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春の嵐と恋の風⑫

 夕食の席でカヤノは、珍しく意気揚々と今日出会ったばかりの雇い主・因幡大巳(いなばひろみ)医師や聞いてきた仕事内容などの話をしていた。


席に着いたサルマンとイーリスは、明日から通うアルバイト先の事に胸を膨らませるように、一生懸命に話すカヤノを見て、微笑ましく思った。



そして、同時に…。



「さあ、明日は初日だから早く行かなきゃ!サルマン先生、イーリスさん、私、今日は早く寝ますね。お先に失礼してもいいですか?」



と、張り切るカヤノを見送りながら、二人は首を(かし)げていた。



今日はカヤノが『自分も当番に入れてほしい』と自ら申し出た食事の片付け係でもなかった為、自室に帰って行く彼女を引き留める理由もなく、サルマンは黙って見送ったが、その心の中にはほんの少しだけ心配が(はら)んでいる。


その事に不安を覚えたサルマンは、イーリスの方を向いて口を開いた。

姉に話を聞いてもらって、気持ちをスッキリさせたいと思ったのだ。



「ねえ、アタシ…担任になって心理的傷を負った生徒に関わったのは、カヤノが初めてなの。」


「ええ、サルマンは比較的、早く担任を任されたもんね。普通は生徒指導部だとか副担任だとか、もっと色々な部署の補佐を経験して担任に任命されるって聞いてたのに…教育業界も人手不足なのね。」


「人手不足って、失礼ね…単にアタシが優秀だから実力を買われたの!」


「あー、ハイハイ…実力ね…実力…。」


「アタシが言いたいのは、過去、担任を持つ前に具合が悪くなった生徒に付き添って、センターの病院に同行した事はあるけど…精神科ってのは、行った事がないのよ…。」


「ま、普通は自分自身でも、あまり縁のない所よね。現人神の生徒には、様々な境遇の子がいるから、そこを利用している子もいるだろうけど…数は多くないと思うわ。」



そう言ってから、一拍おいてイーリスはグラスにワインを注ぎ、サルマンの方に視線を戻して、再び話を続けた。



「だから、心理的外傷を負っている子を受け持ったのが、初めてでも不思議はないと思うけど?」



イーリスの言葉を受けて、サルマンは珍しく少し自信なさげな表情で姉の顔を見詰めた。

そして、自分も気を落ち着かせるように、ワイングラスに口を付けると、疑問に思った事を姉に確認するように口に出した。



「そうよね…だから、本当にわからないんだけど…。現人神の医師で、そんな()()()()()なんていたかしら?…というか、いるの?」



イーリスは顔を(しか)めた。


それはまさに、夕食の席から離れたカヤノを見送った際に、二人が首を傾げた理由であり、サルマンのスッキリしなかった点なのだ。

カヤノは浮かれて、何も疑問に感じていなかったようだが、本性が老人の姿の神でも現人神化すれば、大体若い姿を保つものだ。



「さあ…私が知るわけないでしょ?アンタの生徒の事なんだから、自分で確認しなさいよ。」


「そ、そうよね。でも、それって…確認した方がいい内容なのかしら。担任が気に掛けるには…過保護すぎないかしら?立場上の距離感が難しいのよね。」



イーリスは、呆れたような顔で弟を一瞥すると、ワインを飲みながら言った。



「でもまあ、あんなに張り切っているし…学校の就職課からの紹介なら問題ないわよ。それにしても、カヤノちゃんは、随分と純粋培養ね。現人神の女の子はそういう子も多いけど…。」


「そうね…()()()()()()なのが珍しいくらい、そういう子が多いから教師も大変よ。アタシもようやく、あの子達を一人前にできるか日が近いのかと思うと…正直、感動しちゃうわ!」


