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春の嵐と恋の風㉟

カヤノとシルヴァスの押し問答!…です。

 自分の寝床にカヤノを連れ去ると、シルヴァスは彼女に迫る。



「僕が見合いなんて…許すわけないだろう?勝手に登録なんてして…出て行くって?君はちっともわかっていない。確かに僕が悪かったよ…君みたいな子は、うんと可愛がってあげないといけなかったのに。ハルと自分を比べるなんて…。」



シルヴァスは妖しく舌なめずりをして、


『…でも、最初に比べたのは、確かに僕だったよね?参ったなぁ。』


と、呟いた。



ゴクリと息を呑むカヤノは、自分が肉食動物に狙われる獲物のような感覚に陥って、シルヴァスの寝床の上で戸惑いの色を隠せず、恐る恐る聞き返す。



「シルヴァス…さん?可愛がるって…。」


()()()()しないでって言ったよね?」


「あっ…シルヴァス…何で部屋に…?」


「君が逃げ出そうとするから…より自分のテリトリーに連れ込んだのだけど?言っておくけど、君は間違っているよ。癒されるって言われるのは嫌で…ドキドキしてほしいって?」



シルヴァスは、ニヤッとカヤノの見た事のない顔で笑った。



「僕は君にドキドキしているよ?隠しているだけで…君を怖がらせないようにね。僕が君のどんな時に、ドキドキするかのを知ったら、嫌われちゃうかもしれないし。それにしても、カヤノはハルにコンプレックスを感じちゃったのかなぁ?」



シルヴァスが顔を近付けるので、カヤノの心臓は跳ね上がり、無意識に寝台の上で後ずさる。



「ああ…こら!本当にバカだな。逃げちゃダメだろう。逃げたら…オスは追いたくなるんだよ?わからないの?」



シルヴァスはカヤノの負傷しなかった方の足を引いて、自分に引きずり寄せた。



「キャアッ!」



スカートがめくれそうになり、慌てて手で裾を押さえるカヤノが短く叫ぶと、愉悦に浸ったようにシルヴァスは『クック』と声を上げた。

見た事もないシルヴァスの表情の連続に、カヤノは焦っているのに固まってしまう…。



「そんな所も可愛いんだけどね。コンプレックス感じちゃう所も含めて…バカな所とか。」


「そんなに…何度も…バカ、バカって言わなくったって…いいのに。」



カヤノは再び目に涙を溜めて抗議した。

それに対してシルヴァスは、手を額にやって、大袈裟に嘆く格好をする。



「ああもう…そう言われてもね…本当に君はバカだよ?さっきもそうだけど…そんな風に目に涙を溜められると…僕の心臓は、君が言うドキドキになっちゃうんだ…興奮しちゃうの。わかる?本当にやめて。」


「え…?」


「あのね…カヤノ。僕の好みって言ったけどさ…僕は別にハルが完璧だから好きだったわけじゃない。彼女の中身に好感を持ったんだ…それは君にも通ずるよ。」


「ハルさんと私が?」


「うん。」



シルヴァスは、冥界で魔神と遭遇した際のカヤノの行動について話した。



「僕は事件後の報告義務があったからね。カヤノやハルに聞く以外にも…魔神の件でわかった事を情報として集めなければならない。だから、魔神に脅された少年や人質にされたその母親からも話を聞いた。」



そこでシルヴァスは、カヤノを魔神の元に連れてくるように脅された親子が、カヤノに深く感謝している事を告げた。

カヤノは、自身が狙われているにも拘らず、傷つきながらも助けが来るまで必死で親子の身を案じ、守ってくれたのだと、母親と少年はそれぞれに証言したのだ。



「君は、僕が到着した時にはボロボロだったね…。ハル達が現れるまで、親子を必死で守ったのだろう?自分の事を顧みずに…だから神力も体力も尽きて…落石から己の身を守れなかったんだ。」



