春の嵐と恋の風㊴
おはようございます。
予定通りに更新できないかもしれないので、早めに投稿させてもらいました。
カヤノは、学校に訪れた次の日。
すぐさま、結婚相談センターに連絡を入れて、見合い登録のマッチング担当者に、諸事情により家を出たいので在学中から良い人(現人神)がいれば、率先して紹介を始めて欲しいと頼んだ。
それから、二カ月が経過しようとしている。
首尾はというと…。
芳しくはなかった…。
カヤノは、いよいよ、どうしたものかと思い始めていた。
担任のサルマンに、見得を切ってしまった手前、今更、全くうまく行っていないとは言い辛い。
だが、このままでは、教師に泣きつく以外に他に道はなく、気が気ではない。
センターに紹介を依頼してからというもの、確かに見合いの相手は紹介してもらえたのだが…どういうわけか、まるでうまく行かなかった。
例えば、センターの人がセッティングしてくれた出会いの場所に向かっている途中で、見合い相手の男性が事故に遭ったり、交通機関が止まったりと、様々な理由で来れなくなったり、急に相手に恋人ができたり、センターのマッチングミスでカヤノが最も苦手な、体が大きい熊のような相手が現れて、震えが止まらず、一言もしゃべれなくなったり…。
その時は、カヤノは恐怖で身動きが取れなくなり、久しぶりにパニックを起こすまでに至った。
センターの担当者も困ってしまって、結局、シルヴァスに迎えに来てもらったのだが…。
こうして、見合いは何かしらのアクシデントが毎回のように起こり、週に一度のハイペースで相手を紹介してもらったのにも関わらず、全くと言っていいほど良縁に恵まれなかった。
これはもう、呪われているとしか思えない!!
自暴自棄気味になるカヤノに、今日も電話越しでセンターの担当者は、困り果てた声で言った。
「こんな事は初めてですよ!ありえない…。」
カヤノが、一層、肩を落とすと、姿が見ない筈なのに…担当者はまるでガックリと弱り果てた彼女の姿が見えているかのように、慌てて励ましの言葉を付け加えた。
「いや…でも、私は俄然、やる気が湧いてきましたよ!こう、うまく行かないと、何というか、縁結び系現人神の意地と言うか…何としても縁談を纏めてやる…っていうね、気になります!!」
カヤノがポカンとした後に、目尻の涙を片手で拭いながら礼の言葉を述べると、担当員は優しく安心させようとしてくれる。
「あの…ありがとうございます。何か、私…あんまり幸せな結婚に縁がないみたいなのに…頑張ってもらっちゃって…。」
「いえ、そんな事ないですよ!まだ、始めたばかりじゃないですか。婚姻は、一生涯に関わる重要な契約を交わすのですから、むしろ、そう簡単に決めてしまわない方が良いのです。」
「でも…。」
「人間社会を見て下さい。彼らは何年もかけてお相手を探す者がざらにいます。我々、現人神社会では縁結びの神が関わったり、すこぶるハイテクコンピューターを使っているので成婚率が高いだけです。」
「そうなんですか?」
「ええ。ですから、こんなもんで諦めてもらっては困ります!これからですから…。」
「はい…ありがとうございます。」
カヤノは、担当者の電話をそう言って切ったが、心の中では『何年もかかってもらっては困るのに』と溜息をついた。
これからでは困るのだ…。
カヤノにはシルヴァスとの賭けがある…。
あと一ヵ月ちょっとで相手が決まらなければ、賭けに負けてしまうではないか。
そうすれば、シルヴァスの傍にいる事を余儀なくされる。
好きなシルヴァスに振られた時は、悲しかったが、愛されないのに傍にいるのは辛いから、離れようと心が決まった。
自立をめざしてもうまく行かず、実はシルヴァスが自分を好きだったと言ってくれても、冥界での自己嫌悪から彼の傍を離れたいと、最初とは違う理由で決意を新たに固め直した。
とにかく、シルヴァスのお荷物だけにはなりたくないというのが、離れたい一番の理由だ!
シルヴァスは、迷惑を掛けられても構わないと言ってくれるが、それではカヤノが嫌なのだ!
