春の嵐と恋の風㉞
不穏なシルヴァスがカヤノの元へ…。
「そんな⁉だって、そんな事…一言もシルヴァスは…。」
カヤノは驚愕のあまり、次の言葉が出て来ない…。
シルヴァスのいきなりの告白に、自分がどうするべきかわからなくなった。
彼に振られたと思った瞬間、彼女は今まで自分の恋心に蓋を閉めて、色々と考えて行動して来たのだ。
今更、当初の自分が望んだ結果を得られた所で、それをすんなり喜んで良いものか見当もつかない。
カヤノがそれ以上何も言わなかったので、シルヴァスは彼女に自分の動向について、納得できるように説明を連ねた。
「君の体が完全に良くなってから、頃合いを見て告白しようと思ってたんだ。僕は君が思いを寄せてくれたのに…一度、酷い対応をしてしまったからね…慎重にならないとダメだと思った。」
その時に自分が彼女に言った言葉を思い出せば、シルヴァスはクシティガルヴァスが過去に言っていた通り…完全にその気がなくても、『ありがとう』と彼女の気持ちを受け取っておけば良かったのだと悔やまざる得ない。
とにかく、彼女の気持ちを受け取って、じっくり考えてから、結論を出せば良かったのだ。
間違っても、流したりせずに…わざわざ自分から、勇気を出して告げてくれた彼女の言葉を…。
『それは…多分、本当の恋じゃない。』なんて!!
口が裂けても言わなければ良かった!
シルヴァスは、彼女が自分に向けてくれた恋情を…偉そうに『錯覚』とまで言い放ってしまったのだ…。
ふいに、その時に言った言葉の数々をシルヴァスは自分の頭の中で再生した。
『(男に)苦手意識があるから、身近な僕なんかを好きだと思いこんじゃっただけだよ。』
自分の放った言葉だが…バカな事をほざいたと思う。
仮にそうだったとしても…。
今となっては、彼女を騙してでも思い込ませたいくらいなのに!!
何言ってたんだ…僕は⁈
バカか?
自分の首をわざわざ絞めて…バカなのか⁈
と、シルヴァスは脳内で自分を罵った。
そして、自分が言ってしまった極めつけのセリフを思い起こして、酔って柱の角に思い切り頭をぶつけたくらいの衝撃で…頭痛を起こす。
『もっと色々な男を見た方がいい。』
なあぁ~んて…。
何、余計な事を言ってくれちゃってるんだぁ~⁉僕は!!
死ね!過去の自分ヨ…消えてなくなれ!!
滅せヨ!!
わざわざ自分で、他の男をカヤノに勧めていた事に、自身への殺意を噛み殺しながら、思わず鼻の横にシワを入れてヒクつかせる。
その後、シルヴァスはハッと我に返り、自分が今、カヤノに真摯な告白をしていた最中である事を思い出し、慌ててカヤノを見やった。
「とにかく…僕は自身の事が…よくわかってなかったんだ。今は君が僕に向けてくれた気持ちが、とても嬉しい。過去の僕の言葉なんて忘れて…どうか、今の僕の言葉を信じて欲しい。」
カヤノは、弱々しくシルヴァスを見ると、苦しげな表情を浮かべた。
「でも、シルヴァス…。私、その…自信がないの。色々、自分の中では頑張ったつもりだったけど、何をしてもうまく行かなかったし…引き取ってもらった恩もあるのに…。」
「恋愛と君を引き取った事とは別だよ⁉一緒に考えないで?」
シルヴァスは、カヤノから放たれる重い空気を素早く読み取って、慌てて言葉を添える。
しかし、カヤノは小さく首を振った。
「一緒じゃないわ。だって、私がもう…あなたにこれ以上の迷惑を掛けたくないんだもの…。」
「何言ってんの⁉そんな事、思ってないよ?それに今後も迷惑の一つや二つ、いや、いくつでも…掛けられたって構わない!」
「でも、既に一杯、迷惑をかけているじゃない。私…また、トラウマが再発しちゃいそうだし…背中の傷だって醜いでしょう?一生、あなたに迷惑を掛けるのは嫌。自立もうまくいかなかったし…。」
「だから、一生、迷惑を掛けてくれてもいいんだってば!!僕に怯えないなら、トラウマなんて関係ないし!背中の傷だって、名誉の負傷だ…気にならないよ。自立はむしろ…しないで下さい!」
「それに私…シルヴァスが言ったように、恋っていうモノが、よくわかっていなかったんだと思うの。私が思っていたより、もっと現実も見なければいけないって…わかったから。」
シルヴァスは目を見開いた。
そして、静止した。
カヤノが、かつて自分が言ってしまった事を口にしたので、それ以上の言葉が出なくなったのだ。
一瞬、言葉をつまらせたシルヴァスに、カヤノは残念そうに失望の色を浮かべた溜息を吐いた。
