春の嵐と恋の風㉝
シルヴァスが怒りに震えます…。
シルヴァスは、思いも寄らなかった…。
その日、職場で書類整理をしているシルヴァスに、休憩から戻って来たクシティガルヴァスが、強張った表情で話し掛けて来るまで…。
自分が意図的に、カヤノに自立する自信をなくさせる事で…かえって彼女がシルヴァスから離れる決意を強め、望む事と逆のアクションを取ろうとしている事実を!
そして、そんな事とは露も知らず…。
シルヴァスは暢気に数日前。
『アルバイト先に突然の辞職をあやまりたいに行きたいの。』
…というカヤノに甘えられて、仕事の傍ら彼女を数時間だけ統括センターに連れて来てしまったのだ!
元より、カヤノのお願いには、自分が滅法弱いという自覚はあった。
しかし、冥界から戻って一ヵ月近くが経とうとしている今、カヤノのケガは順調に回復し、足の方もあまり使いすぎなければ普通に生活しても大丈夫だと医者に許可をもらって、カヤノはベッドの中で大人しくしていられなくなっていた…。
自分が休みの日なら、自宅にいて相手をしてやれるが、仕事の日は早く帰っても夕方までの間、カヤノは退屈してしまう。
他にアルバイトや学校への登校も禁じている手前、これ以上厳しく閉じ込めても、反発を生みかねないと判断したシルヴァスは、カヤノに近くのスーパーや近所の喫茶店付近程度の外出を許可していた。
それである程度、体が回復したと自信を付けたのだろう…。
カヤノはシルヴァスに統括センターへ自分も連れて行くように強請るようになったのだ!
当初は、(因幡大巳がいるから)渋っていたシルヴァスだったが…しきりにカヤノが、先輩達に挨拶をせずにバイトを辞めたのは心残りだと騒ぐので、ついに根負けしてしまったのである。
因幡大巳医師も、さすがに知らなかったとはいえ、自分が冥界で人妻にメロメロだった件があるのだから、スタッフの前で簡単にカヤノに色目を使ってはこないだろうと思い至り、シルヴァスは午前中だけと約束して、カヤノを元アルバイト先に連れて行ってやったのだ。
医師本人もフォルテナ伯爵邸で皆に責められ、自分が目を離していたせいでカヤノがケガをしたと認めていたのだから、余程の恥知らずでなければ、しばらく大人しくしているだろう。
そこで、朝、シルヴァスの出勤に合わせて一緒に統括センターに訪れ、カヤノを精神科クリニックに送り届けてから、昼休みに迎えに行き、職場には少し長い休憩時間をもらって家に彼女を連れ帰ってから、自分はトンボ返りで仕事に戻ったのである。
自分の知る中で、その日以外にカヤノが統括センターを訪れた日はない筈だ…。
だとするとやはり、その日に⁉
シルヴァスは、わなわなと震えた…。
クシティガルヴァスは、休憩途中で急ぎ戻って来て、開口一番、自分に…。
「驚かないで聞いてくれよ?」
と、言葉を紡いだのだ…。
あの日、カヤノを元アルバイト先である因幡大巳の精神科クリニックに、自分の仕事中、置いて来たのは間違いだった!!
考えてみれば、自分が再びカヤノを迎えに行く昼までには、時間がたっぷりあるのだ。
最初、シルヴァスと別れる間際は、座りながら受付の仕事をボランティア感覚で手伝っていたが、職場の者達と言葉を交わした後、カヤノが外に出てシルヴァスと落ち合うまで、どこかで時間を潰していても不思議ではない…。
ただカヤノは、センター内に完備されている喫茶店や買い物の為に店に入るわけではなく、その空き時間で現人神・生涯課に足を踏み入れていたのだ!
自分が、仕事をしている間…。
カヤノはそこに設置されている婚活・結婚相談センターで、婚活登録をしていたのである!!