カヤノは、呆然とした。

守ったという程の事はない…自分は時間稼ぎをしただけなのだ。

それでも、親子からは自分が守ったのだと評価されたと思うと、ほんの少し心が温かくなっていくような気がする。



「ハルもね…カヤノ、君みたいな所がある。でも君は、ハルよりも小さくて弱い…地上の現人神だ。それなのに、自分が傷ついても人の為に一生懸命、頑張った。これって凄い事だよね?さすがは、君のご両親の子だと思うよ?」


「そんな…私なんか…。」


「結果も大事かもしれないけど…叶わないとわかっている相手に誰かの為に牙を剝く事が、どんなに勇気がいるのか…考えただけでも、僕は君から目が離せないと思った。」



カヤノは黙った。


そんな風に見てもらえるとは思わなかったし…何より、その事が憧れのハルリンドと通ずる部分だと言われたのは…嬉しい。


シルヴァスはそこで、カヤノに痛々しいモノを見るような視線を送り、また話し出した。



「数年前のマッド・チルドレンの事件の時も…そうだったんだろう?君は皆を守ろうとして背に傷を負った…。」


「ち、違うわ⁉それは…守ろうだなんて…誰も守ってなんかいない…私は…私は。」



思い出したくない過去に、カヤノが苦痛に顔を歪めた。

しかし、シルヴァスは話を辞めずに続ける。



「数年前、君はちゃんと話せなかったよね?今回魔神の契約の件も…。君は自分が契約書にサインをさせられた事を、なぜ言わなかったの?ねえ、思った事や言ってなかった事…今からでもいいから、全部話して欲しい。」


「シルヴァス…。」



カヤノは迷った。

話せば、長くなるし…思い出すのは辛い。

だが、言うまでシルヴァスは開放してくれなさそうに思える。


数十秒間、思案した末、諦めてカヤノは、アルバイト先の面談時に因幡大巳に受けたカウンセリングで話した内容を語った。



すると、先程までの妖しい雰囲気を微塵も感じさせなくなったいつも通りの優しいシルヴァスが、ふわりとカヤノを抱きしめてきた。

それは本当に、優しい()()()()()()()シルヴァスそのもので、カヤノは緊張していた体から力を抜いた。


抱きしめられるままに、抵抗もせずにいるカヤノが顔を上げると、シルヴァスの苦し気な顔が目に入った。

シルヴァスは、カヤノに悲痛を込めた声で言う。



「君は…本当に…何で、今まで話さなかったの?君がそんな風に思っていたなんて…。カヤノは自分の体も心も傷ついても…まだ、自分を責めていたんだね。一つも君のせいなんて事はないのに。」


「でも、私が臆病だったから…魔神の契約の事だって…言えなかったし。今更、こんな話をしているの自体…私ってダメだと思うの。」


「ねえ、カヤノ…もう自分の事を悪く言わないで。誰が聞いても、君が痛々しくてならなくなるよ?君は被害者で、精一杯頑張った。結果はどうでも、君のお陰で助かった子だっている。」


「そんな事は…。」



カヤノは、涙を滲ませるだけではなく、本気で泣きそうになった。

それでも我慢しようと、震える唇を何とか開いた。

その姿に、シルヴァスが密かに息を呑んだのは、カヤノにはわからない…。



「私にはそんな資格もないのに…時間が経って…過去も克服していないのに、図々しく自分が幸せになろうとして、シルヴァスに告白めいた事を言ってしまったのも…今となっては、おこがましかったと思う。」



シルヴァスは抱きしめる手に力を込めて、カヤノの耳元で囁いた。

耳元に唇を寄せるシルヴァスの顔が近づいたので、カヤノには彼の表情が全く見えなくなった。



「また…そんな風に言う。僕の方こそ身の程知らずだ。君の告白は僕にとっての幸運だった。その幸運を自ら台無しにして…君の申し出を断るなんて…おこがましかったんだ。どうか、僕にやり直しをさせて欲しい。」


