春の嵐と恋の風㉛
アルバイト先のヒロミ先生=上司に頼まれて、冥界に薬草を摘みに出かけたものの、思いがけない危険がカヤノを待っていた!
結局、そこに居合わせたハルリンドや後から駆け付けたシルヴァスのお陰で、最悪な事態を免れたもののフォルテナ伯爵邸では大袈裟なくらいの手当てを受けるハメになる。
伯爵邸に連れられて来る間。
カヤノ本人は自分のケガよりも、薬草摘みで午後に待ち合わせをしていたアルバイト先の先輩を、すっぽかしてしまったのではないかということばかり心配していた。
しかし、伯爵家の優秀な執事が早々に迎えをやってくれたらしく、カヤノが傷だらけで屋敷に戻った時には、彼女は既に邸内でお茶を出してもらっていた。
カヤノは、それを見てホッとすると、伯爵であるアスターの肩を借りながらも、用意された客間のベッドに崩れ落ちた。
先輩はカヤノがボロボロの格好でベッドに崩れ落ちた姿を見るにつけ、酷く心配してくれて、後から遅れて戻ったシルヴァスに事の経緯を聞くと…魔神と、なぜかヒロミ先生=上司に腹を立てた。
そして、上司を大いに叱った。
ちなみに因幡医師は薬草摘みの後、シルヴァスの指示通り現世には帰らず、
『カヤノたんが心配だからフォルテナ伯爵邸に連れて行って下さい』
とハルリンドに頼み込んだらしい。
シルヴァスの方は戻って来て、受付の先輩現人神と顔を合わせるや否や、
『今日でアルバイトを辞めさせる』とカヤノに相談もせずに告げていた。
「今まで、うちのカヤノがお世話になりました。ケガをしてしまいましたし…精神的なショックも受けたと思うので、急な退職は迷惑を掛けますが仕事を続けるのは難しいかと…。」
「勿論、構いませんよ!当然です。こんなカワイイ子一人、満足に守れないなんて…気の多い蛇の傍になんて置いてはおけません。受付の方は気にしないで下さい!何とかなりますから。」
先輩はそう言って、自分の胸を一つ、ドンと叩いて見せた。
それから、岩場で痛めたカヤノの足に巻いた包帯に目をやりながら言い添える。
「カヤノちゃんは、ゆっくりと静養して?受付業務なんかで長時間立ってたら、治るものも治らないわよ。」
『私、そこまで重傷じゃないと思うんだけど…アルバイトをやめないとダメなんですか?』
と、カヤノは口まで出かかったが、当然と言うような先輩の憤慨と物言い、シルヴァスの笑ってるけど…もう決定事項のような顔を見ると、(下手な事を言うのはマズい気がして)言葉を呑み込んだ。
確かに…たかだか、薬草摘みに出向いただけで、こんなケガをしてしまう自分が、今更、自立云々と言える立場ではないように思える。
というか、今、この状況で、お世話になっている人達に言い返すほど、カヤノは身の程知らずではない。
ここにいる全員が自分を心配してくれているのだ。
それに、ヒロミ先生などは、なぜか皆から物凄く非難されてしまったようで、先程からカヤノを見るなり目に涙を溜めて『ごめんね、ごめんね。』と謝って来るのだ…。
しかし、カヤノの見ていない所では、その度にシルヴァスが彼をギロリと睨みつけたので、医師は程なくして口を噤み、シルヴァスに小声で耳打ちをした。
「話しかけてはいけないというのは…明日からでしょう?今日くらいは謝罪させてよ。」
シルヴァスは彼の耳打ちを確かに聞いたが、依然黙っており、カヤノの視線から外れた所から因幡大巳を睨みつけ続けた。