彼の過去の思い人であるハルリンドと比べれば、自分はただでさえ月とスッポンなのに…。
どうしたって彼女に太刀打ちできない自分の能力を目の当たりにし、その度にシルヴァスに仕方がないと諦められているのだと思うと、大好きなハルリンドを妬んでしまいそうで怖かった。
シルヴァスには、カヤノのハルリンドと違う庇護しなくちゃいけないほど厄介な所や、ダメな所が好きだと言われたが、男性の心理などよく知らないカヤノには、そんな理由で愛されるのはおかしいとしか思えなかった。
やはり彼は、冥界の一件で自分への父性に目覚め、保護者としての愛を異性への愛と勘違いしてしまったに違いないとカヤノは考えた。
カヤノは、恋に臆病だった。
ライバルは、シルヴァスと結ばれる事のない人妻だというに、全く勝つ気がしない。
自分にはシルヴァスどころか、男性に異性として好いてもらう自信もなく、因幡大巳医師の一件でも、ハルリンドを前にすれば、気に掛けてさえもらえなくなるほど存在感がないのだという事も、身を持って経験してしまった。
だが、ヒロミ先生には感謝もしている。
そのお陰で踏ん切りもつき、長年夢見ていた相思相愛での結婚を諦めるに至ったのだ。
もはや、誰でもいいから婚姻相手を募集している男神に引き取ってもらおうと思っているのに…。
それすら、何かのアクシデントでうまくいかないなんて!
ああ、私は余程、男性に縁がないのだな…と笑えて来る。
今となっては、自分に生活能力さえあれば、60歳まで独身でいて、強制結婚でも何でもするのに…。
しかし、仕事を探そうにも、カヤノのトラウマは急速には治らないだろう。
苦手なタイプの男性でなければ、震えが出たり、言葉が所々詰まったりしながらも、何とか片言くらいはしゃべれるが、魔神の事件で、男性がまた怖くなってしまい…大きくてガタイの良い男性になると目にしただけで泣けてきて、声も一言も発せられなくなってしまう。
前は声くらいは何とか絞り出せていたのに、一歩進んで二歩後退してしまったようだ。
これでは仕事を見付けるのにも、勤め始めた後にも不安がつきまとう。
仮に女性のみの職場を探しても、買い物に行けば体の大きい男性が店員の時だってあるし、電車に乗れば苦手なタイプの男性が横に来るかもしれない。
一人で暮らすという事は、そういう遭遇する全ての場面において、動揺しても自分で対処し、くぐり抜けて行かねばならないのだ。
誰か家族や同居人がいれば、協力してもらってどうにかなる事も、一人暮らしだとどうにもできない事だって、たくさんある。
カヤノは、当初一番の目標であった自立に対して、すっかり強い不安を感じてしまっていた。
冥界から戻ってから、シルヴァスに甘やかされていたせいもあり、この庇護がなくなった時を想定すれば、余計にそれに代わる存在を見付けなければ、この家から離れられないという危機感が募る。
何とか、シルヴァスだけに自分を押しつけたくないう一心で見合いに何度もトライして来た。
だが、度重なる残念な結果に、相変わらずのシルヴァスの甘い庇護が以前よりパワーアップして、今も続いており…その心地良さに、最近では下手をすると陥落してしまいそうになる。
シルヴァスが自分を好きだと思い込んでいるのなら、そう思わせておいて、このままずっと居座れるだけ居座ってしまおうか…?
カヤノの心に悪魔のような考えが浮かぶ。
その度にカヤノは、首を強く振って、そんな事はシルヴァスに、恩を仇で返す事に他ならないと自分を叱った。
「何とかしないと…。」
電話を終えて、悔しそうに受話器を置くカヤノに、そっと、その日も早めに帰宅したシルヴァスが、いきなり耳元で声を掛けた。
「た・だ・い・ま。」
「キャアァッ⁈」
「うわっ。カヤノってば、そんなに驚かないでよぅ。」
「シ、シルヴァス⁈いつの間に?い、いたんですか?」
驚きで飛び上がったカヤノは、いる筈のなかった相手の顔をマジマジと見て、小さな悲鳴を上げて狼狽える。
シルヴァスは、イタズラが成功したような顔で笑っていた。
「エへ、驚いた?玄関の呼び鈴を鳴らしても出なかったから、自分で鍵を開けて入ったんだけど…奥から君がいるみたいな声がしたんで、驚かしてやろうと思って足を忍ばせたんだ。」
「もう、酷いわ。すごく驚いたじゃないの!でも、ベルを鳴らしたんですか?聞こえなかった…ごめんなさい。」
「フフ、僕も驚かせてごめん。で?玄関の呼び鈴の音も聞こえなかったって言うのは…電話をしてたのかい?」
「え?ええ…。」
「誰と?」