「喧嘩、売ってんの?このクソ弟が!アンタの本性をカヤノちゃんにバラしてやろうかしら⁈」


「やめろよ!鬼姉!!カヤノに余計な事言うと、この家、ほっぽり出して永遠に姉貴に押し付けるぞ?」


「ちょっと!!いい加減にしなさいよ…そんな事したら、殺してやるから!」



いつの間にか、男言葉に戻っているサルマンとイーリスの姉弟喧嘩は、その日、カヤノの就寝後も続いている事を自室で布団に入ったカヤノには知る由もなかった…。



 ☆   ☆   ☆



 窓からは、少しだけ開けた花柄のカーテンの隙間に星が覗いている。


カヤノは、次の日からの初バイトに対して緊張を感じながら、自立の第一歩の為にも『うまくやれますように!』と星に願いを掛けた。



カヤノの頭の中では、なぜか、星に願いを掛けながらも、小さい頃に母と歌った『おもちゃのチャチャチャ』の曲が流れている。



「…?何で、おもちゃのチャチャチャなのかしらね…今、急に思い出したわ。シチュエーション的には『星に願いを』じゃないかと、思うんだけど。」



そんな自分自身を不思議に思い、独り言(ひとりご)ちてツッコミながら、カヤノは目を閉じた。



 そして眠るよ、チャッチャッチャ♪




 ☆   ☆   ☆




 その頃、シルヴァスは…。



『パピヨン』のママの声が店内に響く。



「ちょっと!二日もぶっ続けて…そんなに飲みすぎですよ。シルヴァスさん、もう帰りなさい!昨日の二の舞になる前に…。」



まだ、ボトルの一本も空けていないのに、ママにつれない事を言われていた…。



「ママ…僕一応、お客さんだよ?飲んで間もないのに…早々、帰そうとするなんてさ…。途中、間が空いてるからって…結構、長年、常連なのに…酷いよ。それに、間が空いているって言っても、ちょいちょい、同僚の付き合いで顔を出してたじゃない。前ほどじゃないだけで…。」


「常連さんで、大事なお客様だから言っているんですよ。末永く健康で通ってほしいですからね!」


「そんな…僕、体なんて壊さないよ?頑丈だし…本当に大丈夫なのに。」



酒には弱めかもしれないが、シルヴァスは人間の血で薄まった二代目、三代目の現人神とは違い、元来、精霊だった者が人として使命を直接受けて現世に出現したタイプの現人神だ。


よって、直接の肉体は、カヤノのように母の腹で作られたわけではなく、地上任務が決まってから、上司の命で用意した体…つまり、純度100%の神様仕様なので100年でも200年でもこの世に滞在できる歳の取らない頑丈な代物(ボディ)である。


しかし、目の前のママは、自分をただの人間の男だと思っているので、そんな事情を知らない。

気に入って通っている店だが、体が心配だと言われれば、駄々をこねて、この前のように、二日も連続でつまみ出されるのは、曲がりなりにも神様枠にいる自分としてはどうなのかと思う…。



「わかったよ…仕方ない。帰るか…。ママに迷惑掛けたり、心配かけて出禁になりたくないもんな。」



そう言って立ち上がると、シルヴァスは昨日の分も会計を済まして店を出た。

ママは少し申し訳なさそうな顔をして、去り際のシルヴァスに言った。



「気を悪くされたら、ごめんなさい。でも、お酒に逃げるのは良くないわ。言っても聞かない人なら言わないけどシルヴァスさんは紳士だし、いつまでも体を壊さずにいてほしいの。」



シルヴァスには、『また明日、お待ちしております。』と付け加えて言うママが、本当に自分の事を思って言ってくれているのだとわかった。


何の事はない。

現人神であっても神の端くれ。

人の本当の『気持ち』には敏感だ。


肉体を持って現世に滞在してからは、鈍ってしまい完全に読み取る事が出来なくなったが、そうなる前はシルヴァスには人間の心の声を覗き聞く能力があった。

人神として現世で生活するには、そうした機能は邪魔だという事で一時的に消されてしまったが…。


だから、人の心と口から出る言葉が、時に裏腹だと言う事をよく知っている。

それと同時に、長年、そう言った状況を目の当たりにしていたシルヴァスの読心術は、その能力を失ってからもかなりのものだった。



「まあ、質の悪い酒を飲むと、()()()に戻しちゃったりはするけど…僕の体は酒に酔ったくらいで、心配する必要はないんだよね。けど、『人』の厚意は無下に出来ないんだよなぁ。仕方ない。今日は帰るか。」