その度に、医師はビクリと体を強張らせながらも、懲りずに隙を見てはカヤノに謝罪をする。
そんな図式がしばし続いた後、シルヴァスはフォルテナ伯爵邸の全員の前で、カヤノを攫おうとした魔神について、今回の騒ぎのいきさつを説明した。
おでん屋をしている刑事課の働きによる事実の発覚からである。
それを一部始終語ると、シルヴァスは現世の彼のマンションにカヤノを連れ帰る為、他の客を残して一足先にフォルテナ伯爵邸を後にした。
途中、現人神統括センターで噂のおでん屋に冥界での件を報告をしたので、シルヴァスはおでん屋と共にいたサルマンに、カヤノを自宅に連れ帰る事を直接知らせた。
サルマンが『そんな急に…』『荷物もあるのに…』と口に出すと、シルヴァスは覆いかぶさるように言葉を発して相手に有無を言わせない。
「急ではないさ…もう数か月も君の所で頑張った。別に半年に拘らなくても、彼女は充分、自立に向けた練習をしたよ。だから、荷物は着払いで送ってくれ。あ、荷物を纏めるのはお姉さんに頼んでよ?」
シルヴァスはその後、『お前は彼女の荷物に触るなよ?』と言い添えた。
「アタシは教師よ⁈触るなとかって…どこぞのヘンタイと一緒にしないでよね!」
「フン…知るか。教師でも男だし…変な趣味があるかもしれないだろう?実際、お前は、そんな言葉使いをしてるじゃないか。」
「言葉遣いは関係ないでしょ⁈全く、いきなり連れ帰るって…ちょっと、勝手すぎじゃないの⁈」
「こんな状況になったんだぞ?ケガもしたし…当然、こんな時は保護者の元に戻るのが常識だ。普通に考えれば自立だって、当分は見合わせた方がいい案件だよ。」
「・・・・・。」
シルヴァスにそう言われてしまえば、サルマンはそれ以上、何も言う事ができなかった…。
言っている事は、筋が通っている。
ただでさえ、精神的に問題を抱えているカヤノが、怖い思いをしたのだ。
自立がどうのどころの話ではない。
それに今回の件で、今後も何かあるかもしれない状況下において、担任が生徒を預かるのは良くない。
やはり、保護者の元に戻すべきなのだ…。
成人までもうすぐとは言え、卒業までは、まだ数か月ある。
つまり成人を迎えても、しばらく、カヤノは学生なのだ。
学生の間は保護者が必要だし、その主張と存在は大きい。
サルマンは残念そうな顔をして、カヤノに声を掛けた。
「今回は残念だけど…アタシは、いつでもアンタの力になるからね。そのうち学校でも会いましょ?荷物を送るわ。しばらく、家でのんびりしなさい。」
カヤノは優しいサルマンの言葉に頷くと、弱々しく礼を述べた。
「はい、先生…ありがとうございます。それと心配かけて、ごめんなさい。色々、お世話になったのに…私、結局、こんな風で…イーリスさんにも…何もお礼を言ってないし。」
「しぃっ!それ以上言わないの。アンタは頑張ったし、今回の事はアンタのせいじゃない。卒業してからだって、アタシは担任よ?もう一度、トライすればいいわ。何度だって頑張れる…それがアンタの一番良い所だって知ってるわ!」
「先生…。」
「姉には、アタシからアンタが感謝してたって言っておくわ。そのうち、元気になったら、イーリスに顔を見せに遊びに来なさいな。」
カヤノは目に涙を溜めた。
感極まったのだ。
先生は見ていてくれた!
