春の嵐と恋の風㉚
時間がバラバラの投稿で、いつもご迷惑をお掛けしています。
サメ男の件、カタがつきますが、残虐な描写があるのでご注意下さい。
強く目を閉じたカヤノが、痛みに備えて歯を噛みしめた時…。
体がふわりと宙に浮いたのを感じた。
同時にカヤノは、覚悟していた痛みが襲って来ないので、不思議に思ってゆるゆると目を開く。
すると、自分は…。
瞬時に駆けつけたシルヴァスの両腕の中にいた…。
カヤノは驚いて、顔を赤らめると、慌てて口を開いた。
「わっ!シルヴァスさん⁉ご、ごめんなさい!私が鈍くさいから、迷惑掛けちゃって…。もう、大丈夫です…降ろして下さい。私、重いんだから!!」
己の体重を気にして、動揺するカヤノだったが…シルヴァスは、今一度カヤノの無数についた傷や、ボロボロになっている服に目を走らせると、無言で顔を顰めた。
それからハルリンドの方を一瞥すると、彼女の傍らにいる因幡大巳と、すぐに冥界市民の女性を非難させた後で、妻の元に駆けつけたアスターに目を止めて、視線を元に戻した。
そして、カヤノの言葉を聞いても、すぐに彼女を降ろそうとはしない…。
魔神は自分が発生させた落石が、どれも誰にも命中しなかった事と、カヤノがシルヴァスの腕に抱かれている事に腹を立てて、再び何かしでかすつもりなのか…両手を上にかざして大きな声で叫んだ。
「くそぅっ!忌々しい奴らめ!!しかし、こっちには契約書があるんだ!その小娘は俺のだ。汝、魔界の掟に従って契約すべし花嫁よ…我が元に戻れ!」
魔神が叫ぶと、カヤノの両手足にリングのような光が巻き付いて、彼女の体を魔神の方に持って行こうと見えない力で引っ張り出した。
シルヴァスはカヤノの体を離すまいと、手に力を入れたが、カヤノの手足はリングに引かれて宙に浮かび、シルヴァスと魔神の間で引っ張り合いの状態になった。
当然、両の方向に力が働き、手足には裂けるような痛みが走る。
堪らず、カヤノは声を上げた!
「痛ーい!」
カヤノのたった一言だけど、つんざくような声を聞いて、シルヴァスはその腕を離してしまう。
カヤノの体は宙に浮いたまま移動して、まさに魔神の腕に辿り着こうとした瞬間…。
サメ男がほくそ笑んだ、その瞬間…。
魔神がカヤノに気を取られていた間に、まるで風のように目にも止まらぬ速さで移動して来たシルヴァスが…。
持っていた剣を抜いたかと思うと、男の喉元をめがけて、力の限りに一突きしたのだ!
「ぐぎゃっ…げっふぅ⁉」
一瞬、叫ぼうとした声と、むせ込んで詰まったような息の音が聞こえたかと思うと、サメ男は岩盤に膝をついて倒れ込んだ。
カヤノは、サメ男の傍で地面に落ちていく刹那、シルヴァスに片手でキャッチされ、
「シルヴァスさんてば片手?どんだけ、力持ち⁈」
と目を丸くしてマヌケに突っ込む。
シルヴァスは相変わらず無言で…けれど、すぐに優しい手つきで驚くカヤノを岩盤の上に降ろした。
サメ男は口から血を吐いた後、陸に打ち上げられた魚のようにパクパクとしながら、汗びっしょりでひたすら声を出そうとしていた。
「グフッ…ウゥゥ、グッ、グ…ガガガ。」
けれど、何度、発声しようとしても、シルヴァスに突かれた喉からは血が溢れてきて、声も出なければ言葉にならない空気音すら出ない。
シルヴァスは冷ややかにサメ男を見下ろして言った。
「君ら魔神の契約のように、僕も今の一突きには精霊の呪いを込めた…。その傷は、回復力の早い魔神でも声を出そうとすると開く。声が出なければ、契約の発動も思うようにはできまい?」
シルヴァスの言葉を聞いて、周りの温度が一気に下がったようだ。
いつも優しいシルヴァスのこんなにも冷たい表情を、カヤノも見た事がなくて戸惑った。
普段とのギャップがまた周囲を一層、恐れさせる…。
頑丈なサメ型の魔神は、喉を剣で刺されようと命に別条は無さそうだが、ダメージは酷くあったようで明らかに動揺している。
そのうち、息をする音も苦し気にヒューヒューと言う音が鳴り出した。
シルヴァスは、パクパクと口を開いたり閉じたりを繰り返すサメ男に近付こうと、一歩、足を進めたが…同時に岩陰の方が騒がしくなってきた。