「シルヴァスは…あなたは間違っていない…。もう、やり直す事なんてないから大丈夫。私の事は気にしないで。」


「間違っていたさ…でもそれは、その時だけだ。今は君の方が間違っている。僕は君をちゃんと好きだから、君は自信を持っていい。」



カヤノは(かたく)なに首を振った。

そこでシルヴァスは、カヤノの耳元に唇を寄せているままの状態で言った。



「僕はハルと君は通ずる所があると言ったが、君のハルと違う部分の方が()()好きなんだ。しかも、そのハルと違う所は僕がハルを好きになった事よりも…恐ろしい事にどんどん大きくなっている。君を意識してから、君への思いは成長する一方だ。」


「ハルさんと一緒じゃない所を?」



カヤノは考えた。


ハルリンドと違う所を考えれば、良い部分なんて浮かばない…。


思っている事が顔に出たのだろう。


シルヴァスは、また耳元で『ククク』と笑い声を上げた。


表情は依然、わからない…。



「だから…ハルが完璧だから好きだったわけじゃないと言ったよね。僕が君を好きな所はね…気を悪くしないでよ?君が危なっかしくて弱くて…庇護しなくちゃいけないほど厄介な所なんだ。」


「なっ⁈」



カヤノは目を見開いた。

そして、彼女が何か言おうと口をぱくつかせた所、シルヴァスは先に言葉を続ける。



「僕が守ってあげないといけない所が好きだし…派手じゃなくて大人しい所も可愛い。君のダメな所全てが好きだ。小さくて弱いのに勇敢なのは見ていられない。男が苦手なクセに自立しようとしたのも微笑ましい…が、それはもうしなくていい。」


「えっ?どうして…。」


「一生懸命なカヤノが可愛い。そうじゃないと、うまくできない君が愛おしい。でも、無理しなくていいって僕がわからせてあげたい。カヤノはハルのようになる必要はない…そうしたら僕が寂しくなる。」



そう囁き続けた後、シルヴァスは、ようやくカヤノの耳元から顔を少し離した。

自分を除き込む瞳が深緑の色をハッキリ映し出していて、少しも黒い瞳には見えなくなっていた。

口角を上げたシルヴァスは、ゆっくりと寝台の上にカヤノを押し倒した。

カヤノにはそれが、スローモションに見えた。

シルヴァスのベッドは、清涼感溢れる香りが漂っていて、真っ白なシーツに自分の体が沈んでいくのがわかる。


ふいに彼は、冥界での事件の話をまた蒸し返した。



「可哀想に…落石事件の際、君は誰にも助けてもらえないと思って諦めていたね…僕がいながら、あんな顔をさせるなんて自分が許せないよ。君にあんな顔を二度とさせないように…今度こそ、全力で愛してあげる。」



()()()()()()

…それって具体的にどういう事でしょう?



カヤノは固まって動かない口とは裏腹に、脳をフル回転させて考えた。

しかし、考えている間にも、シルヴァスからは次々に謎の発言が後をついて放たれて行く。



「君が気にしている背中の傷もね…痛々しくて耐えがたいから僕が舐めてやりたい。こんな風に僕の腕の中で今にも怯えて逃げ出しそうな君の涙を…違う涙に変えてやりたい。男が苦手だって構わない。君が泣いても…すぐに別の泣き声を上げさせてやろうって気持ちになる。」



舐める⁈

今、シルヴァスは()()()と言いましたか⁈

それ、ちょっと変な発言じゃないかしら…?