相手を問われて、カヤノはドキリとした。
うまく行っていれば堂々と答えたのだが、全く見合いの成果が出ていないので、シルヴァスに現状を説明するのが嫌だった。
シルヴァスの方は、ニコニコと笑顔でカヤノの言葉を待っている。
実は、シルヴァスがベルを鳴らしたというのは嘘だった。
彼がそのように育ててしまった純粋なカヤノは、シルヴァスの言う事を疑ったりせず、全て信じてしまう。
当然、自分は玄関の呼び鈴を鳴らしたのに、カヤノが聞こえなかったのだと、堂々と説明すれば、彼女はそうなのかと簡単に思い込むのだ。
気配を殺して部屋に侵入したので、カヤノが電話をしていたのに、シルヴァスはすぐに気付いた。
だから、電話を切った途端に声を掛けたのだ。
それなのに、カヤノはシルヴァスが電話をしていたのか問うと、一瞬、言いあぐねた。
彼女が何の話をしていたかなんて、シルヴァスは少し前から聞いて知っているのに…。
可愛いカヤノは、どう言おうか、迷っているのだ。
『さあ、何て言うのかな?』
シルヴァスは意地悪く、そんなカヤノの姿を楽しんでいる。
カヤノが一人で何をしているのか気になって、こうしてシルヴァスは、不意に仕事の出先から直帰で昼間、急に戻る事が多々あった。
シルヴァスからしたら、こんな純粋培養の彼女が『一人で暮らす』などと言い出しても…仮に恋愛感情がなかったとしても、心配で簡単に許せるものではない…。
そこに付けて、恋情を抱いているのだから尚更だ。
『バカなカヤノ…。ああ、でも、カヤノが警戒心なしの大人に育ってしまったのは、自分の責任もあるから仕方ないか。』
とシルヴァスは自身で思い、おかしくなる。
そして、こんな単純で無防備に育ててしまったのだから、
『やはり、自分が責任を取らなくてはダメだよね?』
と、腹の中でカヤノを手中に入れようとする行為を一層肯定した。
『責任を取って、カヤノは僕がもらってあげないと!』と。
シルヴァスの思っている事など知らないカヤノは、十数秒おいて、おずおずと電話の相手がお見合い関係の担当者だという事を正直に話した。
その返答に満足したシルヴァスが、良い相手と出会えたのか問うと、カヤノはわかりやすく明後日の方角を見ながら、シルヴァスに言う。
「ああ、ハイ…ええ、まあ、何人かとは…お会いしていますよ。」
「ふうん。どう?婚姻にまで発展しそうなの?」
「え?いや、それは…あの…まだ秘密です。」
「えええ?どうしてだい?教えてよ⁈会ったのはどんな奴さ?」
「シルヴァスさんとは賭けをしているんですから…最後まで、私の情報は詳しく言えません!」
「ええ?いーじゃないか。相手くらい教えてくれたって…ケチだなぁ、カヤノは。」
シルヴァスは、そう甘えたように言いながら、カヤノとの問答が面白くて仕方がなかった。
そして、同時に見合いがうまく行っていない事をあやふやに誤魔化そうとする、年端も行かない新成人の彼女が可愛くて、からかうのがクセになりそうだと思う己に呆れてもいる。
彼は、カヤノよりもずっと年上で…肉体を持ってから数えても、少なくとも100年以上は、現世で仕事をしている。
だから、カヤノの行動など、何をしてもお見通しで、可愛いモノだった。
首尾よく行っていないのは、わかっているのに…一応、何人かとは会っていると言い張るカヤノに、わざと相手に対しての質問をして、言いよどむ姿が堪らない。
カヤノの可愛さは、確かにハルリンド以上ではないかとシルヴァスは思う。
そして密かに、内心、親バカ+恋する男のダブルフィルターごしに彼女を見ては身悶えた。
「けど、僕に全てを正直に話さないのは良くないなぁ。」
シルヴァスは電話の件で、カヤノが見合い相手や現状を秘密にしたのが、ほんの少し気に入らない。
「いずれ、躾け直さねばならないだろうね?」
賭けの終了後を思って、シルヴァスは心の中で呟いた。
だが表面上は、カヤノの言い訳めいた話に笑顔を向けて聞いている。
そういう事は、正式に自分のモノにしてからにしようと、シルヴァスはカヤノの話に楽しそうに相槌を打ちながら思っていた。
当然の事ながら、カヤノの話がシルヴァスにとって楽しかったわけではない。
カヤノが自分のモノになったあかつきの事を想像して、シルヴァスは楽しそうに相槌を打っているのだ。
見合い話を誤魔化そうとして、一方的におしゃべりになるカヤノは、ハッとシルヴァスの蕩けるような視線を感じ、言葉を止めて彼に問いかけた。
「シ、シルヴァス…どうしたの?」
