春の嵐と恋の風㉔
「キャアァァァッ。」
カヤノの悲鳴が響く。
その瞬間だった。
「リリリリリッ!」
午前6時。
遅れて鳴り続ける目覚まし時計の音。
カヤノは、ガバリと布団をめくり、起き上がった!
早まる脈と心臓の音に合わせて、肩で息をしながらカヤノは、自分の額の汗を片手で拭う。
「ゆ、夢…?」
そう呟いて辺りを見回し、ここが世話になっているサルマンの屋敷の自室で、自分が眠っていたのだと認識すると、ようやく胸を撫で下ろす。
「私…?そうだ…今朝は、早めに出かけようと思って、昨晩、すぐに眠ったんだっけ?」
今日は休日だ。
これからカヤノは冥界へ行って、職場の上司である因幡大巳と受付業務の先輩と三人で、薬の原料になる植物を採取する約束をしているのだ。
その行きがけに、慕っているハルリンドの元に寄って顔を見て行こうと思い、早めの出発を試みていたのだが…。
今朝は、随分と寝覚めが悪い。
「睡眠はたっぷりと取った筈なのに…。」
少し落ち着いてきた心臓の音に溜息をついて、カヤノは目を瞑る。
「むしろ、眠りすぎたから…久しぶりに夢なんて見たのかしら?」
一人呟きながら、カヤノは自分の冴えないであろう顔色を見ようと、ゆっくりとベッドの上から降りて室内履きを履き、部屋に付属している洗面所へと向かった。
サルマンのお洒落で豪華な屋敷には、五つあるゲストルームの一つ一つにトイレやバスルームが完備されていて、高級ホテルさながらの造りになっている。
サルマンやその姉のイーリスが、カヤノに気軽に下宿してもいいと言うだけあり、この家は広いのだ…。
改めて、そう思いながら、カヤノは冷たい水で顔を洗い、今、見たばかりの悪夢を忘れるようにパンパンと自分の両の頬を二回、軽く叩いた。
「嫌な夢だった。今更、夢でもあんな奴が出てくるなんて…。この所、自立しようと気を張っていたからかな?」
カヤノは、トラウマの原因にもなっているマッド・チルドレン達につかまっていた時の事を思い出した。
その事はできるだけ忘れようとして、自身でも長い間、記憶に蓋をしていたのである。
不意にカヤノは、ハッと気付いたように日付を確認し、小さく体を震わせた。
「もしかして…誕生日が近いから?」
自分の言葉に青ざめ、カヤノは乱暴に首を振る。
「ううん、マッド・チルドレンはつかまったし、私はきちんとセンターに認定されたのだもの。もうすぐ学校を卒業すれば、正式な現人神になるし…もう、大丈夫だわ!」
事件後に保護されて、センターの刑事課や児童保護員から事情聴取を受けたが、カヤノにはどうしても言えなかった事があった。
それは、大好きなハルリンドにさえ言ってはいない。
当時の自分には、衝撃が大きすぎて、口に出す事すら恐怖を感じたのだ。
「誕生日の少し前に引き渡されるという内容だったけれど…私を引き渡す肝心のマッド・チルドレン達がバラバラになってしまったのだもの。私がどこにいるかなんて、アイツにはわからない筈よ。」
カヤノは、その男の顔を思い浮かべた。
そして咄嗟に、ブルリと震えて、そんな自分を奮い立たせるように荒げた声を出す。
「契約は不履行だわ!それで無効になる…。」
身の毛のよだつようなその男の顔は、人間のモノとは著しく違っていた。
勿論、現人神のように整った顔でもなければ、異界の神々や妖精の類のように綺麗でも神々しくもない…。
男が異界の住人であるのは確かだが、魔神であるその男は、狂暴なサメの顔を持っているのだ!