カヤノは、何となくシルヴァスの目の色と、紡がれる謎々のような言葉の数々に…駄々洩れる色気を感じて危険を察知し、冷や汗を流す。

そこで気怠そうな笑顔をフッと作り、シルヴァスが言い添える。



「あっ、勘違いしないでね?君の背中の傷…治したりなんてしなくてもいいから。君が残したいのなら、ずっと残せばいいよ。僕が一生、舐めて癒してあげるんだから。」


「ヒッ⁉」



シルヴァスの言葉に、ついカヤノは声を上げた。

カヤノのその反応に、満足げに口角を上げたシルヴァスの顔が近付いてきて、押し倒されたままの仰向けのカヤノの体に重なった…。



「シ、シルヴァスさん…やめて。近すぎるし、体が…。」


「ハハ、何言ってんの?離れたら逃げるクセに…。体がどうしたの?触られるのは嫌?それに…()()を付けて呼ばないでって言ったでしょ?何度言ったらわかるのさ。」


「んあ?ごめんなさい…シ、シルヴァス。」


「ほらね…アハハ。本当にバカだ…謝っても遅いよ。今度は許してあげない。」



そう言って、シルヴァスはカヤノの唇に、再び唇を重ねた。


カヤノは驚いて、目を大きくしたが、すぐに閉じて時が過ぎるのを待つ。



また…キスをされている⁈



頭の中で自分自身に語りかける声が響く。



先程もそうだったが、シルヴァスのキスは、不思議なくらい怖くないし嫌じゃない…。



ゆっくりと離される唇に、名残惜しいような気持ちさえ湧いて来て、カヤノはボウッとシルヴァスにされるがままになりながら、離されて行く彼の唇だけを目で追った。

その刹那、彼が自分の唇を舐めるのが見えて、カヤノもそっと自分の唇を舐める。



シルヴァスは『ほら、カヤノは僕が怖くない…問題ないだろ?』とクスリと微笑んで、間髪入れずに宣言した。



「カヤノがバカで、いつまで経っても覚えられないから…今度からは今みたいに罰を与えようか?僕に()()を付けて呼んだら、その度にキスするとかさ。外にいたって例外じゃないよ。」



そう言って、今度はカヤノの頬に軽く、親が子供にするようなキスを落とす。



「ねえ、カヤノ…さっきは僕の愛を君が断ったけど…それが仕返しなら、もうやめてくれる?僕の気持ちはわかったよね?それでね…君が納得できなくても信じられなくてもね…とりあえず、構わない。」


「へ?構わないって…何が…。」



カヤノは、手も足も出ない状態で、今度こそシルヴァスの言いたい事がわからずに首を(ひね)った。



「フフ。そう、簡単に君は僕を受け入れるつもりはないんだろう?でも、僕は君がわかるまで、わからせるから構わないって言ったんだ。つまり、君を逃がさない。逃げるつもりなら…受けて立つ。」


「ちょっと待って下さい。そんなの勝手すぎます!一度は私を振ったのに…そんなの。私の気持ちはどうなるんですか?」


「あの時は、まだ君への気持ちがハッキリしていなかったからさ…君に優しくしてあげられたんだよ?何度も君にバカだって言うのは…そういう事さ。君が僕から逃げたかったのなら、僕の家を出てアルバイトをしたりしなければ良かったんだ。」


「何でですか⁈」


「そんな事をして、僕を刺激したりしたから…僕が君への思いに気付いてしまったんだよ?全部、自分で()いた種だ。今更、現実を見たとか言ってたけど…フフ…遅いよ?カヤノ、現実って言うなら、今が現実だ。ほら見てごらん?」



カヤノはキョロキョロと周りを見た。


現実だと言われても、ただのシルヴァスの部屋が見えるだけだ。


よくできた帆船の入ったボトルシップの飾られた白い棚。

広めの白いペインティングの施された現代的な机。

本棚には、世界史や地図の類の物を中心に分厚い本から情報誌までが、幅広くそろえられているのが見て取れる。

(かぜ)にまつわる現人神が情報通だというのが、よくわかるようなベッドサイドの近くにあるキャビネットの上には、話題になっている最新のグッズやらが所々に並べられていて目を引いた。


特に、怪しげな精霊のアイテムがどこかに飾られているわけでもなく、一見、お洒落な()()()()()の部屋だと思う。



シルヴァスは、ベッドの上で仰向けのまま室内を見回すカヤノに、笑いを堪えきれなくなって吹き出した。



「あはは。だから、君は可愛すぎるんだよ…。ああ、バカな子…バカで可愛いカヤノ。君は僕の雄のスイッチを入れてしまった。取り返しのつかない事をしたね。現実はそれだよ。」