カヤノは、自分の事を、今まで夢物語の世界しか知らない子供と同じだったのだと考えていた。
相手の事を好きになれば、それだけで恋で…恋をすれば、相手がそれを受け入れてくれれば、全てがハッピーエンドになるものだと…そう単純に考えていたのだ。
だから、今、カヤノはシルヴァスを好きなのは変わっていないし、シルヴァスがそれと同じように自分の事を好きだと言ってくれたのだから…単純に考えれば、ハッピーエンドになる筈なのに、実際はそうではない。
カヤノは、シルヴァスから自立するために頑張って来たが、うまく行かなかった事で思ったのだ。
何事も『身の程』というモノがあるのだと…。
カヤノは、自分は小さくて弱い現人神なのだから、そんな自分の身の丈にあった、似合いの人を探さなければいけないのだと、今は強く思っていた。
身分だけならば、シルヴァスはハルリンドのように貴族の出自でもないので問題はないが、彼はとても優秀だ。
自分と比べれば、色々と釣り合わないのだと、カヤノは改めて思い始めていた。
仮に…本当に『仮』であり得ない事だが…将来、自分を補ってくれるような立派な現人神の旦那様を得られる事になったとしても、自分が相手をそこまで愛していなければ、その落差にも耐えられるのではないかとカヤノは思う。
例え、相手にシルヴァスのような、かつて、忘れられない女性の存在があったとしても、その人が自分を少しでも好いてくれるのなら…我慢ができる。
しかし、カヤノ本人が相手を本気で愛しているのなら、きっと、相手も同じでなければ苦しいのだ。
好ましい程度で一緒になった相手ならば、相手の過去の女性…もしくは今も手の届かない相手に、恋情を持ち続けていても許せるのではないかと…カヤノは考えたから、センターで見合い登録をしたのである。
大好きなシルヴァスに対しては、もし…まだ彼が少しでもハルリンドに心を残しているのだと思うと、耐えられないし…今は本人がそうでないと言っているのだから、それを信じようにも…過去にシルヴァスが愛した相手を知っていること自体が…その女性が自分の尊敬する女神だけに…。
…辛かった。
魔神との再会で、改めて自分の技量を目の当たりにして…ハルリンドとの違いすぎるスペックに自己嫌悪しか湧いてこない。
彼女と自分とでは、いかに程遠い存在であるかを知っているだけに、何一つとっても永遠に自分は彼女に勝る部分がないのだという事実が、カヤノの心を深く傷付ける。
彼女はシルヴァスと並んでも遜色ないくらい優秀で、自分とは正反対の美人で、性格まで良くて、自分も彼女が大好きで…身分も高くて、シルヴァスから見たら高根の花なのだ。
そんな女性を好んだシルヴァスが…どうして、カヤノなどを好きになるのだろうか?
そう考えると、カヤノにはシルヴァスが、自分を好きだなんて、どうしても信じられなかった。
シルヴァスがいくら、今はハルリンドより自分が好きだと言ってくれても…。
それこそ、シルヴァスが自分に対して『恋だと錯覚』しているだけではないのだろうか?
『私が魔神に襲われていて、絶体絶命の時にハルさんの事が目に入らなかったからって…私の方を愛しているとは限らないわ!』
カヤノは思う。
『シルヴァスさんは恋情を持っていなくても、私を里親としては愛してくれていた筈…。
だから、私に危険が迫った時の心配を恋によるものだって、思い込んじゃっただけかもしれない!』
カヤノは、少し前のシルヴァス同様に、彼の恋情をただの勘違いだと思い込んだ。
もう、こうなってくると、シルヴァスとカヤノは『ヤギの郵便屋さん』のようである…。
<ヤギの郵便屋さん>→※童謡
♪白やぎさんから お手紙 ついた
♪黒やぎさんたら 読まずに 食べた
♪しかたがないので お手紙かいた
♪さっきの 手紙の ご用事 なぁに
♪黒やぎさんから お手紙 ついた
♪白やぎさんたら 読まずに 食べた
♪しかたがないので お手紙かいた
♪さっきの 手紙の ご用事 なぁに♬
延々繰り返し
そして、目を見開かせているシルヴァスに向かって、意を決したようにカヤノは言った。
「シルヴァス…そんな事を言ってもらえるなんて夢みたいに嬉しいです。でもね、あの状況で魔神に襲われているのを見れば、誰だって心配して、そちらしか見えなくなると思うんです。」
「カヤノ…君ね…誰だってというのは…。」
「だから、あなたが私を助けようとしてくれたのは、恋情からではなくて、それと錯覚しただけの同情や家族愛に似たものなんですよ。」
シルヴァスはそんな事があるか!