どこを見ているのかも、表情もわからない小さな光る目。
残虐そうな大きな口に覗く細かいギザギザの歯は、まるでノコギリのようで、あの口に飲み込まれたら、カヤノなどひとたまりもなさそうだ。
男の顔全体はサメそのものの造りをしており、のっぺり、つるんとしていて、それと同じ肌質が体中にも続いている。
背中からは背びれが見えていて、服もそれが出せるように作られているようだった。
ただ、そうした青っぽい肌でも手足は人のような形をしていて、体は人型なのだという事がわかる。
それでも人型のサメの魔神は、とても強靭そうで大きな体躯をしており、成長した現在のカヤノと比べても、多分、大人と子供にしか見えないだろう。
種族的にも現人神の自分とは違う部分があるだろうし、生殖機能が同じなのだとしても、サメ男と交じりあわなければいけないのだとすれば、カヤノの体には大きな負担がかかるに違いない。
それなのにマッド・チルドレン達は、何の躊躇もなくカヤノを、そのサメの魔神に売ったのだ…。
当時、マッド・チルドレンに攫われたカヤノは、説明一つされる事なく、いきなり戦闘ショーに放り出された。
数人の同じ仲間であるハグレ現人神の少女達とともに、いきなり、各自が武器を持たされたかと思うと、柵のついた広い円形の闘技場に投げ入れられ、魔獣と共に閉じ込められたのである。
共に投入された魔獣は、大きな爪を持つ虎に似た猫科の大型動物に見えた。
しかし、地上のどの動物とも違う生き物であるソレは、毛色が燃えるように赤く、見るからに気性の争うな鼻息をして、檻から広場に出されたと同時に少女達に狙いをつけて突進して来た。
魔獣は、体にあわさせた赤い色のコウモリ型の羽を持っていて、火を吐いたりしないのは幸いだったが、宙に浮いたり、機敏な動作で嬲るような攻撃を仕掛けて来て、こちらからは傍に寄り付く事すらできそうもない獰猛な生物だった。
当然、現人神と言っても、何の戦闘訓練も受けておらず、神力も目覚め切っていない当時の自分を含めた少女達には、刃が立つ筈もない…。
それでも恐怖のあまり、戦闘系の少女達は襲い来る獣に剣を向けるが、がむしゃらに武器を振り回した所で、筋肉の塊のような魔獣の硬い体には、子供である彼女達のやさ腕で突き刺した剣など、あっという間に弾かれて、かすり傷を与えるのがせいぜいである。
カヤノと少女達は、魔獣に弄ばれながら、少しづつ傷を負っていった…。
魔獣は、本当は一撃でもカヤノ達を殺せる筈なのに…ある種の普通の獣には無い知能と残虐性を持ち合わせているのか決して殺す事なく、少女達が恐怖に逃げまどい、泣き叫ぶ姿を楽しんでいるようだった。
カヤノは今まで、動物が笑った顔など見た事はなかったが、その時、魔獣は目を細めニヤリと口角を上げて…不気味なその顔で…まさに笑っていたのだ。
その顔は、カヤノに更なる恐怖を与えた。
だが、やられっぱなしだった少女達の中にも、死に直面して防衛本能が働いたのか…戦闘系の血が目覚め、拙いながらも神力を使える子がチラホラと現れ始めた。
ショーを見物していた魔神達からは、少女達の神力が垣間見える度に『おおっ!』という歓声が上がった。
だが、目覚めたばかりのあやふやな能力では、確実に魔獣を仕留める事はできず、戦闘は困難を極め、逃げまどうだけのカヤノも、背を向けた瞬間に魔獣の大きな前足の爪で叩かれて深い傷を受けた。
その瞬間、カヤノの体は5メートルほども飛ばされて、地面に大きく投げ出されたのだ。
そんなカヤノの悲惨な状況を見て、ギャラリーは興奮していた。
背中は燃えるように熱くて、しばらくしてから、ようやく感覚が機能したように激痛が走った。
立ち上がろうとしても、負傷した事と地面に打ち付けられた体には、痛みで思うように力が入らない。
血がドクドクと流れ、地面に落ちる…。
このまま出血しすぎて、自分は死ぬのではないかと、頭に不吉な考えがよぎった。
傷は背中で後ろにある為、どれほどのものなのか、自分では確認できない。
そうこうするうちに、戦闘系の神力に目覚めた少女の一人が果敢に魔獣に立ち向かい、腕を噛み千切られてしまった!