…と。
カヤノは、器用な方ではないし、何をするのも遅かった。
学校の授業も成績は『中』だが、それを維持するのにも、何度も何度も諦めずに努力をしなければならなかった。
決して特別に利口でもなく、神力が高かったわけでもないカヤノは、現人神の中では常に努力を要する位置にあったのだ。
それをさぼりながら、『スペックが違うのだから』と最初から諦めて何とか学校を卒業する者も中には大勢いるが、カヤノはめげる事なく自分ができる限りの事を必死で取り組んできたのだ。
結果は『普通』程度の功績しか得られなかったが、担任は常にその努力を高く評価してくれていた。
改めて、『先生が自分の努力を見ていてくれたのだ』と思うと、カヤノの胸は熱くなった。
それを傍から見ていたシルヴァスは、額に影をさした笑顔で、そっとカヤノの耳元で囁く。
「そう…本当に頑張ったね。でも、君は少し休憩しないといけないよ?荷物が届いたら、サルマンのお姉さんには電話をしてあげよう?頑張るのも偉いけど…僕の前では頑張らなくてもいいからね。」
それはサルマンと近くで聞いていたおでん屋の耳には、イーリスには会いに行く必要がないと言っているように聞こえた。
頑張らなくても良いと言う言葉も、気のせいか雛鳥を飛び立たせないようにする為の黒いモノを感じる。
カヤノがシルヴァスの顔を見上げると、彼は愛嬌のある表情で邪気がないように見せかけて首を傾けた。
「僕は、本来の君のままでも、充分良いと思うんだ。のんびりしている君が素敵だよ。ね、そんなに、頑張らないで?じゃないと、僕が心配になっちゃうから…。」
小動物のように可愛く振舞う大人の男、シルヴァス…。
だが、そのしぐさが良く似合うのも、彼ならではだった。
おでん屋の男は、今まで養い子の事で悩んでいたシルヴァスが、その娘を連れて現世に戻って来るや否や、何かが変わっている事に気付いた。
シルヴァスの目には今、苦悩や迷いの色が全く見られない。
彼は、シルヴァスに何かのスイッチが入ってしまった事を悟り、少し身震いした後、距離を取るように2、3歩下がった。
それから、離れた所でカヤノの可愛い顔を同情を込めて覗き込んだが、そこでシルヴァスから声を掛けられる。
「ねえ、刑事課兼おでん屋さん。この後は全部、任せても良い?僕、早くカヤノを連れて帰りたいんだ。結局、上位の神と掛け合うのも間に合わなかったし…君がこの後、報告を行うだけで僕らは不要だよね。」
シルヴァスの笑顔に冷たい風が吹くのを感じて、一瞬、凍り付いたおでん屋は、勢いよく首を縦に振った。
「スミマセン…上司報告などに手間取ってしまって。シルヴァスさんがカヤノさんの所に駆けつけてくれて良かったです。魔神に攫われた後だったら、我々の手落ちになっていました。どうぞ、後はワタシに任せて彼女を休ませてあげて下さい。」
「うん…ありがとう。あ、明日は仕事を休むから…ついでに僕の職場に連絡もお願いね!クーガに言っておいてくれれば大丈夫だから。」
「え…そんな事まで?あ、いや、ハイ、クシティガルヴァスさんに言付けておきます…。」
サルマンは、シルヴァスの様子に焦ったように何か言おうとしたが、その直後、シルヴァスがいきなり、刑事課で用意された椅子に座っていたカヤノを抱き上げた為、言葉を発するに至れなかった。
そして、逆にシルヴァスの方が口を開いた。
「じゃ、サルマン。今まで、カヤノが世話になったな。もう、連れて帰るよ。次回は卒業式でね!」
サルマンの目はみるみる開いた。
『卒業式まで会わせない気か⁈』…と。
再三に及ぶ、自分達の前でカヤノに対するわざとらしい呼び捨てにも、目を瞠るものがあった。
だがシルヴァスは、サルマンが何か言う間も…カヤノがサルマンとおでん屋の二人に別れの挨拶をする間も…一切、与えずに、急に抱き上げられて驚く彼女を連れて、颯爽とその場から消えてしまった!
さすがは、風の精霊…。
後には、残された二人の間で、木枯らしが吹く感覚しかない…。
おでん屋は、そっとその場から離れ、冥界の領主に魔神についての詳細を聞こうと連絡を取りに行き、サルマンは一人、とても残念そうな顔をして、自宅へと戻って行った…。
☆ ☆ ☆
あれから、シルヴァスの自宅に戻ったカヤノは、いつも以上に過保護なシルヴァスに辟易していた。
冥界を訪れた日から、一週間以上が経つというのに、未だカヤノはベッドから勝手に出る事を許してもらえないのだ。
つまり、移動の際にはシルヴァスに抱き上げてもらっている。
痛めた足は、骨が折れたわけではないので、ゆっくり足をつけば歩けるし、シルヴァスが仕事や買い物に行っている際には、そうして移動をしているのに、彼が戻った途端に『無理は極力減らした方がいい』と言って、どこに行こうとしても抱き上げられてしまうのだ…。
子供だって、ここまで過保護にされてはいないのではないだろうか?
