を出ようとした。

しかし、国を出る際、精霊が農村の近くを飛んでいると、ふと下方から子供の泣き声が聞こえて来る。


精霊は興味を惹かれたように下りると、川の方を見ながら泣いている小さな幼子を見付ける。

オーロラ色に輝く珍しい髪を持っていた姫とは違い、どこをどう見ても庶民の出の幼子は、茶色の髪に所々赤毛の混じった冴えないありさまの女児だった。

そして、自分起こした嵐のせいか、子供の服はズブ濡れで、手や顔にも泥が付いている。


精霊はみすぼらしい子供を見て、そのまま見過ごして行こうとしたが、その子がいつまでも悲し気に泣き続けるので、気になって人間の壮年の牧師に化けて声を掛けた。


聞けば幼女は、父親と二人暮らしだったが、父親は嵐の最中(さなか)、村長に頼まれて川の堤防の様子を見に行ったきり、戻らぬ人になったのだ。

父を亡くした子供は、嵐が落ち着いたと同時に粗末な家すら親戚に追い出されて、村長には素知らぬフリをされ、父の最後の場所となった川を見ながらあてもなく泣いていた。


それを幼女がスラスラと言えたわけではない。

精霊は辛抱強く要領の悪い子供の話を聞きながら、言っている事を少しづつ理解していったのだ。


そして、精霊が時間をかけて幼子の言葉を要約すると、次第に子供が一人ぼっちなのは、悪気がなかったとはいえ、自分のせいだという事がわかり、余計に良心の呵責から見捨てられなくなってしまった。

自分の起こした嵐のせいで、川や水路の水が溢れ出し、強風の影響で家屋を失った者も多いのは容易に知れている。


仕方なく精霊は牧師姿のまま、子供の手を引き村中に誰か子供を引き取ってくれる者がいないか、聞いて回る事にした。

けれど誰も赤の他人を引き取ってくれるような家はなかった。


見目が良ければ、幼い子供可愛さに惹かれ、誰かが家に置いてやったかもしれない。

だが、この幼子の見るからに汚い身なりと地味な髪色を見て、大人達は誰も首を縦に振ってくれない。

無論、血統だって良いわけでもない。

何か、この幼子に他の子供にはない売り込める物でもあれば良いのだが、小さな幼女にこれと言った良い点を導き出す事はできそうにない。


金持ちの奉公人にするにも、この年ではまだ役に立たないと言われ、結局、幼子は精霊の横でシクシク泣き続けた。

見兼ねた精霊は、少女を見付けた川の付近に誰も住んでいない小屋を見付け、人間の一生など自分達にとっては瞬く間だと思い直し、子供を一人前になるまで育ててやる事にした。


 子育ては思ったよりも大変で、一時は失恋の末、大嵐を呼ぶほど荒れていた精霊も、そんな事を考えている暇がなくなった。

そして幼子が成長してくると、精霊は彼女に情が移り、すっかり引き取って良かったと思うようになる。

幼子は、おませな少女になり、瞬く間に年頃の娘に成長した。

容姿は相変わらず庶民らしい娘だったが、笑うと愛嬌があり、明るくて辛抱強い気立ての良い娘になった。


 ある日、牧師の姿のままで彼女を育てた精霊は、年頃になった娘に自分以外は誰が来ても決してドアを開けてはいけないと言い聞かせて隣りの村にまで布教活動に行くと家を出た。