少女の悲鳴が場内に響き渡り、見物客たちは一層湧いて、手を叩いて喜んでいる…。
「酷い!」
何て惨いのだろう?
私達が一体、何をしたというのだろうか?
なぜ、こんな酷い事をされなければならないのだろう?
自分に向かってきた少女に対し腹を立てたのか、魔獣は痛みに転がる少女に次なる狙いを付けて、後ろ脚を地面に掻いている。
『このままでは、彼女が本当に殺されてしまう!』
そう強く思った瞬間、カヤノは自身の痛みなど忘れたように、倒れ込んでいた体に渾身の力を入れて立ち上がった。
そして、そのまま痛みに耐え、歯を食いしばって全力で走り、血を流しながらも魔獣と戦闘系現人神の少女の前に立ちはだかったのだ。
魔獣は、そんなカヤノもろとも噛み千切ろうとしたのだろう。
勢いをつけて空中に飛び上がり、武器などとっくにどこかへ落としてしまったカヤノに向かって襲いかかる!
その瞬間!
『パアァァァン!』と眩しい光がカヤノと少女の周りを覆い、魔獣を弾いて退けた。
カヤノの神力が目覚めたのだ。
今までカヤノは、神力の目覚めどころか、伊吹のような微かな神気を感じる程度の気配以外、神力を宿していると確認される兆しすらなく、人間の少女と何ら変わりがなかった。
普通の現人神の少女であれば、神力が完全に目覚めていない場合でも霊感くらいはあるのだが…カヤノの場合は、そういうものすら全く機能していなかったのだ。
普段から、その事を気にしてはいたが…ここに来て急な神力の覚醒に、カヤノは自分自身でも驚きが隠せずに戸惑ったのを覚えている。
何が起こったのか理解できず、ゆっくりと自分の両手を見ると、オーラが噴き出るように真っ白な光に包まれて輝いていた。
自身の両手を見詰めたまま、愕然と目を丸めているカヤノに、弾かれた魔獣は体制を整え直して、再び大地を脚掻いて向かって来る。
カヤノはまだ、自身が放つ神力の使い方など知らないが、咄嗟の事で体が勝手に本能に従うように動いた。
魔獣が再びこちらに襲い掛かろうと飛び上がり、宙を舞ったのと同時に、カヤノは地面に片手を付けて、自分から湧き上がるようなエネルギーを大地に注ぐイメージを作って送り込む。
すると、今までカヤノの背から流れ落ちた大地にしみ込んだ血液が、火となって燃え上がり、地面を伝って魔獣の体に到達すると、大地から生える蔦の形をした手足を拘束する枷へと姿を変えたのだ。
依然、カヤノともう一人の戦闘系少女の周りには、バリアーのように先程の光が丸い壁となって張られており、自由に動けなくなった魔獣の猛り狂う体当たりの衝撃を弾き返してくれる。
先程より、状況が好転した事を見て取った残りの戦闘系現人神の少女達は、神力が目覚めている者を中心に、カヤノ達が力尽きる前に助けようと魔獣に総攻撃を仕掛けた。
魔獣の反撃に少女の一人が危ないと思う度、カヤノは大地に置いている手に神力を注ぐ。
そうする事によって、魔獣を締め上げて拘束している枷の力が上がるのか、魔獣の動きが鈍くなったり止まったりした。
その隙に死闘を繰り広げながらも、何とか少女達は一丸となって魔獣を退治したのである。
この時の神力の覚醒により、放つ光の色と防御や拘束のみに優れた能力を発揮した点で、カヤノが戦闘系現人神でない事がマッド・チルドレン達やショーを見に来ていたギャラリーに発覚した。
そこで戦闘ショーの終了後、カヤノは一緒に戦った少女達から一人、別の場所に離されてしまう。
その時の他の少女達が、その後どうなったのか…カヤノには未だにわからない。
だが、一人別室に連れて行かれたカヤノは、マッド・チルドレンの中で治癒の得意な者に背中の傷を軽く手当された後、サメ男に引き会わされたのだ。
そして、たった今、カヤノの戦闘ショーを見物していたであろう男は、表情のない顔で薄気味悪く声だけで笑った。