おまけに食事だって、岩盤に打ち付けられた肩が利き腕だったせいで、食べさせてもらっている。
もうそろそろ、一人で食べれると言っているのに…シルヴァスは、聞いてくれなかった。
お陰で食事の度にカヤノは、シルヴァスに『あーん』をしてさべさせてもらうハメになっている。
これは、羞恥プレイとしか思えない。
自分のクラスの仲間内にはいないが…ハルリンドの友人には龍の番の女性がいる。
彼女はカヤノとも面識がある金髪の現人神だ。
ハルリンドの話によると、龍は番に給餌行動をするのが愛情表現の一つらしく、甘すぎて見ている方が恥ずかしくなるのだとよく言っていた。
その行動については、傍からも『龍って愛情が重い!』と騒がれていたのを思い出す。
そして、現在。
自分もシルヴァスに同様の行為をされているのだ…。
周りからどのように見えるのか想像すると…非常に複雑で居たたまれない。
だが、シルヴァスのカヤノへの給餌は、龍が番にする求愛行動では決してない!
親鳥が雛鳥に餌を与えるという行動に違いない!
さすがにこの年で雛鳥扱いされるのは恥ずかしい!!
カヤノは先日、18歳になったばかりだ。
それは現人神では成人の年である!
つまり、大人になったのに雛扱いされている…すごく嫌!
数日前に向かえたカヤノの誕生日には、シルヴァス自身が盛大に祝ってくれたのだから、自分が大人だという事は彼も理解している筈なのに…。
と言っても、あちこちに負傷の痕があるカヤノは、外に行けるわけでもなく、自宅で二人きりのバースデーになった。
本人は大した事ないと思っていたケガだったが、当日は興奮していたのと気を張っていたせいで、あまり痛みを感じなかったのだろう。
シルヴァスと現世に戻って、一晩眠った途端、体中に激痛が走り、魔神との攻防を思い出すだけでも恐怖で涙が止まらなくなった。
足は魔神が現れる前に自分で痛めたものだったが、その他の傷は小さな擦り傷を含め、岩盤に何度も打ち付けられた事により、体中、至る所に打ち身と内出血を作っていたのだ。
側頭部だってコブにもなったし、そちら側の肩から腕はまともに上がらず、確かに大げさではなく、最初は食事の介助が必要なくらい痛めていた。
だからこそシルヴァスは、今回の誕生日は、今まで以上に甘やかしてくれたのだと思う。
成人を迎える特別な誕生日なのだから…と、彼はカヤノにたくさんのプレゼントを用意してくれたのだ。
例えば、前から自分が欲しがっていた物に加えて…。
一人前の女性だからと言って、買ってくれた大きなドレッサーに高価な霧のタンス。
『暇つぶしに縫物でもすれば?』と、学校教育を超えた裁縫セットだとか、着物一式。
パールのネックレスとイヤリングのセットや某ブランドの腕時計に至るまで…。
ん?これってお嫁入り道具並みじゃない?
と、思う節もあるが…もしかして、シルヴァスさんは自分が自立に向けて頑張っているから、いつ出て行っても良いように、色々揃えてくれたのかな?
けれど、このドレッサーとか…立派すぎて…。
一人暮らし先で、これを置けるような部屋を借りられるのか心配だな。
シルヴァスのくれたプレゼントは、どれもカヤノが一人でやっていくには、過ぎたものばかりだった。
ここまで、いつ嫁に行ってもおかしくないほど、過ぎた品を用意して一人前扱いしてくれるのなら…
『雛鳥みたいな甘やかしはヤメテ欲しい』
と心底、カヤノは思う。
…そう、思っているというのに、シルヴァスは、今までにも増して構ってくるのだ。
しかし、冥界の一件で彼に心配をかけてしまった事実を考えれば、カヤノはシルヴァスに文句を言う事ができなかった。
「でも…こんな事ばかりされると、別の意味で困るのよ。」
カヤノは溜息をつく。
彼女はシルヴァスに恋をして告白し…振られたばかりなのだ。
あれから、数ヶ月しか経っていない状況で、思い人にこんなに甘やかされたら…。
まるで『彼が本当は自分の事を好きみたい』だと、勘違いしそうになる!