実際、精霊は世界に春を告げる仕事をしに行くのだが、娘にはあくまで牧師である事を装っていた。


そして、娘は精霊の言いつけを守り、扉を叩かれる音がしてもいないフリをした。

精霊が仕事に出かけると、方々を回るので、一日、二日は戻って来ない。

一日目はそうしてやり過ごしたが、二日目になると、普段は滅多に人など訪ねて来ないのに、その日は朝からドアがよく叩かれた。

娘は精霊以外の人間と触れ合うことが著しく少なかったので、精霊の留守中にドアをしつこく叩き続ける三度目の誰かの訪問があると、好奇心からついに扉を開けてしまう。


なぜなら、ドアの外からは、川に落ちたという弱った男の声が聞こえたからだ。

こんな寒い季節に船からおちでもしたのか、それならば日に当たって服を脱がせなければ、下手をすれば凍えてしまう可能性がある。

ここらの気候は雪こそ、積もりはしないが、冬場の気候はとても冷える。


娘はドアの外の男に自分の父親の最後を重ねてしまったのだ。

娘は男を家に入れ、服を脱がせて暖炉に寄せた。

人助けだと思い、牧師の服も貸してやる。

男はしばらくして、娘に感謝しながら帰って行った。


その後、精霊が家に戻り『誰か来たか?』と娘に問うと、娘はその日の事を話した。


精霊は『そうか』と一言だけ言うと、『次は絶対にドアを開けてはいけないぞ』と娘に前よりも強く言い聞かせて、次の日も出かけた。


しかし、次の日から精霊扮する牧師が出掛けた後、助けた男が娘の元に通い始めるようになった。


娘は最初、牧師との約束があるからとドアを開けるのを断ったが、結局、男の言葉に根負けして開けてしまう。


牧師が帰って来ると、今度は娘は誰も来なかったと嘘をついた。

それからというもの、娘は精霊に嘘をつき続け、男と恋人同士のような関係になっていた。


だが、精霊が娘の言動に不信感を抱いたのか、ある日、言い置いて行った時間よりも早く帰宅して、男と娘が仲睦まじく川辺を散歩する姿を目撃してしまう。


牧師が娘を問い詰めると、娘はこんな人のいない場所で牧師と二人だけで暮らし、誰とも会わない生活が

つまらなかったのだと言った。


精霊は怒って、娘を残して家を出て行ってしまった。


すると娘は一人ぼっちになった…。


毎日、会いに来ていた男も、やがて街で恋人ができたと娘を捨て、村での仕事を手伝いながら細々と生活

をする娘は悲しくて毎晩、一人で泣いた。

しかし、牧師は二度と娘の前に姿を現さなかった。

こうして、そんな生活がしばらく続いたある日、娘の家に珍しく誰かが訪れてドアをノックした。


懐かしい牧師との約束を思い出しながら、娘は寂しさからドアを開けてしまう。


すると、ドアの向こうには見た事もないような美しい男が立っていた。


金色の髪に春の若草のような瞳の男に、娘は一瞬で心を奪われる。


彼は娘に一晩泊めて欲しいと懇願した。


一人ぼっちの娘は、旅をして暮らしているという男を家に入れる。


男に危険がないと思ったわけではない…。


どうせ、永遠に一人で過ごす事になると自暴自棄になっていた娘は、どうなっても良いと思ったのだ。


そして、その晩、男は娘の体を奪った。


男は娘に言う。


『大事にしたいから、自分の傍に来て、永遠に一緒に暮らさないか?』…と。


つまり男は、娘を妻にしたいと言ったのだ。


娘は驚いたし不審に思ったが、男の魅力に魔法にかけられたように返事をしてしまう。

男は長年、一緒に暮らしていて、帰って来て欲しいと切に願っていた牧師を連想させるような柔和な笑みを浮かべた。


そして次の瞬間、『ボクの傍に永遠にいてくれると言ったね?』と娘に声を掛け、彼女を抱き上げると家の外に出て飛び去ったのだ!


彼は、姿を変えていない風の精霊だったのである。



「今度は誰にも盗られたくない。それにお前は、言いつけを守れない悪い娘だ。何度も言ったのに…一人にしたら勝手にドアを開けてしまう。」



精霊はそう言って、娘を精霊界に攫い、自分だけしか入れないように魔法をかけて、一つだけ大きな窓のあるドアのない高い塔の部屋に彼女を入れてしまった。


こうして精霊は留守中、『もうドアを開けてはいけない』と彼女に言う必要がなくなった。



「娘は永遠に精霊に愛されながら、高い塔の上で生活するが、魔法にかけられた毎日は幸せだったとさ…おしまい。」



 シルヴァスは、そこまで話すと真剣に物語を聞くカヤノから城に再び視線を移した。



「それでね…たまに、塔の中で退屈した娘を抱いて飛んできた精霊が人間界に遊びに来ると、あの城の姫の部屋のバルコニーに立ち寄るという言い伝えがあるんだ。」


「な、なぜ…精霊は、お姫様が住んでいた部屋のバルコニーに娘さんを連れて来るの?」


「それはね…彼の『お姫様』は本当の姫ではなくて『彼女』だと言う為さ。」


「はひ?」



何が何だかわからないカヤノは、間の抜けた声を出す。

それをおかしそうな顔で見ながら、シルヴァスが言う。



「精霊はお茶目だからね…ごっこ遊びをする。お姫様ごっこだよ。彼女を姫に見立て、彼は毎度、バルコニーの上で王子様役で愛を囁き、何度もプロポーズをするのさ。自分のお姫様は君だけだとね!」