そう思ったシルヴァスが繁華街を歩いていると…。


切羽詰まった顔で、待ち構えていたように、一人の女の子が自分の働いている店の勧誘をしてくるではないか。



「お兄さん、一人?ねえ、まだ飲み足りなくない?良かったら、うちの店に寄って行って。」



シルヴァスは少し考えたが…その女の子の笑顔が泣きそうに見えて、ついて行く事にした。

自分は、どうも天性のフェミニストらしいと苦笑いを浮かべながらも、シルヴァスは彼女に向かって口を開く。



「いいよ。じゃあ、お店まで案内してもらえる?それにしても、こんな時間に客引きなんて…大丈夫なの?君、まさか、未成年じゃないよね?」



その子は一瞬、ギクリとしたように体を硬直させて押し黙ったが、すぐに取り繕ったような笑顔を浮かべた。



「まーさかー、同伴者、探さないとやばかったから、こんな所でうろうろしてたんだけど…さすがに未成年じゃないよ。でも良かった!お兄さんみたいな人、ゲットできたもん。」


「いつも運よく、安全な男が捕まるとも限らないよ?客引きなんて、今日でやめな?務めているお店は、ノルマが厳しかったりするの?」


「お兄さん…あたしのことなんて、どうでもいいじゃない。あっ、ほら…着いたよ。ここ!」



そう言って、彼女が指し示す地下の店へと、シルヴァスは腕を組まれて誘い込まれる。

彼女の行動にシルヴァスは、少し難しい顔をしながら、黙って共に店内に入った。

地下にあるラウンジ風の店には、シルヴァスの他、(がら)の悪そうな二人連れの男がいるだけだった。


シルヴァスは自分に腕を組んできた女の子に案内されながら、店内の安づくりなソファに腰かけた。

先程までいたバーとは対照的に、雰囲気の悪い店だなとシルヴァスは思った。


店内を見回せば、掃除もろくに行き届いていないのか、(ほこり)もあちこちに見受けられる。



「うわぁ、こりゃ、神道系の現人神だったら、入る前から気分が悪くなるレベルだな…。」



神様が清浄で美しいものを好きなのと同じように、現人神も汚いモノ…つまり穢れを嫌う。

自分も含め、現人神は、そういった『気』が付着した場所も人間も苦手なのだ。

そんなものに触れると、特に不浄を嫌う神道系の現人神なら、神力がかなり消費されてしまう。

カヤノなどは、どちらかと言うと神道系だから、こういった場所に訪れた後、シルヴァスが身を清めないで近寄るのは良くない。

今は、丁度カヤノがいなくて良かったと、シルヴァスは内心思った。



 最初に勧誘された瞬間、シルヴァスは自分に話しかけてきた女の子の周りから、そういった宜しくない『気』が付着しているのはわかっていた。


しかし、それと同時に体内にある彼女の魂が叫びをあげているのも感じた。


そして、自分の手をつかむ、まだ少女の面影を残した女の子の魂までもが、(けが)れ切っていない事も見て取れた。


だから、シルヴァスは、彼女の職場にその原因があるのではないかとついて来る事にしたのだ。


そのまま、捨て置いてもいいのだが…単にフェミニストというだけではなく、現人神という立場の差があっても、子供を保護する仕事をしているシルヴァスには、目の前のまだ少女に見える女の子を捨て置く事ができなかった。



「大和皇国風に言うのなら、これも何かの縁って奴だろうな…。」



自分に話しかけてきた女の子は、切羽詰まっているようにも見えた。

『飲み足りなくはないか』と声を掛けてきた所を見ると、そういった店でいかがわしい仕事をさせられている可能性もある。

単に同伴を求めるのなら、常連の客に頼むものだ。

それなのに、外で違法のキャッチ紛いな客引きをしている。


シルヴァスにとっては、これが現人神の少女ならとっくに保護案件であり、こんな所に、のこのことついて来ないで、即、彼女を連れて一時・児童収容施設か女性保護センターに直行していた所である。



