春の嵐に恋の風③
その日…僕、シルヴァスが勤務する部署のデスクに設置された電話が鳴った。
自分が保護した孤児の一人で、僕が恋してたハルリンドも可愛がっている女の子の引き取り先が決まらないと、現人神専用孤児院の方から、相談の連絡を受けたのだ。
彼女の名は三十木カヤノ。
小さな植物や農耕関係の豊穣を司る神様の血が、色濃く出ているのではないかとされる現人神の少女だ。
僕の恋したハルリンドも孤児だった時代があるが、血が高貴すぎて能力が高く、普通の里親に預けるわけにはいかなかった…。
(※その後に運良く実の祖父が見付かる)
特に彼女の場合は、途中から人間界から冥界の孤児院に移ったので、余計に養い親が見付かり辛かった。
冥界貴族の子供が孤児になる事は、基本的に珍しかったし、様々な要因が重なって困難を極めたからだ。
しかし、今回の件であるカヤノの場合は、言い方が失礼かもしれないが、至って普通の現人神…それも僕と変わらないような身分の一般階級と言える両親から生まれている。
養い親に対しても、特別大きな資格が必要なわけではないし、子供を欲する普通の夫婦であれば、誰でもカヤノを養育する権利が得られる筈だ。
現人神は、人間に比べると博愛主義な所があり、養子を取る夫婦も多く、良い家庭環境を提供してくれそうな里親希望者が溢れている。
孤児の方がその気になれば、すぐに引き取り先を確保できるのが常だ。
「それなのに、まだ、引き取り先が決まらないって⁉どういう事だ?」
僕は、カヤノが入所している孤児院施設の担当者に電話で怒鳴った。
電話口の相手である施設スタッフは淡々と僕に言い返す。
「そう言われてもね…だから、あなたに相談しているんじゃないですか。正直、カヤノの引き取り希望でやって来る里親希望者は、結構いたんですよ。でも、本人が駄目なんです!」
「それって、どういうことさ?」
「あの子さ…心理的に傷を負ってるでしょう?里親希望の母親は良いんだけど…父親にね…怯えてしまうんです…そうすると、先方の方もね…自信が無くなっちゃうみたいで、やはり他の子を…という事で引き取る子供を変えてしまうんです。」
「ちょっと!そんな事くらいでチェンジってどうよ?親になりたい夫婦なんじゃないの⁈」
「そりゃそうですけどねぇ…カヤノの身の上を聞けば、同情して『是非うちで面倒を見たい』と言っていた養い親希望者も…いざ、会ってカヤノに怯えられると…皆、二の足を踏むんです。」
そう言って孤児院施設の担当者は溜息をついた。
シルヴァスは眉を顰めながら電話越しにイラついた声を出した。
「精神的に傷を負った子供だからこそ、温かい家庭を提供してくれる里親が必要なんじゃないか!」
「引き取ってしまえば、関係ないのでしょうが…やはり引き取る前だと、トラウマ克服が大変そうな子より、もう少し手のかからない違う子を…と思うものでしょう?まだ変更できますからね。」
シルヴァスは、もっともな施設スタッフの言葉に、顔を暗くして沈黙した。
現人神だって、現世にいれば綺麗な心だけでは生きていけないし、人間らしい発想をするようにもなってくる。
慈愛には溢れていても、その程度の寄り好みをしてしまうのは、当たり前な事だろう。
「状況はわかったよ…近いうちにそちらに言って、カヤノちゃんに話を聞いてみる。それから、また、対策を考えよう。」
「助かりますよ、シルヴァスさん。カヤノは、あなたなら怖がらないですし、喜びますから…。」
「はあ、ハルの時もそうだったけど…最近、僕が保護する子って、難題を抱えてる子ばかりだよね。カヤノちゃんも、そろそろ養い親を決めないと現人神養成学校に入らなければいけない年になっちゃうんじゃない?」
「そうですね…本人も学校に通いたいようですが…トラウマって奴は、本人の意志とは関係ないですから…。」
「ああ。出来れば、早く克服できればいいけど…焦って荒療治をしても、碌な事にならないからなぁ。ここは、本来、時間をかけて、ゆっくり見守ってやりたい所なんだがねぇ。」
シルヴァスは『ふうっ』と電話口で施設スタッフに続いて溜息をつく。
「ええ、そうなんです。厄介ですね、現人神養成学校の方が…。」
「そうなんだよねぇ。あの学校がねぇ。」
二人は電話をしながら、お互い、遠い目をしていた。
それから三日後、シルヴァスは、三十木カヤノの収容されている孤児施設へと足を運んだのだ。