「はあぁぁぁっ⁈何で、昔好きだった人の住んでいた場所で娘さんとお姫様ごっこ⁈精霊の心理がわからないわ。」


「彼女が頷いてくれるまで、奴はバルコニーの上で片膝をつく。同類の精霊でも面倒でキザな奴だよ。本当、いい年こいて何度もお姫様ごっことか…。」



コーヒーを啜った後、シルヴァスは遠い目をしている…。



「精霊の考える事はわかりませんが…何かシルヴァスさんは、その精霊さんの事を知っている人みたいに言うのね。」


「フフ。」



カヤノは、意味深な笑みを浮かべたシルヴァスを怪訝に見詰め、首を捻った。



「娘さんは、精霊が最初に好きだったお姫様のお部屋の前で、プロポーズをされるのが嫌ではないのかしら?何だか、お姫様の代わりにされただけみたいで。」



カヤノは昔話に疑問を持ったが、口から漏らされる小さな声は、既に次の予定を考え始めているシルヴァスには、聞こえていなかったようだ。



「さあ、カヤノ。そろそろ、店を出ようか?今度は君がご両親と住んでいた国に連れて行ってあげる。次は君が僕を案内する番だよ。」


「え?」



カヤノは一瞬、パチクリと瞼を瞬かせたが、すぐにシルヴァスに笑顔を返した。

自分が両親と住んでいた国へ連れて行ってくれると言ったのを聞き、大和皇国に帰郷してから、思い出の地に足を運ぶのは初めてになるからだ。

何だかんだ言っても、生まれ育った国、町に一度も戻っていないというのは寂しいものだ。

その国が好きでも嫌いでも、一度は、もう一度訪れたいと思っていた。

ただ、養われている身でシルヴァスに言うには多少の遠慮もあったし、引き取られてからの最初の数年は、精神的にそんな事に思い至る余裕がなかったのだ。


カヤノの笑顔を確認したシルヴァスが、カヤノの皿が空になったのを確認したタイミングで席を立つと、

片目を瞑ってカヤノに顔を近付け、耳元で先程は聞こえていいないと思っていた話の返答を囁いた。



あいつ(おとぎ話の精霊)はね…お姫様には恋をしていたと()()()()()()()だって彼女に言うんだよ。だって、失っても取り返さずにいたからね。王子とは政略結婚だったのに…。でも、彼女の事は離れたのに忘れられず迎えに行った。」



シルヴァスは色っぽく目を細めて、至近距離でカヤノの瞳を覗き込む。



「それでね…お姫様にはしなかったプロポーズを毎回、このバルコニーで彼女にするのさ。仲間内では彼の事を意味不明だって笑ってたんだけど…僕は今なら少し気持ちがわかるな。だから懐かしくて…君と今日、来てみたんだ。」


「えと…そのお話の精霊さんは…やはり知り合いで?」


「さあ?カヤノが彼女みたいに僕と永遠を誓ってくれれば、教えてあげるよ。奴は言うのさ。彼女が願うならお姫様にでも何でもしてあげるってね…けれど、王子役は自分以外には譲らないとさ。」



シルヴァスの言葉に頬をゆっくりと染め始めるカヤノから、そっと近づいていた顔を離すと、今度は醸し出ていた色気を押さえて、悪戯っぽい表情を見せる。



「はい、物語はこれでおしまい。行こう!タクシーの運転手が遅くなるとキレるから。アイツ、たまに予約を入れてやるから顔見知りでさ…気が短いんだよな。」



シルヴァスは、カヤノを立たせると、会計を済ませ城を背にした。

結局、この国でカヤノは、シルヴァス以外の精霊に会う事はできなかったが、城のバルコニー付近で誰かが手を振ったような気がした。


もう一度振り返ると、それは目の錯覚だっと気付くが、シルヴァスは『フフ』と笑んで、カヤノの手を引いて先程とは違う道を通り、他にも色々な街の説明をしながらタクシー場所まで辿り着いた。

次回も投稿日がハッキリしないので、ご迷惑をお掛けします。

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