「また!バカって⁉」



カヤノがシルヴァスの声に悔しそうに目を向けると、彼はまた、精霊らしく意地悪そうに口角を上げた。



「だから、こうして君が僕の腕の中にいる事が…現実なんだよ…カヤノ。よく自分の姿を見てごらん?僕に組み敷かれている状態で…逃げられるかやってごらんよ?疲れるだけだけどね。さあ…どうする?」



楽しそうにシルヴァスは嗜虐的な目を向けて、カヤノに回答を求めて来た。



「男性の力が相手じゃ…無理に決まっているじゃない。どいて下さい…。」


「ええ?すぐに降参?つまんないなぁ。少しは僕をどかしてみればいいのに。こんな状況で抵抗しないと、襲われても文句は言えないよ?」


「シ、シルヴァスは…女性に優しい騎士だから、そんな事をしないって知ってます!!」


「へぇ、随分と信頼してくれているんだね…嬉しいなぁ。それじゃ、無理強(むりじ)いし(づら)くなっちゃう。でも、僕はハルに失恋して学んだんだよね。好いた女性は、無理強いをしてでも手に入れないと、誰かにとられるって…さ。」



カヤノは目を点にした。



「えっと、それは…ちょっとどうかと…。」


「うん、そう思うよね…でも、アスターには、そうやってハルを取られたんだ。でさ、僕もね…愛する女性には紳士でいるのをやめた。誓ったんだよね…好きな子は絶対に逃がさないって!」



好きな子と言われて、カヤノの顔はカッと赤くなったが、次の瞬間、我に返ってシルヴァスに烈火のごとく抗議を開始した。



「そんなの…おかしいですよ!!本当にどいて下さい。それに、シルヴァスさんの思いを聞いてもやっぱり私は…気持ちに応えられません。もう決めたんです、私、頑固なんですから!」


「それって、どうしても?」


「どうしてもです!私がシルヴァスさんの傍にいるのが耐えられないんですから…もう諦めて下さい!」


「ああ…バカな子。やっぱり何にもわかっていない。堂々巡りだ…。」



シルヴァスは、わざとらしく眉を下げて、空を仰いだように視線を上に向けながらカヤノをからかった。


『拒絶されればされるほど、自由を奪いたくなるのに…。』


と、シルヴァスはおかしくて仕方がなかった。


しかし、さすがにそこまではしたくないと、フェニミストな理性を何とか働かせて、シルヴァスはそうしないようにと己の欲望と闘っている。

カヤノには見えない、シルヴァスの心中での戦いである。



 カヤノは、その後もシルヴァスに自分を開放するように言ったが、彼が全く動じないので、力いっぱい彼の胸を押し退けたが、どうしてもシルヴァスをどかす事ができず、顔を赤くしながら叫んだ。



「もうイヤ!勝手に出て行ったりしないから、自分の部屋に戻して下さい!!」



カヤノの言葉に片目を閉じたシルヴァスが反応を示した。



「本当?センターの見合い登録も取り消しに行くかい?」


「せっかく登録したのに…嫌です。それは私の勝手じゃないですか!」


「保護者に内緒でね…。ああいうのは、卒業後、するものだろう?そうでないなら、僕に一言くらい、断るべきじゃないか?」


「勝手に登録した事で怒っていたんですか?私以外にだって…色々な事情で、すぐに結婚したい子だっている筈です。」


「ああ、まあ…でも、それって10年に一度、いるかいないかだよ?登録はそうだね…勝手に登録して怒っているよ?」


「じゃあ…ちゃんと話せば、登録してもいいですか?」



『うん?』と笑んで首を傾げたシルヴァスが、表情とは裏腹に口を開く。



「いや?ちゃんと話しても登録には反対。そんな事、知っていたら…二度と統括センターにも連れて行かないかも…。」


「じゃあ、やっぱり内緒で登録するしかないじゃないの!!」



カヤノはプンスカ怒り出した。

その本気で起る姿に、シルヴァスは堪らないというように、相好を崩して言った。



「ハハ…でも、怒るよ?内緒でしたら…今は一度目だったから、この程度の怒りだったけどね…カヤノ。僕に次に内緒をしたら怒るからね?僕が怒ったら怖いよ?きっと、後悔するから…怒らせない方をお勧めするな。」