それがカヤノにとっては酷く辛いのだ。
元々、そんな自分の恋情を吹っ切る為に、自立を目指したのに…。
このままでは当分、その為の練習だってできやしない…。
冥界でサメ男に再会してから、カヤノは順調に回復に向かっていた筈の男性への恐怖心が、ぶり返してしまったのを感じていた。
あれから、シルヴァス以外の男性と触れ合う機会は医者以外になかったが、サルマンのように既に怯えないで済む男性以外とは、まともにしゃべれる自信さえ持てない。
これから見知らぬ男性と会うと思うだけで怖いのである。
もしかすると、今はシルヴァスに守られ、彼としか会わない日々が続いているから、余計にその傾向が強くなっているのかもしれない。
医者の許しが出たら、一刻も早く外に出る機会を作らなければ…。
カヤノは、最後に会ったサルマンが、いつでもまた力になると言ってくれたのを思い出し、とりあえずは学校に行く事から始めようかと思案する。
シルヴァスからは、サルマンと次に会うのは卒業式だと言われていたが…それは用がない場合だ。
カヤノは今、シルヴァス以外の誰かの力を必要としているのだ。
今のシルヴァスは、サメ男の事件のせいで、より心配性に拍車がかかってしまったのか…全くカヤノを外に出す気はないようだし、自立の件に関しても以前と比べ物にならないくらい、否定的になってしまった。
けれど、自分がそれに向けて頑張っていくという態度を示せば、きっと彼もまた応援してくれるに違いない。
前の時だって、そうしてくれていたのだから…。
カヤノは保護者としてのシルヴァスの姿を思い描き、そうと信じていた。
しかし、それは以前のシルヴァスの姿である。
カヤノは、シルヴァスが以前のシルヴァスと変わっていた事に気付かなかった。
シルヴァスはカヤノの誕生日を境に、保護者をとっくに辞めたつもりでカヤノに接している。
まだ、その凶暴な恋情を本気で向けていないだけで、シルヴァスは以前のようにカヤノの意見を全て尊重する気はないし、今にも食べてしまいたい気持ちを我慢しながら、彼女のケガの回復を待っているだけなのだ。
そんな事は知る由もないカヤノは、今回の件で皆に迷惑をかけてしまった事が純粋に悲しかった。
だからこそ、これ以上迷惑を掛けたくないと、より早くシルヴァスの元を離れたいと考えていたのだ。
一日中、退屈なベッドの上で、色々な事にグルグル思いを馳せていると、ふとカヤノの頭には、サルマンに相談しても自分に務まる職場やトラウマ克服への道が見いだせなかった場合を想定して、現人神統括センターで行われている強制結婚制度の一環でもある『お見合い』利用の話が浮かんだ。
学校では、最終学年の初めに統括センターから様々な部署の職員が、授業の一環で成人後に利用できる施設や制度の説明をしに来てくれるのだが『お見合い』というのもその時に聞いた話だった。
現人神・生涯課内に専用に設置されている、その名もズバリ『婚活・結婚相談センター』と呼ばれる場所で、その登録を承ってくれるそうだ。
そこでは、ハグレやカクレ現人神に関わらず、縁遠い現人神の為に自分に適した相手を探し出し、登録者同士に見合いの席を設けてくれるらしい。
そして結婚が決まり、誰かと婚姻届をセンターに提出すれば、自動的に登録名簿から名前が削除される。
カヤノがシルヴァスから離れて暮らす為の自立が、もし不可能となれば…。
もう、結婚するしか家を出る道は残っていない!