クシティガルヴァスは、オドオドと目を泳がしながら、言った…。
「いや、今さっき、保護した子供の件で生涯課に用があって…行ったんだけど。俺も独身だろ?たまたま結婚相談センターの奴に、今年は女性登録者がどのくらいいるのか…聞いたんだよ。」
まだ、事態を知らされなかった時のシルヴァスは、目を瞬かせながら傾げている首を反対側に傾げ直して彼の話を聞いていた。
「ほらさ…男は余ってんだから、登録したって見合い相手を紹介してもらえるかわからんけど…登録だけしておけば、何年後かに俺とマッチする女神が現れるかもしれない…って思ってさ。」
クシティガルヴァスは、その後、とても申し訳なさそうに、上目遣いをしてシルヴァスを見た。
「担当者が『そう言えば本当はマズいんだけど』って、特別に教えてくれたんだ…。今年は新成人の若い子が一人、登録しているって。で、こっそり登録名簿を見せてもらったら…。」
そこで、クシティガルヴァスは目を丸くしたのだという。
登録名簿には、最近特にシルヴァスからよく聞いていた名前があったのだと!
担当者は、クシティガルヴァスに…。
『久しぶりに学生のうちに登録してくれた子なんで…早速マッチング相手を数人、絞ろうと思っているんだけど、サービスして絶対ハイクラスの相手を世話しようって、仲間内で盛り上がっているんだ!』
と意気揚々と話していたらしい…。
更に担当者は、
『まあ、クーガには紹介できなくてごめんな?』
『彼女、男が苦手なんだ。お前、話し方も素振りも柔和じゃないだろ?』
と続け…
『背中に傷も残っているって言うし…。だからオレらもさ、彼女を特別に幸せにしてやりたくて、三拍子そろった現人神を何としても探してコーディネートしようと張り切ってんだよ。』
と、片手の拳を握りしめながら熱く語った。
最後に担当者は、クシティガルヴァス自身に向けて、
『クーガには、逆にそういう問題のない相手でマッチする子が来たら紹介してやるから…登録だけしていけよ。いつになるか保証できないが…いいだろ?お前、長生きすぎる部類なんだからさ。』
と言われてしまった…と溜息をつく相棒、クシティガルヴァス。
そんな相棒は、相変わらず言い辛そうにシルヴァスに耳打ちをした。
「どうすんだ、お前?担当の奴ら、久しぶりの女性登録者ってだけで喜んでて…彼女が問題付きで、同情から更に張り切ってるんだ。ありゃ、彼女に相当な高スペックをあてがってくるぜ?しかも卒業と同時にって息巻いてた!」
シルヴァスは、クシティガルヴァスが何を話しているのか、一瞬、理解できずに固まっていたが…。
彼が、『お前、ライバルに太刀打ちできんの?』と自分に語りかけたのを皮切りに、わなわなと震え始めたのである。
それを見て、クシティガルヴァスは涙目になった。
シルヴァスの形相が、恐らく、相当に凶悪なものへと転じていたのだろう…。
普段の優し気な印象が『詐欺だ!』と叫びたくなるくらいに…。
クシティガルヴァスは、慌てだしたように言葉を連ね出した。
『シルヴァス…気を静めろよ。
お前、彼女の幸せが一番だって言ってたじゃないか。
現人神の男が傷だとかトラウマだとか…
気にしない奴の方が多いってのはわかるだろう?
しかも上級の奴らほど、慈悲深くって同情しやすい…。
それに、担当者が言ってたけど…。』
シルヴァスは、悪気なく親切のつもりでしゃべる相棒に、言葉を止めるように促す為、ギロリと睨んだのだが、話す事に夢中だったクシティガルヴァスは…気付かずに話を続けた。
「カヤノちゃんて、上級現人神が庇護してあげたくなっちゃうタイプなんだって?成功率100%だって、縁結びの奴ら自信満々だったぜ。お前も諦めて…俺と…。」
そこまで言って、クシティガルヴァスは、シルヴァスの顔を覗いた途端、大きく後悔をした。
その瞬間。
「ドスウゥゥゥッ!」
何も言わずにシルヴァスがいきなり、クシティガルヴァスの腹に下から拳を入れて来たのだ。
鈍い音が、フロアの足元を這うように振動して伝わった…。
クシティガルヴァスは『グフォオッ!』と血を吐くような声を上げ、腹部を押さえて前かがみになる。
その前に一瞬、足が宙に浮いたかもしれない…。
それをチラリとも見ずに、シルヴァスは処理中の書類をそのままにして、自分の鞄を手に取ってから、口を開く。