落石の騒ぎや魔界からの侵入者の気配を感じ取ったこの地の領主が、ようやく兵を連れて駆けつけたのだ。
これは、カヤノの気のせいかもしれないが、たった今登場したばかりの領主を見やって、剣を納めたシルヴァスが舌打ちをしたような気がした。
領主は、兵を進めて、そのままシルヴァスとカヤノの真ん前でサメ男を取り囲むと拘束を始めた。
そこでシルヴァスは、カヤノに有無を言わさず抱き上げ、アスターのドラゴンに乗せると、親友に向かって言った。
「この魔神の件は地上の現人神も関わっている事だから、僕の口から領主様に説明するので、アスターは先に戻ってカヤノちゃんのケガの手当てを頼む。僕も後から…すぐにフォルテナ邸に行くから。」
「了解した。ハル…君の方は怪我はないな?」
アスターはシルヴァスに了解した後、妻の事を気に掛けたが、ハルリンドは賢く美しいだけではなく、冥界神として剣や戦闘能力にも長けた女神でもあるのだ。
当然というように、にこやかな表情で夫に答えた。
「勿論です、アスター様。私はカヤノちゃんの職場の方と馬車で戻りますから…早く彼女を屋敷に連れて行って医者に診せてあげて下さい!」
その会話に、今まで黙っていた因幡大巳が、居たたまれない面持ちで割って入る。
「あのぅ、自分も一応~、医者ではあるんですがぁ、専門外なので、役に立てずにスミマセン。ごめんね、カヤノちゃん…何が何だかわからないけど、私が薬草摘みの手伝いをお願いしたから…。」
シュンと肩を落とす上司の言葉に、カヤノは驚いた後、少し目尻に涙を滲ませて言った。
「そんな…私が悪いんです!私の方こそ、皆さんにご迷惑をお掛けしてごめんなさい!!この魔神は私を連れに来たんです…私がちゃんと…昔、その、契約の事を話せなかったから…私が…。」
そう言うと、カヤノの声は、耐え切れずに涙声になっていく。
「領主様への説明は私がしないと…どういう事かわからないと思うので…シルヴァスさんこそ、先に戻って下さい。私は何とか地上に戻れると思うんで…その、来て下さってありがとうございました。」
シルヴァスは、周りの者達に謝りながら、精一杯、虚勢を張るカヤノの頭に手を置いて、優しく子供をあやすように撫でると、安心させるように彼女に声を掛けた。
「大丈夫だよ…魔神の事はここに来る直前にわかってね…今、刑事課も動いてくれているんだ。大体のいきさつは把握できているし、君が説明する必要は何もない。安心して先に戻ってて?」
戦闘中の殺気はどこにやったのかと、シルヴァスの態度の変化には、周りの者達も呆気にとられた。
自称『鈍い』というカヤノだけは、いつものシルヴァスの対応に何の疑問も抱いてはいなかったが…。
シルヴァスは、カヤノに『何も心配しなくていい』ともう一度、言葉を添えると、再びアスターにカヤノの事を頼んだ。
それから、二人がドラゴンに乗り、地上を離れてフォルテナ伯爵邸に戻るのを確認すると、踵を返してハルリンドと因幡大巳に声を掛けた。
「ハル…色々、迷惑かけてごめんね。僕も領主様への説明が済んで、後始末が終わったら、すぐに行くからさ…それまでカヤノちゃんの事、頼むよ。本当に君がいてくれて良かった!」
そう言ってシルヴァスは、ハルリンドにもカヤノに向けたような笑みを浮かべたが、今度は因幡大巳の方に顔を向けると、途端に柔和な雰囲気を一転させて険しい表情を見せた。
「さっき、薬草摘みにはアンタが誘ったって聞いたけど…だったら責任持って、傷一つ付けずに帰してよこせよな?もう、二度と彼女を誘うな!それと、君の所でのバイト…今日で終わりね?」
「は?それってどういう…。」
「こんな上司のいる職場に、大事なカヤノを任せられないって言ってるんだよ!」
意味が分からないと言った風に、眉にしわを寄せる因幡大巳に、シルヴァスはピシャリと言った。
カヤノのいない所では、シルヴァスは彼女を呼び捨てにした。
それは、横で二人の話を聞いていたハルリンドからすると、まるで『カヤノは自分のものだ』と主張しているように聞こえていた。