「うう…。」



どうしたらいいのかと考えあぐねて、ついに疲れてしまったカヤノは、弱々しい声を出した。



「じゃあ…どうすればいいの?」


「ずっと、僕の傍にいればいいの。」



美しく微笑むシルヴァスの答えに、カヤノはクラリと来て、意識を失いそうになるのを堪えてシクシクと泣きだした。

もう泣き落とししかなかった…。



「ふえっ…シルヴァス…もう、お願いだから…どいて(重いし)。部屋に帰して。このまま、押し倒されたままだと、ドキドキして辛いの。」


「うーん。あえて、ドキドキして辛くさせてるんだけど…。それに泣かれると…カヤノはわからないだろうけど…僕、余計にどきたくなくなっちゃうんだよね。」



けろりとした顔で言うシルヴァスの言葉に、カヤノは泣きながら絶句した。

どういうわけか、その事が幸いしたようだ。

その顔を見たシルヴァスが、急に低く『うっ』とうめいたかと思うと、カヤノに突然、変な事を言い出したのである…。



「くっ!カヤノ、その顔…好みすぎてヤバイ…。本当はこのまま、どいてあげないつもりで、ヘタしたら一晩中、僕の部屋に閉じ込めてやろうと思ってたんだけど…僕が…辛くなった。」



向かい合い、自分に覆いかぶさっているシルヴァスの体の一部の何かが…急に立ち上がって太腿の辺りに当たっているのを感じ、カヤノは眉を(しか)めた。


シルヴァスは、息を荒げて言う。



「カヤノ…ヤバいから、今なら君のお願いだけで…どいてあげる…。ねえ、可愛く『精霊さん、お願い。()()()()見逃して。』って…言って、頬にキスしてくれたら…放してあげる。どうする?」



完全に深緑色の光る瞳の奥に、炎が燃えているような揺らめきを感じたカヤノは、本当はそんな事を言いたくないし、したくはなかったが…熱くなったシルヴァスの体に、本能的な不穏さを感じて、首を縦に振る。


そして、言った。


シルヴァスに教えられた通りの言葉を…。



「精霊さん、お願い…一度だけ、見逃して?」



チュッと可愛らしいリップ音を立てて、カヤノがシルヴァスの頬にキスをすると、呆けたようにシルヴァスの体から力が抜けて、その隙にカヤノはシルヴァスの下から抜け出した。


カヤノが言葉を発した後に少しだけ振り返ると、シルヴァスの深緑の瞳は、一瞬だけ黄緑に近い色で一層強く光を放ち、元に戻った。


『これは何か契約的な力が発動したようだ』とカヤノは理解した。

それは、思った通りだったようで、シルヴァスの体が見えない何かに拘束されているらしいと悟る。


シルヴァスは、そのままベッドの上で横たわり、自室を出ようとしたカヤノの後姿に向けて声を掛ける。



「カヤノ…精霊が見逃すのは…一度きりだ。自分の部屋の鍵は閉めておくんだよ?それと今日から、僕なしで一人で外出したらダメだよ?絶対にね!約束しないと…どうなっても知らないから。」



カヤノはシルヴァスの声を背に、急いで彼の部屋のドアを閉めて、廊下に出るとパタパタと足音をたてて、自室に逃げ込むように入った…。



 シルヴァスは、その後、しばらく大人の事情で部屋にこもっていた…。



それから、部屋から出てきたシルヴァスは、束の間(つかのま)、自宅から外に出て行って、夜になるとどこかから戻り、夕食を作った。


食事の席では、シルヴァスはいつも通りの差し障りのない話をし、カヤノは狐につままれたような気になったが、食後の後片付けの為、食器を流し台に運ぶ手伝いをしている時にシルヴァスが言った。



「ねえ、カヤノ。さっきの話だけど…僕と賭けをしない?」


順調にいけば、金曜日に更新予定です。

本日もありがとうございました。

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