だったら、因幡大巳はどうだって言うんだ⁈
あいつ、全然、カヤノを見ていなかったじゃないか!
妹や娘だったら、他の男といたって、多分、ここまでムカついたりしない!!
と心の声で叫んで、一筋の汗を浮かべた。
更に、ハッキリと自身の気持ちを確定してくるカヤノにシルヴァスは絶句してしまう。
「何、その決めつけと確信⁈」
と、数秒後に思うものの…過去の自分と同じようなセリフを言い出し、思い込みを強めているであろうカヤノを目の当たりにして、シルヴァスは心底、面食らった。
カヤノの思いが、正確には自分と全く同じというわけではないにしろ…彼女が、自分を好きだと認識した上で今の言葉を吐いたのならば、シルヴァスはカヤノに対し、自分が彼女の事を最愛であると気付いたのと、同じくらいの衝撃的な出来事を与えねばならなくなったのだと思い至る。
しかも、恐らくカヤノには、自分と同じように『最愛』であると気付かせるだけではダメだろう。
カヤノに、自分がいなければ生きてはいけない…自分以外に代わりはいない…自分にはシルヴァスの元を離れる事ができないのだ…と、何が何でも思わせなければならない!!
それは、とても難しい事のように思えた。
だが、今更、カヤノを手放す事などできないシルヴァスは、それをやるしかなかった。
そのくらいしなければ、カヤノの方から距離を置かれる事は必然…。
仮にカヤノが自分から距離を置こうとしても、そう易々思い通りにさせる気はないが。
二人揃って無言のフリーズから、一分ほど経過する。
シルヴァスは、ようやく起動を再開させたように、カヤノに向かって口を開いた。
「へえ、君には僕の気持ちが読めるって言うの?この気持ちが恋情じゃないなんて…君が決めつけるのは、おかしいだろう?」
シルヴァスは自分がしたのと似たような事をカヤノにされて、何も言えなくなり固まっていたが…開き直った。
「決めつけたというか…だって、シルヴァスだって、今頃、自分の気持ちに気付いたって言う時点で、それが家族愛との勘違いかどうか、ハッキリ見極められるわけじゃないでしょ?」
「どうして、そこに家族愛が出てくるの?仕事仲間に言葉で気付いたけど…僕は元々、君の事が好きなんだよ。ただ僕の中での問題は、ハルと君のどちらの方を土壇場で守るかどうかだったんだ。」
「どういう事だか、わかんない。」
「僕がハルに対して吹っ切れていれば、問題なかったっていう事だよ。それに僕は、既にハルが僕の守護を必要としていない事も知った。」
「ごめんなさい、シルヴァス。あなたが、吹っ切れていようがいまいが、私の事を恋愛感情で見てくれていようが…今はもう、ダメなの…私の問題なの。」
「はい?」
シルヴァスはカヤノが、何を言い出すのかと、目を丸くした。
「私も…シルヴァスの何かが解決したように…現実が見えたの。それで、私には自信がないの。だって、私は何をしてもダメで…シルヴァスが好きだったハルさんとは違いすぎるもの…。」
「え?何を言って…。」
「だから…自信がないの!ハルさんを好きになったような人(現人神)に好かれる自信が。いくら、シルヴァスが私を好きだと言ってくれても、それを信じる自信もないから…ごめんなさい。」
そう言って、カヤノはシルヴァスから逃れようとした。
しかし、シルヴァスは、自分の体を押し退けようとするカヤノの両手をつかんで引き戻す。
「ちょっと待って。カヤノ…僕は君とハルを比べたりはしないよ?君自身が好きなのに…どうして、そこにハルが出てくるの?」
「誰だって好みはあるでしょう?ハルさんが何年も好きだったなら、シルヴァスの好みはハルさんじゃない!私はハルさんと何も共通点がないのに…一体、私のどこを好きになったって言うの?」
「えっ?それは…勿論、君の事、守ってあげたいって思ってるし…君の一生懸命がカワイイかったり…君が家にいてくれるだけで、僕は癒されるんだ。君がいなくなったら、寂しい…。」
カヤノは、目に涙を浮かべた。
シルヴァスはギョッとした!