「アンタ、さっき、カヤノより先にハルの方に駆けよって、防御シールドを張ってたよな?男なら二人守って当然だし、普通、ケガ人を優先するだろ?しかも…医者のクセに。」
「えっ?は…それは…。」
「ハルはまだ神力も残っていたし、冥界神で武術も嗜んでいる…。それに引き換えカヤノは、神力だって小さいし、性質上、本来は虫一匹、傷つけられないのに…あんなにボロボロになって。」
因幡医師は、シルヴァスに何を言われているのか、わからなかった。
恐らく、ハルリンドに会ってから、彼女ばかりを目で追っていたので、その後、ようやく目の当たりにしたカヤノの酷い姿を見るまで、その状態に気付けなかったのだろう。
当然、カヤノに迫る落石にも目がいかなかったに違いない。
だから、カヤノの危機に気付いてもいないのだ。
しかしそれは、シルヴァスにとって、男として許せない事だった。
シルヴァスは、因幡大巳に念を押して、言い聞かすように強く語気を荒げる。
「保護者特権で、預かる養い子に危険が及んだ職場を辞職させる。ケガが治っても、カヤノはバイトには出さないから、そのつもりでいろ!それから君の方からは、今後、うちの子に声を掛けないでくれ!」
「ちょっと、待て…。保護者の特権って言っても、彼女、もうすぐ成人ですよね?」
「まだ、成人に至る前だ!保護者の権利は有効だ!!悪いけど、君みたいな好色蛇!絶対、結婚なんてできないね!!」
「なっ⁉酷い!!それは、酷いです…いくら何でも酷すぎる!気にしてるのに、好色だなんてぇぇぇ。」
「好色だろ?いくら婚活中だからって、次から次へ現人神女子に声かけてさ…挙句、冥界に来てまで、ハルにデレデレして…気持ち悪い!」
「デレデレって…⁉そんな言い方しなくてもいいではないですか。しかも、本人の前で!!美しい女性に目を奪われるのは仕方がない事です!」
因幡大巳の言葉に、ハルリンドは顔を赤らめた。
「まあ、そんな…美しいだなんて…。」
ハルリンドの反応に、因幡大巳はチャンスとばかりに彼女に語りかける。
「シルヴァスさんの言葉に耳を貸さないで下さい。私は本当にあなたに会った瞬間、今まで知りえなかった感情の波に押し寄せられたのです!これは、もしかして運命なのではないかと…。」
変な事を言い出す精神科医を見兼ねて、シルヴァスが『パコッ』と彼の頭に軽いチョップを入れた。
「何言ってんの?運命なわけないでしょ?ハルの運命の人は、もうとっくにいるんだから!」
シルヴァスの言う事が理解できなかった因幡大巳は目を丸くして、ハルリンドから自分にチョップを入れた男の顔をマジマジと覗く。
「さっき会っただろ?フォルテナ伯爵…彼女の夫だよ。ハルには彼との間に子供だっているんだから…家庭を壊すような発言してくれるなよ。君…ってゆーかアンタ、節操なさすぎ!」
シルヴァスは軽蔑した顔で因幡医師を見返すと、
『人妻でも平気で口説こうとするなんて全世界の夫の敵だよね!』
と、付け加えて、ハルリンドの方に声を掛ける。
「ハル…君も、警戒心がないんだから。こんな男…親切にされても二人で会っちゃダメだよ?馬車には御者がいるから、まだいいけど…乗る前に、中の様子がおかしかったら声を掛けてもらうように頼んでからお帰り?」
ハルリンドもカヤノと共通点を持っていて、自己評価が低い為、シルヴァスが何の事を言っているのかピンとこないようで首を捻っていた。
シルヴァスは、片手で顔を覆い、再び彼女に忠告をする。
「ああ、もう…アスターが早く帰宅したくなる気持ちがわかるよ。とにかく、御者に一言、声を掛けて頼んでおくんだよ?同席する男は危険だからと…。」
その話を聞いていた因幡大巳が蛇の牙を剝き出して否定した。
「ちょっと…私、そんなろくでなしじゃありません!まして、本人の了承も無いのに、手を出したりしませんよ。(一度でも手を出したら放しませんけど…)でも、まさか…ハルリンドさんが既婚者…。」
そこまで言うと、医師は口元を押さえて涙目になった。