「クーガ…残りの書類整理、お前の分だから。僕、今日、用があるんで帰る。急ぎの仕事はないし。」
声は小さいが、いつもより2トーンは低いシルヴァスの声は、地底から響いてくるように床を振動させながら周りの同僚達に伝わった。
皆一様に、視線を逸らしている…。
フロアを出て行こうとするシルヴァスの後姿に、クシティガルヴァスだけが、片手を腹に当てて前かがみのまま、もう一方の手をヨロヨロと縋るように上げて言った。
「う…ぐぅ、シルヴァスよ…な、なんで…?」
そこで、パタリと床に力尽きるクシティガルヴァスを、無言で隣に座る後輩と後ろに座っている他の部署の現人神が支え、誰かが用意して来た担架で、医務室に運び込んだ。
後にクシティガルヴァスは言った…。
「あの日のパンチは…いつもより強烈だった。」
と。
☆ ☆ ☆
この所、上機嫌だったシルヴァスが、クシティガルヴァスの言葉を聞いた途端に、恐ろしい勢いで鬼の形相を浮かべ帰宅すると、カヤノはリビングで受話器を片手に誰かと会話していた。
シルヴァスは、気配を消してカヤノの声に耳を傾けた。
すると相手はサルマンのようで、カヤノが『わざわざ、お電話ありがとうございました。』と言っている事から、向こうからかかって来た電話であると想定された。
話が終わってカヤノが、そっと受話器を置いたのを見計らい、シルヴァスは彼女の真後ろで声を掛ける。
「誰?随分、楽しそうにしゃべってたけど…。」
いきなりいない筈の部屋で声を掛けられて、驚いたカヤノは、ついこの間、痛めていたばかりの足で飛び上がった。
それをすかさず、シルヴァスは両手で支える。
戸惑いながらカヤノは、体勢を立て直すと、シルヴァスの顔をマジマジと見て口を開いた。
「シ、シルヴァスさん⁈どうしたんですか?今日は、随分と早く終わったんですね!お帰りなさい。」
驚きながらも、カヤノはシルヴァスの帰宅を嬉しそうにした。
鬼の形相で帰宅したシルヴァスだったが、カヤノが自分に振り向いた瞬間、顔に笑みを浮かべたので、カヤノはその…怒りにわななくシルヴァスの内面には気付けなかった。
しかし、二、三…と声を掛けられて行くうちに、シルヴァスの雰囲気がいつもと違う事に気付き始めて、カヤノは片方の眉を顰めて彼の瞳を覗き込んだ。
すると普段、黒と言っても遜色のない深緑が、今日は少し光ってガラスのように光って緑の色が強くなっている…。
それによりカヤノは、シルヴァスが興奮状態にある事を知った。
一緒に暮らしていて知ったのだが、シルヴァスは怒っている時や興奮している時は、深緑色の目が、いつもより強く明るめに光るのだ。
精霊の力を発動している時もそうだった…。
どちらにしろ、何かあったのだと思ったカヤノは、もう一度、おずおずと彼に話し掛けた。
「あの…シルヴァスさん?」
しかしシルヴァスは、逆にカヤノに向かって、自分の質問を続けた。
「電話…誰からだったのか…僕が聞いてるんだけどね?」
シルヴァスの低い声に、少し肩を震わせたカヤノは、聞かれた事に素直に答えた。
「ええと、サルマン先生でした。ケガの具合を聞かれたんです。心配してくれていたみたいで…。」
「それだけ?他に何か言われた?」
サルマンの奴!
ケガの確認なら、僕がいる時間に電話をすればいいだろうが!
なぜ、こんな早い時間に電話をするんだ?
家にカヤノしかいないのを狙って来やがって!!
シルヴァスは、明らかにサルマンが、カヤノしかいない時間を見計らって電話をかけて来ているのだと悟った。
思わず室内に暴風を吹かせてしましそうな衝動を堪えて、シルヴァスは黒い笑みを崩さずに、カヤノに次の回答を促すように見詰めた。
カヤノは、既にシルヴァスが機嫌が悪い事に感づき始めたものの、それがなぜなのかわからずに、聞かれた事の続きを言おうと口を開いた。
「それと…進路はどうするのか…って、聞かれました。」
「何て答えたの?」
「あの…私…また、その…冥界で魔神に会って…昔の事とか思い出しちゃって…怖くて…自分が何やってもダメだって思って…もう、仕事はできないかもしれないって…言いました。」
「アイツは何て言った?」
「は、励ましてもらいました。先生が、私でも平気な仕事を探してくれるって…カムイさんに頼んで女性だけの職場を聞いてくれるそうです。でも、見つからなかったら…。」
「見つからなかったら?」
そんな事あるわけないだろう?