やはり、そこはフェニミスト…女性の泣き顔が密かに好きとはいえ、どんな涙でも許容範囲というわけではない。
基本的に自分以外の男が女性を泣かすのは許せないし、自分が泣かせるのであっても、こういう涙は好きではないし、泣(鳴)かすのは好きでも泣かれるのは嫌だ。
「それって…私の良い所って言うわけじゃないじゃない。全部、厄介かける理由ばかりで…単に私に同情しているだけだわ。『癒される』なんて言葉、嬉しくないもの。そんなの…いつも言われてきたけど…。」
そこで言葉を切ったカヤノは、一瞬、涙を手で拭って、子供のように鼻を啜った。
先程まで、こういう泣き方が好きではないと思っていたのに、こんな時に『そのしぐさが可愛らしい』とシルヴァスは少し見惚れる…。
「癒されるって…ドキドキしないって事でしょ?恋愛対象だったら癒されるよりも、もっと激しい感情がある筈だと思うわ!それに寂しいって言ってたけど…そんなの…私がいなくなっても他の人が私の代わりにあなたと住めば解決じゃない。」
「なっ、何言ってんの⁈そんなわけないだろう⁈僕は誰とでも住むわけじゃない。むしろ、元々の気質上、一人暮らしの方が性に合っていたんだ!!」
「だったら、私がいなくなれば丁度いいじゃないの!それに私がいなくなれば、好きなように恋人を作って家に連れ込む事もできるじゃない。そしたら、寂しくなんてなくなるもの。」
「カヤノ…本気で言っているの?」
「本気よ。シルヴァスはきっと…私がいなくなっても、誰か他の誰かを見付ければ、すぐに忘れるわ。ハルさんの時みたいに何年も思ったりしない…。その時、私が恋愛対象じゃなかったって気付くのよ。」
カヤノは尻つぼみに言葉を発した。
それというのも、シルヴァスの雰囲気が不穏になったからだ…。
だが、カヤノも何とか気圧されまいと、負けずにシルヴァスを真っすぐ見詰めて頑張った。
「わ、私なんて…誰かに好きになってもらえるような子じゃないもの。私なんて地味だし…傍にいても目に入らない子だもの。だから、シルヴァスだってハルさんと私のどちらを土壇場で優先するか、ギリギリまで判断に困ったのよ!」
一瞬、『グッ』となったシルヴァスが口をへの字に曲げる。
まるで、誰のお姫様にもなれないのが自分なのだと、カヤノは酷く自分を卑下した。
このまま聞くのが痛々しく感じられて、シルヴァスは人差し指でカヤノの口を押えて黙らせると言った。
「もうそれ以上、言わないで。自分の事をそんな風に思っていたの?本当に僕は間違っていたね。あの時、僕が誰を前にしても君を選ぶと宣言していたら、君はそんな風に自分を思わずに済んだのかな?」
「知らない!違うの!シルヴァスは正直に言っただけ!私はいいの!これが私だもの!!でも、シルヴァスとは一緒にいられない。だって、私が自分をハルさんと比べちゃうんだもの。」
「カヤノ…いい加減に…。」
「ど、同情みたいに可哀想とか…そういう気持ちで一緒にいてもらうのは嫌なの…。私はシルヴァスに守ってもらわなくても平気だから…。」
カヤノは、やっとの事でそこまで言うと、シルヴァスの隙をついて、彼の腕から逃げ出した。
「あっ…待って。カヤノ!どこに行くんだ?」
「ついて来ないで。お見合いして、早く家を出る努力をするから…。」
「もう、さっきから…そんなの許すわけないだろう⁈」
着の身着のままで、玄関の方に走り出すカヤノを追いかけて、シルヴァスが彼女の行く手を塞ぐ。
「あのね…カヤノ…逃げようとしても無駄だよ?その足は完全に治っていないよね?それに僕は風の精霊だよ?君が僕より早く走れるわけないだろう?」
「ど、どいて下さい…。」
行く手を塞ぐシルヴァスに弱々しくカヤノが言うと、シルヴァスは薄く微笑んで両手を広げ、小さく首を振った。
「バカだね…君は…本当に。」
一言、シルヴァスは呟くと、目にも止まらぬ速さでカヤノを抱き上げて、自室の部屋の寝台に放り投げるように降ろしたのだった…。
火曜日に投稿できるように頑張りますので、次回もアクセス、お待ちしております。
本日もありがとうございました。