警戒したように、カヤノはシルヴァスの傍から後ずさろうとしたが、シルヴァスの方が一歩早くカヤノの腕をつかんで自分に寄せた。
それから、いきなりカヤノの耳にキスをして、そのまま囁いた。
「せっかく僕が早く帰って来たのだから、今から出かけよう?君も今日は予定なんてないでしょ?」
シルヴァスの色っぽいキスに慣れる事なく、顔を赤く染めるカヤノは力いっぱい離れて、キスされた耳を手でさすりながら言った。
「シルヴァス!急にキスしないで下さい!!」
「ええ?良いでしょ?カヤノが恥ずかしがるから、本当は唇にしたかったのに耳にしてあげたんだよ?」
「なっ⁈そんなの駄目に決まっているじゃないですか!私達は恋人ではないのに!!」
「僕は、もう恋人だと思っているけど?」
「そんなの勝手ですよ!まだ賭けの途中じゃないですか!!」
「君が僕を受け入れてくれれば、賭けはいつでも終了できるよ?」
顔を真っ赤にしながら、カヤノは小さく地団太を踏んで『ありえない!』と叫んでいる。
シルヴァスはヘラリと笑って『可愛いな…。』と口の中で呟くが、顔を赤くしているカヤノには何も聞こえなかった。
カヤノが立腹している間に、シルヴァスは彼女を抱き上げてしまい、マンションのベランダに向かった。
「ちょっと!な、何で抱き上げるの?シルヴァス⁈」
急な浮遊感に慌てて、安定を得ようと自分に抱きつくカヤノに、相好を崩してシルヴァスは口を開いた。
「出かけようって言ったでしょ?外に異空間対応・移動用タクシーを待たせてあるんだ。急なキャンセルが出たとかで売り込んできたんで、格安だから半日契約をしたんだ。遠くに連れて行ってあげる!」
シルヴァスがカヤノを抱いた状態で、器用にベランダの窓を開けて外に出ると、最上階の部屋の前で、今時珍しい黄色いタクシーが宙に浮かんで待機していた。
カヤノが目を丸くしているとシルヴァスが運転手に目で合図を送る。
すると横付けしていたタクシーのドアが自動で開き、シルヴァスが飛び降り自殺でもするのかと言うようにカヤノを抱いたまま、ベランダの柵を飛び越えた。
ギョッとするカヤノをよそにシルヴァスは、当たり前のように落下し始める。
「イヤアァッ⁉」
驚きのあまり、カヤノは叫び声をあげながら、シルヴァスの首により強く抱きついて顔を伏せるが、その瞬間、シルヴァスに抱き上げられた時のようなフワリとした浮遊感があり、そっと目を見開くと緩やかな風が空中に舞う二人を上へと押し上げた。
シルヴァスは抱きつくカヤノに嬉しそうに目を細め、タクシーの入り口の前まで到達すると、ゆっくりと彼女をシートに座らせ、自身も宙に浮きながら座席に乗り込んだ。
「本当は、もっと長時間飛べるんだけど…精霊時代なら許された事も肉体を持った時点では御法度でさ。だから、移動にもタクシーなんて面倒な物をわざわざ頼まないとならない。あ、今みたいに少しの間の浮遊くらいは許されるから平気だよ?」
そう言って、説明するシルヴァスにタクシーの運転手が後ろを振り向いて、片目を瞑った。
「ハハハ、お客さんみたいなのには規定を設けてもらわないとさぁ。こっちも商売あがったりだからな。どこでも自由に飛び回られちゃ、現人神専用タクシーも不要で儲からねぇよ。」
「まあ、特殊任務や緊急の場合は許される時もあるから、実質は飛び回れる事もあるんだけどね。私用でやると罰金を払わされるんだよ。人間からは見えないように姿を消してもだよ⁈厳しいよね。」
シルヴァスと運転手の話に、ベランダから飛び降りた時から未だ動揺が続くカヤノは、宙を浮く不思議なタクシーのシートの上で、ドキドキする胸に手を当てて耳を傾けるのがやっとだ。
そんなカヤノにシルヴァスは目を向けると、蕩けそうな甘い笑顔で彼女の体を自分の方に引き寄せて言う。
「残念だなぁ。本当に君を抱いて空を飛べれば…一番役得なのにさ。だって、さっきみたいに、君の方からしがみついてもらえるだろう?」
カヤノはギョッとした後、すぐに目を据わらせて、シルヴァスの胸の辺りをポカポカと殴る。
「何言ってるんですか?急に飛び降りたりして、凄く怖かったんですからね!死ぬかと思ったじゃない。」
気付けば半涙目で自分を叩くのカヤノに、シルヴァスは愉悦を隠せない。
カヤノに胸を殴られた所で、大して痛くもなかったし、未だ震えるカヤノの手は、随分と頼りない。
怖がらせたとわかっていても、元々イタズラ好きのシルヴァスには、堪らない反応だった。
そして、『ああ、やはり…カヤノと自分は相性がいいらしい。』と、確信を深めるばかりである。
カヤノはこんなにも、自分を楽しませてくれる!