それから、小さな声で何やら独り言をブツブツと言っているので、シルヴァスとハルリンドは、彼を無視して話始めた。
「それじゃ、ハル…悪いけど、今日まではこの男も一応カヤノの上司だからさ…現世に繋がる異世界連絡扉のある場所で降ろしてやってくれる?」
「わかりました。それでは、シルヴァスさん、私、一足先に失礼致しますね!」
サメ系魔神の出現で、思ったよりも時間が経っていたので、迎えの馬車も直に指定した場所にやって来ると計算しハルリンドは答えた。
そして、シルヴァスに挨拶をした後に、一部始終を見守っていた領主の方に行き、先程、自分が眠らせておいた少年の事を頼んでから、因幡大巳を連れて馬車の方に戻って行った。
少年は、誰かに声を掛けられれば目覚めるようになっている。
領主に頼めば、無事に母親と家に帰してもらえるだろう。
因幡大巳の方は、領主の連れてきた冥界兵士達の横を通り過ぎる際にも、独り言を続けていた。
「運命の女神だと思ったのに…ハルリンドさんに夫と子供がいるなんて何かの間違いだ!大いなる神は、地上の現人神に喧嘩を売っているとしか思えない!ああ、何て不条理なんだ…無情すぎる…etc.」
ハルリンドには、因幡大巳の声が小さすぎてハッキリと聞こえなかったので、彼が何を言っているのか理解できなかったが、肩を落とす姿から想定して、恐らく、今日の目的であった薬草があまり採取できなかった為だと考えた。
だから、彼女は明るい笑顔で励ましの言葉を掛けた。
「気を落とさないで下さい。薬草なら、地上に棲むあなたの住所に、このフォルテナ伯爵夫人である私が、後日、責任を持って送り届けさせますから!」
しかし、ハルリンドのその言葉を聞いて、因幡大巳は余計にぶわっと目から涙を吹き出して、シクシクと泣きだした。
ハルリンドは慌てて、彼に檄を飛ばし続ける。
「なっ⁉泣かないで!なぜ、泣くんですか?男のクセに…薬草くらいで泣いてはダメですよ。元気を出して下さい。たくさん、送って差し上げますから!」
今までの経緯を見守っていた領主と、共に現れた冥界兵士達は、すれ違い様に二人の会話を聞いて、震え始める腹筋に手を当て『ブフォッ』と吹き出してしまうのを堪えながら、伯爵夫人と因幡医師が馬車へ行くまでの距離を見送った…。
シルヴァスも同様に二人を目で追ったが、姿が消えると真顔で兵に拘束された魔神の方を振り返る。
そして、視線を魔神から逸らさずに、口だけで領主に言った。
「冥界神様におかれましは…色々と地上の不祥事を持ち込んでしまいましたようで…ご迷惑をお掛けしました。ただいま、始末をつけてからご説明致します。」
そう言って、今日、一番の美しい笑顔を浮かべながら、恐ろしいほど獰猛な光を宿した深緑の目で魔神を射続ける。
理性より本能の強いサメの魔神は、その不穏なシルヴァスの雰囲気を感知したのか、震えだすと声の出ない口をパクパクと動かし、命乞いに似た何かを言ったように見えた。
「怯えるなよ。君だって、怯えるカヤノを攫おうとしたのだろう?統括センターの刑事課は、カヤノとの契約の無効が目的で…君をどうこうするつもりはなかったのだから…。」
シルヴァスは、サメ男に向かって言った。
「ねえ、でも、君、さっき契約を発動させようとしたよね?つまり君とカヤノの契約は、まだ有効ってわけだ?刑事課の男には、一刻も早く上位の神に頼んで無効化してもらうように言ったのにさ…全く、お役所仕事は対応が遅いよねぇ?」
するとサメ男は、コクコクとシルヴァスに同意するように、無い首を縦に振って頷いているようなしぐさをした。
まるで、契約なのだから、カヤノを攫おうとした事で、自分は何も悪くはないのだと強調するように…。
シルヴァスはフッとまた微笑んだ。
先程よりも、ゾッとするような無機質な笑いだった。
「残念だな…契約がまだ無効化されていないなんて…きっと、もたもたしてるんだろうな。でもこれって、僕が正当防衛で動いても良いって…了承したって事なんだよね?」
そう言うとシルヴァスは、風の精霊の力で鋭い風を刃に変え、剣も抜かずにサメの魔神を、一瞬にしてズタズタに切り裂いた!