「グフグフ、この娘がさっきの防御シールドを張ったのだな?フム、思った通り…情けなく怯える顔が好みだ。気に入った。これをもらおう。どのくらいしたら、成人する?」
サメ男の言葉に、カヤノに手当てを施した線の細いマッド・チルドレンの神経質そうな男が、資料のようなモノを見ながら答えた。
多分、それはマッド・チルドレン達が独自に調査していたであろうカヤノの情報なのだろうと思う。
「そうですね。彼女は10月1日生まれで、もうじき12歳になるので…あと5~6年ほど経てば、成人を迎えます。あなた方のように寿命の長い一族ならば、あっという間でございましょう?」
サメの顔の男とマッド・チルドレンの二人は、震えているカヤノを無視して会話を続けていた。
どうやら、話の内容からして、この魔神は戦闘ショーでカヤノを見初めたらしい。
「うむ、わかった。そのくらいなら待てる。それにしても、この娘は戦闘系ではないのに間違ってショーに出されたのか?まあ、俺は興奮したが…。」
「ええ、両親のデーターが戦闘系現人神だったので、当然、本人もそうだと思われておりまして…こちらに回されたのでしょう。しかし、お客様の方こそ良いのですか?」
「何がだ?」
「この娘は戦闘系ではありません。しかし、お客様のような種の魔神は、より強い遺伝子をお求めでしょう?妻にするのなら…戦闘系をお好みかと思っておりました。」
「フン…お前ら、自分達は戦闘系現人神の女を好まないクセに。客にはそれを押し付けるのか?」
「まさか…我々は能力に自信がありませんので、戦闘系現人神の妻を持つと寝首を掻かれる可能性があるのです。けれど、魔神様方には、そんな危険もないでしょう?あなた方は、お強いのですから。」
「まあな。だが、好みはそれぞれだ。自分に向かってくるような女を好む魔神もいるし、俺のように怯えた女の顔を好む奴らもいる。それに、俺は十分強いから別にメスに強さを求めてはいない。」
「さようでございますか。」
「グフグフ、それに、この娘が俺と一緒になって、どのくらい長く生きられるかわからんしな?そうしたらまた、違う現人神を買いに来るから…戦闘系を試すのは、その次でもイイ。」
そう言ってサメ男は、カヤノをその小さな光る眼で覗き見た。
カヤノの体は恐怖に固まった。
それを見て、また男は『グフグフ』と言いながら、笑っている。
マッド・チルドレンの男もカヤノを見て、含みのある笑いを零して言った。
「その時は、また、うちから花嫁をお探し下さればと思います。どうぞ、ごひいきに…。」
カヤノは、当時知らなかったが、魔神でも上位の者は人間と遜色ない容姿をしているのだそうだ。
そして、下の階級に行くほど、サメ男のように人間離れした形をしている。
当然、上級の者ほど魔神と言えども情が深く、下に行くほど思考が単純で情も薄い。
後に現人神養成学校で教わって知ったのだが、魔神にはそれぞれ種別の特性があり、サメの男は下級の魔神だが獰猛で力が強く、交尾の際には女性を殺してしまう事もある種族だった。
だから、カヤノがどれくらい生きられるかわからないと、男は言ったのだろう。
花嫁をもらっても、加減する事もなさそうな男は、すぐに殺してしまうのかもしれない…。
既にカヤノは、男の初めての花嫁候補ではなく、何番目かの候補なのかもしれない…。
当時のカヤノには、魔神の知識は全くなかったが、マッド・チルドレンとの会話を聞くだけでも、サメ男の発言はかなり不穏なもので恐怖しか感じられなかった。
二人の会話に青い顔で震えるカヤノには目もくれず、マッド・チルドレンは話を終えると、その場で書類を取り出してきてサメ男に見せた。
サメ顔の魔神は、その内容に目を通して納得するとサインをした。