そんなシルヴァスに運転手が呆れたように言った。
「おい、旦那。可愛いいお嬢さんですけど…そんなにいじめちゃ、嫌われますよ?まあ、怖がって抱きつかれちゃ堪らないって言うのも…男としては気持ちもわかりますがね。それより、どこに行きます?」
「ああ、そうだったね。じゃ、まず僕の故郷にでも飛んでもらおうかな?このタクシーなら、あっという間に、どこでも行けるだろう?」
「勿論です。海外だろうと異空間だろうと、どこだって行きますよ!二時間以内の観光ならパスポートなしでもタクシー特典で許可されるし…乗っている間はカウントされません。運賃は高くても本当にお得なシステムが揃ってるって、お陰様で当タクシーは大人気です。」
そういうと、運転手は一気にアクセルをふかして、現人神専用・異空間対応タクシーを走らせた。
勢い良く、空を浮かぶ車が急な爆走を繰り広げるので、堪らずカヤノは再び声を張り上げる。
「キャアアァァッ⁉」
揺れる車内にシルヴァスに引き寄せられていたカヤノは、自然に彼に一層強く抱きついた。
シルヴァスは愉快に笑いながら、どさくさに紛れてカヤノを膝の上に乗せた。
「どうしたの?カヤノ、怖いの?困ったねぇー、半日しかないからノロノロ走ってもらうと色々な所を回れなくなっちゃうんだ。僕がギュッてしておいてあげるから我慢してね。」
シルヴァスの声に返事もできず、カヤノは車が揺れる度に奇声を張り上げた。
窓に目を向ければ、地上から車は遠く離れて高度を上げている。
小さなタクシーという乗り物は、空中に浮くとジャンボ飛行機と違い、安定感もなく浮遊感が半端なかった。
今にも落ちてしまいそうな感じがして、それだけでも充分カヤノは怖かったのだが、運転手がものすごく速度を上げるので、余計に恐怖に拍車がかかる。
現人神と言っても人間との混血を重ねた下級の親から生まれたカヤノは、神界の常識より人間の常識の方が身近であり、基本的に空飛ぶ車など、空想上の物でしかなかった。
両親とは現人神の少ない外国暮らしが長かった事もあり、こうしたタクシーを利用するのは初めてだったのだ。
「ひゃっ⁉キャッ!イヤッ。ヒッ⁉」
その為、こんな感じで、車が違う動きをする度に、口からは小さな叫び声が止めどなく漏れてしまう。
そして、声と共に抱きつくのを強めるカヤノに、シルヴァスは一層、瞳を蕩けさせて彼女の背中をトントンとあやすように抱きしめた。
心の中では、『前に運転手さえいなければなぁ』と残念に思う。
しかし、運転手の方はこれでも客であるシルヴァスにサービスをして、わざと荒い運転をしているのだ。
雇ってくれた者、金を払ってくれる相手にサービスするのは、次回の仕事を得る為には当然の事。
運転手は、次回も是非、自分のタクシーを指名してもらう為に、カヤノには可哀想だと思ったが、あえてシルヴァスが『自分で抱き上げて空を飛べばもっと抱きついてもらえるのに!』と不満を漏らしていた事を解消してもらおうと努めているのである。
その甲斐あってか、シルヴァスは満足げに口角を上げて、運転手に片目を瞑って見せた。
運転手はバックミラーでシルヴァスのサインを確認すると、一層車に角度を付けた運転を始める。
「今日は乱気流が激しいナー。」
もっともらしく、カヤノに聞こえるように適当な理由を棒読みで口ずさみながら、運転手は車が揺れるのは仕方のない事のように装い、海を越えて行くのだった…。
次回も一定しないかもしれませんが、またアクセス頂けるとありがたいです。