現人神養成学校の学生課兼就職課は、マヌケそうな面々とは思えないほど『超』が付くほど優秀だ!
仮に見つからなくても、統括センターに掛け合えば、良い対策を考えてくれる部署だって存在している。
カヤノは知らなくても、そもそも教師なら、情報が多い筈だ!
そう思ったが、シルヴァスは腹の中の声を封印してカヤノの声を待った。
「先生のおうちの家業でイーリスさんが雇ってもいいと言ってくれたそうです。イーリスさんの雑用だから、男性とは触れあう必要がないんですって…。」
カヤノの全くサルマンを疑っていない素振りに、シルヴァスはすぅーっと目を細めた。
そして、言った。
「そう、それで君は働きたいの?僕は、ずっとここにいるように君に言ったよね?あんな事があったばかりで…仕事探しなんて無理だと思わないの?無理して余計にトラウマが酷くなったらどうするつもり?」
もう一生、トラウマを抱えててくれても…僕は全然構わないんだけどね?
いっその事、他の男となんて、しゃべれなくなっちゃえばいいんだ!
「えっと…できれば…その、家を出れるようになれれば…。」
カヤノの声にピクリと反応すると、シルヴァスは彼女の肩をつかんで壁に押し付けた。
「ひゃっ⁉シルヴァスさん?」
「さっきから…『さん』付けに戻ってるけど…前に僕、シルヴァスって呼べって言わなかったっけ?」
「ご、ごめんなさい…シ、シルヴァス…。」
いつもは間違えて呼んでも、甘く笑ってくれるシルヴァスの並々ならぬ威圧感に、カヤノは腰が引けた。
そのまま壁を背に、シルヴァスの腕に囲われたままの状態が、カヤノの胸の音を速めて行く。
しかもシルヴァスが、お互いの唇スレスレの至近距離に、顔を合わせてしゃべるものだから、カヤノは余計に緊張して顔を真っ赤に染め上げた。
シルヴァスがしゃべる度に、彼の息がカヤノの鼻をくすぐるが…さすが現人神というべきか、風の精霊というべきか、その吐息は天気の良い朝に一番に吹くそよ風のように爽やかで、微かにシトラスを連想させる香りがするのだ。
目を瞑ってカヤノは、『息まで、爽やかって反則!』と内心、叫んでいた。
堪らず、カヤノはシルヴァスに抗議をする。
「シルヴァス…あの、近すぎだわ!」
「別に近くても問題ないでしょ?僕はカヤノの顔をよく見て話がしたいんだ。それより、さっきの続きだよ。この家を出たいって言ってるの?何でか教えてくれないかな?」
「それは…だって…。」
「もしかして、カヤノは誰かと結婚とか…したいと思ってるの?」
カヤノはドキリとした。
そして、シルヴァスの深緑の瞳を勇気を出して、探るように見詰めながら口を開いた。
「ど、どうして…?」
「風の系列の現人神は、皆、情報が早いんだ…。そもそも顔が広いからね。君とは正反対!」
そう言われて、カヤノは下唇を噛んだ。
彼の口ぶりからして、カヤノがお見合い登録をした事を知っているようだった。
いくら、自分がコソコソと頑張った所で、きっとシルヴァスには全てがお見通しなのだ。
それって、何て滑稽なんだろう?
カヤノは思った。
それに自分と正反対だなんて…。
引っ込み思案な事を気にしているのに…。
カヤノはそう思って、下を向いて口を開くのをやめた。
次の瞬間、シルヴァスはカヤノの顎を片手でクイッと持ち上げて、自分の方を向かせて言った。
「だから、僕とはお似合いだろう?僕は顔ばっかり広くて、落ち着きがないからさ。君みたいな地に足が着いている真面目な子が傍にいてくれないと不安なんだ。そんな事より僕は…。」
再び顔が近くなって、無理矢理、瞳を合わせざる得ない体勢にされ、カヤノは挙動不審になる。。
だが、そうしながらもカヤノは考えた。
『あれ?でも何だか…。』
シルヴァスの言っている事にカヤノは、首を小さく傾げる。
『お似合い?