そんな事を考えながら、眉を(ひそ)めていると、シルヴァスに声を掛けた女の子が何を飲むかと尋ねてきたので、適当にウイスキーの水割りを持って来させる事にした。



「お客さんは、ワインとかが似合いそうだと思ったけど、ウイスキーなんだね。」


「うーん、見た目で判断されたかな?別にお酒は何でも好きだけどね。こんな店でワインかぁ…。シャンパン含めて、あんまり出ないでしょ?」



シルヴァスは自分の金色交じりの茶髪を弄りながら、彼女に話しかけた。



「うん…そうだけど。」



触れていい話題だったのか判断しかねたように、彼女は自信なさげに答えた。

そういう所も彼女の社会経験の不足を感じさせて、シルヴァスは相手を安心させるように、柔らかい笑みを作った。

そして、チラリと自分の他に店内にいた二人組の男達に目をやって彼女に聞く。



「あそこに座ってる彼らとかは、サワーとかハイボールみたいなのを飲んでそうだね。僕はシュワシュワした酒は苦手だな。一人、あっちこっち顔に穴が開いているけど…運気が逃げちゃいそうで心配だよ…あれ、常連さん?」


「プッ!顔に穴って…ピアスだよ?お兄さん…面白いお客さんだね。」



シルヴァスの言葉に接客を始めた女の子が笑った。

少し離れた所に座る二人組のガラの悪そうな男が一人、シルヴァスの方をギロリと睨みつけている。

顔に穴を複数開けた方の男である。



「いや、以心伝心って本当だよね…こっち見てるよ。彼、自分の事を言っているって、わかっちゃったかな?」



こっそりと女の子に小声で耳打ちするシルヴァスに、彼女は笑いを隠せなかった。

両手で口元を覆いながら、何とか吹き出すのだけは抑えたようである。



「うふっ、ふふ…ふ。あの人、イタイの我慢するのが男らしいって思ってるみたいなんだよ。」


「へえ、痛いものは痛いのにね…。僕は男でも痛いのなんてイヤだよ?普通、痛い事を回避するのが賢い生き方ってもんだと思うけど。人間の男は『マゾ』なのかな?」


「ぐふっ!人間て…お兄さんだって、人間でしょ?変な人。」


「まあね…じゃあ、ウィスキーだけじゃ体に悪いから、適当につまめる物を持ってきてくれる?ちゃんと食事になるもので…君が好きなものがいいな。」


「あっ、はい!えと、じゃあ、ピザとかはいかがですか?お兄さん、そういうの似合ってそう…。」



顔を赤くした彼女は、シルヴァスの髪色を見ながら、急なオーダーで反射的に口調を丁寧にした。



「ああ、好きだよ。じゃあ、それを持ってきて?それから他にも、美味しいものがあれば、適当に持って来てくれる?」


「は、はい…。」



彼女はイソイソと席を立つ。

待っている間にも遠く離れた男達が、たまにシルヴァスを威嚇するように見ていた。


オーダーを言いに姿を消した彼女が裏から戻ってくると、ついでに二人ほど新しい女の子を連れて来た。

彼女達は、最初の女の子より少し年上に見えたが、仕事慣れしているようで、すぐにシルヴァスの両脇に腰かけて、馴れ馴れしく腕を組んだり膝に手を置いたりと、ボディタッチを繰り返す…。


媚びるような目で、自分の体をすり寄せてくるのは、サービスなんだろうが…女性好きなシルヴァスでも全然嬉しくはなかった。



むしろ、まるで心のこもっていないその行為は気持ちが悪い…。



最初にシルヴァスを連れてきた彼女は、古参の女の子達に(はじ)かれたようにシルヴァスの対面に座っており、料理ができたのか、呼ばれるとピザを初め、いくつかの料理を運ぶ役をしていた。


全ての料理を出し終わって、席に戻ろうとする彼女に、シルヴァスは取り皿をいくつか持って来させる。

そして、彼女が元いた席に座るのを確認すると、シルヴァスが自分で皿に料理を取り始めた。


すぐに両脇に座る女の子達が、シルヴァスの手を遮ろうとして口を開いた。



「あっ、私達がやりますよ!お兄さんは、お客様なんだから…そんな事しないで良いんです!」

「ほら!アンタが気が利かないから…。」



両脇に座る女の子の1人が、最初にシルヴァスを連れて店に入った子を叱り始めた。

そこでシルヴァスはやんわり笑んで、首を振った。



「ねえ、僕は自分が女の子にサービスする方が好きなんだ。その子を怒らないでくれる?彼女に食べさせたくて食事をオーダーしたんだ。さ、君達も…良かったら自分の分をよそって。皆で食べよう。」