マッドチルドレンは、サメ男のサインを『確かに』と言って確認し、その横の空いている欄に、今度はカヤノにサインを求めて来た。
最初カヤノは、恐怖で固まる体を無理矢理動かして、首を横に振り続けて拒否していたが、苛々し始めたサメ男に『さっさと書け!』と怒鳴られると、怖くて従わざる得なくなり、強引に書類に名前を書かされてしまった。
書類には、引き渡し期日が記載されており、『カヤノの成人の少し前に』と書かれている。
少なくともサメ男は、自分が成人するまで何もする気がないのだと知り、カヤノは少しだけ安堵の息を吐いたが、男が姿を消した後、そんなカヤノにマッド・チルドレンは冷酷な笑みを浮かべて言った。
サメ男がカヤノをすぐに連れて行かないのは、幼いカヤノの体を気遣ったわけではなく、まだ未熟で妊娠をさせるのには適していないからという理由なのだと…。
マッド・チルドレンの一言は、自分がサメ男の子供を産む道具としてだけ買われたのだと、ハッキリと突き付けられたようで、一層、成長する事と『男』という性別に対しての恐怖を覚えさせた。
それからカヤノは、サメ男に引き渡される年が来るまで、マッド・チルドレン達に人間界で養育されるのだと教えられ、これから売られるハグレ現人神の少女達の集められている売買ルート専門の場所へと連れて行かれたのである。
そこで会ったカヤノと共に生活をする自分同様に攫われてきた少女達は、戦闘系以外であり、自分達がどうなるか全く知らされていないようだった。
カヤノは体験してしまった戦闘ショーと、いずれはサメ男に連れて行かれる事への恐怖に苛まれていて、無知でおしゃべりな他の少女達とは話をする事ができなかった。
それに、まだ己の運命を知らない少女達に、自分の身に起った事を話し、彼女達の恐怖を煽るなど…できなかったのだ。
その日からカヤノは、ひたすらマッド・チルドレンに用意された閉ざされた部屋の隅で、縮まって隠れるように震えていた。
だが、ある日、自分には助けが訪れた…。
カヤノは、奇跡的にハルリンドやシルヴァスに助けられたのだ!
こうして、マッド・チルドレン達の元から解放された後、数年の時を掛けて精神的に立ち直り、今に至っている…。
当然、サメ男との契約など、勝手にマッド・チルドレン達にさせられたもので、自身が納得できないものなのだから無効に違いない!
カヤノはずっと、そう思っていた。
だから、孤児院施設に一時的に収容され、シルヴァスの元で幸せに暮らし始めると、いつの間にか、そういう辛かった日々を滅多に思い出さないまでになっていた。
それが…。
今頃になって…。
今朝、数年ぶりに悪夢で目を覚ましたのだ…。
夢の内容は…サメの男が自分を迎えに来るというものだった。
夢の中の男は、またあの『グフグフ』という特徴的な笑い声を上げており、嫌がるカヤノを嬉しそうに担ぎ上げて、暗い暗い魔界の淀んだ海の底にある己の住処に連れて行き、鎖で繋ぐのだ。
「ああ…何て、嫌な夢なんだろう。」
カヤノは思い出したくなかった過去の記憶を鮮烈に思い出し、蒼白な顔で夢の内容を振り返っていた。
今日は、久しぶりにハルリンドに会いに行く日だ…。
何年も言えなかった事だが…今なら人に話す事ができると思う。
彼女に相談してみるのもいいかもしれない。
カヤノは、そう考え、震える手で自身の体を抱きしめて、薬草摘みに適した格好に着替えると部屋を出た。
心の中で『大丈夫、大丈夫…』と、何度も自分に言い聞かせるように呟きながら。
その後、朝食を食べ、サルマンやイーリスに前もって言っておいた出かける理由と、夕方には家に帰れるだろうという話を二人にして、カヤノは予定していた7時丁度に家を出たのである…。
次回は金曜日に更新予定です。