サメ男を切り裂くあまりの速さに、周りにいた冥界神達(領主と兵士)は、驚いたまま身動きも取れず、目を見開いて凍り付く。
「グボォッ⁉グゲエッ!ガフッ、ブフゥッ!!」
声を潰されているサメ男は、悲鳴も上げられずに、空気音と血を吐く音だけを口から出した。
これだけ引き裂いても、屈強な魔神の体は死ぬ事なく、ピクピクと痙攣しながらも生きている…。
あまりの惨状を前に、さすがに冥界神である領主が口を開いた。
「もうやめたまえ…死にかけている。理由はどうであれ、この魔神は冥界の侵入者だ。我々は身柄を拘束して冥王に報告し、魔界に注意を促さねばならない…。」
「そうですか。それでは、そこに転がっているサメ人間達をどうぞ。彼らもそこの魔神の配下で魔界の者ですよ?不法侵入の証拠には十分すぎる数でしょ?そのうちの一匹を間引いたって問題ありませんよ。」
良く頭の回るシルヴァスは、領主にそう説明すると、彼に向けて微笑んだ。
相手に有無を言わさぬような微笑みだった…。
「僕のうちの子がね…そいつにボロボロにされたし…配下どもを僕らに差し向けて襲っても来たんです。大きな岩も落とされたし、下手すると誰か死んでたな。これはもう、正当防衛で…コイツから身を守らねばならないでしょ?もしかしたら、その縄を引きちぎってまだ襲ってくるかも…?」
そこまでしゃべると、シルヴァスはまたあの狂暴な風を起こして、今度は領主に話す隙を与えぬうちに魔神をあっという間に細切れにしてしまった。
後には、魚肉と骨のミンチのような肉の塊が残ったが、それさえも次の瞬間、『サアァァァァァッ』と吹いた清々しい風が、砂を運ぶようにどこかに持って行ってしまった…。
岩場には血痕だけが残り、魔神は跡形もなく消え去ってしまったのである。
一連の流れを領主も兵士も目を見開いて目撃していたが、一筋の汗を額から流した領主がシルヴァスの顔をゆっくりと見詰めると…シルヴァスは邪気のない眼で首を傾げている。
「どうしました?領主様?魔神は先程の戦いで、正当防衛で僕が葬り去りました…。御迷惑をお掛けしましたね。後日、現人神統括センターの担当者から、改めて謝罪に伺わせます。」
しれっとしたシルヴァスが、どうせ消し去るのなら、先程も今も変わらないのだと言うように…たった今起きた事などなかったようにしゃべるので…冥界神達もこの件には、関わらない方が得策だと判断した。
領主を始め、そこにいた全員が、シルヴァスの言葉に暗黙の了解で頷いたのだ…。
誰しもが目の前で爽やかに笑う、金髪交じりのフワフワした茶髪の優し気な男を…敵には回したくないと思ったのである。
シルヴァスはその後、地上での経緯を領主に話してから、丁寧な挨拶をして、その場を後にした。
チラリとシルヴァスが後ろを振り向くと、魔神の呼び寄せた泡を吹いているサメ人間の兵士達を、冥界の兵士が収容をしているのが見えた。
そのままシルヴァスが少し歩いた所で、遠くの方で身を隠していたフォルテナ家の利口なドラゴンは、良く見える目で乗り主の用が終わったのを悟り、颯爽とこちらに向かって飛んで来た。
シルヴァスは、さっとそのドラゴンに飛び乗ると、領主と冥界の兵士達に片手を振って空に消える。
それから、消し去った魔神に向けて、小さく独り言を言った。
「契約者のどちらかが死んでしまえば、自動的に契約は破棄されるからね。ましてや、肉片になって消えてしまえば…当然、無効さ。」
シルヴァスはスッキリとした顔をしていた…。
来る時は本当に肝を冷やしたものだが、今、シルヴァスの気持ちは数日ぶりに晴れ晴れとしていたのだ。
クシティガルヴァスの言葉で、思い悩んでいた日々が嘘のように…。
全てが吹っ切れたかのような清々しい顔をしたシルヴァスは、魔神を消し去った事でストレス解消も同時にしたようだ。
「マッド・チルドレンが散り散りになった時に、魔神も契約を諦めれば良かったのにな!」
あえて、魔神に同情めいた事を言ったが、勿論、シルヴァスはサメ男に同情などしていない。
伯爵邸へ向かう帰路、シルヴァスはドラゴンの上で今後の事を少し考えながら、子供好きらしく童謡を口ずさんでいた。
「どんぐりころころ、泣いてたら~♬ 仲良しこりすが飛んできてぇ、落ち葉にくるんでおんぶしてぇ、急いでお山に連れてったぁ~♪」
次回投稿、明日できないかもしれませんので…その場合は火曜日に更新します。
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