そういうとシルヴァスは、よそった料理を一番最初に会った子へ手渡した。



「君、細いけど…ご飯ちゃんと食べてるの?僕からの(おご)りだから遠慮なく食べていいよ。僕はご飯を美味しそうに食べる女の子を見るのが好きなんだ。」



シルヴァスの優しい笑みに、そこにいる三人の恐らく『少女達』は顔を赤らめた。

そして、最初こそは、おずおずと料理を口に運んでいたが、やがて、よほどお腹が空いていたのか、三人とも仕事を忘れたように食事を口に運び始めた。



「何だ…やっぱり、お腹が減ってたんだね。食事前に出勤してるの?それとも(まかな)い待ち?まあ、でも…三人とも食べさせ甲斐があるなぁ。足りなかったら、もっと何か取ってもいいよ?」



シルヴァスの言葉に、不意に最初に客引きをしていた子が手を止めて押し黙る。

そのまま、テーブルの方をじっと見て、目に涙を滲ませ始めた。

シルヴァスの方に目を合わせられないようで、視線を上に向けようとしない。



「あれ…どうしたの?手が止まってるよ?もう食べないの?」



シルヴァスは、何か聞き出せそうだと、あざとく首を傾げて彼女に声を掛けた。

女の子の方は、その何かを我慢するように、体を小刻みに震わせて、手の動きを止めている。

しかし、シルヴァスも児童保護のプロである。


まあ、相手は児童と言うには育ちすぎているが、傷ついた相手の扱いには慣れているので、根気強く彼女の答えを待つように、相手を見詰め続けた。


やがて、シルヴァスが自分の答えを待っていると気付くと、彼女は話そうか話すまいか迷い始めたような仕草を始めた。

シルヴァスの両隣に座る女の子達は、何も気付かないようだったが、長年の勘でシルヴァスには彼女の心の動きが読める。


『言いたいことがあるんだな…。』と。



しばらく、シルヴァスが彼女の方に目を向けて答えを待ってやると、ようやく彼女は重い口を動かした。



「あ、あの…。」


「うん、何だい?」


「お、お兄さん…もう、そろそろ帰った方がいいよ。お店に入って来てくれただけで、充分だし。」


「今、来たばかりで…こんなに早く?まだ、酒を飲みきってさえ、いないんだけどね。」


「いや、うん…だから、うち、そのお酒…高いから、余所(よそ)で飲んだ方がいいよ…。一杯しか飲んでいないなら、その方がいいから…。」



彼女がそんな話をしだすと両脇に座っている女の子達が、途端に青ざめて慌てたようにシルヴァスにくっついた。



「ヤダァ!この子、何言ってんの⁈お客さんに何言い出すのよ…アンタは、黙ってらっしゃい!」

「スミマセン!!お兄さん、こんな子の言う事、気にしないで、さ、ゆっくりして行って下さい。」



両腕にしがみつくようにくっつかれて、シルヴァスは嫌な気分で眉にしわを寄せる。

二人から、黒い『気』にまみれた執着のような念が、シルヴァスの体に伝って流れてきたからだ。


『これには耐えられん』と、シルヴァスはゆっくりと二人の体を離し、口を開く。



「悪いけど…触らないでくれる?若い女の子が関係のない男に抵抗なくベタベタするのは良くない。どちらかと言うと、僕は自分からくっつく方が好きだしね。それに彼女との会話に口を挟まないで欲しい。」


「「!」」


「最初に僕をこの店に連れてきたのは彼女だよ?僕は彼女の客で、君達に接客してもらう必要はない。大人しくしてるならいいけど、口を挟むのなら他のお客の所へ行って?ほら、彼らの方へは行かないの?」



シルヴァスが少しだけ強めに両脇の女の子らに、そう告げると対面にいた彼女が咄嗟に言った。



「…あいつらは、お客じゃないの。」



彼女の言葉に、いよいよ押し黙ったシルヴァスの両脇の二人が、顔を完全に青くした。



「お客じゃない?じゃ、従業員?そんな格好には見えないけど…。」



そう問い返すシルヴァスの言葉に、奥に座っていた男二人組が聞き耳を立てていたのか、すぐに立ち上がり、こちらの方に向かって歩いて来る…。


次は6時頃、更新予定です。

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