婚活・結婚相談センターには、縁結び系の神を体現している現人神が、こぞって在籍していると聞くし、登録者は男性の方が圧倒的に多いのだから、問題ありのカヤノでも相手を紹介してもらえるだろう。
今回のアルバイト経験を機にカヤノは、一時は取り戻しかけていた自信をすっかりなくしていた。
自分のせいじゃないと言われたとしても、結果的にはマッド・チルドレンがらみで、再び周りに迷惑をかけてしまったのだ。
それに…。
自分があまりにも弱い現人神で…役立たずだと実感してしまった事や、今現在、再発しつつある男性への恐怖心について考えると、克服への道のりの長さには頭痛がしそうだった。
「ようやく、数年越しで良くなってきて…アルバイトのお陰で、男性とも少しずつ会話ができるようになっていたのに!」
そのアルバイトすら、続けられなくなってしまった…。
ここでまた振り出しに戻ってしまうのかと思うと、いくらサルマンには自分の良い所が『何度でも諦めない事だ』と褒められていても…気が重くなってしまう。
それならば見合いの相手とは言え、自分にピッタリの現人神を紹介してもらい、その人に気に入ってもらえれば、その相手に慣れる練習をした方が…幾分、楽なのではないだろうか?
不特定多数の男性へのトラウマ克服がうまくいかなくても、見合い結婚をするのなら、夫になる相手だけに恐怖心を抱かない努力をすればいいのだし、最初からできるだけ怯えずに済む柔和な雰囲気の男神を探してもらえばいい。
そもそも、トラウマ克服というのは、将来の結婚相手を見付ける為に男性に怯えていては、その相手も探せないという理由で必要だと考えていたのだ。
それともう一つは、自立に向けて働く為にトラウマの克服が望ましかった。
本来は自分だって人並みに恋愛をしたいし、その末に結婚をしたいという気持ちがあったからこそ頑張っていたが、今となってはトラウマがなくても、自分のようにさえない子には恋愛など過ぎた願いで、その為に努力するにもカヤノは既に疲れてしまった。
センターのお見合い登録は、在学中でも可能で今のうちに登録しておけば、卒業と同時に相手を紹介しもらえるシステムになっている。
そこで、早々に縁を結んでしまえば自立の必要もなくなる。
現人神社会では共働き夫婦もいるが、それは大体が女性が働きたいと主張した場合で、現人神男性は基本的に妻に働いて欲しいという考えを持つ者は少ない。
あくまで妻の意志を尊重する男神が多いだけで、カヤノが働けないというのなら、大概の男性はむしろ喜んでくれる可能性が高かった。
「相手が決まるまで、シルヴァスさんにお世話になるのは変わらないけど…私がトラウマ克服で自立を目指すより、きっと早く家を出られるわね。卒業後半年以内には、嫁ぎ先が決められるかもしれない。」
一人で自立をめざすのなら、今の自分なら、卒業後も一年以上は精神科に通ったりして、本格的に心身の治療に励まなければならないと想定されるが…最初から恋愛結婚を諦めてしまえば全ては解決する。
「好きで一緒になったのではなくても…こんな自分でも良いと言ってくれるのなら、望まれた結婚だもの。」
その人こそ運命だとカヤノは腹を括った。
「最初から好きだと思う気持ちを持てなくても、いつかは心が通じ合うかもしれないし、自分が生涯、その旦那様に尽くせば、うまく行くと信じよう。」
そう考えているうちに…。
カヤノは学校を訪れてサルマンに相談し、再び頑張ってトラウマ克服に励むよりも統括センターへ行った方が断然良いと確信を深めた。
そして退屈過ぎたベッドの中で、外出許可が取れ次第、密かに見合いの登録に訪れる事を決める…。
こうして、シルヴァスが望む事とは真逆な方向へと…カヤノの考えは|シフトチェンジを遂げて纏まったのだった。
アクセス、ありがとうございます。
完結に向けて半分くらいは来たのではないかと思います。
このまま、最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。
次回の更新が、都合により火曜日にできない場合、木曜になってしまうかもしれません。
その場合は木・金曜日と連日更新になりますので、宜しくお願いします。
できるだけ火曜に投稿、頑張りたいですが、予定が定まらず、御迷惑をお掛けします。