傍にいないと不安?』
シルヴァスの会話の意味が理解しきれずに、カヤノが落ち着かない内心を反映させるべく、小動物並みにキョロキョロと視線を彷徨わせていると、シルヴァスは強く唇を押し付けて来て、カヤノの小さな吐息ごと彼女の発言の権利を塞いだ。
カヤノの瞳は、みるみると大きく開いて行く。
脳内は、何が起きたのか完全に解析不能に陥り、カヤノはフリーズしたように動きを止めた。
しばし、カヤノの中で時間が止まったのだ。
この瞬間が永遠に続くかのように思えた。
結局、そのままの状態で数秒経過した後に、シルヴァスが自分の唇の角度を変えながら、カヤノの唇を吸い上げ始めたので、お互いの口からは『チュッ』『チュッ』というリップ音が漏れて、カヤノの顔はすっかり扇情的になり、茶色い瞳は熱を増して蕩けたように潤んでしまう。
それを見たシルヴァスは、少し怒りを落ち着けたようで、『カワイイ』とカヤノの耳元で囁いた後に、彼女の瞳をペロリと舐めた。
咄嗟に瞼で蓋をしたが、カヤノの目尻に添って、少し滲んだ涙を舌ですくう。
その行為に心臓を跳ねさせると、カヤノはようやく息を始めたように、取り乱した。
「ひゃうっ!シ、シルヴァス…一体?」
「僕は君が好きなのに…何で勝手にお見合いをしようとなんてするのさ。酷いよ。せめて、相談してくれてもいいのに!君は最近、勝手ばかりして…。」
そう話し始めるシルヴァスの口ぶりは、まるでカヤノを攻めるようだ。
だが、カヤノにしてみたら、それはお門違いと思える。
カヤノは前にシルヴァス本人に自分の思いを告げて、流されてしまったのだから…今更、『好き』だなどと言われても、どういう種類の『好き』なのか…意味が分からない。
しかも今、自分はシルヴァスに物凄い行為をされたような気がするのだが…。
あまりの事に『幻覚とか…願望で、私の頭が、おかしくなったとかじゃないよね⁈』と当のカヤノ自身、自問自答を繰り返す。
「す、好きって⁈ウソでしょ?シルヴァスさん…いえ、シルヴァスは、私をそういう風には見れないって…ハルさんがまだ好きだからって…言ってたじゃない⁉」
「あの時だって、君の事は大事だった。でも、君が僕に告白してくれた時に言った通り、自分がハルの事を完全に吹っ切れている自信がなかった。そんな男には君を幸せにできないと思ったんだよ。」
「でも…そんな急に…好きだなんて。気持ちは簡単に変わったりしないわよ。」
「勿論、気持ちは変わってなんていない。僕が君を大切に思いすぎて、いつの間にか恋愛対象として見ていた事に気付かなかっただけさ。君をいつまでも…少女のままでいさせたい部分があったんだと思う。それになぜか…永遠に君と一緒にいられるような気になってた。」
「そんなの…おかしいわ。ずっと一緒になんて、夫婦じゃないのに…いられるわけないもの。」
「そうだね。頭ではわかってたんだけど…それでも僕は、君の傍にいられると錯覚してたんだ…きっと。おかしいよね?でも、本当に好きなんだ。君が冥界で魔神に傷つけられていた時…。」
シルヴァスはそこで声を詰まらせて、瞳に炎を宿したように熱っぽく強く真っすぐ、カヤノの瞳に改めて視線を合わす。
カヤノはビクリと固まって、シルヴァスの目を見ながら小刻みに震えた。
シルヴァスは、優しくカヤノの眉を撫でて、安心させるように少しだけ、自分の顔を離して続けた。
「魔神に殺意が芽生えたし、落石に君が当たりそうになった瞬間…いや、冥界で君の傷ついた姿を見た時から…僕はずっと君しか見えていなかった。ハルも一緒にいたのにね…彼女が全く見えなかった。」
カヤノは、なお一層に目を大きく見開いた。
「その後だって、アスターといるハルに何も感じなかったんだ。それで、僕は知ってしまったんだ…もう、僕は君しか見えていないんだって!」
「!」
次回、土曜に投稿できたらいいなと思っています。
本日もアクセス、ありがとうございました。




